「えっとクラウディア?」
「なぁに?」
「クラウディアさーん……怒ってる?」
「ライザにはそう見える?」
「それはその……」
今日まで隠れ家のアトリエにこもっていたため数日ぶりに顔を合わせたクラウディアはいつも通り優雅に微笑んでいる。
ただその微笑みから底知れぬ圧を感じるのは恐らく気のせいではない。クラウディアの背後に獰猛な魔物の影を幻視する。
「怒ってないよ。怒ってないけど……今日は気晴らししたい気分だからライザに付き合ってもらうね」
「それは構わないけど」
怒ってるよなあ。
数日前にアンペルさんと変則的ながらお付き合いすることになったけどその前後でクラウディアには全く相談しなかったから。親友なのに大事な相談をされないってあまり面白くないよね。
「ところで今日はパティとフェデリーカもいるんだね」
「あ、私たちは呼ばれて面白そうなので来ました。せっかくなので」
答えるパティの横でフェデリーカもこくこくと頷いている。リラさんカラさんはこういうのに来ないので気が付くとこの組み合わせで集まることが増えた気がする。
なんのしがらみもなく美味しいものを食べるときだけは来るんだけどあの人たち。
「あの、クラウディアの用事の前にちゃんと謝らせてほしいな。大事な相談をできなくてごめん。アンペルさんの個人的な事情があったから親友相手でも話しにくかったの」
「まあそんなことだろうとは思ってたけど……一言くらいは欲しかったかな」
「本当にごめん」
ここでようやくクラウディアは獰猛な獣を内側に仕舞い、いつも通りの笑顔を見せてくれた。どうやら許してもらえたようだ。
「取り寄せていた荷物の中にお気に入りの紅茶があるの。お茶を飲みながらまずはきちんと話を聞かせて」
お菓子とお茶を囲みながらなるべくアンペルさんの事情に触れないように経緯を説明する。
恋心を自覚したけど一度は封印しようとしたとか。今思えばここだけはクラウディアに相談してもよかったかもしれない。初めての感情に振り回されていたから頭になかった。
事情を知っているリラさんから背中を押されたことも話す。
「意外です。アンペルさんはリラさんと一緒にいるものだと思っていたので」
「今もリラさんが一番であたしは二番だよ? あたしのほうがリラさんより寿命が短いから譲ってもらってるだけで」
そんなあたしの言葉にクラウディアは眉根を寄せる。
「ライザ、今からでも遅くないからアンペルさんはやめておこう。そんなリラさんもライザもだなんて不誠実だよ」
「あたしは気にならないけど」
どちらかと言うあたしが割り込んだ形だし、リラさんとアンペルさんが並んでいる姿はとても自然に感じる。
「アンペルさんの出自など私は詳しくは知りませんが昔王宮に勤めていたことがあるなら血筋が確かなのでしょうか? 貴族であれば側妻を持つ方もいると聞きますがパティはわかりますか?」
「私の周囲にはいませんがそのような方もいますね。ただアンペルさんはそこまで貴族的な人とは思えないです。オーレン族の方が一般的に家族をどう作るのかわからないので、もしかしたらリラさんの常識に合わせた可能性があるのでは?」
「確かに夫婦って形をとるとは限らないか……他の土地でも少数部族とかで婚姻せず子供を産むのが普通っていうのもあったと思う」
なんだか脱線しながら難しい話をされている。
あたしと違ってみんな立場があるからこういう話に敏感なのかも。
「それよりもライザさんの話です。まさか先を越されるとは思いませんでした。どうすればそんなにトントン拍子で上手くいくんですか?」
「えっ、わかんない。面と向かって異性として好きだよって告白しただけだもん」
「……それがまず難しいんですよ」
「まあライザだから」
「私たちより勢いのある生き方をしていると思います」
顔を見合わせて頷き合っているけど、なんかあたしうっすら貶されてる?
