道はいくつも分岐している。けれど最終的に、一本の道へと繋がる。そしてその道の最奥部には、出口であるワープゲートがある。そしてワープゲートの途中には、その道を塞ぐようにボスのアイコンが鎮座している。
――このマップの作成者が誰なのかは分からないけれど、いい趣味をしていると思う。
どう立ち回っても、最終的にボスと戦わなければならず、逃げ道はない。――それがゲームのお約束なのだと言われればそうなのだけれど……やっぱり、いい趣味をしていると思う。
最後の分岐点を超え、私たちは最後の一本道に差し掛かる。
道を戻ること自体はできる、けれど戻った先に町は無く、戻る意味も理由もない。私たちは前進を選択し、ボスが待つマップへと足を進め――道の上に、何かの姿を捉えた私は。
「――――」
反射的に王女の前に立ち、そしてその視界を遮った。
このフィールドに来て、無機物しか見てこなかった中。私の目が捉えたのは有機物――おそらく、だったもの――で。
「ケイ」
王女の声は、前に同じ事をした時に発せられた疑問形の声ではなく。『分かってます。大丈夫です』とでも言うような、しっかりとした声だった。
私の行動も同じということもあり、おそらく、王女にも予想が付いたのだろう。その声色を信用し、一歩、左へずれる。王女の視界をクリアにし、二人でゆっくりと、近づいていく。
道の中央部に、桜色、深緑色、橙色――三人ともが同じような形の服を着た、和装の少女が倒れていた。
その和装は、私たちの職業判断をしてくれ、『サポートAI』と名乗った、フユと同じものに見えた。
フユは『私たちサポートAI』と言った。あの日の声明は『我ら』と言った。モモイはフユの名を聞いたとき『どーせ四姉妹で』と言い、ヒマリが肯定した。
おそらく、フユ以外の三人が、これらなのだろう、と予想が付いた。
「…………」
――なぜ三人がここに倒れているのか、だとか。
――これらがこの世界の乗っ取りの首謀ではなかったのか、だとか。
――ならこの世界の現状はどうなっているのか、だとか。
頭の中に、いくつもの疑問や憶測や推測が浮かぶ。頭の中で、私の今までの情報を整理しようと、勝手に思考が働き始める。
「………………いえ」
私はそれらを、頭を振って振り払った。
この世界の乗っ取りをしたのが誰で、何の目的があるかなんてことは、今考えることではない。今はただ――王女を無事に元の世界に帰すこと。それが私の役割で、目的だ。それ以外に使う思考のリソースは、不要。
目の前の事象を見、進むだけ。そう割り切って、私は三人に近づく。
倒れている三人の傷は、どれもが何かで切り裂かれたような傷痕だった。
背中や前方が斜めに切られていて、和装の間から見える傷は、どれもが深く、致命傷に見えた。
――おそらくは、この先に行こうとして、機械のエネミーにやられたのだろう、と予測が付いた。
口元に手を当て、声をかけ、衝撃を与え、揺する。王女であれば、脈や鼓動で確認するのだけれど、これらにはそれがない。だから客観的なものでしかないけれど――おそらく、フユと同じだろうと思えた。
いつ、こうなったのかは分からない。けれど、三人は生を終えたまま、ここにずっと倒れていたという事実だけは確かだ。
「…………」
背中に、ひやりとした物が流れた気がした。
私たちも、こうなる可能性があるのだと、まざまざと見せつけられた気がした。
背後に立つ王女は、何も言わない。私の行動を、見守ってくれているだけ。
私は、王女に言われるより前に、まず一人を担ぎ上げ、そして道の端へと運ぶ。
「全てを終えて、もし、また戻れたときには。ゆっくりと眠らせてあげましょう」
「はい。そうしましょう」
木の根元に三人を寝かせ、私たちは歩き出した。
――さて、ケイ。ボスとの戦闘前には休息が必要です。ここで一休みをしましょう。これはお姉ちゃん命令です!
