神楽は狭間に奉る   作:debac

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第十三話 調べるならここからだよな

 

 

 

「暑い……」

 

 額に汗を浮かべたまま、誠二は愚痴をこぼす。朝見た天気予報ではまだまだ暑い日が続くと言っていたが、その言葉の通り外に出ると痛いくらいの日差しが肌に刺さる程だ。遅い昼食として買ってきた日替わり弁当入りの袋をその手からぶら下げたまま玄関を開けると、エアコンから吹き出す強風設定の冷気が肌を撫でてたちまちに汗が引いていく。

 

 二階建て賃貸マンションの二階、角部屋のワンルームが彼、六角誠二の家だ。入居時の手続きによると築年数は十年以上経っているという事だが、エアコンは動作不良を起こすこと無く快適な居住空間に整えてくれている。建物自体手入れが行き届いているから何ら申し分は無い。こうして近所に生活に必要な買い物をできる場所もある。賃料の割に入居者も少なく、静かに日々を過ごす事が出来るのもありがたい。

 

 ただ、入ってすぐのところにあるキッチンはあまりにも狭い。自分がこの場に立って体を少しでも動かそうものなら、仕切りの壁に腕があたってしまう。結局一度もこの場所を調理の目的で使用した事は無く、シンクの上にはポストに投函されているDMやらチラシやらが無造作に積まれている。

 

 燃えるゴミの日までまだ日がある。どうせそれまでキッチンを使う予定など無いのだから、と誠二はエアコンの風を受け僅かに揺れ動く紙束をうざったく思いながらも横目で流し、奥の部屋へと進んだ。フローリングの上に敷きっぱなしの布団一式があり、そのそばの座卓の上にはノートパソコンと一冊のファイルが乗っている。他には床の上には無造作に読みかけの本が散らばる。整理整頓が出来ているかと言われれば微妙な所であるが、それなりの生活感が漂っている部屋だ。

 

 誠二は慣れた様子で布団の上に腰を下ろすと、座卓に弁当を広げる。揚げ物の多い割に手頃な価格ののり弁当だ。その一番上に乗っていた白身フライを箸先でほぐしながら、パソコンの脇のファイルを開いた。

 

 このファイルは数日前、海人達と共に事務所を訪れた後で強引に預けさせられたものだった。落ち着いて読んでみろ、とはその時の海人の言葉だった。そして、ここに書いてある事は間違いなく自分の受けた仕事のものであり、同時に、ひどい曰くつきである事もすぐに悟った。

 

 知らずの内に、そして、それでは済まされない事に関わってしまった。海人は唖然とする一方で、今日まで所謂模範的な行動を取るという選択を取る事が出来ていない。勇気が無いから、という理由もあながち間違いでは無い。だが、本心は別の所にあった。

 

 インフィニット・ストラトス。今日においてそれは、間違いなく世の中の仕組みを、価値観を大きく変えた。だが、どれだけ世界を変えたとしても自分にとっては所詮遙か対岸の出来事に過ぎない。物事には何にだって得手不得手、興味の有無というものがある。そもそも女性しか動かせず、絶対数も決められたともなれば益々足も遠のく。幾つもの団体が新しく興されたり不合理な事件がどれだけ起きたりしても、それらは全てモニターを隔てた向こう側の騒がしい出来事なだけであり、自分に出来る事はそれらを眺めて楽しんだり呆れたりするだけだった。

 

 きっと、これからの日々の中でもそういうものは新発見や革新という形で嫌になる程表に出てくる。しかし、自分は関わる事無く過ごしていくのだろう。結局の所、自分の生活に困らないだけの日銭と、それなりに楽しめる娯楽さえ享受出来ればそれで良いと思っていた。

 

 だが、何の因果か。そういう出来事に関わりを持つようになった。浅はかな考えだとは分かっていたが、それでも、この事は自分にとって何かの転機になるのではないか。

 

 だから、たった今それらを手放してしまおうとすると途端に嫌な気分になる。

 

 深いため息を吐き出す。どれだけ自身に言い聞かせても、緩やかで力強い渦の思考はまとまらない。それを少しでもせき止めようと、誠二はここ一週間程の間で自身に起こった事を整理する事にした。

 

 事の発端は、臨時収入を探していた時にネットで見つけた短期のバイトを受けた事だった。案内されるまま、とある事務所で仕事の説明を受けた。誠二の担当は、別の担当者から荷物を預かって事務所に持ち込む、という極めて単純な内容だった。

 

 八城亜麻と出会ったのもその時だった。他にも、中丸と藤沢という二人の男もいた。別の担当者、というのはつまり彼女達の事だった。

 

 スキンヘッドの中丸と天然パーマの藤沢という特徴的な風貌の彼らとは違って、亜麻という少女について思い出せる事はあまり無かった。事務所に集まった時も彼女とは会話らしい会話は殆どしなかったからだ。ただ、何を考えているのだろうとチラリと表情を伺った時に、目元にそばかすがあるのを見た。

 

 そう、そばかす。

 

 当日、荷物の受け渡しの時間になっても一向に亜麻達は姿を見せず、さてどうしたものかと事務所に連絡を何度入れてもまるで通じない。臨時収入のあてを無くした。途方に暮れる中で足を運んだショッピングモールで、亜麻と同じそばかすの浮く顔を偶然見かけた。

 

 わらにもすがるような気持ちで近づいたところで拘束され、その少女が海人と名乗った事、そして、IS学園にいるという事を知った時は、なんでそんな奴がこの仕事を受けたのだろうと酷く驚いたものだ。

 

 そして、話はここで終わる訳も無い。

 

