神楽は狭間に奉る   作:debac

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第十四話 ここから先は歩きだ

 

 

 

 右手には地肌と茂みがまだら模様を描く斜面、左手には穏やかな波が押し寄せる海岸線。その狭間にある細い市道を、一台の赤い軽自動車が走る。外装のあちこちには擦り傷が入り、光沢も失われつつある。角張ったボディに丸いヘッドライトは、二世代ほども前に主流となったデザインで今となっては古めかしい。

 

 誠二がこの自動車を選んだ理由は型落ち故の安価さからだったが、幸いにも前の所有者が禁煙だった為にタバコ臭さは無くクリーニングも行き届いている。車内環境は程ほどといったところだ。後部座席に海人と神楽を乗せていて、喫煙を疑われるような素振りも無かった。

 とは言え、外装の補修といった手間暇のかかりすぎるものは省いてしまった。それ故に見ての通り傷みの目立つ所もある。特にタイヤ回りに関して言えば古い車体故に心許ない。こうしてひび割れの多い車道を走っていると、サスペンションで受けきれなかった揺れが時折車体を大きく上下させる。その度に、不安げな表情を浮かべたままの神楽が海人の手を取る様子がバックミラーから窺える。

 

 

 

 

 

 

 八城亜麻達の受けた仕事やその仕事で通ったはずの道路で発生した土砂崩れといった出来事について、誠二が調べた事を神楽とやりとりする中で現場まで行きたいと彼女から申し出があったのは二日前の事だ。

 

 通行止めが解除されたという情報はまだ出ていない。恐らく、途中から通行止めになっているだろう。だが、神楽達はそれでも構わないと言う。可能な限り近くまで行きたいとの事だった。

 

 自身の抱いていた疑問、そして、その疑問にまつわる事実を調べる中で至った仮説。それを確かめる為の行動に、誠二もまた異論は無かった。

 

 バックミラーの角度を微調整しながら、そこに映る光景を一瞥する。狭い車内で、神楽は海人へと肩を寄せている。一方で、海人はと言うと神楽の表情を伺う素振りをまるで見せる事無く、車窓から見える水平線に視線を向け続けている。そこに、会話らしい会話はまるで無い。

 

 風を切る音と僅かな振動音だけでは、次第に車内の空気が重たくなる。普段一人で過ごす事の多い誠二だったが、今は状況が違う。それだけに、この状況の中にあっては耐えがたい気まずさばかり募っていく。

 

「しかしなんだ。IS学園てのは以外と休みの日は割と自由なんだな」

 

 ガタン、と一際大きく車体が揺れた。その弾みからか、とうとう軽口ともとれるような言葉が漏れる。

 

 彼自身、IS学園がどんな所なのか知っている事はそう多くない。全寮制の学校に通った事もない。せいぜい思いつく事は門限に厳しいとか、怖い寮長がいるとか程度であり、それらは全て想像の中の世界だ。それ故に、たった今呟いた言葉はありきたりなものとして最も相応しいものだったと彼は考えていたのだろう。

 

 だが、その意図に反して返事は無く、風を受け続ける窓の立てるビリビリという音だけが車内に響く。不安にかられた誠二は、鼓動が一際大きくなったのを感じ取る。自然とアクセルを踏む足に力が入る。そして、一呼吸置いて車が加速を始めた頃になって、ようやく神楽は僅かに眉をひそめて口を開いた。

 

「例えば、週末は実家で過ごすって事であれば外泊許可を出す事もありますけど。今日は前みたいに日帰りって事にしていますから。……ただ、海人君はそういう訳にはいかなかったから、そのまま連れてきました。ひょっとすると、今頃学園は騒ぎになってるかもしれません」

 

「は?」

 

 神楽の告白に、反射的に誠二はバックミラーをのぞき込む。瞳を震わす神楽の視線とぶつかった。

 

 一瞬の間があって、彼女は逃げるように顔を下げる。その反応に誠二は直感した。彼女は、これからの自分の行動が自身の考えている以上の事態を招く事を理解しているのだと。本当ならば、直ちに車を停めてでもこの話を深く掘り下げるべきだったのだろう。だが、目元に涙を浮かべる神楽の姿を前に、ありきたりな正義感などいとも容易くすり切れてしまう。

