殺人が何よりも忌避される楽園で、他者を殺す為に作られた少女が生きるお話。

息抜き的な物なので不定期投稿です。




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1 必要悪の怪物

汚染物質の混じった風が吹き荒れる中、私は荒廃したビルの一室で腹這いになっていた。窓ガラスも無く、鉄筋が露出している箇所も多いこの廃墟の中で、私は舞い上がった砂塵の中で蠢くいくつかの人影へと視線を向ける。

 

赤外線をも捉える私の眼球に映るのは古びたガスマスクを被り、雑多な小火器で武装した小集団。体は少しでも都市迷彩の効果を期待してか、乱雑に灰色の塗料で染められたボロボロの外套を身に纏っている。

 

今のご時世ではそう珍しくもないタイプの流浪者だ。彼らもきっとこの先にある”聖域(サンクチュアリ)”を求めて何処かから必死に逃げ延びてきたのだろうが、残念ながら……というか当然の如く、天国への門は地獄への門よりも重く、開き難い。

 

「こちらヴァルキリー1、B4地区外縁部で生存者を確認。そちらに視覚情報を共有した。指示を求む。」

『識別中……流浪者(ウオーカー)と推定。通常の手段で人道的に処理してください。』

「了解……これより処理行動に移行。」

 

耳元で空電音と共に響く女声の電子音声に応えるように、私は手元の”人道的兵器”のグリップを握り締めた。喇叭(ラッパ)に似たその銃口を数百メートル離れた彼らへと向け、狙いを定める為に目を細める。

 

スコープもサイトも必要ない。この身体はそんな文明の利器に頼らずとも殺傷行為を行えるように設計されているのだから。

 

意識が冷え、己の周りの全てが銃口の先にある彼等と己以外に全て消えたかのような錯覚。そして世界に取り残された彼等の動きがまるで粘性の高い液体の中を動いている様に緩慢になっていく。そのガスマスクの汚れも、端が(ほつ)れた外套の染みも、全てが手にとる様に見える。

 

安全装置(セーフティ)を外し、死の天使の代行たるその余りにも軽い引き金へと指を添え────

 

「!?」

 

そしてその引き金が引かれると同時、集団の先頭を歩いていた一人が何の前触れもなく膝から崩れ落ちる。

 

それに気づいた周囲が駆け寄り、必死に肩を揺するが意味はない。もうそいつが目を覚ますことはないのだから。

 

一切の苦痛無く、瞬時に人を死に至らしめる特殊な光を照射したわたしは一切の反動を感じる事も、特段の感慨も無く余りにも非現実的に一人の男を葬り去った。

 

その喇叭(らっぱ)の様な形状と、眠る様に対象を殺害する効果から、この兵器には福音(ゴスペル)という悪趣味な名が付けられている。だがこれはきっと、製作者のせめてもの贖罪なのだと私は知っていた。

 

その兵器は『人道的』に人間を殺す為に作られた物。利便性でも、携帯性でも、殺傷力でもなく、只管に迅速に────少しでも楽に殺す事を目的として作られたその兵器は人を殺す道具としては余りにも矛盾している。

 

そんな何度目かの無意味な考えを巡らせながら、私は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げようとした十人余りの人間を淡々と安楽死へと導いていく。

 

身体つきから女と分かる者も、腰の曲がった老人も、子供も、私の視界に入った順番に糸の切れた人形の様に地面へと倒れ伏していった。

 

首元まで覆う防毒マスクの中の彼等の顔はわからないが、きっとその顔は最初の犠牲者を除いて全員が死への恐怖に歪んでいる事は想像に難くない。

 

彼等にとって痛み無く逝けた事は果たして救いになるのだろうか。いや……少なくとも、痛いよりはマシと信じたい所だ。

 

「ふぁ、あ……。」

 

福音(ゴスペル)から手を離し、立ち上がりながら伸びを一つすれば思わず口から漏れる甲高い声。誰にも見られていないとは言え、少々気恥ずかしい。

 

痛みの無い殺戮に、安楽死を押し付ける虐殺にはもう慣れた。いや、と言うよりもそれに対して全く罪悪感の類を感じる事のない自分に慣れたと言ったところだろう。

 

