聖女。
それは、あらゆる病と傷を治癒できる力を持つ存在。
地母神に選ばれた奇跡の象徴である。
そんな彼女を守ることが聖騎士の務め。
そして俺は、聖女様のお側にお仕えする近衛騎士である。
「聖女様、おはようございます。本日もご機嫌麗しゅう」
「ウルテ。おはようございます。本日も、よろしくお願いしますね?」
聖女様が穏やかに微笑む。
透き通るように可憐な声色に、ミルク色の肌。
あどけなさを残しながらも、女性として艶が混じり始めた美貌。
亜麻色の長髪はまるで絹のようになめらかに風にたゆたい、甘い香りを運んでくる。
聖女、リフ様。
相も変わらず、美しいそのお姿に、思わず見惚れてしまう。
かつて辺境の教会で生まれ育った孤児だったが、地母神様に選ばれ、聖女として覚醒した少女。
いまや聖都の中心人物として、聖騎士から、民からも慕われる存在。
彼女がそこにいるだけで、周りがまるで花咲くような清らかさで満ちる。
『清楚可憐の結晶』『神聖不可侵の花』『千年に一度の美貌』『天に愛されし少女』……あらゆる詩人が聖女様の美しさを表現しようとしたが、当人を前にすればどれも陳腐な言葉にしかならない。
まさに奇跡のように美しい少女が、俺に手を差し伸べる。
「さあ、ウルテ。共に朝の祈りを地母神様に捧げましょう」
「はい、失礼いたします」
俺はそっと聖女様の白い手に両手を添える。
瞳を閉じて、聖女様と祈りの言葉を重ねる。
「「慈悲深き地母神よ。この地に祝福があらんことを」」
これは毎朝行う儀式。
聖女として、聖騎士として、欠かさずにはいられない、神聖なる行いだ。
……そのはず、なのだが。
『……はああああん♡ 今朝もウルテに手を握ってもらっちゃったあああん♡ もうそんなに遠慮しないでもっとニギニギしていいのに♡ というか思いきり掴んで~♡♡♡ スリスリってさすって~♡♡♡ あわよくば「チュッ♡」って口づけしてぇぇぇん♡♡♡』
「……」
聖都に建つ教会に相応しくない甘ったるい声が上がる。
それは、あろうことか聖女様と同じ声色であった。
もちろん聖女様が白昼堂々と口を開いて、こんな品のない言葉を叫んでいるわけではない。
目の前にいる聖女様は、地母神様に捧げる祈りの言葉しか口にしていない。
だが……。
『ん~ちゅきちゅき♡ ウルテ超ちゅき~♡♡♡ あ~ん♡ ウルテを近衛騎士にしてから毎日幸せぇぇぇん♡♡♡』
同時に、別の声が
信じがたいことではあるが。
受け入れがたいことではあるが。
これは、聖女様の『心の声』なのだ。
『あっ♡ どうしよう♡ お腹熱くなってきちゃった♡ らめえええ♡ ウルテの前なのにエッチなスイッチ入っちゃうううう♡ もう~♡ 私、聖女なのにこんな気持ちにさせてウルテの罪作り~♡ ていうか、いつになったら夜這いしてくれるの~♡ せっかく部屋を隣にして毎晩待ってるのに~♡ 早く♡ 早く私のこと抱いてよ~♡♡♡』
ああ、やはり今日も聞こえてしまう。
包み隠さない聖女様の本心が。
いったい、誰が想像できようか。
地母神に選ばれし聖女様が。
清楚の化身ともいえる聖女様が。
お淑やかでお上品な聖女様が。
まさか、俺に抱かれることを待ちわびている淫乱少女だったなんて!?
……なぜですか、地母神様?
なぜ俺にこのような『ギフト』を授けたのですか!?
俺にいったい、どうしろというのですか!?
