神楽は狭間に奉る   作:debac

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第八話 誰も出てこないなら仕方ないさ

 

 

 

 IS学園へ直通するモールに面した大通りはIS学園設立に伴う整備と再開発が進められた結果、人やモノの流れが爆発的に沸き今日では商業的にも大きな発展を遂げた一等地となっていた。その中心はやはりモールにあったが、そこから溢れた流れを汲み取るように飲食店や雑貨屋、はてには怪しげな占い屋まで、あらゆる商いの店が軒を連ねている。この実態は、世界に新しい理が生まれようとも、人間の営みはそう変わらないという事を暗に示しているものでもあるのかもしれない。

 

 ただし、それはあくまで大通りに限った話、である。通りから一本外れたエリアは再開発から外されてしまい、華やかな未来を鵜呑みにしてしまったが故に過去に取り残されたビル群が佇んでいる。それらは、活気のもたらす大きな流れがこちら側に今にも流れ込んでくるはずだと頑なに信じており、未だその土地にしがみついていた。

 

 そして、誠二が八城亜麻―記憶を失う前の海人ではないかと考えられる少女―と出会った事務所はもまた、そんな寂れた一角にあった。

 

 海人と誠二、そして神楽は揃って四階建ての建物を見上げる。この建物は、恐らく建設された当初は真っ白な壁面だったのだろう。だが、今では外壁があちこち欠けており、そこから茶色い錆が滲んでいる。コンクリートの表面が露出する一階部分は誠二曰く駐車スペースであり、二箇所ある開口部はどちらもシャッターが降りたままとなっていた。そして、その脇には雨に打たれて腐食の進む階段が設置されている。二階にある入口へと登る為のものだ。

 

 看板といった類のものは見当たらず、壁面には窓ガラスが並んでいるが中の様子を見る事は出来ない。これが夜ならば明かりが点いているかどうかなどで人気のあるなしの判別はつくが、まだ正午をすぎたばかりではそれも叶わない。

 

 海人に促された誠二が階段を上がる。そして、その先に待っていた洋ドアのノブに恐る恐る手をかけるも、施錠されていないそれは軽い力で開いてしまった。

 

「……失礼します。誰か、いますかぁ?」

 

 人の気配はなく、誠二の声は室内に虚しく響くのみ。

 

 入ってすぐのフロアでは、記帳台を乗せた事務机がまず目に飛び込んできた。その奥は真新しいパーティションで区切られており視界が遮られている。

 

「建物の外観はそれなりに傷んでいたけど、中は随分とキレイなんだな」

 

「仕事の説明してくれた人……社長らしいけどさ。最近この建物を安値で買い取ったらしくて。新装開店がどうのとか。いずれ外壁も整えて看板も出す、とか色々言ってたな」

 

 誠二の説明を、ふぅんと軽く聞き流しながら海人は記帳台の上に広げられている真新しいノートをパラパラとめくる。最近新しいものへ替えたのか、あるいは、そもそも来客が極めて稀なのか。そこにはただ余白だけがあった。ただ、最初のページにまで戻ると、そこには数名の名前が横書きで上から順に書き込まれていた。六角誠二の名もそこにあって、そのもう少し上の行に八城亜麻の名も見つけた。やや右肩上がりで、とめはめが甘い。それを見て海人は思う。この少女は、ひょっとするとせっかちな性分だったのだろうか。

 

 しばしの沈黙の後、海人はつまらなそうにノートを記帳台に戻す。それと同時に、彼女の側でずっとそわそわしていた誠二が意を決したように事務所の中へと歩き始めた。

 

「なあ、僕だって仕事の、その。給料の話だってしたいんだ。奥に打ち合わせした部屋もある。誰か引っ込んだままなのかもしれない。案内するよ」

 

「……勝手に入っていいんですか?」

 

「誰も出てこないなら仕方ないさ。僕だって一応ここの関係者……だと思う。それに、このまま仕事が有耶無耶になって挙げ句にお金をもらい損ねるなんて嫌だし」

 

