神楽は狭間に奉る   作:debac

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第六話 素材は良いんだし

 

 

 ペイント弾を用いた実験的な演習が終わった屋内演習場、静寂のみを残すそのブースに二人の教師の姿があった。

 

 顔面についていた赤い塗料をなんとか拭いきりいつもの服装に着替えた真耶は、魂の抜けたようにパイプ椅子に深く腰掛け背もたれに身を委ねており、千冬はそんな彼女を尻目にノートパソコンを機材の上に広げ、海人のISテンダーラヴが戦う様子をずっと眺めている。

 

「何はともあれ。山田先生のおかげで海人のISについて分かった事があります。……新たに分からない事が明らかになった、というべきかも知れませんが」

 

 重たい空気が立ち込めるも、そんな事はまるで気にも留めないと言った様子で千冬は何度かキーボードを叩いた後、ノートパソコンの画面を真耶へと向けた。そこには海人のISテンダーラヴの全身像が大きく表示されている。たった今目を覚ました真耶は、その画面をじっと見つめて疑問に思う。一体、千冬は何が言いたいのだろうか。 

 

「テンダーラヴのこの装甲ですが、演習が始まる前に山田先生も言っていたでしょう? 見たことがある、と」

 

 そう言いながら、千冬がノートパソコンを更に操作する。画面が二分割され、テンダーラヴの姿の隣に、とあるISの姿が映し出された。その瞬間、彼女の意図を全て理解した真耶は息を呑んだ。そこに映っていたのはこの学園で見慣れた、鎧武者の姿をしていたからだ。

 

「まさか……打鉄?」

 

 自分が何を口走ったかも分からないといった様子で真耶は口元をおさえる。演習を始める前に漏らした自身の感想は、あるいはそんな考えは到底受け入れられないという感情からだったのかもしれない。だが、こうして千冬から突きつけられた事実は、もう見過ごす事など出来なかった。打鉄―第二世代のISであり、IS学園では訓練機として使われているIS―の姿を、真耶は黙って睨みつける。

 

「ええ、テンダーラヴの方は随分と黒ずんでいますが。手足の装甲の一部は打鉄のそれと同じものです。それらが徐々に白金色の布切れ状に変質しているように見えます。そして、打鉄の方に存在する両肩部の装甲についてはテンダーラヴでは省かれ、帯状のものに丸々置き換わっています。

 つまり、テンダーラヴとは打鉄をベースにして何かしらの改造がなされたもの。私はそう考えます」

 

「で、でもですよ。この学園で管理している打鉄の数が減っているなんて話、聞いたことがありません」

 

 真耶はうろたえ、抗議の声を上げる。いくら打鉄が第二世代とは言えISはIS。万が一にも、IS学園で管理されている打鉄に正体不明の改造が施され、身元不明の少女に密かに譲渡されていたとなれば管理不行き届きという問題で収まらなくなってしまう。

 

「もちろん。その点についてはすでに確認しました。実機との照合も含めて、IS学園で管理している打鉄の数に変わり無し、と」

 

 千冬もまた、真耶の困惑に対し自嘲気味に苦笑しながらこう応えた。

 

 その仮説の通りテンダーラヴが打鉄をベースにしたISだったとしても、世界中に現存する打鉄との照合が出来るかどうかとなれば話は別だ。「IS学園に身元不明の少女が漂着した。おそらく打鉄がベースとなったISを所持しているが、お宅が管理しているであろう打鉄はまだちゃんと残っていますか?」と尋ねて回るなど、良くて悪戯電話。悪ければ国際問題だ。その根拠も含めて非現実的すぎる。それに加えて、改造部分と考察するテンダーラヴの白金色の帯―弾丸の動きをコントロールする力―の正体についてもめぼしい情報が出てこない。つまり、現状出来ているのは、片手落ちに過ぎなかった。

 

 千冬はため息を漏らして思考を巡らせる。僅かな手がかりを拾い上げる事は出来た。こういった露骨な劇薬など、誰に渡せば良いか目処も立っている。一方で、疑問は新たな疑問を生む。というよりも、見えない何かでそれらはつながっているのではないか。だから、こうして一つ姿を見せた疑問に連なるように新しい疑問が姿を見せる。果たして、それらを辿ったとて、納得しうる回答に行き着くのだろうか。果たして、想像もつかない恐ろしいモノにつながっていないだろうか。

 

 いっそ、海人とテンダーラヴは、ISのありふれた並行世界からやってきた存在だった、という方がまだ納得出来る。だが、その考えは安易な諦めでしかない。心が、決して受け付けようとしない。