* * *
事の始まりは、数週間前。
俺が魔物の大群との戦いで負傷し、生死の境を彷徨ったのが、そもそもの発端であった。
「てやああああ!!」
渾身の斬撃が巨大な魔物を真っ二つにする。
おぞましい断末魔の叫びを上げて、魔物は炎の中で絶命した。
周囲に魔物の気配はもはやない。
いまのが最後の一匹だったようだ。
「ぐっ……」
限界を迎えた体が地に倒れる。
魔法の障壁を突破してきた魔物の攻撃の傷跡が体中に刻まれている。
この負傷では、さすがに助からないか。
「ウルテ! しっかりしろ!」
戦友であるゾマードが俺のもとへ駆けつける。
「いま聖女様が治癒のためにこちらに向かっているらしい! それまで持ちこたえろ!」
「……いや、俺はどうやらここまでだ」
「なに!?」
「はは、毎回いの一番に魔物の群れに飛び込んでも無事でいるゾマードのように、頑丈な体に生まれれば良かったんだがな……」
自分の体だから、よくわかる。
聖女様が到着する前に、俺の命の火は消えるだろう。
「ゾマード、聖女様に伝えてくれ。『あなたの聖騎士として生きられて光栄であった』と……」
「バカ者! 諦めるなウルテ!! 『不屈の聖騎士』の名が廃るぞ!」
「頼む、『勇猛の聖騎士』ゾマード。友の最期の願いくらい聞いてくれ……聖都をこうして守れた。もう悔いはないさ……」
「愚か者! 悔いがないはずがなかろう! 聖女様に思いを告げずに逝くのか!?」
なんだ、バレてたのか。
さすが親友だな。
……確かに、まったく後悔がないとは言えないな。
聖女様に……一目惚れした女の子に、この気持ちを打ち明けることができなかった。
聖女様を守る聖騎士として、こんな感情を持つのはいけないとわかってはいるが……ああ、最期くらい素直になれば良かったな。
そんな思いをいだきながら、やがて俺の意識は闇に落ちた。
* * *
全身が何か温かなものに包まれている。
あれ? おかしいな?
俺は死んだはずじゃなかったのか?
目を開けると、真っ白な空間があった。
俺の体は、まるで水中に浮かぶようにフワフワと漂っている。
ここは、いったい……。
「『不屈の聖騎士』ウルテよ。私の声が聞こえますか?」
「え?」
女性の声が白い空間に響く。
目の前で眩い光が弾けると、ゆっくりと女性の輪郭が現れた。
「我が聖域にようこそ。『不屈の聖騎士』ウルテよ」
「あなたは……」
桃色の長髪をたなびかせた女性だった。
細い体の輪郭がくっきりと浮き出るような白いヴェール。片方だけで頭部よりも大きい豊かな胸。そして厳かながらも、慈しみが宿った美貌。
その姿にはどこか見覚えがあった。
……そうだ! 聖都に立てられた地母神の立像! その姿にそっくりではないか!
「あなたはまさか……地母神、オシカプル=トートイネン様!」
「いかにも。我が名はオシカプル=トートイネン。あなたの先ほどの戦いを見ていました。『不屈の聖騎士』の名に恥じぬ、見事な戦いぶりでした」
「おお、なんと勿体なきお言葉!」
信仰の対象である地母神様に、そんな賛辞をいただけるだなんて!
「あなたの厚き信仰心、そして献身ぶりをわたくしはいつも見守っていました。ゆえに、断言します。あなたの尊き命を、ここで失わせるわけにはいきません」
「まさか……俺の命を、救ってくださるのですか!?」
「左様。我が力によって、その魂を地上に帰してあげましょう」
「おお! 地母神様! なんと……なんと感謝したら良いか!」
「礼は不要です。あなたには、まだ為すべきことがある。ゆえに早く聖女のもとへ戻り、己の使命を果たすのです」
「俺の、使命……」
恋した少女の顔が思い浮かぶ。
そうだ、俺は聖女様を守るために戦ってきた。
いっときの脅威を退けただけで満足していいはずがない。
この命が蘇るというのなら、俺は再び聖女様のために剣を執ろう!
