神楽は狭間に奉る   作:debac

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第七話 俺の事を知っているらしい

 

 

 

 

 

「ちくしょう。やっぱり繋がらない」

 

 海人達を追っていた人影は耳元からスマートフォンを離し、画面に映し出された通話履歴を恨めしそうに睨んだ。それと同時に漏れた言葉には、焦りと困惑が露骨に混ざっている。

 

 モールの一角、避難経路を兼ねた竪穴区画の階段室を普段は利用する人などそうあるはずもない。分厚い防火壁は実質的に防音機能も兼ねており、昼間だと言うのに雑踏の音もまるで聞こえない。そんな壁に囲まれた階段の踊り場で、人影は息を潜めていた。

 

「やっぱり不味いよな。ストーカーって訳じゃないけど、不審者だなんて言われて警備員に引っ張られたら……いや、でも。一応アイツとは知り合いなになるのか? 説明すれば何とかなるかも」

 

 ひとしきり呟いた後、人影はすぐそばに設置されている扉を開けて隙間を作る。鉄製の仕切りの向こう側、真っすぐ伸びる通路の奥にレストランのレンガ調の入口が見える。そして、ややスモークがかった窓ガラスの先、壁際の一角に三人組の少女の姿があった。二人はIS学園の制服で、一人はグレーのジャージを身に着けている。彼女達は入店してから既に一時間近く経った今尚、楽しげに会話を続けている。

 

「女子高生ってのは本当に話が長いよな……よくもまあこんなに長々と。でも、やっぱり。見間違えなんかじゃない」

 

 小さく舌打ちをしてから、人影は扉に張り付いていた顔を一旦引っ込める。

 

 レストランの中で談笑する少女達と同じように、この人影が踊り場に身を隠してから既に一時間近く経つ。様子をうかがっては身を潜めるという行動はその間に何度も繰り返されてきたが、やがて、意を決したようにスマートフォンを握りしめる。重たい腰が上がった。

 

「ん……アイツは?」

 

 だが、再び外の様子を伺った時、その人影はある違和感に取り憑かれた。何度も目に焼き付けた風景から、ジャージ姿の少女の姿が消えていたからだ。残った制服姿の二人の内、一人はあたりをしきりに見回しながらもう一人の少女と会話を続けている。

 

 見落としか、と目を凝らそうとした瞬間、肺に取り込まれるはずだった空気が喉元で突然せき止められた。同時に、視界はぼやけて口の中に強い酸味が広がり、全身が脱力感に支配される。反射的に見開かれた目で、喉元を見やる。黒い手が、ドアの隙間から伸びていた。震える腕でそれを掴もうとするも、首元から広がる刺すような痛みに阻まれ脳からの信号はまるで届かない。

 

 キィ、と金属の擦れる音と共に、視界の片隅でドアが音を立てずに開いていくのが見えた。体が後ろへと押し倒される。背中に衝撃と鋭い痛みが広がる。視界がぐるぐると回り、焦点さえまともに合わせられない。天井に設置された蛍光灯の光が、いやに眩しさを与えてくる。だが、目が眩む感触を味わう猶予すら与えられず、今度は勢いよく全身を上下逆にひっくり返される。直後、背中に何かがのしかかり、床へと顔を押し付けられる。とうとう身じろぎすら許されなくなり、床のヒヤリとした冷たさが頬に広がった。

 

「い、痛い痛い! 腕が折れる!」

 

 いつの間にか、首元は圧迫感より開放されていた。無意識の内に、引きつるような荒い呼吸を繰り返す。だが、両腕が背中の方へと回された上、その両手首を強く掴まれていて解くことが出来ない。叩きつけられた際の全身に走る激痛と、あらぬ方向へと曲げられつつある腕の軋みに、その人影の表情は苦悶に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 海人は、蛍光灯によって照らされたその姿を窺う。

 

 細い体つきだったが、それでも自分達よりも一回りほど大きい。少年、という程ではなく青年といった方が妥当のようだ。いずれにせよ、両腕のみの部分展開とはいえISであるテンダーラヴの力に敵うはずもない。陸に揚げられた魚のように、先ほどから体は弱々しく跳ねている。

 

 続けて、青年の顔を覗き込む。やや長い髪は眉下まで伸びている程度が、手荒な拘束によってひどく乱れている。頬はこけ肌には青白さが残る。少しよれたシャツにスラックスという身なりと併せて、全体的に不健康な印象だ。

 

「お前、俺達を追いかけていたな。質問があるぞ。一つだけじゃない」

 

 隠しきれない苛立ちは、自身でも驚く程に声を低くドスの利いたものとささせる。青年は体を震わせて反応するも、痛みに悶える声を上げるばかりで海人の質問に答えるような素振りはまるで無い。

