それから私たちは、モモイを先頭に、マップに表示される『!』の位置に足を運んで行った。
いつの間にか、メニュー画面の中に【クエスト】という項目ができていて、その中にはマップに表示されていた『!』のアイコンに関連したクエストが表示されていた。
商店で買い物をする。教会でお祈りをする。宿屋に泊まる――数々のクエストをこなした私たちは、
「今までのゲームだとさ、フィールドを歩くのに、体力とか、疲れとか、気にすることなかったんだけど……。キヴォアカだとさ、自分の足で歩かなきゃいけないじゃん? なんか、疲れたような気になってくる……」
「それは……そう…………だね。普段、歩かないと、余計、に…………」
モモイとユズがベンチに座って休んでいる一方、王女とミドリと私は、立ったままその様子を眺めていた。
「アリスちゃんは体力あるって分かってたけど、ケイちゃんも体力あるね。びっくりしちゃった」
「……そう、ですか?」
隣に立っているとは言え、最初会った時に、一番私に対して警戒の目を見せていたように見えたミドリから声がかけられたことに、内心驚いた。そのせいもあってか、素っ気ない返事になってしまったことに、言い終えてから気づいてしまったのだけれど。言ってしまった言葉は戻ってはこない。
「うん。アリスちゃんに手を引かれて結構歩いてるはずだけど、全然疲れてるように見えないからさ。やっぱりアリスちゃんと一緒なんだなって思って」
王女と一緒と言われて、ほんの少し複雑な気持ちが芽生える一方で、王女と同じと言われること自体、嬉しいと思える。
「まだ戦闘のチュートリアルもやってないから、どんな感じかは分からないけど。その時は一緒に頑張ろうね、ケイちゃん」
はにかんで、ミドリが言う。『一緒に』戦闘を頑張ろうと言われることが、なんだか嬉しく思えて。
「…………はい」
きっと、私の口も、ミドリに釣られてほんの少し緩んでいたのだと、思う。
「ねーえ、ところでさー?」
声がする方向を向く。ベンチの背もたれに体を預けた、だらしのない体勢のまま、モモイが空中にメニュー画面を呼び出した。
「お姉ちゃん、だらけすぎだよ」
「妹よ。気を張ってばかりでは体が持たないのだよ」
指摘する妹と、だらける姉。客観的に見れば、どちらが姉に見えるかは一目瞭然だと思う。
「って、そうじゃなくて、ここ見てここ。名前の右側さ、ずっと『???』じゃん? これって多分ジョブが入ると思うんだけど、これっていつ決まるのかなーって」
「うん、そうだね。私も気になってた。ジョブって、戦士とか、魔法使いとかだよね」
自分のメニュー画面を開く。私だけでなく、王女も、モモイも、ミドリも、ユズも、全員がまったく同じ『???』の表記だった。チュートリアルを進めて行く内に何かが分かるのだろう、と思っていたのだけれど、今のところそれに関わるようなものは――。
「それはですね」
「――――ッ!?」
ふと声が聞こえて、思わず王女を後ろに強く追いやってしまった。「きゃっ」と小さな声を出させてしまったのに後悔するけれど、敵が来たのかと思うと私の体は勝手に動いていた。
王女を後ろに押すと共に右に移動し、王女の前に立つ。例え攻撃が加えられようとも、少なくとも王女は守れるように、との体勢だ。――なにせ、私は、王女の盾なのだから。
私の目の前には、エネミーのような出で立ちでも、ロボットのような出で立ちでもない、一人の人物が立っていた。濃い藍色と白色を基調とした、和装の少女。見たところでは、武器の類いは
「誰ですか。そして何用ですか。王女に近づく者は私が排除しま――」
途端、私の両腕に触れるものを感じた。
「こーら、ケイ。知らない人に
すぐ背後からは、王女の声。すぐ背中に、王女の温もりを感じる。よくよく自分の体勢を見ると、王女に羽交い締めにされている状態だった。
