暗かった視界が、一気に白くなるのが分かりました。
寝ていたはずなのに、気づいたら立ったままで重力を感じるという、何回も感じていたはずなのに、懐かしい感覚。
数ヶ月ぶりともなれば、そういう感覚になるのでしょう、と目を閉じたまま思います。
「………………」
アリスは今、キヴォアカのゲームの中に立っています。目を開けばきっと、親の顔より見たキヴォアカの最初の町――とモモイが言ってました――が、目の前に広がっていることでしょう。
だから、緊張します。少しだけ、目を開くのが怖い、と思ってしまいます。
前と同じように、隣に、ケイが居てくれるのか、と、
もしかしたら、前の、舟の中と同じように……。アリスの代わりに、ケイが、居なくなってしまったんじゃないか、と。
それを観測するのが、怖くて。アリスは、目をなかなか開けられなくて。
「おう……じょ…………?」
隣から、震えるような声がしました。
目を開いて、右隣を見ると。黒髪の、アリスと同じミレニアムの制服を着た、生徒がいました。
その生徒は、赤い目をして、アリスの方を向いて。きゅっと、手を握っていました。
「………………っ」
――ケイが、いてくれた。
――ケイとまた、会えた。
――ケイ。……ケイ。
――アリスの、大切な、ケイ。
「ケ…………っ!」
手を伸ばせば、ケイに触れられる。
体を倒せば、ケイに抱きつける。
声をかければ、ケイに声が届く。
――でも、アリスは、途中で止めました。
――だって。ケイが、今にも、泣き出しそうだから。
――アリスがそれをやってしまうのは、お姉ちゃんらしくないから。
だからアリスは、手を広げます。
――おいで、ケイ。
声に出すと、泣いちゃいそうなのがバレちゃうから。にっこりと笑って、手を広げるだけ。
目の前のケイは、アリスをじいっと見たまま、胸の前で手をきゅっと握ります。
――来てもいいんですよ、ケイ。だってアリスは、ケイのお姉ちゃんですから。
そう声に出す代わりに、アリスは自分の胸をぽん、と叩きます。
それが、合図でした。ケイの顔がくしゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間には、ケイの頭がアリスの胸にありました。
ケイの体が、小さく震えているのが見えます。
「おう、じょ。…………王女…………。ご、ぶじ、で…………ほん、っ、とう、に…………よか……っ、った…………です…………」
絞り出すようなケイの声に、もらい泣きをしそうになります。でも、耐えます。
妹を抱きしめるのは。妹をあやすのは。いつだって、お姉ちゃんの役目だから。
モモイがやっていました。ユウカがやっていました。
だから今度は、アリスがやる番です。アリスは、ケイの、お姉ちゃんだから。
「大丈夫ですよ。アリスはここに居ます。ケイのお姉ちゃんは、ここに居ますよ」
「わたっ、しは、王女の、いもう、と、なんか、で、はっ、な……いで……す…………」
泣きじゃくりながら、ケイはそれまでと同じ事を言います。
「私は……わた、し、は…………、大切な、貴女、を…………。失いたくなかった、また、すぐ近くで、失う、かと、思って、わた、しは…………怖くて、不安で…………~~~~~~っ!」
ケイの口から、鳴き声が漏れ始めて。ケイがどれだけ頑張ったのか。ケイがどれだけ、今まで我慢してきたかが、分かって。
また、泣きそうになります。我慢、我慢。アリスはお姉ちゃんだから。妹よりも泣くなんて事は、しちゃだめだから。
ふぅ、と息を吐いて。ケイを見つめながら、言います。
「ケイは、勇者です。アリスの、みんなの、立派な、勇者です」
びくりと、ケイの体が震えます。
ぽんぽん、と、ケイの背中を叩きます。触れられて、熱を感じられる、ケイが、ここにいます。
「勇者よ。よくぞ、頑張りました」
「お、…………う…………~~~~~~っ」
「本当に、本当に……頑張り、ました」
声にならない声が、聞こえてきます。
アリスの服がきゅっと握られて、引っ張られます。