そんな印象のまま共感の中に混ざるわけにもいかずそっと紅茶を飲み干した。
「さてこの後はライザに着せ替え人形になってもらうよ」
「えっ、さっきのお茶会が本番じゃなかったの?」
「このくらいで私の気が晴れると思う? とはいえ近い支店から特急で取り寄せたからそんなに服の種類はないんだけど」
特急って……クラウディアの部下の人たちごめんなさい。忙しくさせてたらあたしのせいです。
「確かに気になってました。まがいなりにもお付き合いを始めたというのにアトリエにこもって研究ばかりでオシャレする様子もなかったので」
「作業に没頭すると自分に目がいかなくなるのは身に覚えがありますが、研究が行き詰まっているなら息抜きにデートなどしたほうがいいんじゃないでしょうか」
「でもここ数日は大体一緒に過ごしてるよ?」
「参考までにここ数日の様子を聞いても?」
「えっと、日中は私が調合しながら解決の糸口を探ってて、アンペルさんが文献や過去に巡った遺跡のメモを確認して関係ありそうなものを探して、ご飯とかおやつの時間のタイミングで進捗確認して所感を述べ合って、またそれぞれの作業に戻る感じ? ってどうしてみんなそんな目で見るの」
「付き合いたての恋人と過ごしているとは思えないひどさだからです」
だって闇雲にでもやらないと辿り着くことすら遠退きそうなんだもん。恋人がいたってあたしの優先順位は変わらない。
なんでもないときならあたしだってアンペルさんとデートとかしたいよ? クーケン島内だとどこでも知り合いに会いそうだけど。
「パティ、フェデリーカ。あっちの部屋でライザに着せる服を見繕いましょ」
「お供します」
「どんなデザインがあるか楽しみです」
あたしを置いて3人はそそくさと部屋を出て行ってしまった。弁明する暇もない。
今日はクラウディアの言うことを聞くことにしたからいいんだけどさ。準備にどのくらいかかるかわからないし、この間にちょっと調合のアイデアでもまとめておくかな。
「ライザーもういいよ。こっちの部屋来て」
考え込んでたから正確な時間はわからないけどそれほど時間は経ってないと思う。クラウディアから呼ばれたので少しドキドキしながら別室に向かった。
呼ばれた部屋に入るとコーディネートされたトルソーがまず目に入る。三体あるからそれぞれが選んだのかな?
どれもなんというか 普段のあたしが着ないようなデザインだ。襟が詰まった裾の長い深緑のワンピースと、肩が開いてレースが特徴的な黒のサマードレス? それからピッタリタイトなシルエットのスカートが特徴的な……これクラウディアの服に似てるな。
さてさてどれが誰のコーディネートなんだか。
「どう? 着てみたい服はある?」
「えーっと、そこのクラウディアみたいな上品なコーディネートはフェデリーカかな? スカートはクラウディアより短めだけどシルエットは似てるよね」
「どうしてわかったんですか?」
あたしの言葉にフェデリーカが目を丸くする。
「フェデリーカって結構こだわりがあるほうだけど用意された選択肢が少な過ぎてこだわりが発揮できなかったんじゃないかなーって。サルドニカ風のデザインがあったらまた違ったんだろうけど、今回は身近な大人の女性らしいと思う服装を無意識に選んだんじゃない?」
「あ、あってます」
「さっきまで考えごとしてたから頭がギュンギュンに回ってるんだよねー。深緑のワンピースは多分パティ。前に王都で似たような服を見かけた気がするよ。向こうの流行ならこっちまで流れてくるのは遅いだろうし服を取り寄せた支店の辺りで今この服が流行ってるのかも」
「そうです。王都はこんなワンピースに可愛らしめのリボンのコルセットを合わせるのが流行ってます。ちょっと子供っぽく見えるかもしれませんが……アンペルさんとの歳の差を考えたら庇護欲を誘う子供っぽさは一周回ってありかと」
「それはパティがタオの前で着たらいいんじゃ」
うっかりそんなことを口にしてパティからきっと睨まれる。反応が可愛くてつい弄ってしまうのは悪いクセだ。
あそこは今どのくらい進展してるんだろう?
タオがどうにもハッキリしないからなあ。
「それで黒のサマードレスはクラウディア。思い出せないけどなんかどこかで見覚えがあるんだよなあ……」
「前に王都に行ったときライザの着替えに黒いレースのワンピースがあったでしょう? あれに似た雰囲気のサマードレスを選んでみたの」
「ああ、あったね! 向こうでちょっとかしこまった場に行くとき用にしてた服」
すっかり記憶から抜け落ちてたけど確かに雰囲気が似てる。背中が大きく開いていてあれよりもっと大人びたデザインだけど。
「言動や快活さは同じなのに、あのワンピースを着てるライザはすごく大人びて見えて、私好きだったんだ」
あのワンピースは王都のアトリエに残してあるからしばらく着てないし今も着れるかわからないけど、クラウディアがそんなことを思ってたならちょっと嬉しいかも。
それなら……
「この中ならクラウディアが選んだ服を着てみたい」
「やったぁ」
「やはりこういう勝負になると付き合いの長さだけ分が悪いですね。王都でのライザさんのワンピース姿は私も見ていたはずなのに思い出せませんでした」
「クラウディアさんがちょっとずるい気もしますが……でも私もサマードレスを着たところ見てみたいです」
勝負だったの?