「王女。離してください。この者は王女に危害を与える可能性があります。ただちに武装解除をさせ――」
「ダメです。ケイ、お姉ちゃんの話を聞いてください」
「ですが、王女」
「ですがもなにもありません。ケイ、まずは話を聞きましょう。全てはそれからです」
王女の安全を確保するための行動なのに、なぜ王女は理解いただけないのでしょうか、と口にしかけるけれど、これを言えばきっとまた振り出しに戻ってしまいそうだから、私は渋々王女に従って、一歩下がる。
それまでのやりとりを見ていたからか、ゲーム開発部の――特にモモイの――視線が刺さってくるのを感じたけれど、ひとまず無視することにした。見たらきっと、蹴りの一つでも入れたくなってしまいそうだから。
「初めまして、アリスです。あなたは、……ええと」
「申し遅れました。私はキヴォトス=アカデミー=オンラインのサポートAI、フユ=ウインターです。どうぞお見知りおきを」
そう述べた和装の少女、フユは丁寧に礼をする。少なくともゲーム開発部にそのような整った礼をする者はおらず、思わずその様子を目で追ってしまう。
「フユさんですね! よろしくお願いします!」
――サポートAI……?
「うっわぁ…………」
そして、背後からはやけに嫌そうな声が聞こえてくる。視界の端に捉えると、モモイが見るからに
「名前がもう安直すぎ…………。付けたのヒマリ先輩? フユ=ウインターって……。どうせ四姉妹で、ハル=スプリングだとか、ナツ=サマーだとか、アキ=フォールだとかがいるんでしょー……?」
フユの存在に対してではなく、どうやらその名前に不満点があるようだ。
【聞こえてますよ、モモイ】
「なんで無駄に頭がいい人って、ネーミングセンスが致命的に終わってるんだろ……。頭が良すぎると、新しい物を考える頭がダメになっちゃうのかな……」
よほど思うところがあるのだろう。ヒマリからの通信の声が割り込んでも、モモイの口は止まらなかった。ミドリがモモイを小突くけれど、不満げな顔と言葉は止まらない。
【モモイの見立ての通りではありますが、サポートA、サポートB、という名無しよりはマシというものでしょう】
「ゲームデザインはよくても、名前がダメなのはいただけないよ。ね、ミドリ」
「お姉ちゃん、私を巻き込まないでよ。名前はともかくとして、私はこの子のデザイン好きだよ。服に季節の
「あー! 妹が裏切った!」
モモイ、ミドリ、ヒマリが漫才を繰り広げている間に、王女とフユの交流は終わったようだ。王女はフユと向かい合い、話を聞く態勢に入っている。
「それでは皆さん、サポートAIとして、まずこの世界について説明をしようと思います。聞いていただけますか?」
「はいっ!」
王女が勢いよく手を上げ、未だに漫才を繰り広げているモモイ、ミドリ、ヒマリを余所に、ユズと私が王女の元へと近づき、話を聞く体勢になる。
二人には後で伝えればいいだろう、と思いつつ、私たちはこの世界の内容について、フユの話に耳を傾ける。
曰く。
この世界は先年に一度魔王が誕生し、その度に滅びの危機を迎えている。今、既にその兆候が現れ始め、町の外には魔物が蔓延るようになった。あなたたちは『冒険者』となり、仲間と共に魔物を倒しながら成長し、この世界を救うのです――、と。要約すればそのような内容だった。
――モモイに言わせれば、『王道だね! 悪くないよ!』とでも言いそうな内容だった。
「そして、私たちサポートAI姉妹の役割は、あなた方冒険者のサポートです。それではまず、皆さんの職業適性を判定させていただきます。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「職業、ジョブですねっ!」
王女が元気よく返事をし、フユが満足そうに頷く。
「はい、そうです。まずは――あなたから行きましょう。お手を失礼」
そう言うと、フユは王女の手を取った。
