神楽は狭間に奉る   作:debac

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第十七話 お断りだ

 

 

 

 亜麻の頭の中に、自身の纏うISの動かし方のような何かが流れ込んでくる。何か、と曖昧な表現をしたのは、それは例えば説明書のような文字や実演といった映像のように思い浮かぶモノではなく、自分の手足を動かす時にいちいち指示を出しているつもりもないままそういうものだと思って動かしている事にある時気がついたような奇妙な感覚だったからだ。

 

 その感覚の中には、自分を守るように取り囲んでいる糸の使い方も在った。ああ、なるほど。お前は、そうやって動かしてやれば良いのか、と亜麻は笑う。

 

 にわかに体が熱くなった。どうしようもない孤独の中にあって、このISは心強い味方として後押ししてくれているという確信が彼女にはあった。突き動かされるままに、鋼鉄の脚で地面を思いっきり蹴る。想像していたよりも強い力で全身が前へと押し出され、周りの風景が歪んで見えてしまう。

 

 だが、それだけだ。目の前の敵に立ち向かうにあたり、何ら恐怖心は無い。競走の時、よーいどんで前へと走り出して一番を目指す時とやっている事はそう変わらない。

 

 亜麻の足下に向かって黒い球体が加速度的に勢いを増して転がる。もう間もなく半球状に開いて、強烈なスパークを散らす。それは、人も、車も跡形も無く焼き尽くしてしまう。

 

 ひとたび受けた時、それは熱いのだろうか。それとも痛いのだろうか。或いは、そんな事も考える時間も無いまま事切れるのだろうか。ふと、そんな疑問が亜麻の脳裏を過る。でも、今はそんな事はどうでも良い、と溜まらず頭を振って自嘲する。同時に、体に周りに漂っていた何十本もの糸が震えた。亜麻は頷く。次の瞬間にはそれらの糸は大きくうねって彼女の駆けるスピードよりも遙かに速く、黒い球体へと真っ直ぐ向かっていく。狙われた黒い球体は、で接近する無数の糸に危険を察知したのか。転がりながらも小さな火花を散らしすと、直ちに半球状へと展開を始めた。

 

 ここだ、と亜麻は笑う。次の瞬間、彼女の足下まで到達した球体があたりを焼き尽くすスパークを吐き出した。車すらも焼き尽くしてしまう熱量によって雨は吹き飛ばされ、地面に生じた水たまりはたちまちに蒸発してしまう。

 

 だが、このスパークは不可解な事に、決して亜麻へと向かう事は無かった。

 

 亜麻も、そしてジェットも、その瞬間をハッキリと目に捉えていた。極めて短時間の内に放射状に広がるスパークの一部の流れは、黒い球体の周りを漂う糸に寄り添うように大きくねじ曲げられて分散していき、どんどん亜麻から逸れていってしまった。散り散りになったスパークはたちまちにその勢いを失い、間もなく消え去る。

 

 ジェットの肩が震えた。その一方で、亜麻の勢いは衰える事は無い。懐が空いた敵に向かって、亜麻は更に大きく大地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルメットの下で、誰にも悟られる事無く口元を歪めるジェットは後方へと跳ねた。

 

 事前に聞いていた話と違う。予想外の出来事が続く中で知らぬ間にジェットは苛立っていた。目の前のIS、打鉄に搭載させた装備は操縦者の意思をダイレクトに受けて動く。そういう仕組みと構造らしい。だが、スパークのような現象の動きをコントロールする機能は無かったはずだ。

 

 今すぐこの装備にについて制作者に問い詰めたい。だが、この少女を前にその余裕は無い。

 ジェットからの視線で初めて分かる事だったが、亜麻の目は血走り額に汗が浮かんでいる。極度の興奮状態だ。そもそも、何の訓練も受けていない人間がISを動かし、これほどまでに動かす事の出来ているという状況自体がおかしい。ジェットには、あのISが徐々に亜麻を蝕んでいるように思えた。

 

 亜麻が地を蹴ってさらに前へと踏み込んでくる。彼女の肩から伸びる無数の細い糸が編み込まれていき一本化されていく様子が見えた。もはや糸では無く縄だ。それは一度しなり、ヒュンとこちらへと振り落とされる。動きは早いが大ぶりで、躱すのは容易い。沸いた疑問を振り払い、ひとまずは迫り来る脅威を回避するべく体を反らしたジェットはゾッとなった。気がつけば、亜麻の背後にあった糸の多くが何十本もの縄になって、こちらに空を切りながら迫ってきていたからだ。

 

 その事に気がついた直後、バチンと空気の弾ける音がした。直径十数ミリの金属製のワイヤーロープですら、張力の十分にかかった状態から人にぶつかれば容易く致命傷を与える。今、ジェットに迫っているモノが直撃したとなれば、IS越しにとはいえそれなりのダメージを与える事になるだろう。

 

 せめて、と思い身を翻しながら黒い球体――ジェットの子機――を幾つか装甲から外し、目の前でスパークを発生させる。縄の幾つかはスパークの直撃を受けドロッと溶けるも、勢いを殺しきれなかった残りが子機にぶつかる。