どこまでも続く瓦礫と半壊したかつての文明の名残。空を覆う灰色の雲に、未だに僅かながら舞っている【終末戦争】の名残の真っ赤な粉塵。

 

防毒マスク越しには見ることのできない純天然色のポスト・アポカリプスに染まった世界を剥き出しの顔で見る事ができるのは感謝すべき事なのかどうかわからない。

 

だが、少なくともこの身体を作り出した科学者だか生物学者には礼を言うべきだろう。

 

そんな考えを巡らせながら、私は躊躇なく3階程の高さの瓦礫から飛び降りる。地面に堆積していた赤い粉塵を巻き上げ、地響きと共に落下したこの身体には痛みも、傷一つない。

 

少なくともこの身体は────か弱く華奢でありながら頑丈な肉体は、この荒廃し切った世界においても胸一杯に息を吸う事ができる。

 

「こちらヴァルキリー1、人道的処理を完了。周辺に生命反応なし。」

『生命反応の消失を確認しました。貴女の行いの責任は全て中央管理局が負う物であり、貴女の行いは社会を維持する為の─────』

 

耳元でAIの柔らかな合成音声が言葉を紡ぐ。

聞き慣れた過剰なまでの“殺人の正当化”と、“罪悪感の軽減”を含んだその音を右から左に関税なしで横流ししつつ、私は廃墟の下に隠していたビークルへと飛び乗った。

 

フワフワと地面から浮遊するキックボードの様な乗り物へと両足を乗せ、ハンドルの上に現れた半透明の画面へと片手を翳す。

 

『───は痛みなく生命活動を停止させる事が確証されており、彼等は無痛のままその生涯を終えました。彼等の肉体こそ聖域(サンクチュアリ)に招かれる事は叶いませんでしたが、その魂は』

「自動操縦で起動、聖域(サンクチュアリ)のゲートBまでお願い。」

 

未だに耳元で優しく語りかけてくるその音声を煩わしく思うが、残念ながらこの声には一時停止もスキップも無い。少なくとも目的地に着くまではエンドレスで垂れ流しだ。

 

まぁせめてもの救いとして1/fゆらぎだか1/1のあけましておめでとうなゆらぎだが知らないが、少なくともリラックス効果の期待できる柔らかい女声の合成音声で語りかけてくるから、そういうシチュエーションボイスだと思えない事もない。

 

「まぁもう、慣れちゃったけど……。」

 

独り言を吐きながら左右に聳え立つ巨大なビルの残骸────かつては大通りであったであろうその通りを抜ければ、無人の荒野が広がるその先に今は亡き彼等が追い求めていたであろう聖域(サンクチュアリ)が聳え立っていた。

 

天高く聳えるガラスのドーム。どこまでも左右に広がるその大きさは此処からでは推し量る事はできないが、恐らく上空から見れば巨大な円を描いているのだろう。

 

そのガラスのドームの中に屹立する無数の摩天楼。

この廃墟に聳えていた文明の墓標と化したビル群ではなく、今も尚無数の人々の暮らしを内包した“生きた”建物である。

 

所々には揺れる緑も見受けられ、そこから感じられる瑞々しさはこのガラスの内側が楽園であり、生命が何の装備もなく生存できる事を示していた。

 

これこそが聖域(サンクチュアリ)

 

彼らが求め、そして夢半ばに終わった世界最大級の人類の聖域。凡ゆる恐怖から、危害から、厄災から解放された場所にして、滅び行く世界に取り残された楽園。

 

ここでは人類は汚染物質を気にする事もない。

跳梁跋扈する突然変異の怪物も、食糧不足も─────暴力も。

 

楽園を楽園に保つために受け入れられる人間は限られている。此処は生き延びる為だけの場所ではなく、楽園である。故に、食糧も設備もギリギリではなく潤沢でなくてはならない。故に外部から人間を受け入れる場合、彼等にはただ消費するだけではなく、何かしらの価値をこの楽園に齎す事が求められる。

 

そして何よりも。この聖域(サンクチュアリ)を聖域たらしめる聖約(ギアス)に適合する人間しか此処では受け入れられない。

 

聖約(ギアス)。それはあらゆる暴力……無論、殺人も含むこれ等の行為に対して凄まじいまでの忌避感と嫌悪感を抱かせるナノマシン。

 

