幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第六話 冒険の始まり

 ばたばたと、王女が足音を立ててミレニアムの建物の廊下を走って行く。

 ここ数日の間、何回も通った廊下。壁に貼られているポスターも、電灯の形も、カーペットの染みも、扉の数も、まったく同じで、変わったところ(異変)などは何もない。

「ヒマリ先輩! こんにちは!」

 王女がノックの後、勢いよくドアを開く。セミナーの部屋に入る時にノックをするようユウカから指導――ほとんどお願いに近い――をされて以来、ゲーム開発部の部屋以外は入室前にノックをするようになった。ゲーム開発部の姉の方とは大違いだ。

「いらっしゃい、アリス。ゲーム開発部の方々はまだ来ていませんが、先にログインしておきますか?」

「はいっ!」

 王女が勢いよく頷くのが、視界を通じて分かった。

「ケイに早く会いたいですから!」

「あら」

 ――………………。

 今このタイミングで私の体があったのなら、きっと口元が否応にも妙な形になっているであろうと思った。

 今はまだ、王女の視界を通して、世界を観測しているだけの、存在しているかしていないか分からない存在だ。けれど、それは。今はほんの少しだけ違う。

 王女がログインのための、ヘルメット型の機器を装着する。視界が急に電灯を消したかのように暗くなり、それまで部屋の中で聞こえていたパソコンやエアコンの稼働音といった雑音が聞こえにくくなる。

「それではログインを行います。目を閉じて気を楽にしてください」

 ヒマリの声が、くぐもって聞こえてくる。

「ゲーム開発部の三人は、部屋に来たらログインしてもらうようにします。それまで、ケイをよろしくお願いしますね」

「はいっ」

 王女の声は、ヘルメットの中でやけに反響して聞こえた。

 そして暗かった視界が、より暗くなっていくのが分かった。ぼやけたような光すらも見えなくなって、そして。

 

 私の体は、重力を感じた。

 

 目を開く。何回か見た、町の姿が目に入った。

 自分の手を見て、握って、開く。自分の意志で体が動くのを確認する。

 隣を見る。

 にこーっと、満面の笑顔の王女がそこにいた。

「おはようございますっ、ケイ!」

「……おはよう、ございます。王女」

 朝の挨拶を交わすと、王女の笑みはより深いものになる。釣られて、私の口元も広がってしまいそうだった。

「さぁ、ケイ。フユの所に行きましょう! 今日こそケイが勇者のジョブを得る日です!」

 そう言うやいなや、王女は私の手を取り、ずんずんと教会へと向かっていく。

 昨日の帰り際、サポートAIのフユに『私は教会にいますので、いつでも来てくださいね』と言われていたのを、王女はしっかりと覚えていたようだ。

「こんにちは!」

 律儀にノックをして、教会へと入っていく。

 正面の奥深くには神父らしき人物がいるが、用があるのは入って右側、フユのところだった。昨日会った時と同じ、藍色と白色を基調とした和装の出で立ちだった。

「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょう?」

「ケイの職業適正をお願いします!」

 手をより強く引いて私を前の方に出し、更には背中を押して、私をフユの前に立たせる。

 対面するフユはと言えば、目を見開いて、ああ、と何かを思い出したような顔をしていた。

「はい。ケイさんの職業適正の判定ですね。――それでは、失礼します」

 フユが一歩踏み出す。

 昨日と同じことであれば、またあの体温の感じない手で触れられるのか……、とほんの少しだけげんなりとしていると。

「――――!?」

 近づいて来たフユが、そのまま、私に抱きついてきた。

 そして、首筋にちくりとした感覚。時間にしてほんの数秒の出来事に、私の体は動くどころか、何もできなかった。

 首筋に何かをされたのか、と思い触れてみるけれど、傷も無ければ手に何も付着することはない。

「はい、終わりました」

「…………」

「そんな怖い顔をなさらないでください。手で触れるだけでは確認できないと思い、体を密着させることで深く確認をさせていただきました」

 そう言わせてしまうほど、私は怖い顔をしていたのだろうか、と思う。睨んだりはしていないつもりなのだけれど――もしかしたら、そう見えるのかも知れない。

 ――王女が私の頬をことあるごとに揉んだり伸ばしたりするのはそのせい……、いや、それは考えすぎか。

「それでは、ケイさんの職業適正ですが。…………やはり、現時点では不明、とせざるを得ません」

「…………そう、ですか」

 昨日のゲーム開発部の面々とのレベリングで、レベルがいくつか上がった状態であっても、昨日と同じ返答。――やはり、という考えが浮かぶ。

 落胆しているわけでは無い、決して。今の感情をうまく言葉にできないだけで、落ち込んでいる訳では、ない。

「今のケイさんは、……何と言えばいいのでしょうか、生まれたての赤ちゃんのような、完全にフラットな状態なんです。どの職業でもないけれど、どの職業にもなれる、といいますか。色が付いていない、無色透明と言いますか…………。私のデータベースには存在しないパーソナルデータです。判定不能です。なので、そのような形、となります」

