幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第十五話 ケイの反撃

「これは、ケイに返します!」

 光の剣を交換し終わったあと、王女は自身の光の剣にくくりつけられたロボット型のキーホルダーを外して、私の方へと手渡してきた。

「いいえ、これは、王女が作り、ヒマリに改造してもらったものでしょう」

 私は王女を通して視ていたから知っている。王女が作ったロボット型のプラモデルを、ヒマリが改造してキーホルダーにし、更にその中に『kei.sav』というデータを入れたことを。

 王女が光の剣や、モップや、学校の鞄に、ことあるごとにそれを付けていたことを。夜な夜な寝る前には、キーホルダーの頭をつつきながら『ケイ』と呼んでいたことを。

 全部、王女の目を通して視てきた。王女がそのキーホルダーを、どれだけ大事に――振り回してはいたけれど――していたかを。壊れる度にヒマリにお願いして、直してもらったことを。

 王女の宝物と言うべきものであり、ゲーム内の言葉で言うならば『それを渡すなんてとんでもない』だ。

「いいえ。元の持ち主はケイです。だから、ケイに返します」

「持ち主は王女です。作ったのも王女なら、持っていたのも王女です。少なくとも『返す』という言葉には当たりません」

 王女はキーホルダーと私の顔を交互に見て、それから頬を膨らませる。

 ――ここ辺りは、仕草がモモイとそっくりだと思う。

 今頬をつつけば、きっと風船のように口から息が抜けるのだろう。王女はかわいげのある顔をしながら、少しだけ唸って、唸り続けて――

「なら!」

 顔をくわっと上げて、王女はまっすぐに私を見て――。

「アリスは、このキーホルダーを、ケイにプレゼントします!」

 両手に乗せたキーホルダーを、ずい、と私に突きつけてきた。

 返す、ではなく、プレゼントする。所有権自体を移す、ということ。

 角が立たない、優しい表現に、王女の心遣いを感じる。

 『どうですか、これならケイは受け取りますよね?』とドヤ顔で見つめてくる王女は、魅力的に見える。これが王女からの『お願い』だとしたら、私に受けない、という選択肢は、ない。

「分かりました。王女が私にいただける、ということでしたら」

 そう言って、手に取る。手に取った瞬間、キーホルダーは再び、淡い光を帯び始めた。

 王女にならって、光の剣にキーホルダーを付ける。キーホルダーの淡い光は、光の剣へと伝播していって――王女の光の剣と同じように、淡く光る武器となった。

「――――――!」

 王女の方から、息を飲む音が聞こえた。

 私の光の剣が、王女と同じく、輝くのを見て。

「ケイの光の剣も、勇者仕様になりましたね! アリスと一緒です!」

 王女に抱きつかれて、危うく光の剣を落としかけた。

 強く強く抱きしめられる。王女の温度を、体で感じる。王女が嬉しそうなのを見、その声を聞いて、その時になって、やっと私の職業が【勇者】になった実感が持てた気がした。

 私も、王女と共に強くなれたのかと、王女に問いたくなった。

 でも、口にすることはなかった。

 ――だって。

 聞くまでもなく、王女は、私に『勇者』と、そう呼んでくれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私たちは、少しの休憩の後に、建物を出た。

 それまでの間、よほど嬉しかったのか、王女は私に抱きついたまま、ベッドに横になっていた。私は私で、それを振りほどくことはどうしてもできず、王女の嬉しそうな声を聞きながら横になるしかなかった。

「…………大丈夫です、王女。行きましょう」

 建物を出るときにクリアリング。敵影無し。道にはいくつかの分岐があり、どの道を通っても、最終的にボスが居る場所へとたどり着く。そしてボスを倒し、その奥に続く道を進み、ワープゲートまでたどり着けば、ゲームクリアとなる。

「はい。それでは行きましょう。次のステージへ!」

 またしても王女は、私の手を掴み、そして歩いて行く。

 王女と歩くこと、体感にして数十分。

「…………いました、ね」

 道の中央で待ち構えるように鎮座する、機械で人型のエネミー。

 少し前の敗走の記憶が頭を過ぎりかける、それと同時、王女の手が強く握られた。

「今のケイなら大丈夫です。行きましょう」

「…………はい!」

 私を信じてくれる王女と一緒なら、きっと、行ける気がした。

 光の剣を励起モードへ。いつでも発射可能な状態にし、構えながら前進。

 射程距離は前方無限。けれど威力をしっかり出し、かつホーミング可能な距離まではある程度近づく必要がある。腰を屈めながら、ゆっくりと、ゆっくりと、近づいていって――。

「――――――!」

 エネミーが急にこちらを向いて、こちらに走り出す。頭部分と思しきところの光は、赤色。明確に私たちを敵と認識しているように思える。

 こちら側の迎撃準備はできている。王女が下がり、私が一歩前に。

 ――今度こそ、王女には指一本、触れさせません!

