幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第七話 光の剣の継承者

 王女がヘルメットのようなゲーム用コンソールを装着し、目を瞑る。

 視界が真っ暗になったと思ったその数秒後、私の体が、重力を自覚する。

 目を開く。隣を見る。私を見て嬉しそうな顔をした、王女がいる。

「おはようございます、ケイ」

「おはようございます、王女。…………この挨拶、必要ですか?」

「必要です。ケイが目覚めたときの挨拶ですから!」

 王女の後ろには、いつものようにゲーム開発部の三人がいる。

「そうそう。ゲーム開発部(うち)の始めの挨拶は、朝でも夜でも『おはよう』だよ。ケイもゲーム開発部のメンバーなんだから、挨拶はしっかりとね!」

 モモイがまるで部長のように言うけれど、部長はユズだし、なんなら王女を通して見聞きした範囲では、モモイは挨拶もせずに部室に入ることが多い気がする。

 ――それを言えば色々と騒がしくなるだろうというのがこれまでの経験で分かっているので、言わないでおくとする。

「さて、さっそく冒険だー! と、言いたいところなんだけど」

 モモイがいつもの勢いのままに走り出す、のかと思いきや、掲げた腕をそのまま降ろす。

「冒険に出る前に、やることやっちゃおう。ミドリ、ユズ、お願い」

「う、うん……」「本当に、やるの……?」

 二人が控えめに、というかどこかおどおどとしながら、モモイに返事をする。

 モモイ、ミドリ、ユズの三人の視線は、私に注がれている。……どこか、友好的とは違うような種類の視線を感じた、かと思うと。

「ケイ、動かないでくださいね」

「――――王女!?」

 気配も感じず、王女が私の背中にいた。いや、気配を感じていなかったのではなく、ゲーム開発部の三人に気を取られていただけのことなのだろう、と思った時にはもう遅く、王女に羽交い締めにされてしまっていた。

「王女、何をするおつもりですか。一体何を」

「大丈夫です。痛くはしませんし、苦しくなったりもしませんから」

 背後から王女の声が聞こえる。ゲームの中でよく聞く『痛くはしない』とは別の色を感じた気がした。――発言者が王女だから、ということかもしれないけれど。

「ねーえ? 測るのは、腕の長さと、肩から肩までの長さと、首から股下までの長さと、あとなんだっけ? ふんふん、手のサイズと、指の長さと、ウエスト? そんなのもいんの? はーい、分かった。じゃあ測ったら言ってくね」

 モモイが耳に手を当てて、何やらあちら側と通信している。声がだだ漏れなのは、隠すつもりが無いのか、ただの無自覚なのか。モモイのことだから、おそらく両方なのだと思う。

「痛くないからね。安心してね」

 私の正面に立って、メジャーを携えるユズはおどおどとしながら私の体にメジャー――おそらく、これもアイテムの一種なのだろう――を当てていく。数値を測るなり、モモイへと伝え、それがモモイからどこかへと伝えられる。

「王女。……これは?」

「決して悪いようにはしません」

「……その発言は、これまで正しい意味で言われたことはないと記憶しています」

「ゲームの中ではそうです。ですが、アリスは大丈夫です。信用してください」

「…………ええ、王女は、信用していますが」

「モモイも、ミドリも、ユズも、です。ゲーム開発部はみんな、信用のできる、仲間です」

「…………善処、します」

「はいっ!」

 そんなやり取りをしている間に、計測は終わったようだった。

「じゃ、あとはよろしくねー」

 モモイがその言葉を最後に通信を切ったようで、それから王女の拘束が解かれる。

 モモイは、終始私のほうをにやにやと見ていて――。

「――一体、何が目的なのですか?」

「いいからいいから。その時をお楽しみに! さー、今日の冒険を始めるよー!」

 はぐらかされたような気はしたのだけれど。王女が『信用している』と言い切ったメンバーだから、決して変なことにはならないだろう、と思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリス! アレできたって!」

「本当ですか!? アリス、とても嬉しいです! エンジニア部のみんなにお礼を言わなければいけませんね!」

「さっそくキヴォアカにログインしようよ! 絶対ケイも喜ぶよ!」

「はい! 行きましょう!」

 そして翌日。王女が一人でゲームをプレイしているゲーム開発部の部室に、モモイが文字通り飛び込んでくる。王女が時計を見ると朝の八時。王女、また貴女は夜通しゲームをして……。体は問題無いと分かっているけれど、時には心を休めて欲しいものです。今の王女を観測しているだけの状態では、王女に伝える術はないのだけれど。ログインした時には小言のひとつやふたつは言っていいと思う。