「わかりました地母神様! 俺は俺の使命を全うします!」
「それで良いのです。さあ、ウルテよ。あなたに使命の助けとなる力を授けましょう」
「力? ……まさか『ギフト』を!」
ギフトとは地母神様から与えられる超常の力。
聖女様の癒しの力も地母神様のギフトのひとつである。
まさか……一介の聖騎士でしかないこの俺に、地母神様がギフトを授けてくださるなんて!
「この力はきっとあなたと聖女を幸福に導くことでしょう。さあ、行きなさい。我が尊き聖騎士よ」
総身に熱いものが込み上がる。
感じる。
体の奥から生命力が溢れてくるのを。
そして、いままで感じたこともない力の奔流が生じるのを。
これが、ギフトの力!
「あなたには期待しています、ウルテ。どうか、どうか……わたくしの願いを叶えて……」
憂いを込めた地母神様の声を最後に、俺の意識は次元を越えた。
* * *
「ん……ここは」
「ウルテ!? 目を覚ましたのですね!」
見覚えのある自室で、俺はベッドに横たわっていた。
そして、その傍には涙目の聖女様がいた。
「聖女様!? 俺は……生きているのか?」
胸元に手を添えると、心臓の脈動が伝わってくる。
「良かった! 私が駆けつけてきたときには心臓が止まりかけていて、もうダメかと思っていましたが……ああ、地母神様! ウルテを救ってくださり、感謝いたします!」
「なっ! せ、聖女様!?」
とつぜん聖女様が抱きついてきた!
うわっ、めっちゃいい香り! そして柔らかい!
地母神様にも負けない豊かすぎる膨らみが押しつけられる!
い、いかん! 聖騎士として変な感情を起こしてはいけない!
俺は『不屈の聖騎士』だぞ!
肉欲に打ち勝て!
「聖女様! はしたないです! 離れてください!」
「いやです! 絶対に離れません! どれだけ心配したと思っているのですか!? 何日も目を覚まさなかったのですよ!? 私、もう怖くて怖くて!」
「聖女様……」
ああ、聖女様はやはりお優しい。
彼女にとっては数ある聖騎士のひとりでしかない俺のために、こんなにも涙を流してくれるだなんて。
この慈悲深さが多くの人々に慕われる理由なんだよな。
本当に、聖女様は心まで美しく、清らかな娘さんで……。
『うあああああん!! 本当に良かったよぉ~! ウルテが死んじゃったら私生きていけないよ~!!』
「……ん?」
……え?
何、いまの声?
聖女様の声だったけど……いや、あの聖女様がまさかあんな幼稚な喋り方をするはずがない。
現にいま聖女様は嗚咽を漏らしていて、何も喋ってはいない。
だが……。
『すんすん……あっ♡ ウルテすっごくいい匂い♡ というか、こうして抱きつける機会なんて滅多にないんだから、いまのうちに堪能しちゃうもんね♡ ん~スリスリ~♡』
ま、また聞こえた!
な、何なんだ!? この品性のカケラもない甘ったるい声は!
幻聴!? それとも聖女様の声を借りてこちらを惑わす魔物の仕業か!?
どちらにせよ、あの聖女様がこんなはしたない言葉を吐くはずが……。
「ああ! ウルテ! 本当によくぞ生還してくださいました! あなたにもしものことがあったらと思うと、私はもう不安で不安で!」
『うおおおお♡ 泣いてるフリして顔をグリグリ押しつけてやるううう♡ 匂いだって思いきり嗅いでやるうううう♡ クンカクンカ♡ あっ♡ やっべ♡ これ、やっべ♡ ウルテの匂いたまんねえ~♡』
聖女様はグリグリと顔をこすりつけながら、スンスンと鼻を鳴らす。
謎の声はまるで聖女様の行動に合わせるように響いてくる。
あたかも、聖女様の心を代弁しているかのように……。
……え?