 

「幸いなのは、現状海人が我々やIS学園に対して何ら敵意を持っていないという事でしょう。むしろ、受け入れていると言った方が良い。今しばらくは彼女の動向を見守る事が最善となるでしょうね」

 

 長い沈黙の末、出てきた答えは妥協とも解決とも言えない何か。しかしながら、結局のところそういう選択をせざるを得ない事実に、二人の教師はただただ頷くしかなかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 海人がIS学園に漂着してから最初の週末になった。

 

 その数日前、神楽は医務室の一角をたった一人の人間の為にあけ続けておく訳にはいかない、と医務室からの退去が決まった事を海人本人より聞かされた。もちろん、IS学園から放逐されるという意味ではなく新しい部屋に引っ越しするという意味で。ただ、現時点で正式なIS学園の生徒ではない彼女に対する課題は多く、どこで生活するかという話はまだ折り合いがついていないらしい。その為、具体的な引っ越しの日程はまだ学園内で調整が進められており、予定が後ろへずれ込む可能性が高いとの事だった。

 

 だが、いずれにせよ海人はその為の準備は進める必要があった。何せ、彼女はおよそ日常生活を過ごすに足る道具など持っておらず、かつ、IS学園より提供出来るもののレベルにも限度があり、特殊な事情にある彼女はそのレベルにすら達していないのだから。

 

 そんな話を聞かされた時に、神楽の予定は最初からそうであったように直ぐに決まった。

 

「それじゃあ、まずは買物だね」

 

 神楽は、隣に海人が並ぶのを待ってから一言彼女に声をかける。今、神楽達はモノレールを降りて目と鼻の先、IS学園のターミナルに併設されたショッピングモールにいた。眼の前には横切る人々は家族、同年代の友人のグループ、あるいはただ通り過ぎるだけの人など、実に様々が行き交う。その空気は、IS学園とまるで異なる。海人が意識を取り戻してから初めての休日は、良い息抜きを兼ねたものとなりそうだ、と神楽は思った。

 

「はいはい、買物って一言で言っても色々あるでしょ? とりあえず服見に行こうよ」

 

 そんな二人の間を、今日の外出メンバーの三人目である岸原理子が割って入る。神楽にとって寮の同室である彼女に対して、週末の予定の話になった時に隠し通せるはずもない。案の定根掘り葉掘り聞き出され、なし崩し的に理子も同行する事となった。とは言え、内心では神楽は助かったと思っていた。二人だけではきっと間が持たなかっただろう。自分は決して口下手だとは考えていなかったが、それでもすすんで何か話題を切り出そうとする積極性については口を噤んでしてしまう。そして、今のところIS学園で海人と面識のある生徒と言えば彼女ぐらいしかいない。行きのモノレールの中でも、取り留めもない雑談を続けてくれる理子の存在は有り難かった。

 

「海人さんの服装。なんていうか、芋っぽいからね」

 

「……芋?」

 

 立ち止まる海人の姿を上から眺めていた理子がおもむろにその服装の感想を告げる。反射的に海人が理子の言葉を復唱するが、どうやらいまいちその意図を飲み込めていない。神楽もまた、海人の姿を改めて見やる。なるほど、初めて彼女と会った時と同じグレーのジャージ姿はIS学園の制服を着る二人に挟まれるとやたら地味に映る。

 

「海人さんも別に制服のままで良かったのに」

 

「……一応、あれは借りているだけだから。それに、芋っぽいと言われても、これ以外の手持ちはないしな」

 

 理子が肩をすくめる。自身の姿と同行する二人の姿を見比べて、いよいよ理子の言わんとするところに気づいた海人は気恥ずかしそうに笑った。そんな彼女の様子を見た理子が、怪訝そうな表情を浮かべる。程なくして、ほぼ無意識の内に疑問が噴出した。

 

「……えっ、じゃあ神楽さんが見つけた時は、ほんとに着の身着のままだったて事?」

 

 それは、一歩間違えれば人の家に土足で上がり込むような発言だった。直ぐ側にいる神楽が消え入りそうな声であっ、と小さな声を上げて、理子もまた気まずそうに目を逸らしながら口元をおさえた。

 

「……その、ごめんね。いくらなんでも遠慮が無かった」

 

「いや、気にしてないさ。今日はそういう事を考える日じゃないんだ」

 

 だが、海人はさして気にする様子もなく頷く。そして、頭を振って上着のポケットをまさぐり、一通の封筒を彼女達に見せた。

 

「山田先生からお金を預かっている。生活に必要なものとか、IS学園の外で買うものはここから使ってくれと言われた」

 