 誠二は更に奥、パーティションで区切られた向こう側に進む。そんな彼に黙ってついていく海人とは対称的に、神楽は怪訝そうな表情を浮かべていた。だが、誠二は彼女の態度や質問にまるで興味を示そうとしない。投げやりな回答だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 図々しい人。ついさっき、モールで初めて出会った人物について、神楽はこんな感想を抱く。ここまでの道中、誠二とは海人を交えていくつか会話はした。二人は何かしらの仕事をやる予定だった事も聞かされた。八城亜麻という人物が、海人と同一人物なのではないかという事も。その間、この誠二という青年はずっとおどおどしていたように見えた。なのに、今はどうだ。無人と思しき事務所の中で、周囲をキョロキョロしながら何かを、彼の言葉を借りれば彼が受け取るはずだった金の在り処を探している。

 

 今ほど抱いた感想は、それこそ遠慮がちの表現だったのかもしれない。建前があるとは言えこうして上がり込むなど、もっと厳しい言葉で表せば、盗人猛々しいと言った方が適切だろう。いずれにせよ、彼のような人間は、今まで神楽の出会った中にはいなかった。彼が海人の過去を知る手がかりを持っているからといって、そして、果たしてその通りに記帳台のノートにそれを見つける事が出来たからといって。そんな彼についていく事は、神楽の中にもやもやする嫌な感情を燻らせる。

 

 そんな神楽がどことなく息苦しそうにする様子を、海人は黙って眺めている。やがて、気取られぬように静かに目を伏せて気まぐれのようにパーティションの隙間から中を覗く。そこにはずらりとパソコンが並んでいた。だが、どれも電源が入っておらずモニターはただただ黒いまま。空いた席はどれもきちっと揃えられていて、誰かが座っていたというような人の名残は感じられない。言うならば物置だった。奇妙な空間だ。

 

「ここ、多分会社なんだよな? いかにもな事務机とかファイルとかあるけど」

 

「らしいよ? 派遣やってるとか言ってたし」

 

「そもそも。お前はどこでその仕事を受けたんだ」

 

「そんなのネットからだよ。短期の仕事探してたら見つけた。申し込みしたらメールで案内来て、それから打ち合わせやって。って感じ。

 そういえば、最初にこの部屋通った時も担当の人から結構な自慢話を受けたよ。なんでも、普段は皆忙しくて中々ここにいないんだってさ。まあ、人がいないのは今も同じだけど。……っと。ここだよ。この部屋で。打ち合わせをした。僕とアンタと、他にも何人かいたけど」

 

 突き当りにある通路を通り、更に奥へ。幾つかの小部屋を横切った奥の部屋の前に立つ。扉のすぐ脇に小会議室と刻印されたプレートが貼ってある。

 

 海人が真っ先に扉を開け、三人はその部屋へと足を踏み入れる。そこでは何脚かの長机が長方形を形作り、さらにそれオフィスチェアが囲んでいる。そのどれもが向きが一定でおらず、あちこちへと座面の向きが回転している。誠二の言う通りここで人が集まり打ち合わせをしたのだろう。名残が確かに存在していた。

 

「ここも誰もいないかぁ……。僕は別の部屋も覗いてみるよ」

 

 誠二の口から、若干の苛立ちの混ざった声色の言葉が漏れる。そして、海人達の反応を待たずして、廊下に出ていってしまう。

 

 ふと、海人は視線を壁際にやる。棚がずらりと並んで、ところ狭しとファイルが詰め込まれていた。背表紙には幾つかのアルファベットが書き込まれている。それを見て何かを思いついたのか、おもむろにファイルを取り出しては流し読みをしていく。

 

 それから、何冊目かのファイルを読み込んでいた時、確信めいた自信と共に海人は頷いた。手にしていたファイルを机の上広げる。そこに綴じられていたものを神楽の目にもはっきりと映るように。

 

「日当十万。ものを運ぶ仕事。これだな。ろくでもない。丁寧にタイムスケジュールまで書き込まれているけど。多分、特殊詐欺ってやつだ。神楽さんも聞いた事くらいあるだろ」

