王女の砲撃はまっすぐにボスへと向かい――そして、激しい音と地響きが聞こえた。
その衝撃で土煙が舞い上がり、広場の方は視界が悪くなる。
「王女。やるなら先に言ってください。私は王女の盾なのですから」
「やられる前に先手必勝。これが勝利の秘訣です。ヤッシーアイスランドなら、ボスのペックンも大きくなる前の卵で一撃です!」
王女は本当にどんなときでも普段通りだ。これが生きるか死ぬかの瀬戸際でも、それは変わらない。それが私に取って、どれだけ支えとなっているか――。
王女と話しているうちに、土煙は晴れていく。
王女の砲撃を受けて、倒れない敵はいなかった。――それまでは。
――けれど。
「…………王女」
私の声は、きっと震えていたのだろう。
「ええ。これくらいで倒れては、ボスじゃありません」
土煙の向こうから現れたそれは、傷一つ付いておらず、そして。
中央部分には、赤い光が、灯っていた。
「王女は、私の前から出ないでください。王女のことは、私が、必ず守りますから」
光の剣を構えて、王女の前に出る。恐怖は大きく息を吐くことで追い出す。
敵が何体来ようと、敵がどれだけ大きかろうと、私のやることは、変わらない。
王女をお守りし、王女を邪魔する者を蹴散らす。それが私の、『役割』。
「作戦はこれまで通りですね。分かりました!」
私の決意を、覚悟を、これまで通りと言い切る王女に、少しだけ肩の力が抜ける思いがした。
でも同時に、少しだけ楽になれたと思う。『気を張りすぎなくてもいいですよ、ケイ』と、王女に言われた気がした。
「頼りにしてますよ、ケイ」
「――――え」
王女に言われた言葉は、私の意識が聞かせた幻聴なのかどうか、それは、分からなかった。
「王女。今」
「来ますよ、ケイ」
思わず振り向こうとした瞬間、王女の声が私の体を動かす。
正面からは、まるでボスが指示を出したかのように、ボスを取り巻く位置に機械型のエネミーが続々と集結していた。
人型、ドローン型、そして初めて見る円形型――そのどれもが、殺意を持って、私たちに襲いかかってくる。
地上を人型エネミーがサーベルを持ち走ってきたかと思うと、その上空をドローン型エネミーが機銃を見せつけながら飛んでくる。そして、その後ろに鎮座するボスはと視線を移して――
「――――――! 王女! 横へ!」
光の剣を盾に構えつつ、横へと飛ぶ。
次の瞬間、ドンッと重く大きい砲撃音。私たちがいた場所を、高速の弾が飛んでいった。
風圧と共に、ビリビリと衝撃波が伝わってくる。ごろごろと転がってからボスを見ると、球状だったボスのあらゆるところから砲身が伸びていて、まるでウニかイガグリのような形状になっていた。球形の中央部からまっすぐに伸びる、戦車どころか要塞に備わっているものと見間違えそうなそれは、おそらく私たちに飛んで来た砲弾を打ち出した主砲だと思われた。メインとなる主砲を中心に、副砲が至る所に配置されたそれは、あらゆる方向からの攻撃を想定しているような、ゲームの中で『レイドボス』と言われるエネミーのような形状をしていた。
どこから発射されたものであれ、まともに当たれば、きっと『痛い』では済まないだろうと思う。
ボスだけでも厄介なのに、その周りには敵がうようよとひしめいている。
ボスを狙おうとすれば、取り巻きが邪魔になる。取り巻きを処そうと動けば、ボスから手痛い攻撃が飛んでくる――。
――厄介ですね、と思う。舌打ちをしたくなる。
でも――。
後ろを振り返る。王女が私に向けて、笑顔を向けていた。
王女と一緒なら、私は、できると、思えた。
「――――
膝を突いて、敵に向けてトリガーを引き絞る。
それまでと同じように、五つの光の球が光の剣から発射されて、それぞれが別の敵へと向かっていく。
着弾を見る前に、光の剣を縦に構える。
光の剣に、機銃から発射された弾が着弾する音が連続して聞こえる。
ドローン型エネミーの機銃は、致命傷になるような攻撃ではない。けれど痛みや弾幕は私たちの判断力を失わせて、そして本命の人型エネミーの攻撃へと繋がってしまう。
走ってくる音を頼りに、光の剣を持ち上げて横へと振り回す。
