幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第十三話 勇者たちの行進

「……道は、ありませんね」

 王女と宿屋で休憩を取り――その間に何があったかは言わないでおく――補給をし、マップの先が存在するであろう所へ来た私たちは、鬱蒼(うっそう)と生えた木々を見つめていた。

 視界の右下に存在するマップの中には、その向こうに青い色――プレイヤーが足を踏み入れられる部分――が存在する。しかし現実ではただ所狭しと木々が生え、その向こうに立ち入ることができる余裕は一切無いように見えた。

「ケイ。道がなければ、作ればいいんです。簡単です」

 その言葉を聞いたときには、王女はもう既に光の剣を体の前で構え、励起(れいき)モードに切り替えていた。

 マップ上では先に何かがあるけれど、木々でその向こうに行けない場所――往年のRPGであれば、そのためのイベントをクリアするか、アイテムを入手して切り開くであろう所へ向けて。

「光よ――――――!」

 キィィィィン、と聞き慣れたチャージ音の後、轟音と共に森林だったところへ光の柱が撃ち込まれた。

 マップのフィールド外への攻撃は、それまでは無効化され、オブジェクトにもマップ自体にも一切影響が無かったのに。向こうにフィールドが存在するとなるやいなや、王女の砲撃で木々がなぎ倒され、先へと続く道が切り拓かれた。

「…………」

「さぁ行きましょう、ケイ! 新たなフィールドへ!」

 王女が私の手を掴んで、砲撃で消し飛んだ道へと誘う。宿屋で休息を取ったからか、王女は消耗している気配もなく、元気いっぱいに見える。

 王女に連れられて、森の中を歩く私たち。

 草地だった足元が土へと変わる場所があった。土に足を踏み入れた瞬間で、王女が足を止める。私も王女の隣に並ぼうと、して――。

「…………え、」

 何か、空気が変わった気がした。

 空気の匂いが変わっただとか、天気が違うだとか、温度が違うだとか、そんな五感で感じられるものではなく――けれど確かに、そこを越えた瞬間に、何かが変わった。

 チリリ、と後頭部がやけにざわつく。胸騒ぎがする。

 そっと、背後を見る。

「………………」

 私たちが歩いてきた道が、忽然と消えていた。まるで、最初から何もなかったかのように、そこには、桃色のもやがあるだけだった。

 手を伸ばすと、そこには何も触れられるものはない。けれどその向こうに行こうとすると、何かが私を押しとどめて、行くことはできない。

「……ケイ?」

 王女が、私の謎の行動が気になったのか、声をかけてくる。

 できるだけ王女に心配をかけさせないように、言葉を選んで、言う。

「王女。……戻れなく、なっています。どうやらここから先は、一方通行のようですね」

「そうですか」

 あっけらかんとして、王女は言う。まったく焦るような様子もなく、なんだかそれが、まるで予想がついたかのように、平然としている。

「予想通りです」

 王女はまっすぐに、私の目を見る。くりくりとした大きな目からは、恐れや、緊張や、震えといった感情は、一切感じない。いつもの、自信満々な、王女だ。

「RPGでは、ボスの部屋に着いたら戻ることはできません。きっとそういうギミックなのでしょう。あるとすればセーブポイントくらいですが、未実装のようです」

 見たことあるから、平気です、とでも言うかのように王女は言う。

「そんなこともあろうかと、前の町で各ポーションも買いました。宿屋で寝ました。アリスたちの準備は万端です!」

 私の不安を、全て吹き飛ばすかのように、王女は言う。

「勇者よ、臆することはない」

 にやりと、芝居がかって。私に向かって、勇者よ、と言う。

「やることは変わりません。ケイは、お姉ちゃんに着いてきてください。私が、ケイを出口まで導きますから!」

 先ほどから繋いでいる手を、きゅっと握りしめる。王女の手から自信という名の力が流れ込んでくるような気がした。

 先ほどまで黄昏色だった空は、今は濃い朱色へと変わっている。まるで空全体が燃えているようだった。熱は感じないものの、夜じみた背景から夕方の背景へと変わっただけで、なんだか気温が上がったような気がした。

 なのに――。

「…………」

 ぶるり、と体が震えた。

 気温のせいじゃない。むしろ暑くなったはずだ。だったらこれは――。

 自己分析するまでもない、緊張だ。

 無事に王女を、出口へと、現実へと、帰すことができるだろうか、という、緊張だ。

 それまでは、町があった。宿屋があった。補給地点があった。休憩地点があった。

 けれどここは――おそらく、敵の、陣地内。

 心も、体も、休む場所があるか分からない。

 HPを、MPを、補給できる場所があるか分からない。

 何かがあったとき、王女を守って、隠れる場所があるか分からない。

 ――だから、緊張する。

 この先にもきっと、敵が出てくるだろう。それまでの汎用エネミーのような簡単に倒せる敵ばかりとは限らない。

 私は、王女を、体を張ってでも、守らなければ、と心を新たにする。

 何があっても。

 私は王女を、守り切らなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケイ、見てください。このフィールドは、かなり縦長になっているようです」

 メニュー画面を開き、拡大したマップ画面を二人で覗き込む。私たちが居る場所が下端で、何度スライドさせても、まだ逆端を見つけられないでいた。

「ふむふむ、所々に色が違うところがありますね。紫色の部分は、沼地や毒のフィールドでしょうか、ここの付近を通るときには注意して――あ、ケイ、見てください! ワープゲートがあります!」

 今度も、マップがループしているのでは……? と邪推しかけていたところで、王女の弾むような声が響いた。

 王女が指差した先、やっと見つけたマップの上端に、緑色の二重円のアイコンが光っていた。そのアイコンが意味するワープゲートは、それぞれの町の教会に存在していて、起動させれば町から町へと一瞬で移動することができる代物だ。

 町にあるものは、黄色の二重円だ。けれどこの先にあるのは、緑色。

「ダンジョンの先にある緑色のワープゲートは、町に戻るか、そのままログアウトできるとフユの説明にありました。ここにさえ行けば、きっとログアウトできます!」

 王女の言う通りだと思った。ここにさえたどり着ければきっと――王女を、現実へと戻すことができる。

 私たちの冒険の旅もきっと、終えられる。

「ですが……。王女、こちらを…………」

 けれど、状況は王女が喜ぶほど、楽観視できるものではなかった。

 私が指差したのは、ワープゲートが見えるマップから、二回ほど下にスライドさせた位置にある、鬼の顔のようなアイコン。

 フユから聞いたアイコンの説明の通りだとすれば、このアイコンの意味は。

「ええ。このフィールドの、ボスが待ち構えていますね」

 ボス、倒すべき、強大な敵。

 それまで倒してきた敵とは、何もかもが違うであろう、敵。

 倒せるだろうか。いや、そもそもそこにたどり着けるだろうか――。私の胸に、不安という闇が覆ってくる。

 きゅ、と、王女の手が、私の手を握りしめる感触があった。

 顔を上げる。王女が、私に向けて、笑顔を向けていた。

「大丈夫です。アリスとケイが一緒なら、無敵です」

 光の剣を得たときにも、王女はそう言って、私を元気づけてくれた。

「ケイと一緒なら、輝く未来しか待っていません。さぁ、行きましょう!」

「…………はい、王女」

 王女に連れられて、一歩を踏み出す。

 私たちのゴールへと。輝く未来へと。

 この先にはきっと、困難が待ち受けるだろうけれど。

 ――それでも、貴女と一緒なら。

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