パティやフェデリーカが選んだ服もこの後着るつもりだったけど。まあいいか。
「最初着るのは難しいから着替えるのは手伝うよ」
「うっかりレース破いちゃうと困るしお願いするね」
促されて服を脱ぎ始める。
そういえばネメドの温泉また行きたいなあ。色々片付いたらまた行こうっと。
なんて脱ぎながら考えてたら手伝うためにあたしの背後に回ったクラウディアから緊張した空気が伝わってきた。
なんだろう? 特に怪我とかはしてない筈だけど。
「クラウディア、どうかした?」
「……ちょっと待っててね。心を落ち着かせるから」
尋常ならざるクラウディアの様子が気になったのかパティとフェデリーカもあたしの背中を確認しにきて、背中のことなのであたしには見えないんだけど同じように固まったような気がする。
「ちょっと待ってください。どういうことですか! ただでさえ仲間内で恋人関係になってること自体生々しいって思ってるのに、どうしてもっと生々しいものを見ることになるんですか!」
「パティ落ち着いて」
「落ち着いてられないですよ!」
「パティ、大人にはよくあることですよ」
「逆にフェデリーカはどうして冷静なのかな」
「職人は荒っぽい人も珍しくないので。私がいても気にせず明け透けな話をするなんてよくあります」
あたしの背後でなんかすごいことになってる気がする。一体どうしたんだろう。
「ねえライザ。アンペルさんは今日私とライザが会うって知ってるのかな?」
「うん、伝えてあるよ。今日は研究お休みして息抜きするって」
「そっか……じゃあこれは私へのメッセージかもね」
「ひゃっ!?」
びっくりするほど冷たい指先が予告もなく私の首に触れて思わず悲鳴をあげた。そんなあたしに構わずクラウディアは内緒話をするかのように耳元に顔を寄せた。
「ここ、シャツの襟で隠れる首筋と、ジャケットに隠れる辺りの背中にね、キスマークがついてる」
「えっ?」
「多分アンペルさんはこの意味を私が読み解くってわかっててつけたんだよ」
「どういうこと?」
「首筋へのキスマークは執着、独占欲。背中へのキスマークは深い愛情表現って意味合いがあって、必ずしもそういう意味でつけられるわけじゃないけど……つけたのはアンペルさんだもの。きっと私に対して牽制してる」
「クラウディアさんの言う通りの意味だとしたら、意訳するとライザさんに対して不誠実なことはしないから心配するな、ということですか?」
「それもあるね。あとあまり過保護にするなとか……もっとストレートにするとライザは誰にも渡さないってことかも。それがライザの親友の私でも」
怖くて振り向けない。クラウディアが怒ってる雰囲気だけが伝わってくる。
アンペルさーん。本当にそんな意味なのかここに来て弁明してくれませんかねえ?
「仕方ないですよ。甘い物への執着を思い出してください。アンペルさんってそういうタイプでしょう?」
「好きになったら相手の一番を独占したいって気持ちは抑えきれないですね。大人の男性が大っぴらに表現するのは少々いただけませんが」
そう言われて思い返せば至近距離にいるときにアンペルさんが私に向ける表情は甘いおやつを食べるときの表情に似ているかも。
これは……かなり面映い。
「いいわ。こうなったら徹底的にライザを可愛くしてあの人の度肝を抜こう。ライザを一番魅力的に見せることができるのは私だって思い知らせるんだから」
クラウディアはクラウディアで変な方向に振り切れてなかなか戻ってこない。なんか呪文のようにぼそぼそ呟いている。
これは今日長くなりそうだなあ。
「おや、随分と着飾って。可愛くしてもらったじゃないか」
「大丈夫? 似合ってるかな?」
隠れ家に戻ったあたしは心許ない胸元や足先を気にしながら尋ねる。知り合いの少ない王都ならまだしも地元でこういう服を着るのって案外落ち着かない。
「見慣れはしないがよく似合っている。クラウディアの目は確かだな」
「えへへ……ってアンペルさん! クラウディアが怒ってたよ。パティとフェデリーカの教育に悪いって」
「ふむ、善処しよう。ライザのことを心配する必要はないとわかりやすく伝えるつもりだったのだが」
視線をずらしながら飄々と嘯く様子を見るとまたあたしの気付かないところでなにかするのかもしれない。せめて教えておいてくれると助かるんだけど。
「さて暗くなってきたし疲れているならやめておくが、折角着飾ったのだから近場にはなるがこれから散歩デートに誘っても?」
「肉体的な疲労はないし嬉しいけど行くなら人が少ない辺りがいいな。着慣れないから知り合いに見られるとちょっと恥ずかしいし」
「無論独り占めするつもりだ」
あたしの手をとって引き寄せられる。少しだけ踵の高い靴だからつんのめりそうになるけど抱きしめられたから転んだりはしなかった。
「センスには自信がないがいつか私から服を贈るのもいいかもしれないな」
「そういえばクラウディアが言ってたんだけど……男の人が服を贈ってきたら着ているところを脱がせたいって意味だって。本当?」
「……人によるので明言はしないでおこう。ただ彼女とは一度じっくり話をする必要がありそうだ」
ライザ2の百夏の礼装がすごく好きでした。あのタイプの服また着て欲しい。