幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第二十二話 それはまるで、夢であったかのような――

 光が少しずつ弱まっていき、線となっていた光が途切れた、瞬間。

 がくり、と身体に力が入らなくなり、膝を突いた。

 まるで体の中の全てを使い切ったような感覚で、脱力感と目眩が襲ってくる。光の剣を支えることもできず、光の剣が地面に倒れていくのを、見守るしかできない。

「はっ…………は、……はっ…………ヴ、ぅ…………」

 息が切れる。脱力感がより酷くなり、吐きそうになる。歯を食いしばったまま地面を見ていることしかできず、顔を上げるのも一苦労だった。

 視界の向こうには、エネミーの姿形は無く、まっすぐにえぐれた地面だけが見えた。

 敵の気配は、ない。

「や………………っ、た…………?」

 振り返る。王女は先ほどと同じ姿勢で、横になっていた。

 ヘイローは見えない。けれど、小さく、身体が上下しているのが見えて、ほっと息を付く。膝立ちのまま近づいて、首の脈を測る。弱々しくも、確かに、脈がある。

「おう、じょ……。よか…………った………………」

 ――王女は、大丈夫。私が、あとは、送り届ける、だけ。

 いつまでも、ここにいるわけにはいかない。王女を、できるだけ早く、現実に戻して差し上げなければ。

 寝かせていた王女を背負い、立ち上がる。体に痛みが走るけれど、あと少しの我慢と割り切る。――私よりも、王女の方が、絶対に痛いだろうから。

 そして地面に倒れたままの、大きくなった光の剣の肩紐を首に掛け、再び立ち上がろう、として。

「――――う」

 力がうまく入ってくれず、光の剣の重さに引っ張られ、前に倒れこみそうになる。足に力を入れて事なきを得たけれど、危うく王女と共に転んでしまうところだった。

 この二つが一つになった光の剣は、今の私にはあまりにも重く感じられるもので。背中に王女、前方に光の剣を携えて歩くことは、相当な痛みと苦しみを伴う物だということは、すぐに分かる。

 ――けれど、これを置いていくことは、どうしてもできなかった。

 いつ敵が来るか分からないし――何よりもこれは、王女の、勇者の証だから。ゲームの中であっても、たとえこれが、ただのデータにすぎないとしても――王女のものを、この世界で王女と共に在り続けたものを、ぞんざいに扱うことは、私にはどうしてもできなかった。

 一歩を踏み出す。体に痛みが走るけれど、我慢できない痛みではない、と自分に言い聞かせる。ゆっくりと、戦場だった広場を通り抜ける。ネームドエネミーが塞いでいた小道へと差し掛かると、向こうに、緑色の光の柱が立っているのが見えた。

 あれが、ワープゲート。そこを潜れば、王女は、元の世界へと戻ることができる。

 周りから敵の気配はない。不意打ちに警戒しながら、確実に、足を進める。

 背後の王女からは、吐息の音が微かに聞こえてくる。その微かな音が、今も健在だと私に知らせてくれる。私を安堵させてくれる。

「…………、モモイ、ミドリ、ユズ、聞こえますか? ネームドを、倒しました」

 それまでと同じように、通信を飛ばしてみる。ザザ、ザザッというノイズ音しか聞こえてこない。それまで、私にかけてくれた声援が嘘だったかのように、向こうからは声が届くことはない。

「――――――、」

 短い間だったけれど、私を支えてくれた三人(なかまたち)の声が届かないのは、少しだけ寂しいと思う。

 ――だって、このままワープゲートを抜けてしまえば、きっと、もう二度と、彼女たちと話すことは無いのだから。

「……お礼を。…………言いたかった、ですね」

 ふと、声が漏れた。

「私を、助けてくれて、ありがとう、と。……貴女たちが、頼もしい仲間が居なければ、私は王女を守りきれなかった、と」

 頭の中に、三人の声が甦ってくる。

 【大丈夫だよ! ケイは、ゲーム開発部の一員だから!】騒がしくも頼もしかった、モモイ。

 【ケイちゃんは、私たちを信じて】冷静なナビゲートをしてくれた、ミドリ。

 【そう、上手。このまま、頑張ろう】持ち得る技術を授けてくれた、ユズ。

「さよならも、ありがとうも、言えないというのは。…………寂しいもの、ですね」

 歩いて行く。終わりが、近づく。

 独りごちながら、歩いて行く。王女はこの先がある。けれど私はきっと、王女を無事送り届けるという役割が終われば、もうそれで終わり。良くてまた、王女の中で見守るだけの存在になるのだろう。悪ければ――その存在ですらなくなるだけ。