 

「……騙しているようだし、六角が考えている事以上の事に巻き込んでいる事は多分、間違いない。でも、教えてもらった事をどうしても確かめたかった。俺達だけでは、どうしようもなかった」

 

 すると、それまで沈黙していた海人が、静かに口を開いた。言葉数は少なく、しかし、重苦しい口ぶりを以て。そして、事ここに至って、誠二はようやく彼女らがこの数日に間に何をしていたのかをまるで知ろうとしていなかった事に気がついた。

 

「何があったんだ?」

 

「実は、な。何日か前にテンダーラヴをメンテナンスっていう名目で学園に預けたんだが、その直後に俺が気を失っていたみたいなんだよ。俺としては全然記憶に無くて、整備室から出たと思ったらまた整備室に戻っていた、みたいな感じなだけなんだが。

 神楽や織斑先生達からの話をまとめると、俺はISを装着していないと意識を保てない、とかそういう事らしい。ただ、前例が無いからなんとも言えない。

 ……おかげで、先生達は忙しなくしているし、たまに顔を合わせても気まずそうにしているし。はっきりしている事は、この週末になるまでの間ずっと居心地が悪かった、て事だけさ。

 そんなはずないのに、裏切られたっていうような気分だ」

 

 唖然とする誠二を余所に、海人は窓枠に左腕を乗せ頬杖をつく。その視線は水平線の向こう側、海で隔てられたIS学園へと向けられていた。離れていく学園の姿は随分と小さくなっていき、直通のモノレールを繋ぐ橋が無ければ静かに海上に佇む他の島々とそう区別もつかないだろう。

 

 そして、彼女の左手に嵌められた銀の指輪が海面を反射する日光を受け、キラリと光った。目も眩むような強烈な眩しさが在った。

 

「……急ぐか」

 

 何故だか安心したような落ち着いた表情を見せる海人に、誠二が返す事の出来た言葉はただそれだけだった。海人との付き合いは極め短い上に、第一印象は最悪だ。今でも彼女に対して少なくない不信感と悪印象を持っている。それでも、彼女のたった今吐き捨てた「裏切られた」という言葉は、心からのものでは無い事だけは理解出来た。

 

 そもそも、こうして彼女達を案内する事になったきっかけも、自分の手元で調べて分かった事を神楽に連絡したからだ。今すぐに引き返したいという感情を表に出すタイミングは既に通り過ぎている。背後から迫る何かから逃げるように、誠二はアクセルを更に踏み込んで車を加速させた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 さび付いたバリケードの前で誠二は車は停車させる。ドアを開ければ、バリケード先の道路は枝の残骸や土埃で薄く覆われ、腐臭の混じった泥の臭いが鼻をつく。空気が明らかに淀んでおり、ここから先で土砂崩れが起きた事を否が応でも信じさせられてしまう。

 

 通行止めの立て看板の上では、デフォルメされた誘導員のイラストが仰々しく頭を下げていた。ご迷惑をおかけします、と言っているのだがいつまでに復旧するかという日程はどこにも書かれていない。ただ、代わりに推奨される迂回路の地図が載っていた。今来た道を引き返し、途中で分岐する細い道に入るように指示されている。周囲を見渡しても真新しいタイヤの跡は見えない。復旧作業に必要だと思われる重機の姿も無い。目の前で設けられているバリケードは丸パイプで組まれた簡易的なものに留まっている。こうして迂回路が提示されているとなれば、復旧までの段取りも後回しにされているのだろう。

 

「ここから先は歩きだ。ま、バリケードなんてこうすれば簡単にどかせられる」

 

 誠二は、隣に海人達が並んだ事を確認すると、バリケードに手をかける。ぎぃ、と金属の擦れる鈍い音が、木々のざわめきの中に混じる。

 

「いや、ここじゃあない」

 

 だが、海人の明朗とした発声に、その手がピタリと止まった。

 

 おかしな事を言う。土砂崩れが起きた現場へ向かう道は他に無く、ここから数メートル先で間違いないというのに。誠二は露骨に顔をしかめて海人に鋭い視線を向ける。

 

「海人君?」

 

 神楽もまた、怪訝そうな表情を浮かべて海人の名を呼んだ。

 