いや、まさかね?
そんなはず、ないよね?
頭の中に響くこの声が……。
聖女様の『心の声』だなんてこと!
「あ、あの聖女様……」
「ウルテ! まだ動いてはいけません! 傷は治癒で塞いだとはいえ、安静にしていないと! さあ、横になってください!」
「あ、はい……」
聖女様に言われるがままベッドに横になる。
「さあ、体をよく見せてください。念のためまた治癒を施しますから」
「え? いえ、もう傷は治っていますから必要ありません」
「万が一ということもあるでしょう!? さあ、服を脱いでください! 地肌に直接、掌を当てたほうが治癒の回りが早まりますから!」
「そ、そうですか。聖女様がそうおっしゃるなら……」
寝間着を脱ぎ、上半身裸になると聖女様は白い手を俺の胸板にあてがってきた。
すると……
『ま、嘘だけどね♡ ウルテの裸を触りたいだけで~す♡ ハァハァ♡ 凄いよ~♡ ウルテの筋肉カッチカチだよ~♡』
「……」
やはり、謎の声は聖女様の行動に連動するように聞こえてくる。
しかも、どんどん興奮しているというか……
「うふふ、どうですかウルテ? 気持ちいいですか? 痛いところがあったら遠慮なく言ってくださいね?」
『主に際どい箇所とか歓迎だよ♡』
聖女様の手つきは治療のためというよりは、どこかねちっこい動きをしている。
それこそ、単に撫で回しているだけというか……。
『はぁん♡ やっぱり生身のウルテが最高だよ~♡ こっそり取り替えた下着の匂い嗅ぐだけじゃこんなにも興奮できないも~ん♡』
「なんですと?」
「え? ウルテ、どうされました急に?」
「あ、いえ、なんでも……」
俺の下着。
随分と使い込んでいるはずなのに、まるで新品のようにいつまでも古びないと思っていたが……。
……え?
いや、まさかね。
聖女様が俺の下着を?
そ、そんなね~?
まさか、聖女様がそんな変態じみたことを……。
『ああ~♡ どうしよう♡ ムラムラしてきちゃった♡ あとで絶対にオ○ニーしよっと♡ グヘヘ♡ そうと決まればこの匂いと感触をたっぷり刻み込まないと♡♡♡ 今夜はとっても捗りそう~♡♡♡』
「変態だァー!!!」
「ええー!? 何ですか突然!? べ、別に変なところは触っていませんよ!?」
『これから触る予定だけど♡』
嘘だああああああ!!!
清楚で可憐な聖女様がこんな淫らなことを考えるわけがなあああい!!
「どうされたのですかウルテ! やはりどこか体の具合が……」
『大変! 私がすみずみまで調べないと! そう、すみずみまで♡ グヘヘ♡』
や、やめろぉ……これ以上、聖女様のイメージを壊さないでくれ!
くそっ! いったい何なんだこれは!?
どうして急にこんな声が聞こえるように……。
『あなたに使命の助けとなる力を授けましょう』
「……あ」
まさか。
あれは、夢ではなかったのか?
俺は本当に地母神様に会ったのか?
ということは、この謎の現象は……。
ギフトのせい!?
俺はギフトの力で、聖女様の『心の声』を聞いてしまっているのか!?
い、いや、待て。
本当にこれが聖女様の『心の声』とは限らないだろ?
