女神に祝福された男がエルフから愛される話。

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プロローグ

ヒンメルに憧れを抱かなかったと言えば噓になる。けれども、ヒンメルになりたいとは思わなかった。僕は漠然と彼に憧れ、彼と共に旅をする彼らにも憧れていた。憧れて、だからついていくことにした。特異なことなど何一つなかったし、得意なこともなかった。強いて言えば、誰かと直ぐに仲良くなれる程度だ。果たして、僕の居場所など何処にもなかったにもかかわらず、僕は彼らの旅に同行した。自主的にね。あくまでも自主的に。

 

結論から言って、僕は何もしなかった。世界を救うことも無かったし、ヒンメルたちと会話することもほとんどなかった。僕はただただ見守っていた。彼らと同じ道を歩き、決戦のその場所まで一緒に行った。決戦前にそれらしい会話をして、ヒンメルたちが新たな伝説を作る場面にも僕は居たのだけれど、そこに僕の存在は何らの影響力も与えなかった。魔王城からの帰還も道中はずっと一緒だった。そこからの凱旋式でもずっとすぐ後ろにいた。

 

本当に何もしなかった。僕には何もなかった。何も残らなかった。そして、そのことに意外と不満を抱いていない。こういうのもあるんだな。こういう場合もあり得るんだな。そういうのが正直なところだった。勇者による魔王討伐の旅へと黙ってついていく機会は中々ない。もしも僕がまたこれを経験する時があるとしたらそれは何千年後になるのだろうか。きっとそのときも僕は生きているだろうから、その時はもう一度やってみるのもいいかもしれない。

 

それはさておき、僕のヒンメルへの憧憬はいつの間にか、フリーレンへの恋愛感情に取って代わられていた。これはどういうことなんだろう。あの年下の、まだ幼いエルフに対して僕は一体何を感じてしまったのだろうか。よくわからないうちに何もかもが進行してしまった感じがする。僕がフリーレンと会話した回数なんて片手の指で足りてしまう。向こうは僕の事を覚えてすらいないんじゃなかろうか。それはそれでいいのだが…。

 

あーあー…勇者の旅に同行したのにな、荷物持ちでも、助っ人でもなく、何者でもなく。なんか勇者の旅に最後までついて行った人、それが僕である。魔族の将軍と一騎打ちするとか、村を魔族から守るとか、そういうことが一度くらいはあっても良かったとも思う。でも、マジで何も起こらなかったよ。魔族の子供と話したり、魔族の少女と話したりはしたけれど、それだけ。本当にそれだけ。あの時だって、どうして何も起こらなかったんだろう。普通なら襲い掛かられても文句は言えない状況だったのに。どうして生きているんだろう。

 

死ぬような思い自体はそんなにしていないはず…機会はたくさんあったけど、ことごとく何も起こらなかったんだ。善し悪しで言えば、善しの方だけを引いてきたってわけだ。どれだけの低確率なのか…途方もないってことくらいしか想像もつかないな。

 

気がつけば、僕一人きりになっていたよ。

 

だってそうだろう。皆年をとって死んでいくんだから。ヒンメルもついに死んでしまった所為で、いよいよ僕はすることが無くなってしまった。彼が死ぬまではずっと後ろからついていくって言う、引っ付き虫みたいなことが出来たんだがなぁ…そうかぁ、ヒンメルも死ぬのかぁ…。まったく予想外ではなかったけれど、それはそれは残念だと思う。今度はどうやって時間を潰せばいいんだろう。飽きるのは嫌だな…億劫になってしまう。生きるという事そのものが。それはもったいない。主体性がなくたって、生きることには必死になるんだぜ。僕みたいのがその代表例だろう。僕には創造性も主体性も何もないが、それでも人生を楽しく生きることに強い執着がある。そして今、その矛先はまたしてもフリーレンに向いていた。

 

そうだ、フリーレンがいるじゃない。あの子について行こう。あの子の後ろに、カルガモの親子のようにぴったりついていくんだ。これでまたしばらくは正気でいられるだろう。これでゼーリエの元に帰らなくて済むぞ!