「――――ッ!」
一瞬体が動きかけるけれど、王女の言葉を思い出し、止まる。まだ、危害を与えたわけではない。しかし接触されている以上、注意だけはしておかねば。
「――――ん、くすぐったいです」
王女の手を掴み、フユは動きを止めて瞑目。数秒の後に目を開いて、そしてにこやかに笑みを見せた。
「ふむふむ……。アリスさん、あなたの体をスキャンし、職業を判定させていただきました。――おめでとうございます。貴方の職業は『勇者』です」
「――――――え、」
その言葉に、王女はぴたりと動きを止める。
『勇者』という言葉に、王女は諸手を挙げて喜びそうなのに、王女はきょとんとフユの方を見るだけだった。
「…………え、アリスが、勇者、……ですか?」
「はい。上級職で、かつ転職方法も不明な職業です。初期の職業適性でこの職業が出ることは、確率上こそ存在しても、限り無く
「ねーねー、それって大体どのくらい?」
モモイが後ろから会話に混ざってくる。
「パーセンテージが、小数点以下でゼロが八つほど並びますね」
「うっわ、えげつない! そんなの無いのと一緒じゃん!」
【おや、確率データを口にするのはいただけませんね。発言可能な情報に制限をかけましょう】
通信でヒマリからの呟きが聞こえてくる。目の前のフユに対しての忠告の意味合いもあるようにと思えた。
「アリスが、勇者…………」
騒がしいモモイを尻目に、王女は視線を下に向けて、動きを止めていた。
言葉を噛みしめるように呟くと、王女はぐるりと振り返って、私の手をがしりと掴んだ。
「ちょっ……、王女?」
「ではケイをお願いします! アリスが勇者なら、ケイも勇者なはずです!」
謎理論で私も勇者だと言われた。勇者は王女だけの職業だと思っている私は、王女の盾であるシールダーか、従者のような立ち位置の職業であれば、それでいいと思う。
「はい、それでは、失礼しますね」
王女が私の手をフユの前に引っ張り出してくる。王女の突飛も無い行動に一切うろたえもせず、笑うこともないフユの姿は、AIというよりも、ロボットのそれに近いように感じられた。
「………………っ!」
フユに触れられた瞬間、背筋にぞくりと悪寒が走った。体の中を妙な感覚が通り抜けるような、気持ち悪さを感じるのがひとつ。そして、人の手に触れているのに、まったく温度を感じなかったのがもうひとつ。
私の腕を掴む王女の手には人の温かさがあるのに、フユには、それがまったくない。自分を『サポートAI』と述べた理由が、分かった気がした。
「…………おや」
フユの口から、あまりよろしくない声が聞こえた気がした。
フユの手は私の手を握ったままで、時折揉むように手を押す。そして首を傾げたまま、同じ事を繰り返す。そして顔を上げたフユは、じぃっと、私の顔を真顔で見つめてきて――。
「ケイさん。あなたの職業適性は――――ありません」
「………………え、」
私の口から出たのは、微かな言葉だった。
「情報の取得の過程にエラーが発生している可能性があります。次回ログインした時に、もう一度確認させてください」
機械的に述べられる言葉に、私は首を振ることも、言葉を発することもできなかった。
「職業適性無し、つまり『遊び人』ということですね! よかったですね、ケイ!」
「………………、何が良かったんですか、王女…………」
どのような職であろうと、王女を守るという役割は変わらないと思っていた。けれど職業無しと言われてしまうと、それもできなくなるのでは、と。このゲームからの落第通告を受けたような気がして、胸が沈んでいくのが分かった。
「遊び人は、最強の上級職、賢者への最短ルートです! 大器晩成型です!」
そんな私を尻目に、王女は私の手を握り、鼓舞してくれる。『ケイはダメなんかじゃありません』と、表情で、仕草で、言葉で、元気づけてくれる。