 

 直後、子機は真っ二つに切断され、そのまま小さな爆発を起こしてバラバラに四散してしまった。

 

「……ふふっ」

 

 唐突に、亜麻が笑みを零す。不敵なそれに、思わずジェットは足を止める。

 

「こいつは良いね。糸のままだと柔らかくて、でも、私の事を危険からちゃんと守ってくれる。複数にまとまればご覧の通り」

 

「そうか。それは良かったな。私にとっては最悪だが。……良い事ついでに教えてやろう。そいつはストリングスと呼ばれている。打鉄に外付けしたものなんだが、無理矢理外付けしたせいかロクに起動できなくなってしまっていてね。それがこんなタイミングで動かせるようになったんだ。全く、どうしてこうなったのやら」

 

「ストリングス……糸……。見たまますぎて何だか味気ない。こいつには名前が必要よ。ちゃんとした、ね。柔らかくて、でも優しくて……強い」

 

 亜麻が呟くと共に、産声を上げたかのように糸が震える。そして、それらは再び幾重にも織り込まれて収束していく。先程と違うのは、糸から縄となったものが新たに寄り合わさって更に太くなっていく事だ。

 

 糸から縄、縄から綱へ。亜麻のISから伸びるそれは、益々強靱なものとなっていく。

 

「テンダーラヴ」

 

 ゴゥ、と風を掻き切る音を鳴らしながら綱がしなって振り落とされた。その元となる糸は無数に存在する。何本、いや、何十本だろうか。暢気にその数を数えていられる余裕などどこにもない程の綱が、左右や上方から包囲でもするかのようにジェットへと迫る。

 

 ジェットは身を翻し後退しながらも決して亜麻に背を向けない。向ける事が出来ずにいた。。少しでも視線を外せば、死角から綱が迫る。そのうちの一本が、道路を叩き付けた。アスファルトは割れ、破片が飛び散る。

 

「悪い事は言わない。さっさとそのISを手放せ」

 

「……断る!」

 

 ため息を一つついて、ジェットは亜麻に告げる。だが、彼女はまるで聞き入れる様子も無い。

 

 そして、彼女が拒絶の言葉を言い終えた直後、亜麻の鼻から一筋の赤い血が流れた。

 

 ジェットは大地を蹴る。転がるように前へ前へと突き進む。こちらへと迫っていた綱の一本が、肩の装甲をかすめる。ビリビリと衝撃が走った。横目で見ると、そこに埋め込まれていた子機ごと酷くへこんでいた。

 

 亜麻の全身から伸びる綱の勢いは止まらない。足下をなぎ払うように綱が再び迫る。ジェットは、更に強く大地を蹴ると、そのままの勢いで亜麻の懐へと突っ込んだ。亜麻が衝撃と驚愕に目を見開くが、時既に遅し。ジェットの腕が、亜麻の首元を掴んだ。

 

「全く、素人が手間をかけさせる」 

 

 それだけでは勢いを全て殺す事には当然ならず、そのままジェットは切り立った斜面へと亜麻を叩き付けた。その衝撃で、今まさにこちらへと向かっていた綱がばらけ、糸へと戻りが放射状に広がる。

 

 亜麻がうめき声を上げるのに併せて、その糸も宙を震えて漂う。やはり、というべきか。より強靱な攻撃を意識しようとすればするほど、ISの動きが鈍くなる。これがもう少し訓練を積んでいたのならばより洗練されていた事だろう。操縦者の意識が乱れれば糸の動きも乱れる。亜麻の鋭い視線はジェットを貫いたままだが、まともに呼吸も出来ず、首を圧迫される事による痛みが彼女の思考を鈍らせる。彼女の周囲に浮かぶ糸は、次の彼女の意思決定を待つようにただただ揺らめいている。

 

「こちらの目的はISだ。中身よりガワ、という訳だが。ここまでの事が出来るんだ。私にとっては中身も気になるな。だが、このまま暴れられると面倒だな。いっそ気を失わせて、それから一緒に来てもらうというのが妥当か」

 

 ジェットは亜麻がうめき声を上げる様子をじっくり観察しながら、足下に転がる子機を展開させる。スパークを発生させる準備だ。雨は未だ降り続けているが、何度かスパークを発生させる内にようやくこの状況での適切な出力の調整も学習済みで、今なら一度の起動で亜麻の気を失わせる程度の事は可能だ。それなりに痛みと、外傷を伴うだろうが。 

 

「……こいつは教えてくれた」

 

 だが、亜麻が不意に笑った事でジェットの思案は途切れた。いつの間にか、少女はどこか余裕のある表情を浮かべていた。気道を絞られた事で喉からぜーぜーと音を鳴らて息苦しそうにしているにも関わらず、だ。

 

「こいつは、伝えるんだ。意思とか力、とかそういうものを。……それが、どこまでのものを含めてるのは、ちょっと分からなかったけど、でも」

 

 亜麻は言葉を続ける。誰に向けてのものかも分からないようなうわごとだったが、目の光を失っていない。確固たる意思がある事を窺えた。

 

「十分に力は伝えた。お前なんか、簡単に飲み込めるぐらいに」

 

