幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第十九話 The End Of Twilight

「……………………」

 王女の頭からヘイローが消える。

 ――それが意味することは。

 それ、は。

「………………――――――!」

 王女の首元に触れる。王女の口元に耳を欹てる。

 指先に脈を感じる。耳に王女の息を感じる。王女の生命が今も繋がっていることを、私自身で感じられる。

 王女は、今も健在だと、安心感を覚えるのと同時に、涙が溢れるのが分かった。

「おう……じょ………………」

 その痛々しい姿が、すぐに歪んで見えなくなる。腕で擦ると視界は戻るけれど、すぐにまた見えなくなる。

 

 それが、何回か続いたその時だった。

 

 ブツッ、と。頭の中に、微かなノイズの音が聞こえたのは。

【――――、イ………………】

 砂嵐のような音がザザッ、ザザッと聞こえた後――――

【アリス! ケイ!】

 明るく、元気で、騒がしい、声がした。

【ねぇ! 聞こえる!? 聞こえたら返事して! ――ちょっと、ヒマリ先輩、本当に音繋がってんの? 返事ないんだけど】

【――――――】

 遠くからの、誰かの声が微かに聞こえて。

【アリス! ケイでもいいよ! 聞こえてる!? 私だよ、モモイだよ!】

 ――ゲーム開発部の、お姉ちゃんの、声がした。

「………………っ」

 どのような端末で声を届けているのかは分からない。でも、モモイが手に持っているのがマイクなら、思い切り握りしめているだろうということが、手に取るように分かる。

 不意に、胸が詰まって。目が、熱くなって。視界が揺らいだ。

 安心感からか。不安だったからか。分からない。でも、それまでまったく出ることのなかった涙が、次々と流れてきて――。

「……………………ぁ、あ、……」

【聞こえた! ねぇ聞こえたよね、今のケイの声だよね!】

【うん、聞こえた。……でも、なんだか変、じゃなかった? ヒマリ先輩、音、もう少し大きくできますか?】

「――――――」

 聞こえてきたのは、モモイ、だけじゃなかった。

【しゃべってばかりじゃ、あっちからの声、聞こえない、かも。……少し聞く時間、取ろう?】

【あ、それもそっか。そっちの音声とキャラマップは見えてるよ。アリス、ケイ、そっちはどう? おーばー!】

 それっきり、騒がしかった声は聞こえなくなる。きっと、私の声を待っているのだろう。

 声を出そうとする。ひくっと、喉が鳴る。何を伝えればいい。今をどう説明すればいい。私の中には演算処理が備わっているはずなのに、全く、言葉が、出てこない。

「………………申し訳、ございません」

 演算にエラーが生じているのか、まったく思考が整理できなくて。口から漏れ出たのは、そんな、謝罪の言葉で。

「…………状況。敵個体の、爆発に、より…………私を、守って、王女が、負傷、しました。意識は、ありません。息は、あります。もうし、わけ。あり…………っ、ま、せん…………」

 声が、途中から明らかに詰まって、絞り出すような声になってしまう。

【――――え? 負傷? どういうこと? これ怪我とかそういうのないんじゃないの?】

【お姉ちゃん、ちょっと落ち着いて。あと貸して。……こほん、ケイちゃん、お話、聞かせて? 私たちはそっちに入れなくなってるし、アリスちゃんはコンソールにロックが掛かって外せなくなってるしで、何が何だか、分からないの。ヒマリ先輩も今後ろで動いてて、今は音声とマップだけがやっと繋げられたみたい】

 モモイと同じ声質の、落ち着いた妹の声が聞こえてくる。

「………………っ」

 王女を守ると言っておきながら、王女に守られる形となってしまったことを、報告するのが、ただただ、申し訳なくて。王女が帰る所に居る仲間たちにそれを伝えるのが、申し訳なくて、情けなくて、消えてしまいたくて。涙が、また、流れ始める。