 

ゼーリエのことは嫌いじゃない。寧ろ大好きだ。愛してる。でも、なんかずっと後ろについて来るから怖いんだよな。ずっと見られている気がするんだよ。生まれた時からずっと。ゼーリエなら僕の記憶も、僕の知らない僕の記憶のことも知っていても不思議じゃない。それに、単純な話、僕はゼーリエとは離れていた方が安全な気がするんだよな。ゼーリエの隣に居ると常に次の瞬間には死ぬかもしれない感じがするんだ。それが刺激的で心地いいのも困るんだ。だからこうして遠距離で自粛しているんだ。

 

何はともあれ、今しばらく僕は旅を続けることにする。そんなわけで、ゼーリエにはしばらく会いたくないし、ついて来ないで貰いたいのだが、旅費の工面の方はいつも通り頼むとしよう。旅には何かと金がかかるからね。革袋一杯の金貨と紹介状の束とそれから僕の服とか靴とかも全部やっといてくれると嬉しい。やって貰うことができれば、きっと僕はゼーリエのことをもっと好きになるだろう。

 

 

 

 

 

 

彼は幼い頃に両親を魔族の襲撃により喪った。そしてゼーリエに拾われた。ゼーリエは彼の親代わり、ではなく正真正銘の親という存在だった。ゼーリエにとっての、生まれて初めて純粋に親として触れた子供が彼だった。なぜならば、彼には魔法が使えなかったから。彼は役立たずで、穀潰しだった。ヘタレで、無責任で、奔放で、どうしようもなく手が掛かる子供だった。変なところで律儀で真面目さをだしたりするところまで含めて、彼は最悪の部類だった。だが、ゼーリエは彼に外の教え子同様に魔法を一つ与えることにした。これはゼーリエが一方的に与えた魔法だった。

 

『ゼーリエより後で死ぬ魔法』

 

大魔法使いゼーリエは持ち得る技術の粋をつぎ込んで、落ちこぼれの彼に特別な魔法をかけた。余人からの追及にも聞く耳を持たず、というよりも彼とゼーリエとの間でだけの秘密のお呪い。彼は素直に受け取り喜んだ。ゼーリエもそんな彼の事を見て相好を崩した。

 

彼は役立たずだ。何も生み出さない。何の創造性もない、何の価値も生産しない。消費するだけの人間だ。エルフのように長い年月を学問に費やして素晴らしい業績を立てることもしない。

 

「でも、それでもいい。」

 

ゼーリエはそう言った。

 

「生きていてくれればそれでいい。他の事は全て些事なのだ。お前が健康でどこかで元気にしていれればいい。楽しくしていればいい。やりたいことができていればいい。その為に必要な事も、その為に必要な物も全て、それはママが用意してやるから」と。

 

「この過酷な世界の中で、一人だけそんな都合の好い奴が居たって誰もきにしないさ。考えてもみろ、それがもしも自分の、猛烈な執着の対象だったのならば、私の愛する息子だったのならば、それは何と甘美でロマンチックなことだろう」

 

「私には息子が欲しがるものを与えてやれる力がある。だから使う。全部使って、息子のそういう人生を最後まで守り切ってやる」

 

ゼーリエは彼を拾った時、弟子にするつもりだった。けれど、彼に魔法の才能が全くないことを悟ってすぐに、彼の事をどうすれば後腐れなく捨てることが出来るのか悩んだ時期があった。本来なら悩まずに元あった場所に戻せば済む話だったにも関わらず、この時のゼーリエは真剣に悩み、悩み抜いてから彼の事を育てることに決めた。決心した。覚悟を決めた。このどうしようもない子供を最後まで責任もって養うことを。そして、その誓いは今も忠実に果たされ続けている。

 

旅支度を済ませた彼は旅に出たらしいフリーレンの後を追って駆けだした。振り返りもせずに、やっぱり振り返ってゼーリエに手を振ってから。ぺこりと深く一礼。感謝の気持ちを示すと、彼は今度こそ駆けて行った。特に壮大な目的もない旅へと。暇つぶしの旅へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔族に襲われて両親を喪ってしまったようだ。赤子が一人、馬車に取り残されていた。横転した馬車を元に戻し、血痕だけを残して姿かたちの見えない赤子の両親に想いを馳せた。赤子はこんな状況だというのにすやすやと眠っていた。森深いこの土地を開拓するには、あまりにも非力な一家だったのだ。当然の帰結だったのかもしれない。何れにしろ、何もしなければ赤子は死ぬ。私の腕の中で死ぬかもしれない。それは少し嫌だった。だから持ち帰ったのだ。

 

「ゼーリエ」

 

「そうだ、ゼーリエだ」

 

「ゼーリエ、すき」

 

「誰に教わった?」

 

