新しいフィールドを歩くこと、体感で十分ほど。辺りからは表現しようのない、ぴりぴりとした気配を後頭部に感じていた。
王女がRPGをプレイしているのを観測している中では感じることのできない、殺意のような感覚。ゲームの中に没頭するという感覚はこういうことなのだと――もちろん、現実と繋がってしまっているのだけれど――身をもって体感していた。
「…………王女。お気を付けください。……何かが、違います」
私の手を握って、数歩先を歩く王女はそれまでと足取りは変わらない。振り返って私を見るその表情も、それまでと変わらない。
「はい。新しいマップには新しい敵がつきものです。大丈夫です、ケイにはお姉ちゃんがついています!」
そう王女は言い、私の手を握る力に力を込める。警戒する私に反して、王女はどちらかと言えば、冒険のわくわくの方が勝っているようだった。
――ここは私が、気を引き締めなければ。
そう思っていた矢先、木の陰で光が反射するのが見えた。
「――――――!」
王女の手を引き、私が前に出る。王女と位置を入れ替わるのと同時に、光の剣を
木の陰から現れたのは、それまで見たことの無いエネミーだった。
それまではスネイルやウルフと言った、言うなればファンタジー世界の中にいるような生物だった。なのに――今十メートル以上先にいるのは、人型の、機械のような外観だった。二足で立ち、首を回し、周りを見回すような様子を見せている。しかもその手には、レイピアのような細剣が、光を反射している。――ファンタジー世界とはまた違う、恐ろしさがあった。
「王女。……やりますか」小声で話す。
「ええ、先手必勝です!」王女が大きく頷いた。
「分かりました。――いつもの通りに、お願いします!」
最後の言葉だけ、大きく吐き出した。相談が終わって、声を小さくする必要がなくなった――だけではなくて。胸の奥にどうしようもない不安が、のしかかってきていたから。
怖さを振り払うように、大きな声を出して。そしてトリガーを引き絞る。
光の球が五発、前方のエネミーに向かってまっすぐに飛んでいった。
着弾。爆発。
初弾は間違いなく命中して、残りの四発も同じ場所に命中していた。それまでの敵なら、ここで倒れて光となって消えるはずなのだけれど――、どうにも、違和感が拭えない。
「ケイ」
「…………その言葉は言わないでいてください。お願いですから」
王女の声色は、心配するときの声色ではなく。逆にどこか、うきうきとしたもので。視線を敵から切るわけにはいかないため、振り返ることはできないのだけれど――きっと王女は、その言葉を言いたくて仕方が無いのだと思う。
地面近くで着弾したからか、土煙が立ちこめている。その煙も、少しずつ薄くなっていくのが見え――
「――――ッ!」
タッ、と何かが地面を蹴る音がしたと思った瞬間、土煙の向こうから人型のエネミーが、無傷の状態で突っ込んでくるのが見えた。
「――――くっ、もう、一回!」
背後で王女がチャージを開始する音がする。私はトリガーを引き、発射。弾は確かに当たったのに、相手は倒れるどころか、走ってくる速度は変わらない。
「なっ――――――!」
もう一回――いや、撃つには距離が近すぎるし、さっきの様子を見る限り、発射は無意味。もう敵は目と鼻の先に来ていた。ここで私が避けてしまえば、敵は王女へと――
「――――! させ、ませんっ!」
光の剣を持ち上げ、盾代わりにする。
ガキンッと金属と金属がぶつかる音がした。光の剣に遮られて見えないが、しっかり防御はできていたようだ。
「――――――てぇっ!」
持ち上げた光の剣に、そのまま体当たりをするように敵へとぶつける。硬い物がぶつかる感触とともに、光の剣に感じていた重みは軽くなった。
ほんの少しずらして見ると、敵と距離が開いたのが見えた。
――今なら!