 照準を定め、トリガーを引き絞る。

「――――発射」

 淡く光る光の剣から、光の球が五発、連続で射出される。発射時の振動などはそれまでと同じ。飛んでいく光の球も同じに見える。――けれど。

 ドンッと機械型エネミーに直撃した瞬間、それまでとは違う音が聞こえた。硬い物がぶつかり合う音ではなく、爆発に近いような音。

 土煙が舞う。前回はここで油断したから、王女を危機に陥らせてしまった。いつでも撃てるように、土煙の向こうを凝視し続ける。斜め後ろでは、王女が光の剣を構えている気配がする。そして光の剣の小さな稼働音も。

 煙が次第に晴れていく。

 機械型エネミーは、ひしゃげた状態で地面に崩れ落ちていた。

「――――――っ! お――」

「やりましたね、ケイ!」

 振り向くのとほぼ同時、一瞬視界が暗くなった。後頭部に圧力を感じ、王女の胸に顔を埋めている、というのが匂いで分かった。

「やはりケイは勇者です! 光の剣の持ち主です! アリスの自慢の妹です!」

 嬉しそうな王女の声が、頭上から聞こえる。息は苦しいし、後頭部は強く抱きしめられる手でほどほどに痛い。けれど、嬉しい、という気持ちの方が強くて、決して離れたい、とは思わなかった。

 

 それからしばらくして、私は王女から解放された。

 そして先ほど倒した敵が居た方を見て、私は目を疑った。倒したはずの敵はそのまま消えることはなく――残骸はそこに有り続けた。

「…………え」

 このゲームのエネミーは、倒せば光の粒となって消える。

 ……そのはずなのに、機械型エネミーは、今も地面に横たわっている。

「…………王女、お気を付けください。もしかしたら、このエネミーはまだ――ちょっと!」

「大丈夫です、ケイ。このエネミーは、もう動きません」

 王女は指先でその残骸をつんつんとつつく。

 動き出したらどうするんですか。敵の手にはレイピアが握られているんですよ――そう言いたかったけれど、口を開く前に王女は敵から離れていた。

「さっき光っていた目、でしょうか、の光も無いですし、動くときに小さく音が鳴っているんですが、それも聞こえません。おそらく動力がだめになったのでしょう」

 そう冷静に分析した。

「だから、大丈夫です。……ですが」

 頬に人差し指を当てて、うーんと悩んだ仕草をする。この場所は切羽詰まっているはずなのに、その姿はやけに可愛らしく見える。

「困りました。エネミーが光にならないと、経験値アイテムもコインもドロップしません。これではケイがどれだけ戦っても、レベルアップしません」

 それなりの時間、視線を空へと向けながら考え込んで、王女が口にした言葉はそんな内容で――。なんだ、そんなことか、と思った。

「いいんですよ。私がこの世界でレベルアップしなくても」

 王女が反論しようと口を開きかけるけれど、私の言葉はまだ途中だ。

「王女との連携は、こなせばこなすだけ、上手にできるようになります。私のレベルは上がらなくても、経験は、積めます。積んだ経験は、力になります。――だから、大丈夫です」

 経験値、という表に出ないものでも、力になるのだと、王女から教わった。

 過去にやったゲームの経験が、別のゲームでも活きるのだと。

 だから、私は困らない。王女はお優しいから、気になるのだろうけれど。私は、それでいい。

 私の目標は、どこまで行っても――王女をお守りし、王女がここから無事に出られればいい、それだけなのだから。

「ケイ」

 私の言葉に、王女は目尻を下げる。

「ケイも、そこまで言えるようになったのですね。アリスは嬉しいです。ケイが、ゲームの真髄にたどり着いたと、モモイに報告しなければいけませんね」

 その表情は、ヒマリが王女に向ける表情に似ていた。

 それはまるで――慈母のような、聖職者のような、母親のような、優しい、笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私が行きます! 王女は準備を!」

「分かりました。チャージ開始します!」

 敵を発見し、私が前へと飛び出す。励起(れいき)モードの光の剣は、いつでも発射準備ができている。

「――発射!」

 トリガーを引き、光の球を発射させる。敵は見えるだけで七体。まっすぐに飛んでいった光の球は、一定の距離まで近づくと二発と一発に分かれて、敵に飛んでいく。機械型の人型エネミーに直撃し、ドンッと音がするのと同時、再びトリガー。五発。分かれる。直撃。

「――――――ッ!」

 砂煙の向こうから、人型のエネミーがレイピアを構えて突っ込んでくる。光の剣はまだクールタイムが抜けられていない。光の剣を持ったまま右手を上にし、敵と私の間に光の剣を突き立てる。