 そう言いながら海人が封筒の口を広げると、神楽達の視線は自ずとそこへと向く。なるほど札を含むそれなりの金額が入っている。目を丸くする理子の隣で神楽は考える。これは、文字通り手ぶらな海人への支援と、今日出かけるメンバー全員へのちょっとした口止め、もといお小遣いも兼ねていると。

 

「へぇ。ここ最近の山田先生ちょっと目が怖かったけど、何だかんだ気を使ってくれたんだね」

 

 すっかりいつもの調子に戻った理子がけらけらと笑う一方で、神楽は真耶が不機嫌そうに見える理由に心当たりがあった。十中八九、先日の海人との模擬演習の件だろう。本来温和な雰囲気の彼女のもつ空気はあれからしばらくの間ひりつき、授業の合間に千冬よりお叱りを受ける姿が見られる程だった。だが、そんな喧騒はここにはない。穏やかに人の流れがあって、その中に自分達がいる。

 

「よし。それじゃあ、出発しようか」

 

 顔をくしゃっとさせて理子が妖しげに笑うと、速歩きで進み始めた。神楽は、ぽかんとする海人の手を取り理子に続いて歩き出す。先を行く理子は立ち並ぶ店を代わる代わる眺めて、やがて服飾店の一つに目を止めると、いの一番に入る。残された二人も、それに続いた。

 

 店内は、若者向け中心ではなく幅広い年代に向けられた衣類が並んでいた。神楽は、試しにすぐそばのハンガーに掛かっている中から一枚のシャツを取り出し値札を見る。学生が買うには十二分にお釣りのくる安価な値付けだ。どうやら、入店前に見た茶封筒の中身から、理子は海人の服を見繕える程度の店を、と既に考えていたらしい。

 

「とりあえずいい感じの服を見繕ってあげようよ。学園の中では制服でもいいだろうけど。素材は良いんだし」

 

「……素材?」

 

 そう言うと、理子は海人の手を掴む。グイグイと引っ張られ、なすがまま海人はただ一言疑問の言葉を残して試着室へと引っ張り込まれてしまった。店員とおぼしき若い女性が残された神楽の様子をうかがっている。気まずさのあまり、神楽は一度会釈で返すと試着室のカーテンのゆらぎをただじっと見つめて二人の着替えを待った。

 

 それからの時間は、慌ただしかったが楽しいものだった。海人は理子達に勧められるがまま、持ち込まれていく服に着替えては披露する。勝ち気な性格に合うからと理子が用意したスキニーデニムと八分丈のシャツの組み合わせは手堅くも爽やかだ。或いは薄水色のワンピースに薄手の半袖シャツはこの時期にあった涼し気な印象を与える。もっとも、後者の組み合わせについては海人が顔を真赤にして恥ずかしがっていたので却下となったが。それ以外にも代わる代わる衣服が持ち込まれ、衣類返却役として神楽は店内を右往左往する事となった。

 

 この着せ替え人形の時間は、店員から声をかけられるまで続いた。試着室を長い事占拠して、まさか何も買わずに出ていく訳にもいかない。最終的に理子と神楽が選んだものから海人に私服をワンセット決めてもらい購入する事となったが、妙に恥ずかしがる本人の強い希望により何を買ったかまで二人が知る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 モールの通りに設置されているベンチに腰掛け、神楽はぐいと背と両脚を伸ばした。大きく息を吸い込み、ゆっくりと肺の中にある空気を吐き出す。ピンと張った体は緊張から開放され心地よさが広がる。普段からISの実習で体を動かしているとは言え、朝から半日立ちっぱなしでいた事は思いの外体力を消耗させていた。

 

 隣に座る海人に視線を移す。彼女はぼうっと通りを歩く人々を眺めていた。その脇に置かれた紙袋には、先ほど購入した私服や何着かの肌着の他、幾つかの日用品が詰め込まれている。その多くはIS学園の敷地内でも揃えられるものだったが、つい理子にそそのかされて手が伸びてしまった。それでも茶封筒の中身に重みがあるのは、理子の見立ての良さを象徴するものだろう。

 

 そして、当の理子は今、不在となっている。大きな声で言うのも野暮だが、いわゆるお花摘みという訳だ。二人を牽引する人がいないおかげで、神楽は随分とゆっくりと進む時間の中でリラックスしていた。

 

「楽しいな」

 

 流れていく人の波を見ながら、不意に海人呟きが耳に入る。

 