持っていた光の剣を、今度は横向きに。全力で力を入れて、フルスイング。
ガンッという音と共に、手応え。敵は右前方へと飛んでいくのが見えた。
「王女、今です!」
「分かりました。光よ――――!」
キィィィィン、と王女の光の剣が、うなり声を上げる。私が吹き飛ばした敵に向けて、王女が今にも主砲を放とうと、して――――。
視界の隅に、何かが光った気がした。
「――――――! 王女!」
王女の隣に、光の剣を抱えて割り込む。金属がぶつかる甲高い音と共に、光の剣に重さを感じた。その直後に、背後から轟音と風圧。王女は無事に主砲を発射できたようだった。
しかし、その一方で。
私の光の剣に圧力が加わり続ける。鍔迫り合いのような形になっているのが、状況的にも明らかだった。
――二体目、……いや、それだけじゃ、ない!
光の剣の向こうに居る一体の他にも、向こうから何体もの同じ人型のエネミーが走ってくるのが見えた。
「――――きゃっ!」
王女の悲鳴と、金属音。
「――――王女!?」
見ると、王女も光の剣を盾にして、敵の攻撃を防いでいるのが見えた。
初めて見る王女の焦ったような、真剣な顔。状況が不利なのが、目に見えて明らかだった。
「王女。引きましょう。私たちに近接戦闘は不利です!」
先ほどと同じように、押しつけて、殴り倒す。王女の光の剣にまとわりついていたエネミーは、私がやっているのを見てか、王女もフルスイングで吹き飛ばしていた。
「――分かりました。ケイ、あっちにマップの続きがあります。行きましょう」
「
「ケイも一緒です! ケイ、地面に砲撃を打ち込んでください!」
「王女、何を? …………ああ、承知、しました!」
土の地面に向けて、トリガーを引く。ドンッという大きな音と共に、土煙が上がった。
「ナイスですケイ! 逃げるコマンドを実行します!」
王女は無理矢理私の手を取り、走り出す。
その時、私の目に入ったのは。王女の肩口に、切り裂かれた跡のようなものが見えて。――そこから見える部分に、赤い、血が。
「王女! その、腕は――――――!」
「アリスは、大丈夫です!」
王女の声とほぼ同時に、ヒュンッと背後から何かが飛んでくる音がした。飛び道具を持っているようには見えなかったが、それを確認する余裕はない。私たちはただ、前を見て走り続けた。
◇◇◇
「………………」
「大丈夫ですよ、ケイ。お姉ちゃんのアリスが付いてます」
王女の手が、私の手を握りしめてくれる。王女に触れた箇所から温かさを感じることで、王女が健在だと、今も生きていると実感できる。
王女が今、私の隣に居てくれると、そう思えることが、私にとって、唯一の救いだった。
敵から逃げる途中で見つけた、廃屋の中に私たちはいた。
構造は町の中にある家と同じもの。玄関を潜り、奥にある階段を上り、左側の部屋へ。部屋の入り口は机と棚でバリケードを作り、私たちは、ベッドの上で隣り合って座っていた。
何かをしゃべろうとするけれど、何を話せばいいのか、まったく言葉が出てこない。
黙っていると、先ほどの戦いが、頭の中をぐるぐると巡ってしまう。
私の攻撃が通じず、防戦一方になってしまい。発射前の無防備な王女を狙われてしまった。肩口の傷はすぐに治療をして、止血までを済ませたものの、王女のジャケットは裂けたままで、そのジャケットの一部には血が染みついている。
私が、王女をお守りするはずだったのに。指一本すらも触れさせないと決意を新たにしたのに。王女が怪我を――――。
「ケイ」
きゅっと、私の手が握られる感覚があった。
手を見ると、王女の両手が、私の手を包み込んでいた。
「…………」
その時になって、初めて気づく。私の手が、細かく震えてしまっていたことに。寒いわけではない。でも、身体が、震えてしまう。
「大丈夫ですよ、ケイ。アリスは大丈夫です。全然痛くありませんから」
王女の優しげな声が、隣から聞こえてくる。私を元気づけるかのような優しい声色は。けれど、私の耳に音として入ったとしても、頭には、入ってくれなかった。
――王女に怪我を負わせてしまった。