 

 不気味なくらい淡々と語る海人の言葉に、神楽の胸がざわついた。先ほどまで燻っていたものはじくじくとするような痛みとなり、内側から広がる。

 

 海人の開いたページには分刻みの工程の他、道路沿いに赤い線を引いた地図や、初老の婦人の顔写真、家族構成などの個人情報が所狭しと書き込まれていた。特殊詐欺。様々な手法で不特定多数の被害者から金品等を巧妙に騙し取るという手口は、何年も前にふって湧いたようにあちこちで起こり大きな社会問題にもなっていた。神楽は、報道を見聞きする度にその手法の多様さに驚かされていたが、同時に、本当にそんなものがあるのか。そして、きっと自分や親戚が被害に会うことはないだろうと、どこかフィクションのように思っていた。

 

 だが、今は違う。誠二や、八城亜麻という少女はそんなものに加担していたと言うのだろうか。神楽の頭の中をどっと黒い波が押し寄せて、足元がふらつく。ほんの少し力を緩めてしまえば、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうになる。

 

「ごめん、一旦椅子に座ろう」

 

 頭を振る海人が、側にあった椅子を引き出しすと神楽に座るよう促す。すると、神楽は何も言葉を発せずほとんど無意識のうちに腰を下ろす。ぼんやりと海人を見上げながら。その目元には、涙がうっすらと浮かんでいる。重力に従って頬を流れると、神楽はようやく頬の上を涙が走った事に気づいて手のひらで頬を擦った。

 

 それからややあって、海人も椅子に座り神楽と目線の高さを揃える。しかし、決してその視線を神楽へと合わせようとせず、逃げるようにファイルを更にめくる。

 

「誰に何をやらせるかっていう作業は、他にもやってるみたいだ。毎日のように色んな人に指示を出して、それをページごとに分けてる。それぞれきっちり役割分担して、各々がどんな悪事に加担しているか。そういう実感が薄れていくように上手に調整してる。すごいけど、真似したくない。

 多分、表の立派な事務スペースはハリボテなんだ。その方が都合が良いからだろう。体裁を整えていて誠二みたいな人が外から来れば、それなりの建前を並べて自分達は真っ当な事をやっているって信じさせる」

 

 海人の言葉に、神楽は黙って頷く。果たして海人の言う通りなのだろう。事務所内の探索を続ける誠二は、自分が何に関わってしまったのかまるで気にしていなかった。未だに自分はものを運ぶという簡単な仕事を請け負っただけで報酬の存在を疑わず、この建物が建っている場所と同じように益が手元に流れ込んでいるものだと信じているのだろう。

 

「……八城亜麻って人も、そうだったって事なの?」

 

「そこまでは分からない。本当に金に困っていたのか。あるいはそういうのが好きでやっていたのか。でも、俺にはまるで実感が沸かない。

 だから、もう少し調べてみたい。ご丁寧に手順なんてまとめているんだ。仕事をさせる人間についても何かしら情報を残しているに違いない。俺が誰であれ、きっと確かめなくちゃいけない。本当なら、これは真っ先に通報とか、そういう事になるんだろうけど。きっと、これは正しい事じゃなくて。

 それでも、俺は納得できない。どうして八城亜麻はここにいて、どうして俺はIS学園に流れ着いたのか。何かあったはずなんだ……何か、きっと。自分の手にあまる程のどうしようもない何かが」

 

 祈るように呟く海人の指先が、さらにファイルのページをめくる。まるで自分にその権利があると言い聞かせているように。

 

 ここには過去への手がかりは確かに残されていた。海人という人間の言わばスタート地点が。だが、決して強欲さの裏返しではなかったが、それは海人の言葉の通り結論には至らない。

 

 それ故に、神楽は黙って海人を見守る。彼女の言うように、納得のし得るモノがここで見つかる事を願いながら。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 「何だこれ?」

 

