光が少しずつ弱まっていき、線となっていた光が途切れた、瞬間。
がくり、と身体に力が入らなくなり、膝を突いた。
まるで体の中の全てを使い切ったような感覚で、脱力感と目眩が襲ってくる。光の剣を支えることもできず、光の剣が地面に倒れていくのを、見守るしかできない。
「はっ…………は、……はっ…………ヴ、ぅ…………」
息が切れる。脱力感がより酷くなり、吐きそうになる。歯を食いしばったまま地面を見ていることしかできず、顔を上げるのも一苦労だった。
視界の向こうには、エネミーの姿形は無く、まっすぐにえぐれた地面だけが見えた。
敵の気配は、ない。
「や………………っ、た…………?」
振り返る。王女は先ほどと同じ姿勢で、横になっていた。
ヘイローは見えない。けれど、小さく、身体が上下しているのが見えて、ほっと息を付く。膝立ちのまま近づいて、首の脈を測る。弱々しくも、確かに、脈がある。
「おう、じょ……。よか…………った………………」
――王女は、大丈夫。私が、あとは、送り届ける、だけ。
いつまでも、ここにいるわけにはいかない。王女を、できるだけ早く、現実に戻して差し上げなければ。
寝かせていた王女を背負い、立ち上がる。体に痛みが走るけれど、あと少しの我慢と割り切る。――私よりも、王女の方が、絶対に痛いだろうから。
そして地面に倒れたままの、大きくなった光の剣の肩紐を首に掛け、再び立ち上がろう、として。
「――――う」
力がうまく入ってくれず、光の剣の重さに引っ張られ、前に倒れこみそうになる。足に力を入れて事なきを得たけれど、危うく王女と共に転んでしまうところだった。
この二つが一つになった光の剣は、今の私にはあまりにも重く感じられるもので。背中に王女、前方に光の剣を携えて歩くことは、相当な痛みと苦しみを伴う物だということは、すぐに分かる。
――けれど、これを置いていくことは、どうしてもできなかった。
いつ敵が来るか分からないし――何よりもこれは、王女の、勇者の証だから。ゲームの中であっても、たとえこれが、ただのデータにすぎないとしても――王女のものを、この世界で王女と共に在り続けたものを、ぞんざいに扱うことは、私にはどうしてもできなかった。
一歩を踏み出す。体に痛みが走るけれど、我慢できない痛みではない、と自分に言い聞かせる。ゆっくりと、戦場だった広場を通り抜ける。ネームドエネミーが塞いでいた小道へと差し掛かると、向こうに、緑色の光の柱が立っているのが見えた。
あれが、ワープゲート。そこを潜れば、王女は、元の世界へと戻ることができる。
周りから敵の気配はない。不意打ちに警戒しながら、確実に、足を進める。
背後の王女からは、吐息の音が微かに聞こえてくる。その微かな音が、今も健在だと私に知らせてくれる。私を安堵させてくれる。
「…………、モモイ、ミドリ、ユズ、聞こえますか? ネームドを、倒しました」
それまでと同じように、通信を飛ばしてみる。ザザ、ザザッというノイズ音しか聞こえてこない。それまで、私にかけてくれた声援が嘘だったかのように、向こうからは声が届くことはない。
「――――――、」
短い間だったけれど、私を支えてくれた
――だって、このままワープゲートを抜けてしまえば、きっと、もう二度と、彼女たちと話すことは無いのだから。
「……お礼を。…………言いたかった、ですね」
ふと、声が漏れた。
「私を、助けてくれて、ありがとう、と。……貴女たちが、頼もしい仲間が居なければ、私は王女を守りきれなかった、と」
頭の中に、三人の声が甦ってくる。
【大丈夫だよ! ケイは、ゲーム開発部の一員だから!】騒がしくも頼もしかった、モモイ。
【ケイちゃんは、私たちを信じて】冷静なナビゲートをしてくれた、ミドリ。
【そう、上手。このまま、頑張ろう】持ち得る技術を授けてくれた、ユズ。
「さよならも、ありがとうも、言えないというのは。…………寂しいもの、ですね」
歩いて行く。終わりが、近づく。
独りごちながら、歩いて行く。王女はこの先がある。けれど私はきっと、王女を無事送り届けるという役割が終われば、もうそれで終わり。良くてまた、王女の中で見守るだけの存在になるのだろう。悪ければ――その存在ですらなくなるだけ。