このナノマシンにより、この聖域(サンクチュアリ)に住まう全ての人間は暴力による争いを克服している。故に数万人が住まうこの聖域(サンクチュアリ)は設立されて数世代において一切の暴力行為及び殺人を経験しておらず、閉鎖空間において発生しがちである紛争の類も無論、一度も発生していない。

 

この楽園の平和はそのナノマシンによって成り立っている。だが問題としてこのナノマシンは多くの場合、この楽園で出生した人間以外には適応しないという事。故にこの楽園は外部より人を受け入れる事は滅多にない。

 

だが、彼等のようにこの楽園へと侵入を試みる人間──── 流浪者(ウオーカー)と呼ばれる者達も存在している。

 

当然だ。この聖域(サンクチュアリ)外部の情報は滅多に入って来ないが、風の噂によれば何処も独裁やらAIによる監視社会、内輪揉めに挙げ句の果てには終末戦争の延長戦などと碌な話を聞かない。

 

正しくこの聖域(サンクチュアリ)は人類の最後の楽園。故に此処には数多くの流浪者(ウオーカー)が押し寄せる。そして多くの場合聖約(ギアス)への適性を示さない彼等は透明の外壁へと必死に縋りつき、時には破壊行為に訴えてまで侵入を試みる。

 

そのような行為は聖域(サンクチュアリ)の完全性の危機であるし、何より暴力を忌避する住民達のストレスレベルを上昇させる。だが彼らを排除するには強制力が、暴力が必要というジレンマ。

 

聖域(サンクチュアリ)、ゲートBに到着。』

 

だから、そのジレンマを解決するために私のような存在がいる。

 

殺しを厭わず、それどころか傷付ける為だけに設計された肉体。終末戦争時に喪失した幾つものロストテクノロジーによって作られたこの身体は戦争の為に最適化されており、躊躇なく、素早く人を殺傷する。

 

そして何より生物兵器たる私は、彼ら聖域(サンクチュアリ)の指導者に逆らわない。まぁこれは機能というよりも多分に私のポリシーや保身が含まれているのだが。

 

ようやく到着した聖域(サンクチュアリ)への入り口には金属製のゲートが備え付けられており、それがゆっくりと開いていくのを見ながら、私は今更ながら耳元で囁き続けていたその声が締めくくりに入ったことに気付く。

 

『貴方の行いは善なるもの。貴方に悪があるならば、その悪は全て我々だけのもの。だからどうか、自分を責めないでください。』

 

まぁ、この身体は生憎と殺生に関する罪悪感に特別鈍感に作ってある様だから許すも何もないのだが。

 

戦場で『ぼく、撃てません!だって、あいつ等も生きてるんです!』などとほざく生物兵器は悲劇映画の主役にはなれても実際に居られると困ると言ったところなのだろう。

 

『カウンセリング、及び記憶の消去を希望される方は速やかに申し出てください。』

 

ああ、そう言えば自己紹介がまだだった。

 

『最後に、貴方達の献身に深い謝意を示します。』

 

私はヴァルキリー1。この死と暴力が排除された楽園で全ての汚れ仕事を請け負う生物兵器であり

 

『お疲れ様でした、ヴァルキリー部隊。』

 

特に前世で取り立てて善行を積んだ覚えはないが、何の因果かこの地獄から取り残された楽園に生まれ変わった転生者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つ、また一つと画面から生命反応を示す緑の光が消えていく。それは無機質で、まるで現実感の無い光景。だがその意味を理解する者達にとってその景色は耐え難い物だった。

 

「うっ……おぇっ……。」

 

巨大なモニターのあるその部屋のどこかで誰かが吐き気にえずく。しかしそれを責める者はこの部屋に一人もいなかった。

 

極限まで簡略化され、現実をそぎ落とし、デフォルメされた“殺人”を示す光の明滅。それですら彼等──── 聖約(ギアス)の加護を受けた楽園の人間にとっては背筋を逆撫でされるような、胃袋を直接乱雑に掴まれているような、形容のし難い不快感を与える光景となる。

 

この場にいる者達が皆、同じ不快感の坩堝にいるその最中。

 

『ふぁ、あ……。』

 