 ギィンッと甲高い音を立て、エネミーの刃が光の剣に弾かれる。その瞬間に光の剣を押し当て、エネミーを吹き飛ばす。その右方向を、王女目がけて走って行く不届き者がいる。右手を引いて、光の剣を横向きに。右方向から左方向へのフルスイング。先ほど後退させた人型エネミーの方向へと吹き飛ばし、二体が仲良く衝突する。その二体を物理的に飛び越えてくる、飛行体のドローンタイプのエネミー。トリガーを引いて、撃ち落とす。

「ケイ!」

 後ろから王女の声。その声色は、王女に危険が及んでいるものではなく、王女の準備が整ったことを意味する。

 いつでも敵を押さえられるように光の剣を盾の位置で構えつつ、右方向へと飛び退く。

「光よ――――――!」

 次の瞬間、轟音と共に光の柱が背後から伸びてきて、三体の機械型エネミーを光の中に巻き込む。

 光の柱が止み、轟音に伴う耳鳴りが止んだ頃――私の隣には、微かに抉れた地面が遥か先へと伸びていた。

「…………ふぅ……」

「かんぺき~な勝利です!」

 光の剣を背中に背負い、王女が腰に手を当てて盛大に自慢げな顔を晒している。どこかのセミナーのシスコンが聞いたら赤面しそうな言葉を言っているけれど、通信が途切れている今は誰も聞いていない。私だけの特権だ。

 跳ねるように歩いてきた王女は、私の手を両手で包み込んで。

「ケイもナイスファイトでした! GG(グッドゲーム)です!」

 王女は満面の笑みで、私を労ってくれる。

「王女も、見事な一撃でした」

「ケイが敵を一箇所にまとめてくれたおかげです。アリスはケイの指示通りに撃つだけでした!」

 発見したエネミーの群れを、王女との連携の末に打ち倒した。周りに動いているエネミーはなく、気配も感じない。光の剣を休止状態へと戻し、一息を吐く。

 あれから、何回も敵の群れに遭遇したけれど、少しずつ取れてきた連携のおかげで、そこまで怪我をすることなく、敵を倒すことができていた。

 そこまで、とは私が敵を押さえようとする際に敵のレイピアが腕に(かす)ったり、新たに出てきたドローン型のエネミーの機銃掃射で被弾したりと、細かい傷は作ってはいるものの、包帯などを使う必要がある怪我までは負っていない。

 ――だって、もしそんなことになったら――王女が、本気で、心配してしまうから。

 機銃の一発を受けてうめき声を上げただけで、後ろから心配する声が飛んでくる。前衛の仕事とはそういうもの、だと思っているのだけれど、

「ケイが前に立つなら約束してください。怪我はしちゃいけません。お姉ちゃんとの約束です!」

「ええ…………?」

 いくら懇切丁寧に説明しても、王女は聞いてくれない。『ケイが怪我するのは駄目です。妹を守るのがお姉ちゃんの仕事です!』の一点張り。

 はい、を選ばなければ終わらない問答を行い、理不尽極まりない約束を取り交わされることとなった。

 今のところは、怪我を負っていない。今後もそうならないという保証はないけれど――でも、王女を悲しませるようなことは、したくないとは思う。

「…………」

 人差し指と中指を合わせて、空中に輪を描き、メニュー画面を呼び出す。【ケイ】と表示された私の画面には、【勇者】という職業と、レベルと次のレベルまでの経験値が表示されている。この数字は、この新しいステージに入ってからというもの、数字はまったく動いていなかった。

 王女が光の剣で吹き飛ばしても、やはり経験値自体は入ってこないようだ。

 けれど、王女との連携は戦闘の回数を重ねる度に上手く行くようになっている、ような気がする。王女となら無敵――とまでは行かないけれど、それなりにできている自負がある。

 この先に待ち構えているボスが、どれだけのものなのかは分からないけれど――少なくとも、ここに来た直後のような怖さは、今の私には、ない。

「王女」

「はい」

 私の右手を包み込む王女の両手を、私の左手がその上から触れる。

「もう少し、です。頑張りましょう」

「はいっ! ケイと一緒なら、無敵です!」

 私が言おうとして言わなかったことでも、王女はしれっと口にする。

 その度に、私は。

「………………」

 嬉しい、とも、恥ずかしい、とも、誇らしい、とも、恐れ多い、とも。

 上手く言えない感情が、私の中を駆け巡って。

 王女から、顔を、逸らしてしまう。

「ふふっ」

 その度に後ろから、王女に抱きつかれて。

「ケイは可愛いですね」

 ――なんて、そんな事を、言われるんだ。

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