――数日後
アビドス一行を盛大に見送り、ユメを留学させる代わりにアビドスの生徒を当番制度に参加するよう約束した店主。本日の日替わりメニューの内容を決め、畑や工場から食材を確保し、下処理を済ませていく。
解体したバブル肉に下味を付け、畑から収穫した野菜を1口サイズに刻む。キヴォトスで購入した厳選された珈琲豆を焙煎し、店内に芳醇な珈琲の香りを漂わせる。
「ニャ~。未だにコーヒーの香りは慣れないニャ~」
「私は慣れましたよ。これもこの機械のおかげですね」
ノースティリスには存在しない、漆黒の飲み物。苦味が強く、独特な香りのする珈琲という飲み物に慣れないというクロ。……かくいう店主も、初めは汚水と勘違いし、珈琲を教えてくれた彼女に殴られていたものだ。
――まぁ、殴られた程度では1ダメージにもなりはしないのだが
「そろそろですね」
焙煎した珈琲豆を専用のコーヒーメーカーにセットする。金色の装飾が施された、高級なサイフォン抽出機。コーヒーの魅力を教えてくれた彼女の為に、トリニティ自治区で購入した最新型のコーヒーメーカーは、
……噂によると、コーヒーの味が格段に上昇するらしい
――★コーヒーメーカー
「ニャ? ……その機械、固定アーティファクトだったのかニャ!?」
「おや、気づいてなかったのですか?」
トリニティの街外れにあるコーヒーショップ。コーヒー好きの間では有名なショップだが、主に紅茶を嗜むトリニティ自治区内では客足も少なく、隠れた名店として扱われていた。
そんな中、「自分の代わりにコーヒーを買って来て欲しい」と頼まれた店主が指定された店がそのショップであり、ショップのオーナーが自慢げに掲げた事もあってか、その機械が固定アーティファクトだと気づいたのだ。
「週に一度、最高の珈琲を持っていく事を条件に売って頂きました」
一目見ただけで一流の料理人であることを見抜かれた店主が、持ち掛けられた条件。その条件を満たす為に、店主は最高の珈琲を空き瓶に淹れ、トリニティ自治区のコーヒーショップへと持っていく。
「……ウイ君には感謝しないといけませんね」
「……あの子にはもっと感謝するべきなんだニャ。異世界から来た僕達に世界の常識を教えてくれたんニャから」
「勿論、感謝していますよ。毎日料理を彼女に届けているのは、そのお礼も兼ねていますので」
あの日、ムーンゲートをくぐり抜け、その先で出会った彼女。すくつで見つけた水色のムーンゲートは、どうやら古書館に繋がっていたらしく……この世界で聞いた第一声は、古関ウイの悲鳴であった。
「さてと……コーヒーの準備も出来た事ですので、開店しましょうか」
「了解したニャ! ……って、今日の当番の子がまだ来てないニャ」
「今日の当番は……」
(ガララッ)
「……ごめんなさい。遅くなったわ」
「ニャ? 噂をすればニャ!」
「大丈夫ですよ。事情は把握しておりますので」
「……そう言って貰えると、助かるわ」
「何処の世界でも、ガードの仕事は大変みたいですね」
「……そのガードを1人残らず吊るし上げたご主人が言っても、説得力が無いんだニャ」
「……」
「まぁまぁ。……そうですね。お店の営業が終わったあとで良ければ、私もガードの仕事をお手伝いしましょうか?」
「ニャ!? ご主人がガードの手伝い???」
「……いいの?」
「えぇ。丁度、ゲヘナ自治区に行く予定もありましたので」
「……ゲヘナに行く予定?」
「し、信じられないニャ。ご主人が治安の維持を手伝うなんて……」
「私をなんだと思ってるんですか? ……さて、お話はこの辺りにして、ヒナ君も準備をお願いします」
「……わかったわ。今日はよろしく、店主さん」
空崎ヒナ
ゲヘナ学園の風紀委員長。治安の悪いゲヘナ自治区で規則違反者の取り締まりを行う以上、普段であればD.U地区にある十三腕になど来れないのだが、
「先生から、息抜きも兼ねて当番制度に参加しないか……って」
「それはそれは。本当にお疲れのようですね」