――王女を喪うことになるかもしれなかった。
――王女をこの世界から脱出させられなくなるかもしれなかった。
少しでもその思考が働くと、怖くてたまらなくて、震えはまったく止まってくれない。
私の力不足で。私が足手まといで。守ると言った役割はただの思いなだけで、実際は――
「ケーイ」
頬に手の感触があったかと思うと、無理矢理、顔を上げさせられた。
王女の顔が、すぐ近くにあった。まっすぐな目で、王女に見つめられる。
「ケイ。ゲームの基本は、トライアンドエラーです」
ごつんと、額に王女の額が当たる。痛みと共に、王女の顔が近くに見えた。
「どんなプレイヤーだって。全てのゲームを、最初からノーミスプレイなんてできません。死んで、失敗して、そこから学んで、クリアに近づいていくんです。特に、理不尽なゲームのクリア方法は、えてしてそういうものです。攻略法なんてない、死んで覚える。そんなゲームは、たくさんあります。――モモイのゲームだって、そうです。理不尽です」
王女の言葉は、まるで子どもに言い聞かせるように、はっきりと、区切ったものになっている。
「ですが、そんな理不尽に立ち向かう方法はあります。――それは、コンティニューすることです。負けてもコンティニューをし続けて、勝つまでやれば、勝ちなんです。そう、モモイが言っていました」
「…………」
「コンティニューです、ケイ。一回や二回のコンティニューなんて、よくあることです。コンティニューを続けていれば、諦めなければ、ふとした時に道は開けます。ゲームというものは、そういうものです」
だから、と王女は言って。強く握っていた手を、離す。
「怖くないですよ。大丈夫。だいじょーぶ。アリスは無事です。ケイも無事です。少し休んで、コンティニューしましょう。勝つまでやればいいんです」
王女の手が、優しく私の頭を胸に抱く。
息を吸うと、王女の匂いを感じる。額に、顔に、王女の熱を感じる。
頭に、背中に、王女の手の感触がある。子どもにするように、優しく、叩かれる。
「王、女…………申し訳、あり、ません。私の力が、足りず……に…………」
「その時は、レベルを上げて物理で殴りましょう。RPGは、プレイヤーも、キャラクターも、成長するものです。縛りプレイをしない限り、レベルは上がります」
「………………、おう、じょ」
『申し訳ありません』と繰り返すたび、『アリスは大丈夫です』と返される。
まるで子どもにするようなその手つきと声は、けれど私の心の不安と恐れとで荒れ狂っている心を、的確に、静めてくれる。
――ケイ、お姉ちゃんが付いています。ゆっくり、休息を取りましょう。
――作戦会議は、前進は、その後でも、大丈夫です。
――今はただ、おやすみなさい、ケイ。
王女の声が、頭の上から優しく降ってくる。静かな優しい声と、頭と背中の軽い刺激に、王女の温かさに。私はほんの一瞬、瞼を閉じて、深呼吸を、しようとして。
「――――、」
「おはようございます、ケイ。ふふ、可愛い寝顔でした」
目を開けると、王女が上下逆に見えた。頭には柔らかい感触。――自分が王女の膝の上に寝かされているのに気づいて、慌てて起き上がる。王女はきょとんとした後に、口元に手を当ててくすくすと笑う。
「……敵、は? いえ、そもそも私は、どれくらい、寝ていました?」
「ほんの三十分くらいです。アリスの胸の中でケイが眠り始めるのを見て、モモイの見よう見まねで膝枕をしてみました。ケイは可愛いですね」
「…………申し訳、ありませんでした。王女。ええと、敵、は」
「敵の索敵能力は、そこまで高くないようです。敵の気配も、音も、ありませんでした。ここに居れば、ダンボールの中にいるようなものです。安心です!」
王女は両手を握りしめて、笑顔を作る。
それはきっと、私を安心させるための仕草なんだろうな、と思う。
――私が、王女に弱いところを見せてしまったから。
「…………ここが安全なのは、分かりました。ですが、ここにずっと留まるわけにはいきません。王女には、この世界から脱出するという使命があるのですから」
