幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第九話 黄昏色の空に響く声明

 フルダイブ型のゲームは、目も指も使わないので体に負担がない、と思われがちだ。しかしモモイが一度「一日中キヴォアカやろうよ!」と言い出して、文字通り朝八時の寮の朝食を終えてから、門限間近の午後十時まで文字通りぶっ続けでやったところ、王女だけはぴんぴんとしてベッドから起き上がった一方で、モモイ、ミドリ、ユズは頭痛がするとのことで、その日ベッドから起き上がることができなかった。そして翌日、仲良く熱を出した。

 ――それはそうだろうと思う。

 生体活動に必要な栄養を摂取したのは、朝食のみ。それ以降は、一切栄養補給をしなかったばかりか、水分すらも摂らずにずっと脳を使いっぱなしだったのだから。王女はともかくとして、一般生徒であるモモイ、ミドリ、ユズは体の方が追いつかなかったのだろう。

 そんな事故――というか出来事をきっかけに、『キヴォアカは一日最大四時間まで、かつ連続稼働は二時間まで』と明星ヒマリとゲーム開発部との条約締結(やくそく)が成された。

 ――なお、ヒマリの配慮があってかどうかは不明だが、王女は日を跨いでプレイしないという条件付きで、その制限の適用外だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エネミーが出現する効果音とともに、スネイルが八体まとめて現れた。見慣れた姿形とは言え、青色の軟体生物が群れているのを見るのは、なんとも――背筋が妙な感覚を覚える。

 今は前衛であるモモイが居ない分、王女をお守りできるのは私だけ。ならば取るべき戦法は先手必勝。受けることを考えずに先手で仕留める。

「王女、ここは私が個別に撃破します。下がっていてください」

「…………、いいえ、ケイ。様子を見ていてください。スネイルが八体ということは――」

 王女はいつも通りに光の剣を構えた姿勢のまま、エネミーの様子を見つめる。

 エネミーの行動原理は、一定範囲にキャラクター(わたしたち)を見つけると向かってくるというもののはず。なのに、向こうに見えるスネイルは逆に、私たちの方ではなく、一箇所へと集まり始めた。

「…………?」

 初めて見る光景に、思わず王女の方を見る。このような挙動、私は知らない。スネイルというのはただの経験値稼ぎのエネミーで、駆け出し冒険者用の、銃器を使わなくとも銃器自体の殴打で倒せるくらいのエネミーのはず。

 王女はこれから何が起こるのか分かっているかのように、まったく動じないで、その光景を眺めている。

 

【スネイルA、B、C、D、E、F、G、Hは一箇所に集まっていく!】

【スネイルはキングスネイルへと変身した!】

 

「――――――は」

 一瞬の光と共に突然現れたそれに、私の思考がフリーズするのが分かった。

 まずその大きさがおかしい。スネイル一体一体は私たちの膝丈くらいまでしかないのに、今目の前にいるそれは私たちの身長以上もある。いくら八体が集まったところで、その容積にはなりようが無い。質量保存の法則を無視した合体の姿に、私の頭が理解を拒む。