三人の亡骸と分かれてから、少しの時間が経って。王女は――いつものように――突然私の手を引いたかと思うと、道を外れ、草地へと私を座らせた。
それまで私の手を引く王女は、いつもと少しだけ違い、何かを考えるような表情をしていた。王女が何かしらを考えた結果の行動、なのかと思う。
草地に座るや否や、『休息には飲み物が必要です』と全快にも関わらずHPポーションを開け、私に手渡してくれる。王女が口を付けているのに私が飲まないのは失礼、と私も口を付けると、思った以上に喉が渇いていたのを実感した。――味は、やはり決しておいしいとは言えなかった。
「ケイ、手や足の擦り傷は、痛くないですか?」
「大丈夫です。王女の腕の怪我に比べれば、痛くもなんともありません」
ここまでの戦いで、私が傷を負わなかったとは言わない。けれど、少なくとも、あの時以降、王女には文字通り、指一本触れさせることはなかった。
そこは、明確に自分自身を褒めてやりたいと思う。
「アリスの方はへっちゃらです。ケイが手当してくれましたから」
「なら私の方も平気です。王女がやり過ぎなくらいに手当してくれましたから」
腕や足に過剰なほどに張られた絆創膏を見せつけると、にこー、と、王女の目が細められる。
褒められると、嬉しいという感情を隠しきれないのが王女だ。
こういう所が、王女が可愛いと思われる要因なのだな、と分かる。王女を通して観測している時では、王女の表情までは分からなかったから。王女の言葉に対して、ゲーム開発部やユウカが優しい笑みを浮かべている理由が分からなかったが、今ならそれが理解できる。
王女の素直さ。純粋さ。まっすぐさ。そう言うところに、引かれ、共感し、気になっていくのだな、と思える。
今の私も。最初の時から変わらず、私に対してお姉ちゃんであろうとするその姿に。惹かれているのだから。
「王女は、準備はできていますか?」
この先にはボスがいて、そこからまた歩いた先に、ワープゲートがある。
ワープゲートにたどり着きさえすれば、この閉じた世界から脱出できる。
危険に満ちた、この旅路も――終わる。
だけどそれは、無事にたどり着けば、の話だ。道中のエネミーには王女と連携をすることで倒せるようになった。しかしボスともなれば、きっと勝手は違うのだろうと思う。
怪我をすれば、現実に転化される。ゲーム内で負けてしまえば――おそらく、意識がこのゲームの中に遺されたままになるのだろう。それはつまり、直接的な死を迎えることになる。
肉体が存在しない私はともかくとして――王女は、王女だけは、そんなことはあってはいけない。ゲーム開発部の面々と共に生きるのは王女で、私はあくまでも、それを見守るだけの存在だから。王女と共にありつつも、王女の代わりにはなれないから。
だから――この先が、私にとっての、最後の戦いになるだろう、と思えた。
「はい。MPポーションも飲みましたし、体力も全快です! ……ただ」
王女が私の方を見て。不意に、視界が真っ暗になった。
「ケイが不安そうな顔をしているのは、アリスは見過ごせません」
頭の上から、声がする。
「ケイが震えているのは、アリスは我慢なりません」
息を吸うと、王女の匂いがした。
「アリスの可愛い妹が『平気だ』って強がってるのを、お姉ちゃん知ってます」
私の思考を読むかのように、王女は言う。
「だから。準備は万端ではありません。ケイが元通りになるまで。アリスは待ち続けます。ケイとアリスは、一心同体で、二人で一人で、そして――一緒に帰るんですから」
温かさと柔らかさを感じられる所に、私の額が載せられて、そして後頭部からは、王女の手の平の温もりを感じた。
――もしかして。いや、もしかしなくても、これは。
「…………王、女」
膝枕、というものでは――――。
「こういうときくらい、『お姉ちゃん』、と呼んでみませんか? ケイ」
「………………いいえ、お断りします」
「残念です」
眉を下げて、困ったように目を細める王女の顔が見える気がした。
客観的に私と王女の様子を見たわけでは無い。けれど、このような状況を、私は王女を通して視たことがある。しかも、何度も。
才羽姉妹の妹の方、ミドリが『アンチコメを見た』と言葉を発したのを最後に、姉であるモモイに抱きついた。モモイは慣れた手つきでミドリの頭を膝上に乗せ、頭を撫で続けていた。
姉とは、妹にこういうことをするのだと、王女もモモイから学んだのだろうと思う。
私は、人格を持った『役割』だ。
だから私には姉妹も居ないし、家族という存在もない。
だからそれは、仮想のものなのだろうけれど――。