「……どこかの誰かが、アビドス自治区で大量破壊兵器を使ったせいで、後始末と戒厳令を敷くのに苦労したわ」
「ニャー……」
「野蛮な方も居たものですね」
「……(ジトッ)」
「ご主人……」
「原子爆弾程度で大量破壊兵器と言われましても……。メテオを使わなかっただけ褒めて欲しいのですが」
「……メテオ?」
「隕石を降らせる魔法ニャ……。絶対使ったらダメニャ!!」
「余程のことが無ければ使いませんよ」
★★★★★
(カランカラン)
「い、いらっしゃいませ」
十三腕の制服に身を包み、接客作業を行うヒナ。普段あまり笑わない彼女にとって、笑顔での接客と言うのは書類仕事よりも難易度が高いみたいだ。
「あれ? ヒナっちじゃん! なになに、風紀委員から十三腕に転職したの~?」
「違う。……シャーレの当番制度でお手伝いに来てるだけ」
「風紀委員長が居るとは思わなかった」
「私も、2人がここの常連だなんて知らなかった」
「まぁね~! なんと言っても今日は、伝説の日替わりメニューの日だからね!」
「SNSをフォローしておいて良かった」
「……伝説の、日替わりメニュー?」
色々と聞きたいことはあるが、他のお客様を待たせる訳にもいかず……話もそこそこに、彼女たちを席へと案内する。メニュー表を渡し、注文を受け、出来上がった料理を運ぶ。初めは心配していた店主も、ぎこちなくも笑顔で働くヒナに安心したのか、調理に集中するのであった。
冷凍庫で保管していたクジラの半身をフライにし、畑で取れたトマトとキャベツを添える。と同時にオーブンでバゲットを焼き、空いている腕でハンバーグを焼き、プチの卵の目玉焼きを作り、ジューサーで新鮮な果物を擦り下ろす。
「お待たせしました。日替わりメニューのクジラフライです」
「待ってました~!」
「1度食べて見たかった」
「ねぇ……なんでこれが伝説なの?」
「あれあれ? もしかして、ヒナっちは知らない感じ?」
「十三腕のクジラ料理は、滅多に出てこないんだ」
サクッと揚げられた赤身肉。プチの茹で卵を磨り潰し、塩、胡椒、ビネガーを足して混ぜ合わせた、店主特製のソースがアクセントになる人気メニュー。
日替わりで、尚且つ店主が気まぐれで釣り上げた時にしか提供されないクジラ料理は、かなりの人気を誇っており……SNSで明日の日替わりメニューとして報告されれば、たちまち客足が増える程のものであった。
「ビーフシチューとクジラフライ1つ!」
「こっちもクジラフライ! バゲットセットで持ってきて!」
「レアチーズケーキとエスメラルダコーヒーで」
「目玉焼きハンバーグセットにしようかな」
次から次へと頼まれる注文に対し、初めてとは思えないほどテキパキと動くヒナ。慣れない業務故、多少ぎこちなくもあるけれど……それでも、一人一人着実に捌いていく。
そうして数時間が経過した後
(カランカラン)
「ありがとうございました」
「最後のお客様ですね。ヒナ君、看板を裏返してきてください」
「分かったわ」
ドアにかけられた看板をCLOSEに変え、店内へと戻る。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です。……えっと、当番はこれで終わりかしら?」
「そうですね。片付けは私がやりますので、ヒナ君はゆっくり休んでください」
「……私も手伝うけど」
「いえ、お気になさらず。……そうですね、ヒナ君になら見せてもいいでしょう」
「見せるって何を――」
瞬間。ヒナ目の前を店主の残像が走り抜ける。突然の出来事に身構えるヒナだったが、辛うじて店主の姿を捉えた時には……
「という訳で、片付けは終わりです」
テーブルの上の皿は1つ残らず片付けられ、床はモップがけをされたかのようにピカピカに磨かれていた。
「……今、何をしたの――?」
「片付けをしただけですよ。――私本来の速度で」
「…………」