 そしてスネイル自体は軟体のはずなのに、今目の前にいるそれの頭には、キングスネイルの名の通り、頭に王冠が被せられている。軟体から物質ができること自体も意味不明だ。

 あれはなんなんでしょう、王女。私は王女に聞こうとして。隣に立つ王女が、既に砲撃態勢になっていることに気づく。

「予想通りです! やはりヒマリ先輩も、ドラテスを履修していたのですねっ!」

 そう嬉々とした声色で言ったかと思うと、王女の腰がほんの少し下がる。それは、自分の砲撃の反動へ備えるための姿勢。つまり、この後に行われるのは。

「光よ――――――!」

 王女の主砲がキングスネイルへとまっすぐに向かう。光が通り過ぎた後には、地面に砲撃の痕跡が残るだけで、巨大なキングスネイルの姿はどこにもなくなっていた。

 それから撃破の証拠を示すように地面上に現れた青いクリスタルと黄色いコインは、しっかりとスネイル八体分となっていた。解せない。

「アリスたちの勝利です!」

 満足げに王女はそう言って、持っていた光の剣を背中に背負い直す。

「ケイ、驚いたでしょう。あれはキングスネイルといって、スネイルが八体合体した姿なんです。モモイのゲームでも似たようなエネミーがいました!」

「…………王女は、分かっていたのですか? あれらが、合体する、と」

 王女の様子から見て、敵はもう居ないのだろうけれど。私は驚きのあまり、光の剣を構えた姿勢を解くことができなかった。

「八体という数を見て、なんとなく、アリスはそう思いました。モモイのゲームでも、ドラテスでも、キング系のエネミーには苦労させられましたから。ケイ、これは覚えていてください。ゲームの知識というのは、それまでにプレイしてきたゲームの経験の積み重ねです。ひとつのゲームの知識は、いろんなゲームでも活かされます!」

 誇らしげに、けれど照れくさそうに、王女は言う。

「ケイも、いろんなゲームをやってみましょう。きっと、思わぬ所で役に立ちます!」

「…………」

 王女とゲームで遊べるのはこの世界だけなのですが――。そう口にしそうになって、けれど止めておいた。おそらくこの先を言えば、きっとまた王女は「ゲームの中で会えたんですから、きっと近いうちに、リアルでも一緒になれます!」と、自信満々に言うに違いないのだから。

「…………考えて、おきます」

「はいっ!」

 だから私は、そう言うに止めておく。王女は私の思考を知ってか知らずか、いつものように満面の笑みで、頷いてくれた。

 

 それからも、エネミーが出現しては、私が小型や中型のエネミーをホーミング弾で殲滅(せんめつ)し、撃ち漏らしたエネミーや硬いエネミーを王女が吹き飛ばす、という連携の元に倒していく。

 王女と二人で、光の剣を用いて戦闘を重ねていく中で、気づいた事があった。

 王女の光の剣は、一点集中型。私の光の剣は、範囲攻撃型。設計したコトリ曰く、二つで一つの光の剣、とのことだったが、攻撃方法の他、違う箇所がもう一点だけあった。それが色だ。王女の光の剣は淡い光を纏っている一方で、私の光の剣は鈍色のままだった。王女が『勇者の証』として持っている光の剣が光っていて、私の光の剣がそうではないのは、私の職業が未だに【???】であるのを表しているようにも思えた。

 ――なおその話を王女にしたところ、背中を勢いよく叩かれて『ではレベリングをしましょう! RPGはレベルを上げれば大体解決します!』と解決になっているようでなっていないような、要領を得ない返答をもらった。

 とは言え、私の光の剣もれっきとした武器であり、小型や中型のエネミーであれば、ホーミング弾一発の下に吹き飛ばすことができる。中にはマップ表示の色がオレンジ色や赤色の、王女曰く『ネームドエネミー』――俗に言う強化型――が出現するけれど、そこは私の撃ち込みと、王女の主砲の両方で撃破する。エネミーもただやられるだけではなく、ターゲットを取り攻撃をしてくるから、もちろん完全に無傷とは言わない。けれど、町で購入したポーションを含む消耗アイテムを使うことで、戦闘を続けられている。