 ――そういえば、なにやらモモイが妙なことを言っていたような。

 モモイを先頭に、王女、ミドリ、ユズがここ数日で何度も通った道のりを歩いて行く。

「ヒマリ先輩、来たよ!」

「ヒマリ先輩、おはようございます!」

「はい、おはようございます。もはやノックもしないあたり、ここに慣れたものですね、ふふ」

 いつもの場所に、ヒマリがいた。勢いよくドアを開けるモモイに、もはや小言を言うこともないということだろう。ヒマリの近くに行く王女の頭を、ヒマリの手が優しく撫でるのが見える。しー、とヒマリの手から何かが王女の手に渡された。視界に映るのは……チョコレート菓子?

「アリスにだけ、ですよ」

「ありがとうございます、ヒマリ先輩」

 小声でのやりとりは、王女とヒマリ、そして王女の中で観測している私にだけ伝わっている。王女にだけお菓子をあげる、ゲーム開発部の中で王女だけお菓子をもらう。そんな些細な秘密を共有している二人。おそらく今の王女は、イタズラをする子どものような、そんな無邪気な顔をしているのだろうと思う。

「ねぇねぇヒマリせんぱーい、キヴォアカにログインできる?」

「ええ、状態は万全です。……それと、エンジニア部に言われたものは既に実装済みですので。アイテム欄から引き出してください」

「分かった! さーみんな、ログインの準備して!」

 モモイが我先にとベッドの縁に座る。そして王女(こちら)に向けて手招きをする。

 王女も、モモイもミドリもユズも、お揃いのヘルメット型の機器を装着。視界が暗くなって、そして。

 

 体が重量を認識する。目を開くと、青空が見えて。そして。

 手を、握られる感触がある。

「ケイ、おはようございます」

 隣を向くと、王女が、いつものように笑顔を見せていた。

「おはようございます、王女」

 手を握り返す。王女の手の温もりと、柔らかさを感じる。観測しているうちでは、絶対に触れることのできないことだ。

 ログインの度に繰り返されるこのやりとりは。私がここで生きているのだと実感できるものだった。王女の中に居るか居ないか分からないものではなく、『私』という存在がここにいるのだと、王女の感触が、教えてくれる。

 王女の手の感覚を確かめていると、ふと肩を叩かれる。振り向くと、頬に指が突き刺さった。

「……………………」

「やーいひっかか――待って! ちょっと待って! 指が変な方向に曲がっちゃう!? 痛くないけど変な感じ!」

「お姉ちゃん…………」

 モモイの子どもじみたイタズラに、その指を逆方向に曲げたくなった。姉なはずなのに、やってることが子どものそれ。ミドリの方がよっぽど落ち着いていて、姉であるように思う。

 かと言って、王女の仲間を傷付けたいわけではもちろんないから、演技に止めておく。モモイは、私が本気だと思ったのだろうか、涙目になって反論していた。――痛み自体は一定以上感じないはずだから、痛さで涙目になるようなことはないと思っているのだけれど。

 指に息を吹きかけるモモイを余所に、ふと視線を感じる。何やら王女もミドリもユズも、私の方を見ていて。何やら笑みを隠せないような、そんな表情が見える。

 表情の傾向、そしてログインする前の、王女が聞いた言葉の数々。

 ――何か、企んでる……?