「そうだよケイ! 遊び人は、最初は何もしないし邪魔ばっかりする役立たずだけど、転職したらすごく強くなるんだよ!」
「お姉ちゃん、全然フォローになってないよ、それ」
「…………」
モモイは後で蹴っておくことにした。
その後、職業適正の判定は、残った三人にも行われた。モモイは戦士、ミドリは僧侶、ユズは魔法使いと判断されていた。
ユズたちも同じエラーが生じているのなら話は分かる。――けれど、エラーが発生したのはどうやら私だけのようで。
「ほら、このゲームはまだβ版だから、不具合も仕方ないよ! もし遊び人のままでも、最近流行りみたいなパーティ追放とかは無いから、安心して!」
「そっそうだよケイちゃん。明日ログインして、また確認してみよう? 遊び人でもできることはあるよ!」
「ヒマリには伝えておいたからね、ケイちゃん。転職したら、強くなって見返そう」
戦士と僧侶と魔法使いが、私を励ましてくれる。別に落ち込んでいる訳ではないのだけれど、どこか三人の様子はよそよそしく感じられて――なんともいたたまれない気持ちになる。
――いっそ、あなたはゲームに相応しくありません、と言ってもらえた方が、気は楽なのに。
「フユ!」
どこか澱んだような空気を切り裂くような、底抜けの明るい声が響いた。
「職業が決まったら、冒険に出られるんですよね?」
「はい。私の権限で、皆さんの職業を職業適性の判定が出たものに変更させていただきました。メニュー画面の表記もそれに応じて変わっています。【スキル】は各職業の基本スキルが表示されていますが、使用スキルの設定をしなければ意味がありません。また――」
「分かりました! ――ケイ、行きますよ!」
「お、王女!?」
王女が突然私の手を引き、そして町の外へと向けて歩き出す。フユの説明が途中なのにも関わらず、王女はそんな時間すらも惜しいとでも言うかのような勢いだ。
背後から、フユが『町の外はエネミーがいますので――』と言っていたけれど、王女は聞いているのか聞いていないのか、分からない。王女はそのまま、ずんずんと進む。
「ケイの職業が決まらないのは、ケイの経験値が足りない可能性があります。だからレベルを上げましょう! パワーレベリングです!」
私に振り返った王女が言わんとすることは、私はレベルが足りないのだ、と。だからパワーレベリング――つまり、仲間でレベル上げの助けをする――のだ、と。
「ケイが無職――遊び人な訳がありません! ケイは勇者です! なのでアリスはケイが勇者のジョブを得るまで、ケイのレベル上げを手伝います!」
そう胸を張って言い切る。
勇者、それは王女がずっと言い続けていた職業で、王女がずっと追い求めていた職業で。
王女にこそ相応しい職業のそれを得た王女は、それでも、私の手を引き続ける。
――ケイは勇者です!
一度信じ込んだらもう、そうとしか信じない、聞き分けの悪い子どものように。
「…………うん、そうだね!」
町の外に出ようとしているのが私たちだけだと思っていたら、背後から弾む息とともに、モモイの声がした。
「何かしらの理由が、不具合とは限らない。なんでもかんでも不具合だーって騒ぎ立てるのはゲーマーにあらず! できることをやってから不具合申し立てをしよう!」
振り返ると、モモイも、ミドリも、そしてユズも、走って私たちを追いかけてきていた。
「私たちは、ケイちゃんの味方だよ。一緒に頑張ろう」
「ケイちゃんは、私が守るから。私の後ろから、離れないで、ね……?」
ゲーム開発部の三人が、王女の後を追って、揃って町の外へと出てくる。
「さぁ冒険を始めるよ! 私たちのキヴォアカは、これからだー!」
モモイが拳を上げる、三人が拳を上げるのに合わせて、王女の手が私の手を掴み、一緒に上げさせる。
いたずらっ子が浮かべるような笑みをする王女をすぐ近くに見て――私は決して、嫌な気はしなかった。