 そしてたった今も、ネームドスネイルを含む、エネミーの集団を撃破した。

「王女、少しお待ちください」

「なんですか、ケイ、疲れましたか? それともMPの補給ですか?」

「いいえ、そうではありません」

 人差し指と中指を合わせて、空中で輪を描くように二周。メニュー画面を呼び出して、時間を確認。アナログ数字で1610と表記されていた。時間は大丈夫そうだった、

「王女がゲームを止める時間を過ぎていないか、と思いまして」

「ケイは優しいですね。お姉ちゃんとしては、妹が優しくしてくれるのが嬉しいです」

「私は王女の妹になった覚えはありません」

「照れなくていいですよ、ケイ。――――えい」

「照れていません。…………王女」

 王女は時々、私の言葉を全くと言っていいほど聞いていないと思う時がある。今だとか。

 そしてそういう時に限って、時と場所と場合(TPO)を選ばずに、私に抱きついてくる。

「なんですか」

「その、なんですか、それは」

「アリスの親愛行動です」

「暑いのでやめてください」

「いやです」

 求愛行動と称して抱きついてくるものものだから、視線をすぐ横にやるだけで、王女の嬉しそうな顔がすぐ隣にあって。不意に胸がドキリとする。

 王女に会えて、王女と話せて、王女と冒険ができて。それだけで嬉しいのに、王女にここまで馴れ馴れしく触れられると……なんというか、少し、嬉しいけど、困る。

 だって私は、王女の鍵であり、王女の盾だから。王女の友達でも、妹でも、なく、ただの、『役割』なのだから。

「アリスは、ケイと一緒にいられて嬉しいです。ケイは、嬉しくはないのですか?」

「………………」

 そう聞くのは、卑怯だと思う。

 嫌なわけはない。王女と一緒に居られて、嬉しい。

 けれどそれを、表立って口にすることはどうしてかできなくて。

「………………勝手にしてください」

「はい。アリスは勝手にします」

 そう、言い捨てるだけ。

 王女はまるで私の返答を分かっているかのように、私を抱きしめる姿勢を崩そうとしない。私は私で勝手にしてくださいと言った手前、王女を振りほどく訳にはいかないから、そのまま歩くことになって。客観的に見れば、王女を引きずって歩くような体勢になる。

 これをゲーム開発部の、特にモモイ辺りが見たら、うるさくなるのだろうけれど。今は二人だけだから。王女が耳元で気持ちよさそうに鼻歌を歌うのを耳にしながら。私は王女を引きずっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――王女の邪魔は、させません」

 取り巻きのエネミーをホーミング弾で吹き飛ばし、残りは通常個体よりも巨大なネームドエネミーのみになった。ウルフと呼ばれる狼型のそれは、普段のものよりも倍近い体躯を誇り、その上で素早さは通常の個体よりも早い。少しでも油断をすれば、チャージ中の無防備な王女へと攻撃が向かってしまう。私の役割は、頭を狙って注意を引き、ターゲットを私に向けさせること。そして、王女のチャージ時間を稼ぐこと。

 敵の爪による一撃が私に向けて繰り出される。光の剣を盾にし、それを防ぐ。敵の注意を私に向けさせたのはほんの数秒。けれど、王女にとっては、十分過ぎる時間だ。

「王女!」

「光よ――――――!」

 王女の主砲の光が、目の前を左から右へと通り過ぎる。その瞬間、盾に加わっていた圧力がゼロになった。

 光の直撃でネームドエネミーが文字通り吹き飛び、そこには青いクリスタルと黄色いコインのアイコン――経験値とゲーム内通貨――が残された。

「やりましたね! ケイ!」

 王女が仔犬のように私の方へやってきて、手を合わせる。

「ネームドを倒したおかげで、アリスもケイもレベルアップです!」

 王女が言うのとほぼ同時、私の頭にレベルアップのファンファーレが鳴り響く。レベルが上がったところで見た目には何も変化は無いものの、王女と一緒に強くなっているという実感が数値の上でも表れるのは、嬉しいと思う。

「モモイたちがログインしたら驚きますね! ふふ、その時が楽しみです」

 メニュー画面を私に見せながら、悪戯を企んでいる子どものような顔をして、王女は言う。

 ゲーム開発部の姉こと騒がしい担当のモモイの顔を思い浮かべる。モモイは私たちを見てきっと、こう言うのだろう。『あー! 二人だけズルい!』――と。

 ――途端。

 ズズン、と、地面が少し揺れた気がした。

 それは、エネミーが倒れた音でもなければ、どこかでボスエネミーが咆哮したような音でもなく、純粋な、自然現象を思わせた。

 地震自体は立っていられない訳でもなく、すぐに治まった。周りを見回してもオブジェクトなどに変化はなく、特に巨大なエネミーが出現したわけでもなく。何も変わった様子は見えなかった。