「ゼーリエ、すき」

 

「わかった、わかった」

 

赤子は大きくなると、そう口にした。何度も何度も。誰に教わったわけでもなく。まるでそれが生き残るために必要な事だと理解しているような気色悪さがあった。脈略もなく、この子は私の事を好きだと言うのだ。それは不用意な言葉遣いだと教えたものの、この子には悪いことをしているという自覚も無かった。実際、悪いことではなかった。何れにしろ、私が何度言っても直そうという気は感じられなかった。だから私は少年の「好き」を浴び続けた。

 

 

 

 

 

「ゼーリエ、好きだよ」

 

「お前は魔族か?」

 

「人間だけど、ゼーリエがママなんだよ?魔族だとしても不思議じゃない」

 

「嘘でも外ではそういう話はするな。お前の不利益になりかねん」

 

「わかった。ねぇ、ゼーリエ」

 

「なんだ?」

 

「愛してる。大好きだよ、ゼーリエ」

 

「…そうか、そうだな」

 

赤子はあっという間に大きくなった。今も昔も、私の事をママだとか呼んだかと思えば、ゼーリエと呼び捨てにする。その度に私の感情は滅茶苦茶になる。意味が分からない。私はこのろくでなしの親なのだ。親だから、そういう感情を抱くのとは違うのだ。だから何気なく囁かれる愛の言葉に、ろくに返答してやれない。そのことが心苦しい。この子はそういう時、決まって悲しそうな表情を浮かべるからだ。あの表情を見たくない。そう考えている私はもう既に可笑しいのかもしれない。絆されている自覚はあるのだが、どうしようもない。

 

 

 

 

 

「ダメダメなフランク」

 

「可愛いフランク」

 

「役立たずのフランクには特別な魔法をあげよう」

 

「魔法を使えない、落ちこぼれの、ろくでなしの、穀潰しのフランクの為だけに創った魔法だ」

 

「私が作った魔法だ。愛しいフランク…この魔法はお前の為だけにある」

 

「だから恨むな。私はお前の死に耐えられない。傷つくことすら受け入れられない」

 

この世界から憎まれて、ありとあらゆる才能を奪われて生まれてきたように、この子には何もなかった。五体満足なだけで、中身も魔族と大差がない。そのくせ、人間の純真さだけを持ったまま生まれてきてしまった。そんなこの子のことが愛おしくて仕方なかった。哀れで、どうしようもなかった。この子の為に出来ることは何でもしよう、この子の人生が続く限り、私が彼が生きる上での咎と責任を背負おう。もう、私にとってこの子は血肉よりも色濃く身体の中心に据えられてしまったのだ。もう二度と手放すことなど出来ない。この子の為ならどんなことだってしよう。そう思った。そう思うようになっていた。

 

ハハハ…大魔法使いが笑えるな。あの日、この子を腕に抱いた瞬間から、私は魔法をかけられたみたいだ。私の世界は何時の間にかこの子を中心に回っていた。

 

「また旅に出るのか?身支度はしたのか?必要な物は分かっているのか?路銀はあるのか?」

 

分かり切ったことを尋ねるのも何度目だろう。もう何千回と繰り返してきたことだ。もはや儀式と化した、様式美と化したこのやり取りにさえ、私は強い母性の充足を感じてしまう。もう手遅れなんだ。この子の為になるならなんでもいいんだ。どんなことでも。

 

「いいや、それがね…ぜんぜんなんだ。予算とかもさっぱりわからなくて。手持ちも無くってさ…寒い所にもいくと思うんだけど、できれば荷物は少ない方がいいなぁって」

 

フランクのわがままを聴いてやる。トランク一杯の金貨を用意してやる。魔法をかけた収納鞄を用意してやる。防寒具も最新のものを買ってやる。寒くない場所で快適に着ていられる服も、使い切れないほど用立ててやる。服も靴も全部オーダーメイドだ。

 

「全部私が用意してやる。安心しろ。全部お前にピッタリのものを用意してやる。不満があれば言え。どんな些細な事でも改善してやる。完璧な状態で旅に出るといい」

 

「次の帰省はいつになるかわかんないよ?」

 

「いいんだ、いつだって。元気にしていればいいさ」

 

フランクは仕立ての好い服に身を包んで、新品の革のトランクと旅行鞄を両手に持って遠ざかって行った。フリーレンの旅が終わるまで、きっと帰ってこないだろうな。

 

 

 


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