王女を、無事に帰すことができる役割を果たせた。それで私は、満足だと思う。
――でも、心残りがあるとすれば。
――王女と、仲間たちと、もう少しだけ、冒険がしたかった、ですね。
思考に余計な物が走って、視界が、少しだけ歪んだ。息を吸う、喉が変な音を立てた。
私は『鍵』。私は『役割』。人でなく、もの――。そう、ずっと思っていたのだけれど。
――私の身体にも、感情というものがあるのだな、とそれまでを振り返って思う。
嬉しいや、楽しいや、怒りや、悲しさが。私にも、あったんだな、と感じる。
きっとそれは、王女のおかげであり、頼もしいゲーム開発部の仲間たちのおかげなのだろうな、とも思う。最初から備わっていたのではなくて、きっと。
「モモイ、ミドリ、ユズ、――王女」
最期は、別れの挨拶もしたかったのだけれど――――。呼びかけてみる。誰からも、声は、聞こえてこない。
「…………無理そう、ですね」
ため息が自然と出てきた。けれど、寂しくも、後悔も、私にはない。
私は、これでいいと思った。役割を果たし終えた『鍵』は、それでお役御免。最後は、元と同じく、独りになるのだ、と。
この世界は、夢のようなもの。身体を持たない私が見た、
この世界は、ゲームの中の、夢のような世界。
想像を、創造し、現実へと、変える世界。
けれどそれは、夢で、仮初めの現実だから。夢は、覚めてしまうものだから。
だから、私は。これでいいと思った。
――王女。
私が見たのは、ただの夢です。貴女と共に見た、一時の夢です。ですから、夢の続きは。どうぞ、貴女が夢から覚めた現実の世界で、見続けてください。
王女、貴女が表舞台にいることを、気に病まないください。
私は理解しました。王女が、ゲーム開発部の仲間といられることが、何よりも幸福で、この場所こそが、王女のいるべき場所なのだと。今のような、誰もしゃべることのない静かな空間よりも、仲間たちとしゃべり、騒ぎ、時にはケンカをする、賑やかな空間の方が、王女には似合っているのだと。
だから、王女は王女のままでいいのです。私は、私のままでいいのです。王女の中で、王女を通して、王女を見守るだけの存在で、いいのです――。
「………………」
私の足音しか、聞こえない。声は、聞こえない。誰の声も、聞こえない。
「モモイ」
呼びかける。ほんの少しの雑音しか聞こえない。
「ミドリ」
呼びかける。
「ユズ」
呼びかける。
あちらからの声は、聞こえない。こちらの声も、聞こえているか、分からない。
「…………この、数日間。王女ともども、お世話に、なりました」
自己満足かもしれないけれど。これは、言えなくなる前に、言いたかった。
「楽しかったです。とても。そして、頼もしかったです。……とても」
言えなくなる前に、伝えたかった。
そして。この言葉は、言わなければいけないと思った。
「モモイ。ミドリ。ユズ」
三人の顔を思い浮かべて、言葉を遺す。
「――――王女を、引き続き、よろしくお願いします」
――私の、代わりに。
誰の声も聞こえない。
はず、なのに。三者三様の声色で、声が、聞こえた気がした。
「………………っ」
泣き声は、漏らすわけにはいかないから。歯を食いしばって、また私は、歩き出す。
一歩、一歩と足を進めて。目の前に、緑色の光の柱が見える。
ふと、視界の中で揺れ動くものがあった。光の剣に取り付けられていた、ロボット型のキーホルダー。私の片割れと言われているもので、王女が私だと思い込んでいる物。光の剣が一つになったときも、変わらずに共に在り続けてくれた、それ。
――ああ、そういえば、これは王女からプレゼントしていただいた、んでしたっけ。
でもこれは、きっと、私は持って帰れないから。やっぱりこれは、王女が持つべき、だと思う。
光の剣から外して、王女の手に、それを握らせる。
「お返しします、お姉ちゃん」
そして、最後の一歩を、踏み出す。
緑色の光に包まれたと思った、瞬間。
ふっと、体が軽くなった気がして。そして、私の視界は、真っ暗に、なった。