 会議室を後にして、廊下を少し奥へと進んだ誠二は床に落ちていたそれを拾い上げる。

 

 彼が手に取ったものは、チェック柄の布の切れ端だった。ただ、不可解な事にその端部は真っ黒に焦げている。首を傾げながら、一本道の廊下の奥へと視線をやる。突き当りにまた別の小部屋があった。近づいてみるも室名を記したプレートはどこにも見当たらない。ただ、会議室へのドアのように簡素な造りのものと比べると、装飾彫りが施されておりいくらか豪勢に見える。そのドアが、わずかに開いていた。隙間から一筋の光が漏れている。

 

 誠二はドアの隙間から中を覗く。光を受けて反射する革張りの長椅子、化粧彫りの施された木製のテーブルがあった。いかにも上役の人達が集まるような一室だった。

 

 ドアをもう少し開こうとして、視線を真下に落とす。ドア枠の溝の隙間にも先程拾い上げた布切れと同じモノが落ちていた。どうやらこの奇妙な布切れの出どころはここからのようだ。誠二は一つ納得して、更にドアを押す。

 

 しかし、その力に抵抗がかかった。大きく開こうとしたドアの角に何かがゴツンとぶつかったからだ。ただ、つっかえている様子はない。もう少し力を込めてやるとズズ……と擦れるような音を立てながらもドアは開く。ようやく人一人通るぐらいになって、誠二はドアにぶつかったものの正体を確かめようとドアの反対側を覗いた。

 

 その瞬間、誠二の口から耳を裂くような悲鳴が上がった。彼の体は後ろへと跳ね上がり、全身の力も抜けてそのままドスンと腰を抜かしてしまう。瞬間的に強く押し出された扉は跳ねるように完全に開き切る。そして、彼が見たものの正体が、窓から差し込む日光のもとに晒しだされた。

 

 そこには、黒い革靴をはいたままの、人間の足首よりも下の部分が一対、無造作に転がっていた。誠二は自身の視界に捉えてしまったそれから目を離すことが出来ない。体が恐怖に支配されて金縛りとなり小刻みに震える。焦げた肉の不快な臭いが鼻をつく。すぐに、それは作り物ではない事を悟った。本物の、人間の足だ。幸か不幸か、足首の断面部分が完全に炭化していて真っ黒となっており、肉質は完全に失われている。くるぶしのあたりはわずかに人肌が残っていて、今ほど誠二が手にしていたチェック柄の布切れがへばりついていた。

 

 

 

 

 

 

 先に異変に気づいたのは海人の方だった。遠くから聞こえた誠二の悲鳴に、慌てて廊下に飛び出す。廊下を少し進んだ先で、誠二がガタガタと震えていた。見開かれた目が、空いたの扉のその先へとずっと向けられている。震えながら振り向いた誠二が、ドアの隙間を指差す。たった今誠二が見たモノと同じ、ひどく焼け焦げた人間の足を見てぎょっとなり、後ろから覗き込もうとした神楽を反射的に制止する。

 

 本能が、脳天からつま先まで駆け巡りやばいと訴える。五感の全てがそれに同意した。だが、不意に耳に入ってきた奇妙な音が思考を切る。よく耳を澄ますと、キチキチという金属が擦れるような音が聞こえた。音のする方へと視線を上げる。壁に、こぶし大ほどのダンゴムシのような黒い物体がへばりついていた。焦げた臭いが鼻をついた。

 

 それは微小に蠢くと表面に小さな隙間を作る。そこから青白い光が漏れた。一瞬で青ざめる海人はテンダーラヴを展開させた。そして、腰を抜かす誠二と神楽を抱きかかえ体をねじりながら跳ねた。

 

 黒い物体が青白いスパークを吐き出す。海人は寸前でそのスパークの軌道から逃げる。テンダーラヴの装甲をかすめた。肉を溶かしきってしまうような猛烈な熱が空気中に伝わった。やがて、スパークは壁面へと激突すると、僅かに火花を散らしてドアを裂いてしまった。

 

 

 

 

 

 

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