メキッという音と共に人型エネミーが吹き飛ぶのが見えた。時間にして数秒。弾幕の発射のクールタイムは終わっている。トリガー。発射。光の弾がドローン型エネミーをまとめて吹き飛ばす。
「ケイ!」
背後から王女の声。背後からキィィィンと頼もしい音が聞こえる。
私は王女の攻撃を邪魔する敵を視界に入れつつ、横へと移動。
「光――――――よ!」
先ほどの、ボスの砲撃の音とは性質の違う、地面が震えるような残響音と共に、光の柱がボスへと向かっていく。ボスと王女の間に居た敵もまとめて巻き込んで――着弾。
地響きとともに、再び土煙。
打ち終わって硬直している王女を目がけて、敵が襲いかかる。トリガー。打ち落とす。振り回す。トリガー。吹き飛ばす。トリガー。
前方の敵が薄くなったのを見、後ろを見る。王女の足元にはMPポーションの空き瓶が転がっていて、その光の剣の先端には、光が集まっていた。
「もう一回行きます! 光よ――――!」
再び砲撃。先ほどと同じ場所にいるボスへと向かって、光の柱が飛んでいく。
着弾。砂煙。
ドンッと重い音が響くのと、砂煙の中から砲弾が飛んでくるのはほぼ同時だった。
「――――ッ!」
砲弾に向けてトリガーを引きながら横へと飛ぶ。私の発射した光の弾は、敵の砲弾にただ打ち消されて消滅する。
回避を終え、振り向く。王女も地面に膝を尽きつつ、私に向けて頷いてくれる。
――まだまだ、アリスはやれます。
凜とした瞳は、そう物語っていた。
私たちに怪我らしい怪我はない。けれどボスも同様だった。敵の取り巻きの数は、倒している数の割に、減っているのかすらも分からない。
「…………く、何か、方法、は……」
――消耗戦になれば、私たちが圧倒的に不利。打開策は、何か――。
警戒しつつ周りを見回して、戦場全体を見終えた辺りで、背後から声がした。
「ケイ。私にいい考えがあります」
王女の手が、私の肩に乗る。
振り返ると、王女が口元に笑みをたたえていた。先ほどの凜とした表情とは違い、それはどちらかと言えば、今の状況を、楽しんでいるような。そんな、わくわくとした表情で。
「砲塔の中に、直接打ち込みましょう」
「…………はい?」
私の頭には疑問符ばかりが浮かぶ。砲塔の、中に。砲塔って、あの、砲塔ですか、王女。
えへん、と腰に手を当てて、王女が胸を張る。お姉ちゃんの顔をして、自慢げに、語る。
「ボスの装甲値は相当に高く、おそらく私の光の剣の砲撃を当てても効果的なダメージは与えられません。入った所で1ダメージくらいでしょう。なら、敵の弱点を突くべきです。機械型の敵の弱点は砲塔の中と、アリスは学びました!」
「…………ちなみにそれは、ゲームの知識ですか?」
「いいえ、モモイとネタ探しのために見たアニメです! ゲームにもなってます!」
想定していた答えとは異なるものの、似たようなものか、と思う。
「主砲の中に攻撃を届かせるには、ケイの力が必要です! ――ケイ、アリスを、助けてくれませんか?」
そう言って王女は、私に向けて、手を伸ばす。
私の力が必要です。と、王女に言われた。
「…………」
嬉しくない、訳がない。
「…………仕方、ありませんね。王女はいつも、無茶苦茶をします」
「モモイ直伝のプレイスタイルです」
「少しは周りを見回してください」
「ケイが見てくれているから、アリスは安心です」
「そういうことではなく」
きっと、私の口元は、笑みの形になっているんだと思う。
こんな、生死の瀬戸際だと言うのに。王女は最初から最後まで、ずっと、変わらない。
世界を滅ぼす兵器などではなく、ゲームが大好きな、私に対してお姉ちゃんぶる、一人のキヴォトスの生徒で。
だから私は、そんな姿に――惹かれているのだと思う。影響されているのだと思う。
そうじゃなきゃ――――、こんな無茶な作戦も、できるかもしれない、だなんて、思わない。
「承知しました。このままでは消耗戦です。――決着を、付けましょう」
「はいっ!」
王女の手を取る。きゅっと握られた手から、意志だとか勇気だとか、おそらく数値では証明できないであろうものが、伝わってくる気がする。
やるしかない。このボスを倒して、私は、王女をここから脱出させるんだ。