 それまでに得た情報から、その考えに至るまで、コンマ一秒も要らなかった。

「ふっふっふ。ケイよ、力が、欲しいか……」

 突然王女が腰に手を当てて、何やら偉そうな体勢になって。まるで王宮に招かれた勇者に対する王様のようなセリフを口にする。

「…………?」

「ケイよ、力が、欲しいか……」

 ああ、これは首を縦に振らないと話が進まないものだ、と理解する。王様のような、とは思ったけれど、こういうところまで再現しなくてもいいと思う。

「貴女方が何を企んでいるかは分かりませんが。…………はい」

「よくぞ言った。ケイ、そなたに力を授けよう……。メニュー画面を開き、アイテム欄を確認するのだ……」

 発言が具体的でメタい、とは言わないでおく。

 言われるままに人差し指と中指を合わせて、空中に二回輪を描く。メニュー画面が空中に現れて、その中から【アイテム】を選択する。

 無職、もとい王女専門のシールダーだった私のアイテム欄は、HPポーションとMPポーションで溢れていた。さながら王女がやっていたゲームの、商人のような手持ちだ。

「………………」

 アイテム欄をスライドさせていくと、最下部に見慣れない名前があることに気づく。

 消費アイテムではなく、装備アイテムのアイコン。そして、その名前は。

「光の、剣…………?」

 王女と、同じ名前の装備アイテムが、私のアイテム欄に入っていた。

「パンパカパーン! ケイは勇者の装備、【光の剣:スーパーノヴァ】を手に入れた!」

 王女は、王様から元の口調にもどり、そして弾むように効果音を発する。

「さぁ、ケイ、装備してみてください!」

 王女は急かすように私のアイテム欄を指差す。

「ケイ、武器を装備するにはですね、アイテム名を選択して、その次に装備したいものを――」

「分かっています。王女、分かっていますから」

 後ろから私に抱きつくようにして、王女はメニュー画面を指差す。それどころか、私の手を物理的に握って、操作させようとする。

 【アイテム【光の剣:スーパーノヴァ】を装備しますか?】

 メニュー画面に出てくる問いに、私は、【はい】を選択する。

 途端、体の前に光が集まり始めた。そしてその光は、見慣れた形へと変化していく。白い光が収まっていくのと同時、白と黒を基調とした、見慣れたものへと変化を終えた。

 それと同時に、それを持った手にずしりと重量を感じた。力をしっかりと入れていないと取り落としそうなほどの重量は、これが実体であると言うことを物語っていた。

「――――――これ、は…………」

 名前からして、予想はついた。けれど、その予想が本当に正しいとは、思えなかった。

「王女の、ものと。…………同、じ?」

 けれどその予想に反して、王女が、勇者の証と呼ぶそれとまったく同じものが、私の手に、握られていた。

「はいっ! これでケイも、勇者の装備持ちです!」

 仔犬のように私の前にやってきた王女は、私の武器に触れながら、嬉しそうな声を発する。

「おめでとうございます、ケイ! これで勇者に近づきました!」

「よーし! それじゃ、早速試し打ちしようよ!」

 後ろからモモイの声が聞こえたと思った時には、背中を押され、強制的に歩かされていた。私の反論の声は届いていないようで、そればかりか、王女もそれに加わって――。

「あの、王女、モモイ――――!」

「いいからいいからー」

「そうです。いいからいいからー」

 私は自分の武器を得たという実感を噛みしめる間もなく、街の外へと連れて行かれた。

 

 街の外に出るや否や、街道の真ん中に水色の軟体生物――スネイルが現れた。まだ敵の認識範囲外だからか、襲ってくる様子は見えない。

「ケイ、光の剣の使い方は分かりますか?」

「王女が撃っている姿を、何度も見てきました。問題ありません」

 王女の中で観測している状態では、発射された光しか見えなかったけれど、この世界の中で、王女が光の剣を発射する姿を一番近くで見てきた。その威力も、その頼もしさも、分かっているつもりだ。

 王女が撃つ姿を頭の中でイメージ。見よう見まねで、その様子を再現する。

 確か、足幅は、腰は、構えは、視線は――――。

「ケイ、武器の励起(れいき)は親指側のスイッチ。発射は人差し指のトリガーです。さぁ、やってみましょう!」

 すぐ後ろから聞こえてくる王女の声は、いつもよりも弾んでいるように感じる。

 それどころか、後ろから包み込むように、私の背中にくっついてきて。

「ちょ、っと。王、女…………」

「ケイ、構えが揺らいでます。しっかりと足に力を入れてください。撃ったときの反動に負けてしまいます」

「そんな、こと……!」

 心音がやけにうるさく感じる。声が大きくなってしまったのが聞こえてしまったのか、正面にいたスネイルが私の方を向いて――そして、ぴょんぴょんと、飛び跳ねるように、こちらへと向かってくる。

「――――!」

「タゲられました。ですが大丈夫です、ケイ。落ち着いて、まずは親指側にあるスイッチを切り替えて、光の剣を励起(れいき)モードにしてください」

 王女に言われるままに、親指部分に添えられているスイッチを切り替える。ブゥン、と、手元の武器が静かに振動する。

「停止モードから励起モードになるまでのクールタイムは三秒です。励起モードかどうかは、光の剣のエネルギー残量ゲージが光ってるのを見るか、小さく振動するのが合図です。――今です、ケイ、発射です!」