「視線で分かりましたが、よく目で追えましたね。普通の人であれば、私の姿を捉える事すら出来ないでしょうに」
……
「……只者ではないと思ってたけど、こんなにも差があったなんて」
「仕方のない事です。私の居た世界とこの世界では、生きやすさが段違いですから」
「……」
「さてと……ヒナ君。コーヒーはお好きですか?」
「え? ……えぇ、まぁ」
「それは良かった」
(コポコポコポ)
グラスに氷を入れ、★コーヒーメーカーで抽出したエスプレッソを注ぐ。軽くかき混ぜ、キンキンに冷えた祝福された水を上から注ぎ入れる。
キヴォトスで購入したシロップとプチのミルクをポットに入れ、冷やしておいたプリンアラモードを一緒に持っていく。
「お待たせしました、アイスアメリカーノになります。ミルクとシロップはお好みでお使い下さい」
「……えっと……貰っていいの?」
「勿論。お土産にフルーツクッキーも焼いてありますので。……そうですね、アビドスの件の迷惑料だと思って頂ければ」
「……はぁ。……それじゃあ、いただくわ」
「えぇ、どうぞごゆっくり」
苺、メロン、さくらんぼ、オレンジ、桃。色とりどりの果物と生クリームが添えられたプリンアラモードは、アイスアメリカーノとの相性も良く、口に広がる甘いプリンの味と、コーヒーの芳醇な香りは、疲れた身体に染み渡る事だろう。
「――! ……美味しい」
「ご満足頂けたみたいですね」
「これ、食べた事ない味なのだけど……店主さんが作ったの?」
「はい。私が作りました。と言っても、私のいた世界には無かった料理ですので、作り方は教えて頂きましたが」
「……そう。……えっと、あまり例えるのは得意じゃ無いんだけど……凄く美味しいです」
「喜んで頂けて何よりです。採れたて新鮮の卵と乳で作ってますから、鮮度も抜群かと」
「……ちょっと待って。……今、採れたてって言った?」
「言いましたよ?」
「…………先生が言ってた、"店主さんについては深く考えない方が良い"……って、この事だったのね」
(パクッ、パクッ)
プリンアラモードを食べ終え、ゆっくりとコーヒーを嗜むヒナ。アコが淹れるコーヒーもこれぐらい美味しかったらなぁ、風紀委員のみんなは大丈夫だろうか……などと考えつつ、美味しいコーヒーに舌鼓を打つ。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。気分転換にはなりましたか?」
「……うん。今日はありがとう、店主さん」
「いえいえ、私の方も人手が足りなかったので」
「……本当?」
「嘘ではありませんよ。それに、シャーレと提携して当番制度をしている理由の一つに、宣伝効果も含まれてますので」
「……そう言えば、SNSでも人気があるって言ってたわね」
「今日の写真も、恐らくキララ君辺りから投稿されてると思いますよ」
「……」
「……さてと、それではゲヘナ自治区に戻りましょうか。エスコートしますよ、ヒナ君」
「……その言い方は狡い」
「まぁとは言え、私たちが向かう先の治安は悪いみたいですが」
(カチャ)
4次元ポケットから13丁の機関銃を取り出す店主。この世界で購入したブローニングM2機関銃。ベルト帯による装弾数110発の機関銃は、固定して扱うことを前提に作られている。
……作られているのだが、自慢の筋力で無理矢理持ち上げ、13丁ものブローニングM2機関銃を構える店主に、呆れたような表情を向けるのであった。
「……い、言いたいことが山程あるのだけど」
「これでも手加減しているので、何も言わないでください。生きた武器や向こうの銃では、生徒を殺してしまう恐れがあるので」
「……」
「まぁ、私の主武器は盾ですが」
「……盾で戦うの?」
「少し違いますが……この世界で使う事は無いでしょうし、あまり気にしないでください」
「……」
……こんな数の銃弾を撃ち込まれたら、私でも無事では済まないと思うんだけど
という言葉を何とか飲み込み、店主と共にゲヘナ自治区へと向かうのであった。