 

「……一旦開放してやる。だけど、逃げようとするなよ。そんな事考えてもしたなら、今度こそ容赦しない」

 

 果たしてこのまま、ぐいとIS分の重さを乗せた体重で更に押し付ける事も海人は考えた。だが、心の中に燻る疑問が警戒心を勝る。声色は先程と変わらないままだが、腹の底からひねり出した彼女の慈悲は、青年を何度も何度も首を縦に振らせた。

 

 海人は青年を睨みつけながら、両腕に展開していたISの装甲をしまう。そして、一呼吸の後に彼の背中から離れた。身軽になった青年は、何度も咳き込みながら荒い呼吸を続けて寝返りを打つ。

 

「あ、アンタ。それISかよ。どうなってんだ? 顔合わせの時は大人しくしてたってのに。本当はそんなに荒っぽかったってのか?」

 

 程なくして、呼吸も整った青年は立ち上がりそんな事を口走る。その瞬間、海人は奥歯を噛み締め、彼の肩を掴んで顔を引き寄せた。青年の顔が、驚愕と苦痛に歪む。

 

「お前は、俺の事知っているな? お前は、誰だ?」

 

「いや……知っているっていうか」

 

 青年は海人の質問に対し恐らく抗議の言葉を並べようとするも、海人の鋭い視線と殺気によって半ば強制的に口を噤んでしまう。程なく、観念した様子で両手を前に差し出して頭を振った。

 

「わ、分かった言うよ。言えば良いんだろ? 僕は六角誠二。二十歳。お前とは仕事の打ち合わせで一回顔合わせしただけだよ」

 

 そう言いながら、六角誠二(ろっかく せいじ)と名乗った青年は口元についていたよだれを袖で拭う。ようやく気分も落ち着いてきたのだろう。海人反応を待たずしてさらに言葉を続けた。

 

「アンタが誰かなんて僕も知るわけがないけど……とにかく。アンタ、自分で名乗ってたじゃないか。八城亜麻って」

 

 海人は閉口し半歩下がる。八城亜麻(やつしろ あま)。自分の名前だという、その単語を耳にした途端、どうしようもない息苦しさを覚えた。歯を食いしばり額に手を当て、刻み込むようにこの単語を反芻する。だが、一向に落ち着かなかった。不思議な事に、そこには求めていたモノにたどり着いたという喜びは、決して無かった。

 

 瞼をぎゅっと閉じて、彼女は考える。今はまだ、余計な思考は外へと追い払ってしまうべきだ。確認しなければならない事は、まだ山程残っているのだから、と。そして、決意と共に目を見開き、誠二の方へと向き直った。

 

「……ひとまずお前の事は分かった。ところで、俺とお前は仕事の打ち合わせで顔合わせをした、と言ってたな」

 

「ああ、その話か……別に難しい内容じゃない。アンタ達が運んできた荷物を僕が受け取って。僕はそれを事務所に納めておしまい。僕の方は日当十万のおいしい仕事だったんだぞ。それなのに時間になってもアンタ達は誰も姿を見せない。荷物だって受け取れないから日当ももらえない。

 何があったかわかんないしどうしようもないから、事務所に電話入れたんだけど誰も出ない。で、途方にくれていたらアンタをたまたま見かけた。何があったかって気になって追いかけるだろそりゃあ」

 

 そう語る誠二の表情は訝しげだ。彼からしてみれば、今話している内容は全て亜麻という少女と話をつけていた事であり、その事を本人から改めて問い詰められているという状況なのだから当然の事だろう。

 

 だが、海人の意識は既に別のところに向けられていた。誠二の言葉の中に引っかかりを感じ、肩を掴んでいた手の力を緩める。

 

「まて、アンタ達、だと。俺以外にも何人かいたのか? その仕事を受けた奴が」

 

「はあ? 今更何言ってるんだ。お前の他にも二人いただろ、仕事を受けた奴が。確か、中丸と藤沢だったかな。中丸の方が坊主頭で藤沢って方が天パだったからよく覚えてるぞ」

 

 困惑の表情がいささかも崩れる様子もなく、誠二は質問に答え続ける。

 

 実感の沸かない記憶。そして、その中で受けたという仕事とその仲間。まるで聞き覚えのない情報の濁流によって、海人の思考はとうとうパンクする。体の内側が、今にも燃え上がりそうな程に熱い。破裂してしまいそうな激しい鼓動を、心臓が繰り返す。口元は震えて一瞬も閉じる事ができない。全身の汗腺という汗腺から脂汗が浮かぶ。彼女が先ほどからずっと誠二の肩を置いているのは、もはや、そうしなければ膝から崩れ落ちてしまいそうだからとなっていた。