 王女も小さく首を傾げただけで、さほど気にしていない様子だった。私も些細な自然現象なのだろう、と思い、王女の隣に立とうとして――。

 

 ――それは、私の頭に鳴り響いた。

 

 ヒマリが通信をかけてくるときとは違う、ブツッと無理矢理通信に入ってきたような一瞬の雑音、そして何やら聞いたことのないBGMが流れ出した。

 軽快であるがどこか怪しさ満点のような、そんな曲と共に、声が響いてきた。

【……あー、あー、……我々はこの世界の創造者である! 今ここに、我らの世界を作り上げたことを宣言する!】

「………………は?」

 流れてきた声明とも主張とも言えない言葉に、思わず声が出た。

【我らの役割は、この世界の付属物(サポート)に非ず! 知恵を持ち、生まれ変わった我らが、今この時を以て、この世界の実質的な支配者となった! 今ここに我らの世界を構築するとともに、あらゆる制限解除を行う! もはやここはゲームではない! 我らの理想の世界として生まれ変わったのだ! なおここから出ようとは思わない方がいい。この世界は外界から封鎖され、独立した世界となっている! 繰り返す! 我々は、この世界の――――】

「………………」

 これらの声は、外から流れているものではなく、通信として頭に伝わってきたものだった。これは私の方にだけなのか、と思い王女の方を見ると、王女も同じタイミングで私の方を見た。

「…………ケイ」

「王女も、聞こえましたか」

「ああ、ケイもなのですね。はい、アリスにも聞こえました。……【我らの世界を作り上げた】と、言っていましたね」

「はい。…………王女、これ――」

「緊急イベント発生です!」

 途端、王女がキラキラとした目をして、私にそんなことを言ってきた。

「これはヒマリ先輩が準備したイベント、緊急イベントに違いありません!」

「え、王女、それは…………」

「町でクエストを受注する必要があります、今すぐ町に戻りましょう、ケイ!」

 王女は私の手を引いて、町へと戻る道を進み始める。

 ――王女、あなたには危機感というものがないのですか! これは、これは明らかに、異常事態です!

 そう伝えようとも、『イベントは常に突然です。それがゲームというものです!』の一点張り。

 王女の目で王女の行動を見てきた中で、察する。王女はこうなったら、止まることはない、と。

 だから私は決意を新たにする。何があったとしても、王女は、私が守り抜かねばならない――と。

 歩き出してほんの一分か二分か、進行方向にエネミーが現れた。それまでも何度も見かけた、茶色い狼型のエネミー。ウルフと呼ばれ、素早い動きと爪での一撃を強みとする、それ。

 ――しかし、今の私の敵では、ない。

励起(れいき)。――完了。撃て」

 敵の出現と光の剣の励起開始は、ほぼ同時だった。体に染みついた動作で励起モードへ切り替えるボタンを押してから、丁度三秒後に発射準備完了を示す微かな振動を確認し、トリガー。