一緒になって倒れないように、足に力を入れます。
一緒になって泣いてしまわないように、口に力を入れます。
「モモイが、言っていました。ケイは、本当に頑張ったと。アリスはまた、ケイに助けられました。ケイ、アリスを助けてくれて、ありがとうございます」
「そんな、こと、……ありっ、ません。わたっ、しは……王、女……に、救わ、れ、ましっ、た……。あな、たが、私、を守って、くれた、から……っ、わたし、は、がんばれ、た……んです……! 王女、には……、痛、くて、苦、しい……思い、を…………させ、てしまい、申しっ、わけ…………」
「ケイ」
背中に置いた右手を、ケイの頭に乗せます。ぽん、とほんの少しだけ、力を入れます。
「ごめんなさい、は無しです。妹を守るのが、お姉ちゃんの役目ですから」
「おう…………じょ、……で、も…………」
顔を上げたケイは、顔中が涙でいっぱいで、目は元々赤かったのがより赤くなって。子どもみたいに泣きじゃくっているのが、分かります。
これがケイの本当の姿なのかは分かりません。けど、アリスに、お姉ちゃんに、ケイらしくない姿を見せてくれたのが、嬉しいって思います。
「アリスは、ケイに守ってもらってばかりでした。だから、アリスも、ケイを守りたかったんです。人のために頑張れる、勇者でありたかったんです。だから、アリスがしたことに、後悔はありません。だから、ケイがそのことで、悔やむことはありません。――だって、アリスが、お姉ちゃんとして、やりたかった、だけですから」
顔を上げて、私の顔を見るケイの頬に、手を添えます。
「また、ケイとこうやって、会えたんです。泣いてばかりじゃ、だめですよ、ケイ。笑……って、…………くだ、さい」
ケイを見ていて、言葉を出していて、言葉が、詰まりました。
上手く言葉が、出なくなって。ケイに向けて、お姉ちゃんであろうと思うのに、立派にお姉ちゃんでいたいのに、勝手に、涙が出てきて。鼻がつんとして、余計に、声が、出てこなくて。
「ケイ。…………会いたかったのは、アリスも一緒です」
これ以上、ケイに見られていたら、アリスも泣き顔を見せてしまいそうで。
ケイを、抱きしめます。
ケイの頭に、顎を乗せて、ケイの体温を、ケイの心臓の音を、ケイの匂いを、ケイの感触を、ケイがここに生きているのを、再認識します。
「王女………………わた、しも、お会い、した、かった…………。ずっと、貴女を、見守って、おりました。いつか、またお話、できればと、ずっと、ずっと……ぉ……!」
ケイの痛いくらいの言葉を聞いて。また、涙が出てきそうになります。
でも今は、ケイの顔はアリスの胸の中だから。泣いているお姉ちゃんの姿は見られることはないから。
今だけは少し。うれし涙を流しても、罰は当たらないと、思いました。
◇◇◇
ケイは、ずっとアリスの胸の中で泣きっぱなしでした。背中を叩いてあげたり、頭を撫でてあげたり、お姉ちゃんとして、ケイが泣き止むまでずっと、ケイを労ってあげました。
今のケイは、やっと落ち着いたのか、アリスが頭を撫でてあげるのをただ受け入れてくれています。元々から目は赤かったので、これが泣いたせいなのかは分かりませんが――赤い目をして、まっすぐにアリスの方を向くケイからは、不安や、怖さや、そういったものは抜け落ちているように見えました。――本当に、頑張りましたね、ケイ。
「ケイ。ケイと会えない間、お話したいことが沢山、本当に沢山あったんです。ゲーム開発部の皆と、日記を付けたんです。ケイ。聞いてくれますか?」
「…………はい」
前と同じように、二つ並んだベンチに、ゲーム開発部の仲間たちで座ります。真ん中には、もちろん、ケイ。
モモイにゲーム内通貨で――ヒマリ先輩が持たせてくれたようです――買ってきてもらった、五段アイスを持って、ケイと一緒に食べた、お気に入りのドクペ味を舐めながら、語ります。
「それでは、お話ししましょう。――それは、アリスが目を覚ました日の、次の日のことです――――」