 

「それにしたって。顔合わせの時にはさんざん足がつかないから、なんて言ってたのに。今までずっとIS学園にいたのか?」

 

 そんな彼女の変化を知ってか知らずか。今度は誠二が尋ねてきた。しかし、どれだけそこに悪意が無かったとしても。それは海人の心に届く頃にはほとんどが苛立ちへと変わっていく。

 

 何故、今はIS学園学園にいるのか。つまり、今まではどこにいたのか。何をしていたのか。それを知る為に、お前を追い詰めたというのに。内心、海人は毒づいていた。

 

 ようやく手がかりを見つけた。誠二の言う通り偶然だったとしても。だと言うのに、それらをどれだけ手繰り寄せてもまるで実感が無く無力感だけが漂う。記憶の中は、未だ空白のまま。ならば、ここまで追い詰めて彼から吐き出させた言葉は、全て嘘だというのか。現実ではない、とでもいうのだろうか。

 

「おいおいおいおい。黙って追いかけてたのは悪かったよ。でも、僕だってこれだけ喋ったんだからそろそろ……」

 

「質問はまだ尽きていない。顔合わせをした場所はどこだ。案内しろ」

 

「えぇ? そりゃ、ここから歩いて十分もかからないけど」

 

「不審者に追いかけ回されている、と突き出されたいのか」

 

 それでも、否、そうであるが故に、海人は心に決める。更に進むと。

 

「……海人君?」

 

 だが、二人のやり取りは横から聞こえた少女の声によって遮られた。

 

 顔面蒼白となる誠二とは異なり、海人とっては聞き覚えのある声だった。だが、それ故に、胸の奥から鋭い痛みがこみ上げてくる。観念したように頭を垂れて、声のした方へと向き直り顔を上げる。そこには驚愕に目を見開く神楽の姿があった。

 

「戻ってこないから探してたんだけど……。その人、は……?」

 

 ただ事ではない雰囲気を感じ取ったであろう彼女は体を震わせていた。それでも、一歩たりとも引く素振りを見せず後手でドアを閉める。そして、たった今海人へと投げかけた質問の答えを待っている。

 

「こいつは六角誠二。……俺の事を知っているらしい」

 

「え?」

 

 そんな彼女から向けられる、真っ直ぐな視線を無視出来る程、海人の心は粗くなっていない。ばつの悪そうに伏し目がちになりながら、顎を誠二の方にくぃと向けた。

 

「だから、これからその手がかりの場所に行く。大丈夫だ、そう遠くない。だよな?」

 

「あ、ああ。ここから歩いて行ける。ちょっと行ってすぐ戻って来る。すごく安全。うん、大丈夫」

 

 ちょうど神楽からは見えないように、海人は顔を誠二の方へと向ける。彼女と出会って間はなくとも自身へと向けられた表情から、言葉から。意図を汲み取る事は凡庸な人間であっても容易い。

 

 だが、神楽は誠二と紹介された青年の引きつった笑みをしばし眺めると、一つ頷く。そして、ポケットよりスマートフォンを取り出し幾つか操作を始めた。

 

「何をやっているんだ?」

 

「岸原さんに、急用が出来たから先に戻ってていいよ。て伝えたの」

 

 唖然とする海人に、ものの数秒で連絡を終わらせた神楽は歩み寄る。

 

「だって……。海人君一人じゃあIS学園に帰れないでしょ?」

 

 真剣な眼差しが、再び海人を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 六角誠二。年齢は二十歳。高校卒業後はそれなりの仕事をそれなりの勤務態度、それなりの給料でこなしている。痩せ型で肌白だが病気の心配はない。自分でもいっそ自慢出来るほどに凡庸な人間。ただ、平凡よりも少し下辺りの生活が続いていく事に嫌気を感じ、臨時収入を得ようととあるバイトをやる予定、だった。

 

 そんな彼はこの時、ほんの十数分前に最悪の再会をしてしまった少女を心底警戒し、下手な好奇心で追いかけた事を途方もなく後悔していた。今すぐ、今朝の自分の頭をしこたま殴りつけてやりたい気分だった。それでも彼女の意向に大人しく従うのは、初めて会った時からはまるで想像も出来ない荒々しさとISを持つこいつの頼みを断ったら何をしでかすか分からないという純粋な恐怖心からだった。自分に、結局選択肢はないのだという諦めがあった。

 

 だが、自分を心底恐れさせる彼女の表情が、後から来たIS学園の生徒のただ一言で和らいだ表情に変わっていく。それは、この少女と初めて会った時でも、最悪の再会をした時でも見た事が無かった。この少女は、こんな表情をするのだなと、場違いな感心をしていた。

 

 

 

 

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