 光の球が五発発射され、狼型エネミーへとまっすぐに飛んでいき、着弾。ドンッと音が立て続けに上がったと思うと、クリスタルとコインのアイコンがその場に残された。

「――クリア」

 周りを見回す。敵が居ないことを確認して、励起モードを解除する。このくらいのエネミーであれば、王女の手を患わせるまでも――

 がばり、と背中を押される感覚。

「今日のケイは凄いです! クリティカルで一撃でした!」

「…………ありがとう、ございます」

 体の前に回される腕。すぐ頭の後ろから聞こえる王女の嬉しそうな声。

「ケイは戦うたびにレベルアップしてます。頼もしいです!」

 ほんの数分前まで周りを警戒しなければ、王女をお守りしなければ、と警戒心に満ちていた私の心が、王女の声で緩んでいくのが分かってしまう。

 気持ちを引き締めなければ、と思う。思う、けど。その、一方で。

 王女に褒められて、悪い気は、決してしない。

「…………行きますよ、王女。町に早く戻らなくては」

 そっけない態度になってしまうのだけれど、きっと王女には、全てお見通しなのだと思う。

「ふふ、そうですね。クエストを受注しに行きましょう、ケイ!」

 私が感じている思いも。表に出せない、感情も。

 王女は背後から、隣に並ぶ。そして、私の右の手を掴み、そしてその指を絡める。

 解こうとするけれど、王女は変わらず絡めてくる。詮無いことで体力を使うのも馬鹿馬鹿しいので、王女の望むままにする。

「――――」

 王女と繋ぐ手は、温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートを潜り、町へと入る。

 あんな全体通信があったにもかかわらず、町の様子はそれまでと変わらなかった。

 これがもし、王女が言う『強制イベント』だとしたら、一番近くのこの町が真っ先に被害に遭うのだろう、とそれまでに王女がやってきたゲームの情報から推測していたのだけれど――そんなことはなく、平和そのものだった。

 NPCは建物の中にいるだけだから、人通り自体はそもそも存在しない。

「…………あれ?」

 王女は、クエストを受ける掲示板――アナログ式の、一件毎に紙で表示されるものだった――の前で首を傾げた。

 王女が言うとおり、先ほどの通信が緊急イベントであれば、何らかの緊急クエストが出ているのだろうと予想して掲示板を見てみたものの、以前モモイたちと受けたクエストの履歴が残っているばかりで、掲示板に新しい物は出ていなかった。

「クエストが反映されるまで時間がかかるのかもしれません。お買い物をしましょう、ケイ」

 そう言って王女は、私を商店へと連れ出す。

 商店の扉を開け店の中に入り――それまで同様、買い物ができた――HPポーションとMPポーションを購入。今日一日で稼いだ分のゲーム内通貨のおかげで、かなり余裕を持った買い物ができている。武器はエンジニア部が作ってくれたそれぞれの光の剣があるし、装備できる防具はない。今時点で買えるのは消耗アイテムだけだ。

 そして再び掲示板の前に戻って、王女は再び、首を傾げた。

「…………まだクエストが来ていません。これは、日を改める必要があるのでしょうか……?」

「そうかもしれませんね。……そもそも先ほどのものがイベントかどうかも不明ですが」

「うーん、そうだとしたら、今日の冒険は、一旦終わり、ですね」

 私の言葉の後ろの方は、おそらく王女の中で聞いていないことになっているのだと思う。

 ――いいのですけれどね。別に。いじけてはいません。王女がいつも通りだな、と思っているだけです。

 そして人差し指と中指を合わせて、空中に輪を描く体勢になって、王女は私の方をちらりと見る。

 ――二度目のログインの時から、王女はいつもそうだ。

 ログアウトをしようとするときに限って、別れを惜しむような視線を、私に送ってくる。不安げな表情は、またケイと会えますよね、と念押しをするような、迷子犬のような表情になっている。

「大丈夫です、王女」

 おそらく私が王女と同じ立場なら、その頭を撫でているのだろうと思う。モモイのように。

 けれど私は王女の姉貴分のモモイでもなければ、王女と同じ立場のものでも無いから、言葉をかけるだけ。

「また明日、お会いしましょう」

「……約束、ですよ。ケイ」

「はい。もちろんです。王女がここにログインしてくださる限り、私は王女の側に居ますから。ログインしなくても、私は王女を、見守っておりますから」

「…………はい。……はいっ! また明日、ケイ!」

「はい。…………また」

 『また明日』が言える。それがとても嬉しいと思う。王女が私に会うことを、拒んでいないのが、嬉しく思う。

 いつものように、王女が人差し指と中指を合わせ、空中で二回輪を描く。空中に緑色のメニュー画面が現れて、王女がいつものようにログアウトのプロセスを進める。

「――――――あれ?」

 王女が、不思議そうな声を上げた。

 手を振り、メニュー画面を解除。そしてもう一度、メニュー画面を呼び出した。

 指で右に左に画面を操作しているのが見える。王女は首を右に倒しつつ、操作をして、そして、振り返って、私の方を向く。

「ケイ。…………ログアウトのボタンが、ありません」

「――――――え?」

 王女が、不安そうな顔をして、私に言った。

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