 ところが、二人から声をかけられて尚、海人は何ら反応を示す事無く、ただ黙って海へと続く斜面へ鋭い視線を向け続けていた。そこは膝下まで伸びる雑草が生い茂り、隙間から僅かに見える地肌はわずかに泥濘んでいる。ガードレールも無く、簡単に入り込む事こそ出来るだろうが、いつ足を滑らせてもおかしくは無い悪路だ。

 

 だが、海人はまるで自分に言い聞かせるかのように一つ頷くと、なんと歩を進めて斜面へ下り始めた。その足取りは確かで、錯乱しているという様子は微塵も見られない。しかしながら、足を下ろす度に泥が跳ねるのもまるで気にせず降りて行く様子に、誠二はともかく神楽も目を丸くし慌てて彼女の後を追った。見た目の通り、水気の飛んだ地面は少しだけ柔らかくなっており、ひとたびバランスを崩せばこの斜面を転がり落ちてしまうだろう。慎重に、しかし、先を行く海人を見失わないように草木をかき分けながら降りていく。神楽も誠二も、海人と同じように飛び散る泥が靴だけで無く衣類も汚していく事に気を向ける余裕すら無かった。

 

 二人は半ば無我夢中で斜面を降りていく。時折背中の小さくなる海人を追いかけ、ようやく足を止めた場所は土砂が崩れて流れ着いた波打ち際だった。たった今降りてきた斜面の上を見上げると、赤い軽自動車が随分と小さく見える。周囲に車の通る事の出来るような道は無い。つまり、帰る時はこの坂道を上るのか、と誠二が舌打ちと共に愚痴をこぼした。

 

 

 

 

 

 

 波打ち際に広がる土砂の山を、海人はじっと観察している。すぐそばで肩で息をする神楽達がいるにも関わらず、まるで見えていないかのように真っ直ぐと。そして、テンダーラヴを展開させるや否や、土砂の山をかき分け始めた。二回り程も大きくなった手のひらがヘドロのような土砂を崩し、脇へと送り出す。海人は一心不乱にその行為を繰り返し続けた。何かを掘り出そうとしているようだった。

 

 その姿に、神楽と誠二は何も言えずただ見守る事しか出来ない。掻き出される土砂を避けるように、少し離れた所で立ち尽くすだけだ。やがて、ガツンと金属質の大きな音があたりに響き渡る。その音は、木とか石とか土砂に紛れているものとは明らかに異なっていた。ぐい、とテンダーラヴの腕部をさらに押し込む海人の表情が一段と険しくなる。しかし、その事に神楽が気遣う猶予すら与えさせず、鋼鉄の腕が土砂の中から何かを引きずり出した。

 

「これって……」 

 

 海人が、テンダーラヴが掴んでいたそれに、神楽は目を見張る。泥まみれで多くの部位が欠損していたが、肩部や腰部の装甲によく見覚えがあったからだ。まるで落ち武者のようにボロボロとなった鎧。IS学園で毎日のように装着し訓練しているモノ。

 

 打鉄の残骸が、そこにあった。

 

 神楽は息を呑んだ。自分達は八城亜麻という少女や、その少女の関わったという出来事を追っていたはずだ。それは何故か。海人の正体へと繋がる手がかりを得る為だったはずだ。

 

 だと言うのに、目の前にあるそれはさらなる疑問としか言いようが無かった。ISは絶対数が決まっておりその一つ一つが厳に管理されている、はずだ。ならば何故、ISがここに埋もれていたのか。見慣れているはずの姿が、今は何か、異質の物体としか思えなかった。

 

 あたりがしんと静まりかえる。場違いとも言える程に穏やかな波の音だけが遠くから聞こえてくる。その中で、海人は眉をひそめながら打鉄の残骸をテンダーラヴの装甲越しに撫ででいた。

 

「思い出した訳じゃ無い。ここに残っていたものを……こいつの中から読み取っただけ。でも、おかげで八城亜麻の身に何が起きたのか。俺が何なのか。それを説明する事は……出来る。

 ここは、始まり。俺の生まれた場所。ISだけを追っても駄目だった。亜麻達が受けた仕事だけを追っても駄目だった。本来なら決して結びつくはずも無いようなモノが、偶然と不運によってひどい混ざり方をしてしまった」

 

 

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