「ええ、ケイと、ですね」
暗に言おうとしていた部分を否定されてしまった、声が詰まる。私は痛くても苦しくても、大丈夫、王女さえ、無事ならば、と。
だけどここでそんなことを言っても、王女は絶対に首を縦に振らない。それどころか、同じ問答を延々と繰り返すことになる。まるで、RPGの冒頭で王様から魔王を倒すように言われる時のように――。
「ええ。……一緒に、です」
だから私は、最大の上振れとなった場合の想像を、王女に返す。
「はいっ!」
危機的状況にあるにも関わらず、王女は満面の笑みで、私に返してくれた。
「…………ですが、状況は楽観視できません。有り体に言えば、私は戦力外、ですから」
必要な情報を、王女と共有する。王女がそうではないと言ってくれるけれど、現実はそう甘くない。
私の攻撃は、さきほどに対峙した機械型のエネミーに一切通ることはなかった。ワープゲートに通じる場所まではかなりの距離があり、先ほどのように敵と遭遇することは明らかだ。
そして一度接敵してしまえば――王女の砲撃以外にダメージソースがない、ということになる。
「私は、私の光の剣で防ぎ、振り回し、吹き飛ばすくらいしか能がありません。ですので私のことは、どうぞ王女の盾として扱ってください」
――ある意味で、これは本望だ、と思う。
王女の盾になりたい。王女が怪我をしないようにしたい。――それが、私の願いだったのだから。
「ケイがタンク役を果たす、ということですね。……お姉ちゃんとしては心配ではあるのですが……」
「いいえ。私の光の剣は、王女のものよりも少しだけ取り回しがしやすくなっています。その分、振り回しやすいです。盾としての機能としては十分でしょう」
『お姉ちゃん』を強調したがる王女は端に置いておくとして、役割についての説明をすると、王女はきょとんとした顔をして、そして首を横に倒す。
そんなの初めて聞きましたよ、とでも言いたげに、王女は私の顔をじいっと見てくる。
「ケイの光の剣、そんなに違うんですか? 撃つところ以外は、アリスの光の剣と同じだと思っています」
「エンジニア部のウタハ先輩やコトリの説明を聞いてなかったのですか、王女」
聞いたのはその時です、と言おうとすると、王女はぽん、と手を打つ。
「ああ。ケイがアリスとお揃いの武器を手に入れたっていう嬉しさだけで、アリスはまったく聞いていませんでした!」
満面の笑みで、そんなことを言う。
がっくりと、肩の力が抜ける気がした。
――いえ、いいんです。王女らしいと思ったのも決して嘘ではありませんから。
「…………持ってみますか? おそらく王女のものとは感覚が違うはずです」
「はいっ!」
王女の目が、『ケイの武器を持ってみたいです!』と言っている気がして、言ってみたところ即答だった。私はベッドから降りて、建物に入るにあたり、アイテム欄の中に収納していた光の剣を呼び出す。
――ほんの一瞬、武器の重さで建物の床が落ちるのではないか、と思われたのだけれど、それに気がついたのは呼び出した後だった。結果として、建物は軋むこともなく、そのままの形を保っていたので、そこは上手い具合にできているのだろう、と思われた。
「……はい、王女。扱いは変わらないはずです」
「はい! ……これがケイの光の剣ですか。――――えへへ、どうですか? ケイ」
私の光の剣を構えてみせる王女。光の剣自体は王女の物と形は同じだし、そもそも構え方や撃ち方は王女のものを真似しているのだから、その構えに目立って変わる所はない。
――けれど、やはり王女が構えてみると、私の光の剣も、どこか立派に見える気がした。
「凜々しいお姿です、王女」
「えへへへ……。うーん、確かに、アリスのよりも少し心なしか軽いような気がします。シールドバッシュがしやすい武器かもしれません」
何度か持ち上げるような仕草をしていた王女は、ふと名案が浮かんだ、とばかりに目を大きく見開いたかと思うと。
「ケイ。でしたらアリスの光の剣も持ってみてください!」
などと言ってきた。
王女の、光の剣を、私が――?