 海人より半ば脅される形で彼女らを事務所へと案内し、そこで命がけの事態に遭遇した。それまで絵空事のように思えていたISの力を間近で見た。自分の想像していた以上のものが、恐れとともにそこに在った。

 

 それらが、一週間の間に起きた事。夢幻かと思う程だが、手元のファイルが、それらと現実とを繋げる。

 

 誠二は、スリープ状態だったパソコンのキーを叩いて復旧させた。間もなく、モニターにここ数日の間にネット上で掲載されたニュース記事が映し出される。  

 

 出かける前から、いや、もっと正確に表現すると、誠二は朝からこの小さな機械を用いてずっと調べ物をしていた。ファイルの中身、すなわち、彼自身が関わった仕事やその仕事を依頼してきた事務所に関する事を。だが、何処にも被害の情報や事務所が捜索を受けたという記事は出てこない。誰からも忘れられているようだった。

 

 視線を再び手元のファイルに落とす。ページを何枚かめくり、仕事の役割分担が書き込まれたページを見つける。亜麻と中丸が荷物の受け取りを担当し、藤沢は運転手として同行する。荷物を預かった後はすみやかに目的地で誠二と合流し、引き継ぎする事。そういう段取りとなっていた。ここまでは、誠二の記憶と同じだ。

 

 だが、実際に自分が再会出来たのはせいぜい亜麻だけだった。それも、事務所とは何の関係もないショッピングモールで、そして、当人は海人と名前を変えて。ならば、残りの二人は一体何処に行ったというのだろうか。

 

 そもそも、亜麻達は本当に目的地まで辿り着けたのだろうか。

 

 気がつけば、弁当の上の白身フライは三等分されていた。その内の一つを箸でつまみ口に放り込む。咀嚼しながら、もう片方の手でWebのページを地図検索へと切り替える。ファイルに記載されていた顧客の住所を検索にかけるとほんの数秒で結果が表示された。市街地より少し離れ、住宅が点在する場所を示していた。

 

 航空写真に切り替えると、どれも建物の作りが古い。そこにいたるまでの道路がどこも細い道ばかりだ。市道ばかりであまり整備が進んでいないように見える。高齢化が進み、人の流出の止まらない所謂過疎地なのだろう。繁華街からほんの少し車を走らせた所に、このような一帯があるとは知らなかった。

 

 ふと気になって事務所からのルート検索をすると、曲がりくねった崖道を走らされる事が分かった。道路を良く見れば迂回路もあったが、おそらく普段通った事の無い人であれば検索結果に従うがまま走る事になる。亜麻達も、やはりこのルートを使ったのだろう。

 

 誠二は、自分達が請け負った仕事と海人がISを持っている事は無関係だと推察していた。理由は単純なものだった。もし、亜麻達が受け取る予定だった荷物がISがらみのものだったとして。ある種の劇物に関わる仕事を、自分のようにただ日銭を稼ぎたいような人間でもアクセス出来るような場所で果たして募集などするだろうか。

 

 故に、この二つを直接結びつけるようなものはないだろう。ならばこそ、亜麻と海人をつなぐものは別の所にあるはずだ。

 

 そして、思案を続ける中で、誠二はある地図上の道にある既視感を覚えた。その感覚に従うまま検索を始める。「崖 土砂崩れ」と。

 

 目的の情報はすぐに見つかった。一週間程前のひどい土砂降りの日、土砂崩れが起きて市道が封鎖されたという記事だ。仕事を行う予定だった日は、確かに朝から雨が降りっぱなしだった。重たい空気で視界も悪く、傘をさしてもあちこちから雨が流れて甚だ不快だった。その時はこの程度の認識でしかなかったが、どうやら局所的にこうした災害が出るレベルの雨量だったらしい。

 

 誠二は、食い入るようにそれを読む。記事に登場する市道は、紛れもなく今誠二の見ている地図に表示されている場所だった。同ページの参考記事のリンクから、災害の詳細を伝えるページへ切り替える。そこには現場とおぼしき航空写真が掲載されていた。細い道が、土砂によって完全に分断されている。

 

 とりわけ目の止まったのは、この災害によるけが人は今のところ確認されていない、という一文だった。自身の胸中に過った違和感を確かめる為、別の検索ページを開いてこの土砂崩れの続報について調べる。この道路はまだ通行止めとなっている事が分かった。解除の予定もまだ立っていない。

 

 亜麻達が仕事を終わらせる為にこの道を使った事は間違いないはずだ。だが、その後の行方はまるで分からない。そして、この災害による被害者はゼロだと言う。

 

 これは誠二の直感だった。この記事自体に偽りは無い。しかし、亜麻達がこの土砂崩れの影響を受けていないはずがない、と。

 

「いやあ……でもなあ……」

 

 ため息と共に、独り言をこぼす。

 

 もし、この土砂崩れの原因が土砂降りで無かったなら。何か、別の原因によってこの土砂崩れが起こされたとしたら。その過程で、痕跡すら残す事の出来ずに巻き込まれた者がいたとしたら。

 

 誠二にとって、ISとは宇宙空間でも何ら不自由なく行動が可能で、それだけの最先端の技術が詰め込まれているという程度の認識だった。だが、ISによる戦闘を間近で見て、そういった技術を攻撃という手段に転化させる事は容易いだろうとも思った。そんな彼の脳裏に今思い浮かぶ事は、あるいは安直なものなのかもしれない。

 

 それでも、この考えは、彼の次の行動を定めるには十分だった。

 

「でも、多分。調べるならここからだよな」

 

 迷い混じりの独り言が口の端から漏れる。程なくして、布団の上に無造作に置かれていたスマートフォンに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

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