お姉ちゃんとは、こういうものなのか、と、おぼろげにそんなことを思った。
「ケイ」
私を呼ぶ声がした。
「なんですか」
「…………ふふ。いえ、なんでもありません」
頭上から、王女の吹き出すような声が聞こえた。それからずっと、くすくすと笑うような声が定期的に聞こえてきて。
髪を撫でられながら、王女の楽しそうな声を聞く。
決して、嫌な気はしなかった。
「ケイは、準備はできましたか?」
「はい。……王女の、おかげで」
怖さも、手の震えも、王女のおかげで、無くなった。不安は、決して無くなる訳ではない。けれど、王女が居てくれるならば、きっと、大丈夫。
散々甘やかされたせいか、王女の顔を見るのが、なんだか恥ずかしく思える。
「ケイ成分はたっぷり補給しました。行きましょうか、ケイ」
「…………はい、王女」
王女は相変わらず私の手を引く。私がお姉ちゃんだと。私がケイを導くんだと。そう、言うかのように。
このゲームにログインして、私が存在してから、その関係は変わっていない。
私は王女に引っ張られてばかりだ。――だから。だけど、今くらいは。
王女の手を、それまでよりも強く握って、王女の手を、私の方から引き寄せる。
「行きましょう。一緒に」
一歩歩幅を大きくして踏み出して。王女の隣へ。
王女の目が、くりくりとした大きなものから、そしてゆっくりと、細められて。
「…………はいっ!」
満面の笑みで、頷いた。
◇◇◇
休憩している場所から、その気配は薄々と感じ取れていた。
王女と共に手を繋いで歩むにつれ、その気配はより強くなっていくのが分かった。
息が詰まりそうな圧迫感。ひりひりと頭を焼くような緊張感。この先に待ち受けるものへの不安感――様々なものが、私の中にあることを、自覚する。
大きく深呼吸をする。手に力を込めると、王女の方から握り返される感触があった。
現金な物だと思う。――けれど、それだけで、楽になれるような気がした。
「――――――――――」
歩くこと、数分。左右に伸びていた木が途切れ、突然視界が広くなった。
円形の広場のような空間が、目の前に広がっている。
木々の中に敵が隠れていないかと確認する必要が無くなった反面――その広くなった部分の向こうに、巨大な球形の何かが見えた。
それは、何か、としか言い様のないものだった。
それが、広場の中央に鎮座していた。
「ケイ」
王女の声が、私を呼ぶ。
握られ続けていた手は、ほんの少しだけ強く握られて。
「アリスには分かります。あの丸いもの、きっと動きます。ボス戦闘です」
目を大きく見開いて、それはまるで、新しいおもちゃを見つけたときのように、きらきらと輝いているのが見えた。声色も、どこか弾んでいるようにも感じる。
――王女? 貴女はボス戦闘と仰いました。なのになんですか、その輝いている目は。
緊張で先ほどから何度も生唾を飲み込んでいる私とは裏腹に、王女の足は今にもその置物に向けて走り出しそうですらあった。
「王女。落ち着いて下さい」
「落ち着いてますよ、ケイ。アリスはいつでも冷静です」
「……そうだといいですが」
「それはそうと」
私の皮肉は、聞いてない振りをされた。
「ケイ。アリスにいい考えがあります」
私と繋いでいる手を離して、王女は腰に手を当て、えへんと息を漏らす。
「まだあちらは動いていません。おそらく一定の距離まで近づけば、動き出すことでしょう」
王女が視線をボスに移すのに合わせ、私も同じものを見る。未だに動かない鉄の塊がある。
王女の言葉には、私も思うところがあった。これまで見てきたエネミーも、私たちを視界に捉えた時点で私たちを狙ってきた。そして家に隠れている間は、襲ってこなかった。
熱源感知をしているわけではなく、きっとセンサーか視界のどちらかで、私たちプレイヤーを認識し、襲ってくるのではないか、と。
つまり私たちの位置は、現在は相手からの射程外ということで――。
「………………王女」
おや、と頭に一つひらめきに近いようなものを感じた。
こんなとき、王女ならどう考えるだろうか、と思考が働いて。
隣を見る。いつの間にか、キィィィンと、聞き慣れた音が、聞こえてきていた。
「…………えへへ。ケイはアリスの気持ちを読み取るのが早いです、流石はアリスの妹です」
――貴女の妹ではありません、とそれまでのやり取りをやる暇は、私には残されていなかった。
なぜなら。
「光の剣、チャージ完了」
王女がいつの間にか、光の剣を構えていた。さらには、発射準備すらも完了していて――。
「――――――――!」
「光よ――――――!」
王女の光の剣から、白い光の柱がまっすぐに、ボスへと向かっていった。