「…………ひ、ひか――――!」

 発射の際、王女が言う言葉があった。それを口にするのと同時に、私に襲ってくるであろう反作用に向けて、足を思い切り踏ん張って――――。

 ポポポポポンッ、と。光の球が、光の剣から発射された。

 スイカほどの大きさをした光の球の弾道は、私の構えが悪かったのかエネミーのはるか上空へと向かっていって――なぜかその途中で、軌道が変化した。まっすぐにエネミーへと向かい、直撃。その青いエネミーは、光の粒子となって消えていった。

 反動らしい反動もなく、発射した感覚も覚悟していたほどではなく。光の剣の設定を間違ってしまったのか、と思えるくらい、王女が持つ光の剣とは違う性質の攻撃が出てきた。

「…………え?」

 その言葉は、私の口から発せられたものではなかった。

 振り返ると、王女がぽかんと目と口を大きく見開いていた。

 ――王女も、想定していないもの、だった?

【ふふ、驚いてくれたかな?】

 途端に、通信が入る。この声には聞き覚えが、あるような、無いような……。

「この、声は?」

「エンジニア部のウタハ先輩です! ……あの、ウタハ先輩。……これは……?」

 その名前を聞いて、紫髪の先輩の姿が思い浮かんだ。王女がよく光の剣を携えて向かう、大規模なガレージのような所に居る人だ。

【モモイにお願いして、君の体の寸法を測ってもらったところ、前にアリスの体を測ったときのものとまったく同じでね。アリスが持つ光の剣のデータを流用させてもらったよ。ただし、アリスの物と全く同じにするというのも――】

【続きは! 私が! 説明しましょう!】

 別の賑やかな声が割り込んだ。

「コトリです」

 王女が私に耳打ちをしてくれる。ああ、黒縁眼鏡をかけた、あの。

【ケイ専用の光の剣は、外見こそアリスの光の剣と全く同じですが、中身は別物です。武器としてのコンセプトを挙げるとすれば、アリスの武器の弱点を補う、二つで一組の武器となるのが、今回のケイの光の剣となります! ケイはアリスと見た目も姿も、そして体のサイズも同じです。まるで瓜二つの双子のようなお二人なら、対になる武器を作ったら面白……興味深いと思いまして、一日で設計しました! アリスの光の剣は、チャージ時間こそありますが、どの武器にも勝る高火力を誇ります。ですのでケイの光の剣は、アリスの光の剣のチャージ時間と一点集中の火力という弱点を補えるよう、多段ショットの、かつホーミング弾となります!】

 コトリは、息を付かせず言い切った。

 同じ光の剣。けれど、王女のそれと同じではなく、王女の弱点を補う、対となる武器。

 ――私が、王女を、支えられる、と。そういうこと、ですか……?

 武器を改めて握る。固い感触の中に、どこか――もちろん、気のせいかもしれないけれど――温かさが、熱が、あるようにも、感じられた。

「…………ケイ」

 王女の声に振り返ると、王女が、顔をくしゃくしゃにしているのが見えた。

「ケイ! ケイ! すごいです!」

 王女が私に抱きついてきた。王女の体に押されて、光の剣が私の体に押し当てられる。丁度鳩尾(みぞおち)を強く押される形となり、一瞬息が詰まりそうになった。

「二つで一組の武器。これぞロマンです! シューティングゲームの赤機体と青機体みたいです! 同じ勇者の武器、違う性能の武器。アリスとケイの二人で一つ。アリス、ケイと一緒の武器が持てて、嬉しいです!」

 ぎゅう、と、首に回された手に力が入るのが分かる。王女の嬉しそうな声が、耳に入ってくる。王女の嬉しそうな顔が、すぐ近くに見える。

「ケイと一緒なら、アリスは心強いを通り越して、無敵です! モモイもミドリもユズもいてくれたら、このゲームに敵はいません!」

 王女の手が、より強くなる。そろそろ苦しくなってくる。ダメージリミットは適用されなくて、少しずつ息が苦しくなる。けれど、振りほどこうという気には、どうしても、ならなかった。

「アリスは、アリスは……。ケイと一緒にこのゲームができて、嬉しいです。……ほんとうに、嬉しいです」

 王女の声が、心なしか、濁って聞こえる気がした。そう感じるのと同時、今までに無いほどに、強く強く抱きしめられて。

「ケイ、これからも、ううん、これからもずっと、一緒に冒険しましょうね!」

 王女の、心からの声に。私の返す言葉は、一つだけだった。

「はい。――王女」

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