マイクを通して此方へと響いた思わず漏れ出てしまったかのような可愛らしい少女の声。ともすれば微笑ましく感じられるそれはしかし、この場においては戦慄の対象にしかなり得ない。

 

これだけ本質を隠し、現場を見ていない自分達ですら“こう”であるのに、この存在は────この兵器は、何も感じないのか。

 

理解ができない。それはやがて恐怖へと変わっていく。一人の若い男が口元を押さえながら額に脂汗を浮かべ、耐えかねたかの様に叫んだ。

 

「こ、コイツを聖域(サンクチュアリ)に入れて良いんですか!この、この怪物を!狂っている、コイツは狂ってるんだぞ!」

 

それは心からの叫び。理解できぬ怪物に対するその恐怖の叫びに対し、皆が目を背ける。それは誰もが一度は通ってきた道なのだから。

 

「────それは違うわ、カール補佐監視員。」

「室長……!しかし!」

 

その部屋を見下ろすように一際高い位置に備えられた椅子。そこに座る者がこの場にある全てを統括する立場であることを視覚的にも示すその場所で、白衣に身を包んだ女性が震えながらも凛とした声で告げる。

 

「ヴァルキリー1はあの状態が正常です。私達には出来ないことを……機械越しにでも出来ないことを、遂行する。それがあの子の任務であり、それによってこの楽園が助けられている事も事実でしょう。」

 

いわゆる“国防”を担う機関の中で特に暴力的な一面を負わなければならないこの部署の人気は低く、その重要性に反して総員は限られている。その全員が揃ったこの部屋を見渡しながら、部署の長たる彼女は拳を握りしめた。

 

「先人が残した防衛システム熾天使の羽(セラピム)は人間には反応しません。先月、クロガラナコロニーが内紛により壊滅した以上、流浪者(ウオーカー)の数は更に増加するでしょう。」

 

そして、恐らく彼らの多くは武装している。

 

その言葉を飲み込み、彼女は此方をやるせない顔で見つめる若き新人へと言葉を続けた。

 

「禁忌を知らぬあの子がいなくては、この楽園は立ち行かない。幸いなことにあの子は兵器で、私達には忠実。そこに何か問題がある?」

「……あんな、簡単に。それもあんなに小さな子が……。」

 

力無く席に座り込んだ男の目の先にはビークルに乗り込み、帰路へと就いた“兵器”の映し出されたディスプレイがあった。

 

風に靡く銀色の髪。ビスクドールのように整った顔に、長いまつ毛。少女と女性の狭間にある危うげな美しさを顔に湛え、その肉体は中性的で起伏に乏しい。

 

人類の大半を滅亡させた【終末戦争】において建造された生物兵器であり、その身は無数のロストテクノロジーにより構成されている。可憐な見た目は敵の動揺を誘う為で、その身体には生半可な兵器を凌駕する殺傷能力が秘められており、それは正しく殺人を目的にして作られた命だった。

 

「最初は皆、貴方みたいだった。……それでも、罪を知らず、私達の代わりに罪を犯すあの子のサポートが私達の仕事。」

 

その言葉に呼応するように、画面の中で少女の形をした兵器がビークルを乗り回しながら端正な口を開いた。

 

『まぁもう、慣れちゃったけど……』

 

独り言として呟かれたそれは、殺人への慣れを告白するもの。耐え難き不快感に身を震わせながら、カールと呼ばれた若き防衛室の職員は言葉を紡ぐ。

 

「この怪物を、ですか……!」

「その怪物を必要としているのは他ならぬ私達なのよ。」

 

 

徹底的に他者への物理的な加害が排除され、動物の屠殺さえも培養肉の技術により消失した近未来の楽園。それでも人が人である以上、排除できない死と暴力がある。

 

彼等はそれを齎す兵器の手綱を握り、兵器のケアを行い、そして殺人のサポートを行わなければならない。

 

楽園が光の中を生きられるように、影の中で汚泥に塗れる兵器を影と光の狭間で見つめる彼等の名は『ヴァルキリー』。

 

戦士の魂を楽園に導く古き神話の名は贖罪のためか、それとも─────────。

 




周りからめちゃくちゃ嫌われる仕事だけど、頑張れ頑張れ。

多分続かない。

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