 フユの説明には、合点が行った。つまりは、そういうことなのだと。

 王女の中で見てきたのはあくまでも観測者として、のみ。肉体を得て、経験を積んだ王女と違い、私はこの世に生まれたての存在なのだ、と。

 背後から、ふわりと王女の香りがした。気がつけば、王女が私の胸の前へと手を回していて――形として、後ろから抱きしめるような体勢になっていた。

「ケイ」

 優しい声がした。

「ユの説明を聞いて、アリスは決めました。ケイが自分の職業を見つけることが、これからのアリスの目的なのだと」

 きゅっと、王女の手が私の胸の前で結ばれる。背中から、フユの時では感じられなかった温もりを感じる。

「ケイ。一緒に、冒険をしましょう。一緒に、強くなりましょう。そうすれば、ケイも、自分のなりたい職業(もの)を見つけられるはずです」

 王女の温もりが、背中から離れる。

 そして肩に王女の手の感触があったかと思うと、くるりと前を向けられて。王女とまっすぐに向かい合う形になる。

「ケイのこのゲームのジャンルは、『自分がなりたい職業を見つけるRPG』です。――アリスは、それが勇者だったらいいな、と望みます」

「…………」

 ――ゲームのジャンルがそんなメタなものは、どうかと思います。

 ――王女の目的は、王女ご自身のものにしてください。

 ――私は貴女の盾であれば、それでいいのです。貴女と一緒であれば、それだけで――。

「……『勇者』は、王女の職業です」

 私の頭の中で紡がれた言葉はいくつもあったのに。にっこりと笑って言う王女に、発声器官から出てきたのは、それらのどれでもない、苦し紛れに出てきた一言で。

「いいえ、勇者が二人以上いるゲームはたくさんあります。大丈夫です!」

 そんな私の言葉を、王女は笑顔で封殺してくる。

 何が大丈夫なのでしょうか。『勇者』という選ばれし者だけがなれる職業は、王女、貴女が一番相応しいのです。二人以上だなんて、まして、私がだなんて――――。

 胸の中に浮かんだ言葉を王女に、伝えようと、して。

「アリスー! ケイどうだったー!?」

 バンッと勢いよく開けられた扉の音に、思わず体が反応してしまう。

 結果、出かけた言葉は口から出ることなく、そして浮かびかけていた言葉は、驚きとその人物への怒りやらなんやらで飛んでいって――。

「ねぇねぇ、ケイの職業適正見てもらったんでしょ? どうだっぐぇ」

「モモイ、貴女は少し落ち着くということが必要なようですね……」

「ちょっ、ちょっとケイ、待って、首絞まってる、待って、苦しくないし痛くないけどケイの顔が怖い! ミドリー! 助けてー!」

 パーカーの首根っこを掴んで吊り下げられ、手足をばたばたとさせるモモイの後ろには、開け放たれた扉の前で苦笑いしている人物が、二人。

「…………今のは多分、お姉ちゃんが悪いと思うよ」

「なんでさー!? 私だってケイの職業の結果知りたいのにー!」

 私の拘束から逃れようと思えば簡単にできるし、本気で抵抗する素振りを見せれば、すぐに外そうと思っていた。けれどモモイは、それをしない。

「…………ケイちゃん、満足したら離してあげて、ね?」

 ミドリが暴れるモモイをよそに、私に困ったような笑顔を向ける。

「別に、満足も何もないです」

 ミドリに言われたからでは決して無いけれど、下ろしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、じゃあケイが装備できるものを武器屋に行って探してこよー!」

 事情を説明するなり――私は言いにくいと判断されたのか、王女が代わりに話をしてくれた――モモイが私の手を引っつかんで歩き始めた。

 やってることが王女と酷似しすぎて、王女が誰を参考にしたのかが丸わかりだ。

「どうっ、いうこっ、とですか!」

「どうもこうもないよ。ケイが今のところなれる職が無いとすれば、やっぱりレベル上げしかないよ! そんでレベル上げをするんだったら、戦闘に関わる必要がある。そのために何らかの武器を装備して、私たちと一緒に冒険して戦おうってこと!」