まずはいろいろ試さないと。
「……恐れ入ります聖女様。少しお願いがあるのですが」
「お願いですか? はい、ウルテのお願いでしたら何なりと♪」
『そりゃもう何なりと♡ うへへへ♡』
とりあえず、この声は無視。
「そんなに難しいことはでありません。この画集のページを見て、よく覚えてください」
ベッドの傍にあった画集を手に取り、適当なページを聖女様に見せる。
俺からは見えない。いま聖女様がどんな挿絵を見ているのかは判断できない。
「覚えましたか?」
「え? はい……」
栞を挟んで本を閉じる。
「では、いま見たものは俺に言わないでください」
「は、はあ」
「そして、いまから俺が質問します。先ほど聖女様が見た絵はどんな絵でしたか? 口にせず、頭の中で答えてください」
「頭の中で……は、はい」
そっと聖女様が瞳を閉じると……
『えっと……猫の絵だったよ?』
声が俺の頭の中で聞こえてきた。
「……猫、ですか?」
「え? あ、当たりです! どうしてわかったのですか!?」
聖女様が目を丸くして驚く。
念のため栞を挟んでいたページを開くと、確かにそこには猫の挿絵が描かれていた。
……マジかよ。
これ、やっぱり聖女様の心の声が聞こえちゃってるじゃん。
その後も何度か同じことを試したが、すべて正解だった。
「凄いです! ウルテにこんな特技があっただなんて!」
端からすれば手品みたいなことをしている俺を、聖女様がキラキラとした眼差しで見つめてくる。
『はぁん♡ ウルテかっこいいよぉ♡ ますます惚れちゃうよ~♡ 好き好き♡ 大好きだよぉ♡ 初めてあなたに会って、助けられたときからずっと大好きぃ♡ 私だけの王子様♡』
初めて会ったときから?
まさか、聖女様は……。
「あの、聖女様。俺と初めて会ったときのことを覚えていますか?」
「え? もちろんですよ。だってウルテが聖女に目覚めた私を迎えに来てくれて、危うく魔物に食べられそうになっていたところを助けてくれたのですから」
忘れるはずがありません。と、聖女様自身も、そして心の声もそう言った。
辺境の教会で聖女に目覚めた少女が現れた。
その情報を掴んだ聖都は、俺に聖女を迎えにいく使命を与えた。
俺がたどり着いたとき、教会は魔物に囲まれていた。
あと少しでも遅かったら、危うく聖女を失いかけるところだった。
そのときのことを、聖女様はずっと覚えていたのか。
「よく覚えています。あのときのウルテの頼もしい背中を……」
『一瞬で恋に落ちちゃったもん♡』
聖女様……。
ああ! なんてことだ!
俺が聖女様に一目惚れしたように、彼女も俺に一目惚れしていたというのか!
なんと運命的なんだ!
俺たちは両思いだった!
こんなに、嬉しいことはない!
嬉しい、はずなのに……。
『ああああん♡ あのときのこと思い出しちゃったらまたムラムラしてきちゃった~♡ どうしよう~♡ いますぐオ○ニーした~い♡』
何でそんなに脳内ピンクなんですかアンタ!?
いや、好きな女の子に男として見られて嬉しいんだけどさぁ~!!
素直に喜びづらいんだけど~!?
「ん……ウルテ、少々お花を摘みに行ってまいりますので一度失礼いたしますね?」
「あ、はい。
下腹部に両手を添えて、妙に火照った顔で聖女様は退室した。
きっと、いまからオ○ニーしに行くんだろうなぁ……。
そっかー。聖女様もオ○ニーするのかぁ……。
まあ、聖女様だって人の子だもんなぁ……はははは!
「……うぅ!」
俺は枕に顔を埋めて泣き始めた。
思い人の知りたくない一面を垣間見てしまったショックから立ち直れそうになかった。
せっかく両思いだったのに。
なんで、なんで……そんなに変態なんですか聖女様!!
そして地母神様!
なぜ俺にこんなギフトをお与えになったのですか!?
好きな人の心の声が聞ける。
ある意味、夢のような力だ。
だがそれで知りたくもない真実まで明らかにされてしまった!
これではまるで拷問だ!