「前進します。敵を倒して道を切り開きます。王女は、ボスへの一撃のために砲撃は抑えてください」
「了解です! アリス、物理で殴ります!」
「トドメは、任せましたよ」
走り出す。後ろを、私と同じ足音が聞こえる。
全てを殲滅する必要はない。進む場所だけ倒せばいい。トリガー。五つの弾が飛んでいく。前進。打ち終わってから次弾装填までのクールタイム中は、防御と殴打で切り抜ける。トリガー。前進。後ろからは、何かを振り回す風切り音の後に、メキッと硬い物が折れる音。
背後の敵は王女が処理してくれる。前方からの敵を打ち倒し、前進、また前進。
「…………あ」
ふと思いつくことがあった。私の弾は
「――――発射」
光の剣をほぼ真上に向けたまま、発射。上空に打ち出された光の弾は、途中で上昇を中止し、自由落下を始め、途中から意志を持ったように敵へと向かっていく。着弾、爆発。
「わあ! ケイはINT値が高いです!」
――賢いです、と素直に言ってもらった方が私は嬉しいのだけれど。
盾の状態と構え体勢との切り替えが不要な分、進む速度は速くなる。走りながらMPポーションを飲み、舌に感じる不味さと補給されるMPのおかげで、頭が冴える感覚を取り戻す。
上空に向けて発射。走る。クールタイムが切れたら、再び走りながら発射。敵の攻撃は光の剣をそのまま盾にして――あと十数メートルでボスへとたどり着く距離まで到達し、私はそれまでと動きのパターンを変える。ボスの主砲の斜線上に、あえて、身体の位置を合わせる。
――撃てるものなら、撃ってきなさい。
ボスの主砲の上で光っている赤いランプが、より強い光を発した。それが発射直前の合図だということは、これまでの相手の様子で分かっている。
私は光の剣を地面に突き刺し、足に力を入れる。
――王女を守るのが、私の――役目です!
ボスではない、取り巻きの攻撃が左右から、私に向けて放たれる。頭に、腕に、身体に、銃撃を受ける。痛い、痛いけれど、耐えられない痛み、ではない。私がここで耐えなければ、王女が頼ってくれた私ではないから、歯を食いしばって、耐えて、耐えて――。
背中に、重みと軽い衝撃を感じ、頭上に影が落ちる。次の瞬間、耳をつんざくほどの轟音と、衝撃。そして同時に光の剣に凄まじい圧力が加わる。
「~~~~~~ッ!」
私が耐えられたのは、ほんの一秒にも満たなくて、私の足が、地面から離れる。光の剣に押し出される形で、私の体が、後方へと飛んでいくのが分かった。
光の剣とともに後方へ飛ばされる私の目には。
――けれど。
ボスの上空に、眩いばかりに凝縮された光が、映った。
「私たちの、勝ちです! 光よ――――――!」
スローモーションになる世界の中、王女が、光の剣を主砲の穴に向けて撃ち込むのが見えた。
大きな大きな音が聞こえて、それから私は、背中と頭に衝撃を受け、て――――。
◇◇◇
ふと目を開けると、空が見えた。
視線は動かせる。口も開ける。けれど声はうまく出てくれない。
そして体は、なぜか私の意志に反して動いてくれなかった。それどころか、腹部には鈍痛が響いていて――視線を下げると、私の光の剣が、腹部に覆い被さっていて、この重みなのだということが分かる。
「ケイ! ケイ、無事ですか!?」
王女の切羽詰まったような声が、私の耳に響いた。
かと思うと、腹部にあった重みが無くなる。ズシン、と地面が揺れる感覚があった。
「どこか痛いですか? 怪我はしていませんか? ケイ、意識はありますか?」
揺さぶられる感覚があって、心配そうな王女の顔がすぐ近くに見えた。
「大丈夫、ですよ。王女」
口の中に土が入ったのか、上手く口は動かせなかったけれど。その言葉はしっかりと言えた。
「よく、やり遂げられました。王女、私は――貴女が、誇らしいです」
「ケイが頑張ってくれたからです。流石は勇者です、ケイ」
そう言って、王女は私を抱きしめてくれる。
痛いくらいに抱きしめてきて、その痛さが、私がまだ生きているのだ、と分かる。
「痛い、です。王女…………」
「もう少し、このままでいさせてください」
「…………」
私からは王女の顔は見えない。ぎゅっと抱きしめて背中に回された王女の手は、これまで通り、温かい。
