淫ク☆で学ぶ名作 砂の器   作:ジャク

10 / 11
秋吉亮

「秋吉まずうち……さんね?」

「ええ、そうじゃけど……」

 東京駅に着いた課長は報告のあった、失踪者の息子の名前を確認する。

その男はチューリップ・ハットに柄物のTシャツといった感じで、いかにも東京に来た人間だった。

爬虫類の様な顔と、背中に貼られたレシートが目を引くが、余計なことは振り払って聞き取りに勤めようと三浦は思った。

「岡山から、本当にご苦労様だゾ。早速で申し訳ないが、署に同行してもらって証拠品を見てもらえるかゾ?」

「分かりました」

男は甲高い声で答えると、三浦の隣の後部座席に座った。

彼は遠ざかる丸の内駅舎を興味深そうに眺めていたが、どこか落ち着きがない。

自分の父の生死がこれから分かるかもしれないので当然だった。

課長と三浦にとって一月ぶりの下北沢署に入ると、受付を済ませ、3人は階段を上がっていった。

廊下の突き当りの、異様なほどロッカーがひしめいた部屋に入り、まずうちをその入り口に待機させた。

『S490624号 下北沢操車場男性殺人事件』と記されたロッカーの鍵を開け、被害者の衣服と例のマッチを白手袋をはめた手で取り出す。

それから場所を移して証拠品を一つずつ丁寧に机の上に広げた。

「あぁ……あぁっ!!!」

秋吉まずうちは、紺色のジャケットを見ただけで直ぐに膝を折った。慌てて課長が身体を支える。

「わ、わしが……父に贈ったやつじゃ。一体……どうして!?」

彼はジャケットを手にしながら、わなわなと肩を震わせた。その息は荒い。

三浦はこの後の流れを説明した。

「これが終わると、大学の医学部に行って、ご遺体の確認ということになりますが、どうなさいますかゾ?辛いようなら無理には……」

「いえ、行かせてください。父に……会いたいんです」

 

 

 

 新宿調教大学法医学教室へは、その日の夕方に到着した。

「司法解剖を担当しました、東雲と申します。これからご遺体の確認をして頂きますが、今回のご遺体はその……お顔の損傷が……激しいので、注意していただけたらと思います。もし体調が悪くなったり、気分が優れないようでしたら、直ぐに仰ってください」

東雲女医はそう言って一礼した。まずうちは、深呼吸をして自らを落ち着かせていた。

彼女の助手二人が、壁側の冷蔵庫を開け、金属製の担架のようなものに乗せられた遺体が、気化した液体窒素と共に取りだされた。ー196℃で冷やされた遺体は、葬式などで見る遺体とは違って、元生物としての印象はあまり与えない。むしろ石のような物質の感じがある。固定防腐処理こそされているが、しなやかさを失った土灰色の肌はやはり死人だ。

肝心の頭部は、きっと女医らの努力であろう、多少修復されて、くすんだ赤色の顔の中に二つの瞼が存在していた。

「うっ……あ、あ……。うあぁ……」

最悪の形で父と再会した息子は、力なくうなだれて泣き始めた。

課長も、刑事も、医師たちも、ここにいる誰も彼を慰めることは叶わなかった。三浦は目を伏せた。

刑事になって数年で死体を見るのは慣れたが、遺族が嘆き悲しむのを見るのはいつまで経っても慣れそうにはなかった。

「父さん……。どうして……うあぁ、ぁぁぁぁぁっ!!!!」

地面に突っ伏した彼に、課長が背中をさすってやって、女医は遺体を仕舞うよう指示した。

 

 

 

 

「お父さんのお名前はなんていうんだゾ?」

「秋吉亮と言います」

「これで身元も判明して火葬が出来るし、仏さんも浮かばれると思うわぁ……。息子さんにずっと会いたかったでしょうし」

「えぇ。そう……ですね」

嗚咽の収まったまずうちに、課長はそのような言葉をかけた。

「ええっと、お父様はいつから行方を?」

警察署に戻る車内で、2人は被害者について伺うことにした。

被害者の息子の登場によって今までの疑問が全て霧散することを期待してのことである。

「はい、最近の父は雑貨屋をわしらに任せて、まぁ隠居のような身分だったんじゃが、6月の丁度始めに『旅に出る』と言って家を出たんです。前々から、『ぜひ一度お伊勢様には参りたい』と言ってたもんじゃけぇ、『お伊勢参りも兼ねてゆっくり旅行すりゃあええ』ってわしらも賛成して送り出して……。

ちょくちょく電話でやり取りはしていたんです。

でも確か22日にゃあ連絡が途絶えたなぁ。あ、そうだ。これ父からの絵葉書です」

 複数枚の絵葉書を渡された課長は、描かれているものをじっくりと見た。

琴平、大鳥居、五重塔、伊勢神宮などが水彩画タッチで描かれた美しい葉書だ。

「四国の金毘羅さんが6月8日消印、京の平安神宮が10日、それに奈良の法隆寺18日。そして伊勢が20日ね……」

三浦は、脳内で岡山と香川、古都二県、三重を線で結んだ。

「亮さんは旅を楽しみつつ、伊勢に辿り着いた……」

「何故東京に来たのかわからないわ!伊勢で目的は達成した筈じゃ?」

「まずうちさん、亮さんは東京に何か用が?」

「それが分からんのです。なして東京なんか行ったんじゃろ……?」

「うーん」

三浦は腕組みをして考える。これで秋吉亮という人物に、東京の土地勘がないことは明らかになった。

「店を任されているということは、貴方はご長男ですかゾ?」

「はい……。あぁ、違います!うちは養子じゃ」

「養子?」

「ええ。父には子どもが居らんのです。わしは最初、店の従業員でして、養子にならんかという申し出に乗ったんです。それから嫁を迎えまして……」

「では取子取嫁という訳ね?」

課長がそう尋ねると、まずうちは頷く。

「貴方のお父さんは東北のご出身か、居住歴がありますかゾ?」

刑事は、雑貨屋の所在地が岡山県というのを変に思った。

「いや、生まれは島根じゃ。中学出た後、巡査になって、定年まで務めた後、岡山で商売を始めたんじゃ。東北に縁があるとは思えんです……」

秋吉亮は巡査だった!これは非常に重要な事実であった。その職は往々にして恨みを買うものだ。

「あの、大変失礼かと存じるが、秋吉亮さんに恨みを持つ人物に心当たりはないかゾ?」

「父に恨み……?絶対有り得ん!」

息子は怒ったように答えた。

「わしは……わしは養子じゃからこんなこと言うのは変かも知れんが、父は本当に立派な人物じゃった!人に後ろ指差される様なことはしとらん!」

三浦の失言に課長がフォローに入る。

「失礼したわ。では、カメダという名前に心当たりは無いかしら?お父さんのお知り合いか何かで」

まずうちは首を傾げて唸った。どうやらだいぶ昔の記憶まで思い出そうとしているらしかった。

「駄目じゃ。心辺りがないのぉ」

「では地名は?カメダという地名」

「わしはずっと岡山は川之土手乃下じゃ……。他所は分からん」

 

 

 

 その後、警察署の取り調べに於いても、カメダと秋吉亮氏の関係は不明のままで捜査員は頭を抱えることになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。