 モモイの言わんとすることは分かる。けれどあまりに急じゃないか、とも思う。

「善は急げって言うでしょ!」

 私に降りかかっていることは、少なくとも善ではないのだけれど。

「細かいことは気にしない! さ、武器屋についたよ! 武器と防具を揃えよう! あ、買った装備はアイテム欄から取り出して装備コマンドを使わないと意味が無いからね!」

 ――昨日のモモイですね。

 だとは言わなかった。ここで剣と盾を購入し、いざ町の外に出て戦闘を始めるやいなや『あれー!? 買ったはずの剣と盾が無い!』と騒ぎ出して、あっという間に敵に囲まれ、さっそく戦闘不能第一号となった。――モモイはもれなく最初の町へと戻され、四人でモモイを迎えに行くことになったのは、ここだけの話。

 無愛想な職人気質の店員が立っていて、装備を購入する旨を伝えると、ホログラムのメニュー画面が勝手に開く。ここに表示されている装備をタップして、説明を見たり、購入したりできる。

 『装備可能』のタブに切り替えるも、先ほどと同じ表示。フユに言わせると、『無職は補正がかからない分、どんな装備でも装備することが可能です』とのことで――。

 私は王女をお守りできるよう、盾と、もし王女のHPやMPが減ったときのためのポーション類を買い込んだ。

「ケイ、攻撃の装備は?」

「いりません。王女をお守りするのが私の役目ですから」

「…………そか。じゃあ、アリスの守りは任せたよ!」

 割とわがままを言ったつもりだった。けれどモモイは一つ頷いただけで、私のわがままを聞き入れてくれた。

 ただのわがままな姉、といった印象だったのだけれど。意外と対応力はあるのだな、とモモイへの認識を、ほんの少しだけ改めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町の外の、草原のフィールド。

 何もいなかったところに、ポンッと音を立てて、敵が現れる。

 ウルフと呼ばれる焦げ茶色をした狼型のエネミーと、スネイルと呼ばれる青色のゼリー状をしたエネミーの混合パーティだ。

 私たちを認識するやいなや、ウルフが地面を蹴ってこちらへと走ってくるのが見えた。私は盾を構え、王女の前へと移動する。

「出たね! アリスは攻撃準備、私が前で押さえてる間、ユズは後ろから数減らし、ミドリは殴ったりプロテクかけたりして戦線維持。ケイは――アリスを任せたよ!」

 モモイの指示のもと、それぞれが自分の役割を果たしていく。

「アリス、準備完了です! モモイ、ケイ、射線から離れてください! 光よ――――!」

 私が王女の射線から離れること、コンマ何秒。

 王女が特大の砲撃を放ち、モモイがターゲット役となり固まっていた敵が吹き飛んで、光となって消える。青いクリスタルと黄色のコインのアイコンが地面の上に浮かび、その数秒後、パーティ全員の胸の中へと吸い込まれていく。

「私たちの勝利ー!」

 モモイが腕を掲げて、お決まりの勝利のポーズをする。王女も、ミドリも、ユズも、各々が戦闘終了を喜ぶ。

「私たち、戦闘慣れてきたんじゃない? もう次の町行けるんじゃない?」

「うーん、結構行けるようにはなってきたけど、やっぱりもうちょっと火力が欲しいかな」

 浮かれるモモイに対し、ミドリが冷静に状況をまとめる。本来、ミドリも後衛であるはずなのだけれど、メイスを持って、俗に言う『殴りアコ』の役割を担っていた。

「実質的に火力を出せるのがアリスちゃんと私だけ、だから……。でも、防御を基本にして、戦闘を安定するのは、いいことだよ」

「うーん、それでももう少し効率を上げたいよね。ケイのレベルをガンガンあげて、職業適性に引っかかるくらいまでやりたい!」

 王女が言い出した『私のレベルを上げる』は、いつの間にかパーティ全員の共通認識となっていた。私としては恐縮するというか恐れ多いというか、ゲーム開発部の皆が冒険を楽しんでくれれば、私は王女の盾役だけで十分、だと思っているのだけれど。

「大丈夫です! ケイはすぐに勇者になれますよ!」

 王女は特大の砲撃を発射した後でも、けろりとした顔で光の剣を構えている。

「だって、頼れるゲーム開発部の仲間が居ますから!」

 そんな言うだけで恥ずかしくなりそうな台詞を、しれっと吐き出す。

 その言葉に、モモイは自慢げに鼻息を漏らし、ミドリは少しだけ恥ずかしそうにはにかみ、ユズは胸の前で人差し指を合わせる。

 けれど全員とも、その言葉がまんざらでも無いのだということは分かった。

「もちろん、ケイもゲーム開発部の仲間ですよ!」

「…………そ、ですか」

「はいっ!」

 太陽のような笑みという表現では足りないほどの、満面の笑みの王女が、すぐ近くに見えた。

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