体が密着しているおかげで、王女の心音まで私に伝わってくる。高鳴っているものではなく、落ち着いた心音。王女の静かな心音を聞いて、私の心も落ち着いてくるような気がした。
「……………………、よし」
決意を秘めたような声と共に、背中に回された手が解放される。
王女は私から背を向けて、メニュー画面を呼び出し、そして手にHPポーションを持ったかと思うと、私に手渡してくる。
「ケイは私の代わりに攻撃を受けてくれました。飲んでください。最後の一本ですが、アイテムは戦闘中よりもフィールドで使うものです」
「ありがとうございます、王女。……ですが、後はワープゲートへと向かうだけです。私は平気です」
「いいえ、何があるか分かりませんから。最後まで気を抜いてはだめです」
私の肩に両手を乗せて、王女はきりりとした顔で私を見つめる。安堵した顔から、お姉ちゃんの顔へと変化する。
――確かに、王女の言う通りだ。意地の悪い人が作ったゲームなら、ボスを倒して油断したプレイヤーを絶望の底に突き落とすギミックがあったりするのだから。
「そう、ですね。いただきます」
それまでと同じ、よく分からない味の液体を喉に流し込む。
体に合った痛みが、徐々に抜けていく気がした。
体自体は、すぐに楽になれた。……けれど、口の中は、それとは真逆で。苦みとも臭さとも言えない風味が、口の中に残り続ける。
これに比べたら、王女と一緒に食べた、あのドクペ味のアイスの方がまだおいしいと思えた。――いや、決してあのアイスはおいしいとは言えなかったけれど――――。
「ケイ、なんだか嬉しそうです。HPポーションはおいしいですか?」
「いいえ、正直に言えばおいしくありません。ただ、これとの比較対象のことを考えていました。……さぁ、行きましょう。私たちのゴールは、この先です」
地面に落ちていた光の剣を拾い上げ、外観を確認。特に
よほど丈夫にできているのだな、と思った。ミレニアムタワーの中で王女がネルと戦闘したとき、光の剣を盾代わりにしたのは咄嗟の判断だと言っていたけれど、理にかなった利用方法なのだと、身をもって感じられた。
地面に、王女が放った砲撃の跡がくっきりと残っている。
えぐれた地面に沿って歩く。ボスが倒されたからか、周りには動いているエネミーはいない。地面に残っている残骸は、その全てが私のホーミング弾で破壊されたか、私か王女の光の剣で殴打されて破壊されたかのいずれかだ。
改めて、ボスの近くへと向かう。見上げるほどに大きな球体は、至る所から煙を吐いている。
目のように光っていた所は黒い穴にしか見えない。
強敵だった。けれど、私たちは打ち破った。
機械型エネミーは倒されても消えることがない。だからきっと、この残骸は私たちがこのゲームから脱出しても、ここに残り続けるのだろうと思う。
「ケーイー? 行きますよー?」
王女の声がした。顔を上げると、王女が少し先の方で私の方に手を振っていた。
「分かりました。今向かいま――」
シュルリ、と。
擦れるような、音が聞こえた。
足元に感じる、冷たい感覚。
視線を降ろすと、足元に、黒いコードのようなものが、巻き付いていた。
コードの先を視線でたぐると、それは、置物となった、球体の下部から、伸びていて。
ピッ、と、微かな音がした。
ドクン、と。球体の内側で何かが反応するような気配がした。
「――――――――ッ!」
ま、ずい。
何かが、起きている気がした。慌ててコードから足を外そうとする。がっちりと巻き付いて離れない。それどころか、コードは何本も伸びてきて私の右足首だけでなく、左足、胴体へと巻き付いてきて――――。
先ほどまで穴だったところが、微かに、紫色の光を帯びるのが、見えた。
なにやら、無機質な音が、聞こえ始めて。
「――――――――ケイっ!」
ガシャン、と地面が震動するほどの落下音と、王女が私を呼ぶ声がして。
「だ――――――」
めです、王女。こっちに、来て、は――――。
長い長い、電子音が響いて。
私の目の前に、黒い髪の毛が、靡いて見えて。
「 」
一瞬、音が聞こえなくなって。
そして。
私の視界は、白い閃光に、包まれた。