いったいどんなお考えで、地母神様はこんな力を……。
「……はっ!? これは、もしや地母神様の試練なのでは!?」
そうだ。きっとそうに違いない。
地母神様はきっと、俺の信仰心や忠誠心を見定めているんだ!
信じて仕えてきた聖女様が変態少女だと知っても尚、聖騎士としての役目を全うできるかどうかと!
「……いいでしょう。その試練、喜んで受けようではありませんか」
俺の中の清楚可憐な聖女様は失われた。
だが、彼女への思いが消えたわけではない。
たとえ聖女様が変態であろうと、俺は俺の信念を曲げない。
最後まで聖騎士として、彼女を守り抜いてみせる!
……そう。たとえ、聖女様が俺に対して発情していても!
その好意にかこつけて襲ったりしないぞ! 絶対にだ!
『んおおおおおお♡ ウルテちゅきちゅきぃ~♡ お願い抱いて~♡♡♡ 私のこと滅茶苦茶にして~ん♡♡♡』
って隣の部屋で
さすがに場所選べや変態聖女!!
* * *
かくして、俺はギフトの影響で聖女様の本性を知ってしまった。
さらに、ギフトの力は聖女様だけに発動するわけではなかった。
「聖女様万歳!」
「聖女様に幸あらんことを!」
聖騎士たちが聖女様に向けて、賛辞の嵐を送っている。
しかし、その裏では……。
『ああ~、やっぱり聖女様のおっぱいでっけぇな~。聖女のくせにあんなでっかいおっぱい付けていいと思ってんのかよ?』
『ミニスカートに黒のニーハイソックスとかエロすぎんだろ。今日もムチムチの絶対領域が眩しいぜ~』
聖騎士たちの心の声が頭の中で響いてくる。
……そう、俺のギフトは万人にも働く代物だったのだ。
近くにいる人間の心の声が否応なく聞こえてきてしまう。
そして知る。
敬虔な聖騎士たちはどいつもこいつも聖女様を淫らな目で見ていたことに!
おのれ、恥を知れ! 地母神様の裁きが降るぞ!
『んふ。ウルテ卿、今日も良い形の尻ですね?』
なんか俺の尻を狙ってる男もいるんですけど!?
怖い怖い怖い! どこのどいつ!?
心の声は、その人間の本性を否応なく俺に知らせる。
おかげで、あの人やこの人の知りたくもない一面を知ってしまう毎日だ。
「おう、ウルテよ! 無事に復帰できたようだな!」
「ゾマードか。ああ、おかげさまでな……」
赤毛の快活な青年に肩を叩かれる。
相変わらず裏表なんて感じさせない無垢な笑顔だが……。
ゾマード……まさか、お前も意外な一面を持ってたりしないだろうな?
俺、いやだぞ? 親友が変な趣味持ってたりしたら。
『うむ! 血色も良い! 友が生きていてくれて私は嬉しいぞ! また共に戦おうではないか!』
ほっ。良かった。ゾマードはどうやらマトモらしい。
「英雄殿の帰還というわけだな! 民もきっと喜ぼうぞ!」
「英雄だなんて、大袈裟だな」
「謙遜をするな。あの戦いで最も魔物を屠ったのはウルテだ! 吟遊詩人たちも早速お前の活躍を詩にしているぞ! きっと聖女様からも何か褒美があろう!」
「褒美、ね……」
マトモな褒美であることを願うよ。
「ところでウルテよ。お前が戦った魔物について詳しく教えてくれぬか? 今後の参考にしたい」
「ああ、構わないが……ゾマードは本当に熱心なやつだな。魔物の生態のことをそこまで知りたがる聖騎士はお前くらいなものだぞ」
「うむ! 魔物の生態に精通していれば、対策も容易となるからな! 次の戦いでも私が先陣を切ろう!」
ゾマードは戦場で常に「私が最初に行く!」と魔物に突貫していく。
恐れることなく、むしろ喜びいさむように魔物の攻撃を受けに行くのだ。
ゾマードが積極的に魔物の攻撃を受けることで相手の能力が判明し、活路を開けたケースはいくつもある。
それゆえに付いた名が『勇猛の聖騎士』。
うんうん、これこそ聖騎士の鑑というものだ。
まったく、他の聖騎士たちも見習って欲し……
『魔物の攻撃を受けることは私の楽しみだからな! あれにまさる快感は存在しない! いったいどんな痛みが来るのか楽しみで仕方ないのだ! ああ! 次はどんな魔物が私を楽しませてくれるのだ!? 興奮を抑えきれぬ!』
「……」
「む? どうしたのだウルテ? なぜそんなに悲しそうな顔で去っていくのだ! まだお前が戦った魔物のことを聞いていないぞ!? 教えてくれ! どんな攻撃だった!? どれだけ痛かった!? 触手はあったか!?」
「……ごめん、しばらく放っておいて?」
「なぜだ!?」
……あのさぁ?