「ショッピングモールとか、お金とか。あと、服とか。今何時だとか。そういう事は知っているし、分かる。でも、俺がどんな人間で、今までどんな生活をしていたか。何も分かっていない。教えてくれる人もいない。友達だった人がいたのかも分からない。だから、IS学園に流れ着いてからの時間は、実感が無かった。織斑先生も、山田先生も。俺が何者なのかを今も調べてくれているのに、まだ。

 俺が知っているのは、ISの事だけだ。だからISを動かしている時が。……山田先生と演習をやっている時が一番実感があった。

 でも、今は。神楽さんもいる。理子さんもいる。服装一つ決めるのにも時間をかけて。あちこち歩き回って。ふくらはぎが痛い。でも、楽しい時間だ。そういう風に思える実感が、確かにここにある」

 

 海人の手が紙袋を撫でる。その言葉は寂しさがあったが、淡々と言葉を漏らす彼女の横顔は平然としている。ただ自分の置かれている環境が、そういうものだったと受け入れているように神楽には思えた。

 

 その所作が神楽に一つのヒントを与える。つい数日前まで自分の抱いていた、海人への違和感の正体に繋がるものを。

 

 ある意味、それはとても単純な理なのだろう。着の身着のまま、何もわからず、誰も自分の事を知らず。歓迎されているのか、あるいは恐れられているのか。白と黒、本来目に見えて分かるはずの境目が曖昧なまま、そういうものだと受け入れてただ日々が過ぎていく事がどれだけ寂しく、虚しい事か。そんな中で、唯一自分が知っているモノ、テンダーラヴというISだけが彼女の知っている世界だった。だからこそ、存分に力を発揮できる演習は海人にとって充実したと思える時間だったのだろう。

 

 そんな中で、彼女は今のこの時間を楽しい、実感のあるものだと言った。神楽は、自分の中のもやが取り払われるように思えた。そして、ほぼ無意識の内に、そっと、海人の手の上に自分の手を重ねる。イメージとしてではなく、体温の伴う人肌がそこに確かにあった。わずかに彼女の手の方が冷たい。時間が経つにつれ、自分と彼女との体温という境目が混じり合っていく。ピクリと海人の肩が震えた。

 

「……うん、良かった」

 

 神楽がようやく絞り出せた言葉は、ただ一言だけ。だが、それで十分だと言わんばかりに、海人は瞼を閉じて深く深呼吸をする。

 

「温かいな、神楽さんの手は。柔らかくて、温かい」

 

 そう呟く彼女の表情は先ほどまでの淡々としたものから、穏やかなものとなっていた。

 

「おんやまあ。随分いい雰囲気してるね」

 

 後ろから楽しげな友人の声がした。神楽は自身の耳が赤くなっている事などまるで気付かず、慌てて自分の手を海人の手から離して振り返る。そこには、にやにやと笑みを浮かべるう理子が立っていた。

 

「おかえり」

 

「……ふふっ、おかえりって」

 

 そんな神楽の事など露知らずといった様子で、海人は平然と理子に言葉をかえす。すると、それまで口元をむずむずさせていた理子が吹き出した。怪訝そうな顔を浮かべる海人は神楽の方を向くが、神楽はそっぽを向いてしまう。

 

「ま、神楽さんも海人さんも。揃って気分転換出来たなら良しとしよっか。で、さっき戻って来る時に良さそうなお店見つけたんだけど」

 

「色々買ったが、まだどこか寄りたいのか?」

 

「それはもちろん。でも今はそうじゃなくてね。ほら、時計見て」

 

 理子に促されるまま海人は広場の中央に立つ時計台を見る。針は間もなく正午を指す。すると、海人の腹が鳴った。それは時間を意識すると途端に空腹を感じてしまったらしい。

 

「全く、随分と現金なもんだな」

 

 率直な感想と共に海人は笑う。

 

 その様子を横目で伺っていた神楽の目線が自然と上がっていく。やがて、その目線は理子とぶつかる。すると、理子は微笑んでウインクをしてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツ……なんでこんなところにいるんだ?」

 

 穏やかな時間を過ごす海人達の様子を、少し離れたところの柱の影から窺う人影が一つあった。その姿は柱に隠れてほとんどわからない。だが、時折細くなるその目線には困惑の色がひどく浮かんでいる。

 

「周りにいる奴ら、あれIS学園学園の制服じゃないか……。足がつかないから安心だ、なんて言ってたのに。あぁ、どこか行くのか? でも、追いかけるしかないよな」

 

 回りの視線を気にしているのだろう。その人影は、周辺を軽く見渡しながら歩き始めて小さくなっていく海人達の後を追った。

 

 

 

 

 

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