「は、…………は、い。…………そ、の…………」

【落ち着いて。ゆっくりでいいから。一回、深呼吸しよう】

 頭が混乱して、うまく言葉が紡げないでいる私に、【大丈夫】とミドリは声をかけてくれる。

「は、い。本日、王女がログインして、私たちは、冒険を、いつものように、続けて、いて――――」

 未だに横隔膜は痙攣し続けて、発声に齟齬が出ているけれど、ミドリは私が声が詰まるたびに、優しく、声をかけてくれた。

 時系列に沿って、何があったかを端的に伝えるだけなのに、あまりにたどたどしく、要領を得ない報告になってしまう。私にあるまじき醜態にも関わらず、通信の向こうからは、何の咎の声も聞こえてこなかった。

「…………以上、です。王女は、今、私の、膝の上で、意識を、失ったまま、です。……現在、流血は、止まって、います」

 起こったことを話し終えると、通話の向こうに沈黙が落ちた。

【そっか。…………ケイは無事、なんだよね?】

 通信の向こうから届いたのは、罵声でも、怒声でも、落胆の声でもなく、モモイの、優しい声で。

「…………っ、は、い。…………王女、の、おかげ、で…………。で、も」

【ん。よかった】

 耳に、声が伝わる。

【状況は聞いた。……たぶん、アリスならきっと、そうするだろうなって、思った】

 怒るでもなく、けれど冷めたでもなく、どこまでも、包み込むような、声がする。

「この、先に……っ、ワープ、ゲートが、あります。そこに、行けば、……ここ、から……っ、脱出、でき、る……、はず、です……っ。私、たちは、ここを、目指し、て……き、て」

 モモイの優しさに耽溺(たんでき)するわけにはいかない。今私がやることは、王女を、王女だけでも、元の世界に、戻すこと。それだけで。

「王女…………だけは、王女、だけは…………帰して、差し上げたい。私は、……どうなっても、構いません。私なんかを庇った王女だけは、どうか……、どう、か……」

 通信の向こうに、私の姿は映っていない。けれど、私の頭は、勝手に下がっていた。

 どうか。大事な、大事な王女だけは、無事に、帰したい。帰さなければ。帰せるように、して、ください――。

【――――このおバカさんが!】

 モモイの声が、響いた。

【アリスだけ!? なに言ってんの! ケイも帰んの!】

「…………」

【あのね、ケイ、ゲーム開発部は、誰一人だって、仲間を見捨てないの! ケイだって、私たちゲーム開発部のメンバーで、仲間だよ! アリスだけ!? そんなの、私が認めない!】

「…………で、も。この、先。王女の力、無しでは。…………私だけ、では……」

 私の力は、王女の力を模したもの。王女のように、瞬間火力で敵をなぎ払うことなんてできない。私はあくまでも露払いの力しかなくて、私自身の力で道を切り開くなんて、ことは。私には――。

【ケイには、私たちが付いてる!】

「――――――」

 耳に伝わるモモイの声に、頭が上がる。

【今度は、私たちが、ケイを助ける番だよ!】

【進行ルートは、私たちが指示するから、ケイちゃんは安心して進んで】

【戦い方、は、私がサポートする、ね】

 三人の、頼もしい仲間たちの声が、響いてくる。

 さっきから、涙が止まらない。怖い、不安、恐れ、様々な感情が、私の中に渦巻いている。

 けど。

 ゲーム開発部の、仲間たちがいてくれるから。私は、一人じゃないから。

 服の袖で、涙を拭う。

「よろしく…………、お願い、います」

【任された! 行くよ、ケイ!】

 立ち上がる。足の震えも。怖さも。何もない。

 メニュー画面を開く。パーティメンバーには私と王女の名前しか表示されていない。

 ――でも、確かに。仲間たちがいてくれる。見守って、サポートをしてくれる。

 私は。一人ではないと実感する。

 それが、何よりも――心強かった。

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