うちの教会、変態しかいねえんだけど?
* * *
まさしく、これは神が与えた試練だ。
おかげさまで人間不信になりそうだよ。
とりあえず気分を変えるべく、街の食事処に足を運んだ。
できるだけ心の声が聞こえてこないように、隅っこの席でひとり寂しく食事を取る。
心の声は聞こえないが、しかし店内で歓談をかわす民間人たちの生の声は耳に届いてくる。
「いやー、この間のパレードで見た聖女様は美しかったな~。あんなに綺麗な子がこの世にいるんだね~」
「心が綺麗な人は見た目も綺麗になるってことだな」
「何言ってるんだ~。ああいう娘ほど裏でとんでもない本性持ってるもんなんだぜ~?」
何やら聞き捨てならない話題が耳に入ってくる。
「確かに聖女様のお顔は清楚だが、あの体つきを見ろよ? ありゃ相当なむっつりスケベだぜ? じゃないとあんなエロい体に育たないだろ~?」
酒が回っているのか、聖女様に対して遠慮のない、不躾な発言をしている民間人。
俺は咄嗟に席を立っていた。
「おい、貴様!」
「ひっ!? せ、聖騎士様!? いらしていたのですか!? さ、先ほどの失言はどうかお許しを!」
「正直に答えろ! お前の目からは聖女様はむっつりスケベに見えるのか!?」
「……はい?」
「どうなんだ!?」
「い、いや、ですから、ただの冗談で言っただけで、別に本気でそう思ってるわけじゃ……」
「じゃあ清楚に見えるんだな!? 常時エロいこと考えてるようなむっつりスケベだと信じてるわけじゃないんだな!?」
「へ、へい……」
「ならばよし!」
あっぶねえ!
まさか民間人が聖女様の本性に気づいてるのかと思った!
「いいかお前たち! 聖女様は色事なんてちっとも知らない無垢な存在なんだからな! 決して人の下着を盗んで匂いを嗅いだり、即発情して隣室でおっぱじめたりなんてことしない!」
「は、はあ……」
「なんか随分と具体的というか生々しいな……」
「聖女様って、まさか本当に……」
「何をヒソヒソ話している!」
「「「ひっ!? すみません!」」」
いまだに聖女様に疑惑を持つ民間人たちに俺はハッキリと言い放つ。
「聖女様が淫乱変態ドスケベ脳内ピンクなわけないだろ! いい加減にしろ!」
「「「……いや、そこまで言っておりませんが」」」
ご安心ください聖女様!
あなたがオ○ニーばっかりしてる変態少女であるという秘密は絶対に守ります!