驚きのあまり声が出ないのを肯定と捉えたのか、王女は、私の光の剣を地面に置いたかと思うと二本指で空中に円を描き、メニュー画面を呼び出す。そしてすぐさま、王女のアイテム欄から、光の剣を呼び出した。
王女が持つ光の剣と、地面にある私の光の剣。形は同じな一方で、一つだけ違う所があった。王女の方は淡く光っていて、私の方は変わらず鈍色のままであること。まるで本物とまがい物かのように思える二つのうち、王女は光っている方を私に渡してくる。
「はい、一時的な取り替えっこです!」
私と王女の構えは、同じだ。だから王女の光の剣を持つときも、普段と同じように持つことになって――。
「お、っと、と…………」
ずしり、と想像以上の重さが手に伝わってきた。
形は自分の物と同じなのに、重量が違うということに、一瞬、頭と体の処理が追いつかなくて――身体が光の剣に引っ張られ、身体が
その時、ちゃり、と音がして、王女の光の剣にくくりつけられたロボット型のキーホルダーが、私の手首に触れた。
――途端。
音も無く突然、ロボット型のキーホルダーが、淡い光を放ち始めた。
「王女。…………あの…………」
その光は、王女の光の剣が発する淡い光と似たような、温かく、優しい光だった。
王女は、私の危なっかしい動きがあったせいか、ずっと私の方を見てくれている。
だからロボット型のキーホルダーの異変も、分かっているはずなのに。王女の方からは何も聞こえてこない。
顔を上げる。王女がその目も口も、大きく開けていた。
「ケイ。…………一体、何を、したんですか?」
「いえ、私が聞きたいくらいです。王女にお借りした光の剣を持っていたら、このキーホルダーが私の手の方にずれ落ちてきて、触れたと思ったら、こんな風に――」
「――――! ケイ、アイテム欄を開いてもらっ――わわっ!?」
「王女! ……まったく、あな――!」
王女が目を見開いたかと思うと、突然床に置いた私の光の剣に躓きかける。慌ててその手を取って支えると、小言を言う暇もなくそのまま私の背後に回ってくる。そして私の右手を掴み、力づくで腕ごと空中に二回輪を描く。そしてそのまま私の手を使い、アイテム欄を選択。スライドさせたアイテム欄の一番下には、見慣れない表記のアイテムがあった。
【ロボットのキーホルダー:魂の片割れ。正しい所有者が持つと、効果が現れる】
「――――――、王女、…………これ、は?」
「…………――――――っ! ケイ、すごいですっ!」
背後から――というよりも、耳元から――王女の弾んだ大きな声が聞こえてきた。
「このロボットは、アリスがケイをイメージして作ったものです! ケイのデータが入っているものです! ……本当に、ドラテスのようなことが、あるんですね……!」
私の手を痛いくらいに強く掴んだまま、王女は呟く。
そして音として聞こえるようにはっきりと、王女ははっと息を飲んで、再び私の腕を使って、メニュー画面を開いた。
「ケイ! ――――ケイ! 見てください!」
王女が指差した、私のステータス欄。【ケイ 勇者 ?呻シ撰シ擾シ呻シ舌???假シ撰シ擾シ假シ】と、文字が見えた。
「――――――」
瞬きをする。同じだった。
目を擦る。同じだった。
瞑目して眉間を揉んで開く。同じだった。
――私の視覚器官に異常が生じていないのならば。私の職業の欄に、【勇者】と、記載されていた。
「離ればなれになっていた勇者の肉体と魂が一つになった時、本当の姿を知るんです。アリス、ドラテスⅥで見ました! ケイは……ケイは、今、真の姿に、勇者に、なったんですっ!」
鼻がぶつかりそうなくらい、王女の顔が近づく。喜色満面といった王女の顔が、すぐ近くにある。
「おめでとうございます! ケイ! ……ケイも、アリスと同じ、勇者です!」
心の底から嬉しそうに、王女が私の手をがしりと掴み、上下に痛いほどに振る。
「これなら、ケイも敵を倒せます! ゴールが見えてきましたよ、ケイ!」
思考の端で『そんなに大きな声を出したら敵に見つかってしまいます』と浮かびかけたけれど、今は言わなかった。それ以上に――『私でも、王女のお役に立てるのかもしれない』と思えるのが、嬉しくて。
王女の足手まといではなく。
王女の盾としての役割ではなく。
――王女と、肩を並べて、戦えるかもしれないと、そう思えることが嬉しくて。
――自然と、私の口元も、緩んでしまっているような気がした。