「……………………」
王女の頭からヘイローが消える。
――それが意味することは。
それ、は。
「………………――――――!」
王女の首元に触れる。王女の口元に耳を欹てる。
指先に脈を感じる。耳に王女の息を感じる。王女の生命が今も繋がっていることを、私自身で感じられる。
王女は、今も健在だと、安心感を覚えるのと同時に、涙が溢れるのが分かった。
「おう……じょ………………」
その痛々しい姿が、すぐに歪んで見えなくなる。腕で擦ると視界は戻るけれど、すぐにまた見えなくなる。
それが、何回か続いたその時だった。
ブツッ、と。頭の中に、微かなノイズの音が聞こえたのは。
【――――、イ………………】
砂嵐のような音がザザッ、ザザッと聞こえた後――――
【アリス! ケイ!】
明るく、元気で、騒がしい、声がした。
【ねぇ! 聞こえる!? 聞こえたら返事して! ――ちょっと、ヒマリ先輩、本当に音繋がってんの? 返事ないんだけど】
【――――――】
遠くからの、誰かの声が微かに聞こえて。
【アリス! ケイでもいいよ! 聞こえてる!? 私だよ、モモイだよ!】
――ゲーム開発部の、お姉ちゃんの、声がした。
「………………っ」
どのような端末で声を届けているのかは分からない。でも、モモイが手に持っているのがマイクなら、思い切り握りしめているだろうということが、手に取るように分かる。
不意に、胸が詰まって。目が、熱くなって。視界が揺らいだ。
安心感からか。不安だったからか。分からない。でも、それまでまったく出ることのなかった涙が、次々と流れてきて――。
「……………………ぁ、あ、……」
【聞こえた! ねぇ聞こえたよね、今のケイの声だよね!】
【うん、聞こえた。……でも、なんだか変、じゃなかった? ヒマリ先輩、音、もう少し大きくできますか?】
「――――――」
聞こえてきたのは、モモイ、だけじゃなかった。
【しゃべってばかりじゃ、あっちからの声、聞こえない、かも。……少し聞く時間、取ろう?】
【あ、それもそっか。そっちの音声とキャラマップは見えてるよ。アリス、ケイ、そっちはどう? おーばー!】
それっきり、騒がしかった声は聞こえなくなる。きっと、私の声を待っているのだろう。
声を出そうとする。ひくっと、喉が鳴る。何を伝えればいい。今をどう説明すればいい。私の中には演算処理が備わっているはずなのに、全く、言葉が、出てこない。
「………………申し訳、ございません」
演算にエラーが生じているのか、まったく思考が整理できなくて。口から漏れ出たのは、そんな、謝罪の言葉で。
「…………状況。敵個体の、爆発に、より…………私を、守って、王女が、負傷、しました。意識は、ありません。息は、あります。もうし、わけ。あり…………っ、ま、せん…………」
声が、途中から明らかに詰まって、絞り出すような声になってしまう。
【――――え? 負傷? どういうこと? これ怪我とかそういうのないんじゃないの?】
【お姉ちゃん、ちょっと落ち着いて。あと貸して。……こほん、ケイちゃん、お話、聞かせて? 私たちはそっちに入れなくなってるし、アリスちゃんはコンソールにロックが掛かって外せなくなってるしで、何が何だか、分からないの。ヒマリ先輩も今後ろで動いてて、今は音声とマップだけがやっと繋げられたみたい】
モモイと同じ声質の、落ち着いた妹の声が聞こえてくる。
「………………っ」
王女を守ると言っておきながら、王女に守られる形となってしまったことを、報告するのが、ただただ、申し訳なくて。王女が帰る所に居る仲間たちにそれを伝えるのが、申し訳なくて、情けなくて、消えてしまいたくて。涙が、また、流れ始める。
「は、…………は、い。…………そ、の…………」
【落ち着いて。ゆっくりでいいから。一回、深呼吸しよう】
頭が混乱して、うまく言葉が紡げないでいる私に、【大丈夫】とミドリは声をかけてくれる。
「は、い。本日、王女がログインして、私たちは、冒険を、いつものように、続けて、いて――――」
未だに横隔膜は痙攣し続けて、発声に齟齬が出ているけれど、ミドリは私が声が詰まるたびに、優しく、声をかけてくれた。
時系列に沿って、何があったかを端的に伝えるだけなのに、あまりにたどたどしく、要領を得ない報告になってしまう。私にあるまじき醜態にも関わらず、通信の向こうからは、何の咎の声も聞こえてこなかった。
「…………以上、です。王女は、今、私の、膝の上で、意識を、失ったまま、です。……現在、流血は、止まって、います」
起こったことを話し終えると、通話の向こうに沈黙が落ちた。
【そっか。…………ケイは無事、なんだよね?】
通信の向こうから届いたのは、罵声でも、怒声でも、落胆の声でもなく、モモイの、優しい声で。
「…………っ、は、い。…………王女、の、おかげ、で…………。で、も」
【ん。よかった】
耳に、声が伝わる。
【状況は聞いた。……たぶん、アリスならきっと、そうするだろうなって、思った】
怒るでもなく、けれど冷めたでもなく、どこまでも、包み込むような、声がする。
「この、先に……っ、ワープ、ゲートが、あります。そこに、行けば、……ここ、から……っ、脱出、でき、る……、はず、です……っ。私、たちは、ここを、目指し、て……き、て」
モモイの優しさに
「王女…………だけは、王女、だけは…………帰して、差し上げたい。私は、……どうなっても、構いません。私なんかを庇った王女だけは、どうか……、どう、か……」
通信の向こうに、私の姿は映っていない。けれど、私の頭は、勝手に下がっていた。
どうか。大事な、大事な王女だけは、無事に、帰したい。帰さなければ。帰せるように、して、ください――。
【――――このおバカさんが!】
モモイの声が、響いた。
【アリスだけ!? なに言ってんの! ケイも帰んの!】
「…………」
【あのね、ケイ、ゲーム開発部は、誰一人だって、仲間を見捨てないの! ケイだって、私たちゲーム開発部のメンバーで、仲間だよ! アリスだけ!? そんなの、私が認めない!】
「…………で、も。この、先。王女の力、無しでは。…………私だけ、では……」
私の力は、王女の力を模したもの。王女のように、瞬間火力で敵をなぎ払うことなんてできない。私はあくまでも露払いの力しかなくて、私自身の力で道を切り開くなんて、ことは。私には――。
【ケイには、私たちが付いてる!】
「――――――」
耳に伝わるモモイの声に、頭が上がる。
【今度は、私たちが、ケイを助ける番だよ!】
【進行ルートは、私たちが指示するから、ケイちゃんは安心して進んで】
【戦い方、は、私がサポートする、ね】
三人の、頼もしい仲間たちの声が、響いてくる。
さっきから、涙が止まらない。怖い、不安、恐れ、様々な感情が、私の中に渦巻いている。
けど。
ゲーム開発部の、仲間たちがいてくれるから。私は、一人じゃないから。
服の袖で、涙を拭う。
「よろしく…………、お願い、います」
【任された! 行くよ、ケイ!】
立ち上がる。足の震えも。怖さも。何もない。
メニュー画面を開く。パーティメンバーには私と王女の名前しか表示されていない。
――でも、確かに。仲間たちがいてくれる。見守って、サポートをしてくれる。
私は。一人ではないと実感する。
それが、何よりも――心強かった。