そんな俺の影ながらの戦いが始まってから数日後。
俺に異動が降された。
「はい? 俺が、聖女様の近衛騎士に?」
「うむ。聖女様からのご希望だ。実際、ウルテ殿は先の戦いで大きな戦果を上げている。みなも納得するだろう」
騎士団長は自慢のちょび髭を撫でながら、うむうむと頷いていた。
「というわけで貴殿の部屋は聖女様の住まいに移ることとなった。近衛騎士として、聖女様の警護に心血を注ぐのだ」
『ほっほっほっ、若い男女が離れの小さな屋敷で二人きり。何も起きないはずがなく……どんなスキャンダルが起きるか楽しみじゃのう~』
おのれ、このスキャンダル大好きクソじじいめ。
アンタの思惑通りにはならんぞ。
しかし、なんてことだ。
まさか聖女様と同じ住まいで暮らすことになるだなんて。
それはつまり日夜、聖女様の心の声を聞いてしまうわけで……。
「ふっ。これも地母神様の試練ということか……」
地母神様はよほど俺の心を試したいらしい。
だが、甘く見ないでいただきたい。
俺は『不屈の聖騎士』。
どんな誘惑が立ちはだかろうとも、決して揺らぎはしない!
早速、聖女様が住まう離れの屋敷へとたどり着く。
……くっ! 感じる! 淫乱の波動を!
『おおおおおおおん♡ 今日からウルテと一緒に住めりゅのおおおおお♡♡♡ 絶対に間違い起こるぅぅぅ♡♡♡ いや起こしてみせるうううううん♡♡♡ 待っててウルテ♡ 誘惑しまくって絶対に私の処女貰ってもらうんだからあああああん♡♡♡』
ああ、聖女様……今日も俺を思って激しくオ○ニーをしていらっしゃるのですね……。
ですが、お許しください。
俺は聖騎士として地母神様の試練を乗り越えなくてはいけないのです!
あなたの誘惑には決して負けません!
『不屈の聖騎士』ウルテ、いざ参らん! 変態聖女が住まう屋敷へ!
* * *
「そうじゃないでしょおおおお!? なんでやあああ!? 思い人の心の声がわかってんだからそこは押していくところでしょうがあああ!?」
桃色の長髪の美女が酒瓶を握りながら絶叫を上げる。
彼女の視線の先には、下界の様子が映っている。
「何が『地母神様の試練』だぁ! せっかくあたしゃがお膳立てしてやったのに、何でそういう解釈するかね~? チッ! 焦れったいなぁ! あたしちょっとやらしい雰囲気にしてきます!」
「やめてください。そんな軽々と下界に降りようとしないでくださいオシカプル様」
付き人らしき白髪の幼子が、いまにも下界に突入しそうな主を止める。
やけ酒をしながらウルテと聖女リフの様子を見ていたのは……地母神、オシカプル=トートイネンであった。
「おっかしいな~、ウルテくんにもギフト与えれば一気に聖女ちゃんとの距離が縮まると思ったんだけどな~。女の子が心の中で『抱いて♡』って言ってるんだよ? 絶対にあの場でズッコンバッコンするところだったでしょ~?」
「タチが悪いですよ。推しの男女をくっつけるために『心の声』が聞こえるギフトを男側に与えるだなんて」
「だってぇ~。そうしないとあの二人いつまでもくっつこうとしないでしょ~? お互い一目惚れだってのに、なんで素直にならんかね~? 身分の差とかむしろ燃えるでしょう~?」
「本当にお好きなんですね、人間の恋愛模様が」
「あたぼーよ! それだけを楽しみに生きてるからねあたしゃ!」
地母神とは思えないだらしない格好で酒をぐびぐび飲むオシカプル=トートイネン。
今日も人間たちの複雑な恋愛模様で酒がうまい。
「まあ、これはこれで楽しみになってきたかな? ウルテくんの理性がどこまでもつか見物だね~! ギャハハハハ!」
「はぁ~……地母神がこんな低俗な女神だと知ったら発狂しそうですね、彼……」
女神の娯楽に振り回される青年に激しく同情する付き人であった。
聖女=淫乱変態ドスケベ脳内ピンク
もはや鉄板。