 キッと亜麻の鋭い視線が射貫く。ジェットは背筋に冷たいものが走るのを感じた。それと同時に、亜麻の背後で何かが煌めいているのを見た。細い、一本の糸だ。ストリングスの一部だった。それを辿る。彼女の左肩から伸びていた。他の糸と異なり、ピンと張って時折小さく振動している。自分に向けて、では無く何か別のモノに繋がっている。それも、極めて大きな緊張を伴って。

 

 にわかに、たった今亜麻の語った力を伝えた、という言葉の意味をジェットは理解してしまった。

 

「お前! やめ……!」

 

「お断りだ」

 

 ジェットは叫ぶ。だが、短く明確な拒絶と共に、亜麻はその糸を引きよせた。それが最期の一押しとなって糸はプツりと切れる。

 

 刹那、大地が戦慄いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の反応できるスピードを凌駕する自然のうねりが、土石流という形となってジェットを瞬く間に飲み込む。流木やこぶし大ほどの岩が土砂の中に混ざり加速度的に勢いを増してジェットの体を押し流していく。ぐわんぐわんと視界が回転し、三半規管を酷く揺らす。胃の中がひっくり返り酸味の強い胃液が逆流しそうになるのを何とか堪えるのが背一杯で、先程まで亜麻を掴んでいた手はとうに彼女から離れて宙を泳ぐ。

 

 驚愕と焦りで、反応が一瞬遅れた。刹那のような短い時間だったが、それでもジェットの体を押し流すには十分すぎる。

 

 全身に叩き付けられる鈍い痛みに顔を歪めながら、ジェットは正面から来る土石流を思い切り蹴り飛ばす。自然の力を押し返すのではなく、この流れから軌道を変える為に。弾かれるように土石流の中から飛び出し、斜面を転がっていく。十数回視界が回転しきったところでようやく勢いが緩やかになると、ジェットは地面にしがみついた。僅かに体が滑るも、すぐに立ち上がり目の前の濁流を睨む。その先頭は既に海へと流れ着いており、汚泥となって広がっていく様子が見えた。

 

「あいつは……クソっ、センサーでも追えん。どこまで流されたんだ」

 

 ジェットの耳元で囁き声がした。

 

「お前も見ていただろう。まさか自分ごと巻き込むだなんて。これだけ大きな土砂崩れが起きれば直に人が来る。一旦撤退するしかない。……なあに、慌てなくとも、あんな目立つIS、どこかに流れ着けばすぐに分かるさ」

 

 数分も経たないうちに土砂崩れの勢いは収まる。だが、その短い時間の内に発生した自然のエネルギーは凄まじく、そこでIS同士の戦闘が起こった跡も、ましてや、横転したトラックが存在した跡も全てが海へと押し出されてしまい、あとに残っていたのは流木や岩の混ざった汚泥だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――この人は、土砂崩れに飲み込まれてから少しも体を動かさない。多分、意識を失っているからだろう。

 

 体が海の中に沈み始めている。身動きをとれない今のままだと、溺れてまず助からないだろう。それは、よくない事だ。

 

 俺は、この人を助けないといけない。俺を動かしてくれたお礼をが必要だ。

 

 だから、糸で俺とこの人を繋ぐ。ほんの少しだけ、指先が動いた。でも、これだけでは届かない。もう少し、深いところまで繋がなければ。

 

 あの黒いISは追ってこないみたいだ。あれが土砂崩れに飲み込まれたのかどうかまでは分からない。けれども、このまま逃げる事は出来る。でも、どこへこの人を逃がそうか。そういえば、海を隔てた向こうにIS学園という場所があると聞いた。そこならば、ISを動かせるこの人をきっと助けてくれるだろう。

 

 ようやく、手足が動かせるようになってきた。でも、操り人形みたいで上手に動いてくれない。口元から泡が零れ始めた。肺の中から空気が漏れ始めている。

 

 そうだ、さっき、この人が糸を縄にしたように。糸を編み込んで一枚の布みたいにして、この人の周りを丸く包んで。……そうだ、浮力。浮力を与えてやれば、きっと沈む事は無い。敵の使っていた球体みたいになるのは何だか癪だけど。

 

 俺の意識がぼんやりしてきた。もう少し、で――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫ですか!」

 

 近くで、声が聞こえた。女の子の声、だ。

 

 あたりに水気はもう無い。なんとか、陸に上がる事は出来たらしい。

 

 既にこいつの力は解除している。俺も限界だ。意識が霞んでいく。薄く瞼を開けると、狭い視界に少女の姿があった。心配そうにこちらを覗き込んでいる。俺は、何か返事をしたかったけど、力を使い果たしてしまって、体が少しも動いてくれない。

 

「す、すみま……。……先生。緊急……です。女の子が………。じゃないと……。……声をかけても……」

 

 すると、この少女はポケットから携帯電話を取り出して誰かに連絡を取り始めた。彼女は心配してくれている。ここは安全だと思った。

 

 ああ、良かった。俺は、優しい人を、助ける事が出来たんだ。

 

 ほっとして、俺は、とうとう意識を手放した。

 

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