 王女を、無事に帰すことができる役割を果たせた。それで私は、満足だと思う。

 

 ――でも、心残りがあるとすれば。

 ――王女と、仲間たちと、もう少しだけ、冒険がしたかった、ですね。

 

 思考に余計な物が走って、視界が、少しだけ歪んだ。息を吸う、喉が変な音を立てた。

 私は『鍵』。私は『役割』。人でなく、もの――。そう、ずっと思っていたのだけれど。

 ――私の身体にも、感情というものがあるのだな、とそれまでを振り返って思う。

 嬉しいや、楽しいや、怒りや、悲しさが。私にも、あったんだな、と感じる。

 きっとそれは、王女のおかげであり、頼もしいゲーム開発部の仲間たちのおかげなのだろうな、とも思う。最初から備わっていたのではなくて、きっと。

「モモイ、ミドリ、ユズ、――王女」

 最期は、別れの挨拶もしたかったのだけれど――――。呼びかけてみる。誰からも、声は、聞こえてこない。

「…………無理そう、ですね」

 ため息が自然と出てきた。けれど、寂しくも、後悔も、私にはない。

 私は、これでいいと思った。役割を果たし終えた『鍵』は、それでお役御免。最後は、元と同じく、独りになるのだ、と。

 この世界は、夢のようなもの。身体を持たない私が見た、泡沫(うたかた)の夢。本来は、現実では会うはずの無い二人が出会ったのだから。

 この世界は、ゲームの中の、夢のような世界。

 想像を、創造し、現実へと、変える世界。

 けれどそれは、夢で、仮初めの現実だから。夢は、覚めてしまうものだから。

 だから、私は。これでいいと思った。

 ――王女。

 私が見たのは、ただの夢です。貴女と共に見た、一時の夢です。ですから、夢の続きは。どうぞ、貴女が夢から覚めた現実の世界で、見続けてください。

 王女、貴女が表舞台にいることを、気に病まないください。

 私は理解しました。王女が、ゲーム開発部の仲間といられることが、何よりも幸福で、この場所こそが、王女のいるべき場所なのだと。今のような、誰もしゃべることのない静かな空間よりも、仲間たちとしゃべり、騒ぎ、時にはケンカをする、賑やかな空間の方が、王女には似合っているのだと。

 だから、王女は王女のままでいいのです。私は、私のままでいいのです。王女の中で、王女を通して、王女を見守るだけの存在で、いいのです――。

「………………」

 私の足音しか、聞こえない。声は、聞こえない。誰の声も、聞こえない。

「モモイ」

 呼びかける。ほんの少しの雑音しか聞こえない。

「ミドリ」

 呼びかける。

「ユズ」

 呼びかける。

 あちらからの声は、聞こえない。こちらの声も、聞こえているか、分からない。

「…………この、数日間。王女ともども、お世話に、なりました」

 自己満足かもしれないけれど。これは、言えなくなる前に、言いたかった。

「楽しかったです。とても。そして、頼もしかったです。……とても」

 言えなくなる前に、伝えたかった。

 そして。この言葉は、言わなければいけないと思った。

「モモイ。ミドリ。ユズ」

 三人の顔を思い浮かべて、言葉を遺す。

「――――王女を、引き続き、よろしくお願いします」

 ――私の、代わりに。

 誰の声も聞こえない。

 はず、なのに。三者三様の声色で、声が、聞こえた気がした。

「………………っ」

 泣き声は、漏らすわけにはいかないから。歯を食いしばって、また私は、歩き出す。

 一歩、一歩と足を進めて。目の前に、緑色の光の柱が見える。

 ふと、視界の中で揺れ動くものがあった。光の剣に取り付けられていた、ロボット型のキーホルダー。私の片割れと言われているもので、王女が私だと思い込んでいる物。光の剣が一つになったときも、変わらずに共に在り続けてくれた、それ。

 ――ああ、そういえば、これは王女からプレゼントしていただいた、んでしたっけ。

 でもこれは、きっと、私は持って帰れないから。やっぱりこれは、王女が持つべき、だと思う。

 光の剣から外して、王女の手に、それを握らせる。

「お返しします、お姉ちゃん」

 そして、最後の一歩を、踏み出す。

 緑色の光に包まれたと思った、瞬間。

 ふっと、体が軽くなった気がして。そして、私の視界は、真っ暗に、なった。

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