淫ク☆で学ぶ名作 砂の器   作:ジャク

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遅れてすみません。なんでもします。


解決の糸口

木村刑事は、再び射命丸記者に電話を掛け、件のコラムについて知っている人物に取り次ぎを頼んだ。

しばらくして、野太い声で返事があった。

「あぁ、紙吹雪の女ですか」

電話口の向こうの男性記者は、2月前のことを思い返しているようで、返答に少し時間を要した。

「えぇ。実はとある事件と関係があると考えていまして……」

木村はどこか自信を持って、下北沢での事件と事件当夜の中央線の車内とを結びつけていた。あれは絶対に紙などではない。そういう気持ちがあった。

「もし良かったら、お引き合わせしましょうか?」

「え?」

男性記者の申し出は思ってもみないことで、思わず間抜けな声が出た。

「いや、何。私もつい先日銀座のクラブでばったり会ったんですがね、そこのホステスが私のテーブルに来ました時にですな、ひょっとしてと思ったんです。髪型こそ変えているものの、顔立ち、何より眼があの時のままでした。まさに中央線の彼女です。長野行きに乗っていたもんだから地方の人だと思ったんですが、人生こういうこともあるんですなぁ……。思わず高い酒を開けてしまいました」

「ではそのホステスが窓から紙を散らしていた張本人という訳ですね?名前とクラブをお聞かせ願えますか?」

「分かりました。永田れうという女性です。銀座8丁目のシデーロス・アレイというクラブで……」

 

 

 

午後の業務が終わると、木村は早速銀座に繰り出して、記者の発言を基に目的のクラブを探した。彼は、あまりこういった遊びを知らない男であったので、ネオンライトや客引きの声の飛び交う空間は居心地が良くない。

幸いシデーロス・アレイなるクラブはすぐに見つかった。芸能人や政治家が通い詰めている有名な店らしい。

店内は、先日のトリスバーとは訳が違っていた。油を塗ったような大理石、豪奢なシャンデリア。客は中年層が多く、木村は自分が潰れそうな心持ちなのを必死に抑えながらカウンターに腰掛けた。

「いらっしゃい。何か飲まれますか?」

タバコを咥えた女給が話しかけて来る。歳は自分とそう変わらないだろうと、刑事は思った。

「あ、いや、呑まないタチでね。れうさんという方に会いたいんだが」

「あら、ご指名?妬いちゃうなぁ……」

そう言うと女はクイっとショットグラスの琥珀色を煽った。恐らくウイスキーだろう。女給は永田れうを呼びに行くと言って席を立った。

木村は、もう一度ネクタイを締め直し、肩の埃を払う。奥から美しい女が来た。

「永田れうです」

なるほど、と刑事は思った。ぱちりとして大きいシトリンの目。栗色のふわりとした髪。このクラブにとって良い資本に違いない。

「お酒はお呑みにならないんですってね」

「えぇ、まあ」

木村は仕事外では普通に、いや、人よりは呑む人間であったが、彼女にこのクラブに居るのが仕事と悟られる訳にはいかなかった。

「お煙草は嗜まれますよね?」

「そっちは……やります」

彼女がライターを差し出す。女性にこの仕草をされたことのなかった木村は、口元に白く細い指が近付いてくる感覚に変な動揺を覚えた。

何口か煙を身体に回すと、次第に落ち着いてきた。

「れうさんは6月の23日の夜、どこで何してた?」

「そんなに具体的に聞くなんてどうしたんですか?」 

「答えて貰えませんか」

「覚えてませんわ。ふた月も前のことなんて」

れうは妖しい微笑で以て答えた。

「長野行きの中央線、それも最終列車に乗っていませんでしたか?」

「私が中央線?銀座の蝶なのに?ほほほ」

木村は、遠回しに聞いてもこの女はのらりくらりとかわすだけだと考え、ここは一つ相手に重い言葉をぶつけてやる必要があると思った。

「紙吹雪」

「……!」

彼女が初めて張り付いた微笑をやめて鋭い目つきに変わった一瞬を、木村は決して見逃さなかった。

この女にはやはり何かある。

「23日深夜、長野行き列車の中で君を見た人がいる」

「人違いだわ」

れうは直ぐにはぐらかした。

余裕ある雰囲気でカラカラとグラスを揺らしている。

「中央紙の記者が君と知り合いだそうじゃないか」

「……銀座ですもの。各新聞社に知り合いは居るわ」

木村は埒が明かないと踏んで、決定的な証拠を携えて、再びこの女に相見えようと思い、煙草の火を灰皿に押し付けた。

永田れうはそれを認めると、一言

「さよなら、刑事さん」と呟き、仄かな香水の匂いを残して奥へ消えた。

若い刑事は、彼女の言葉に当惑させられた。何故彼女が自分が刑事だと分かったのか、知る由もなかった。問いただそうと思った時にはもう5、6分は経っていた。

木村はふと、店の入り口付近が騒がしいのに気がついた。身なりの良いオーナーや、ボーイ、ホステスが総出で挨拶しており、相当の客に思えた。

1人寂しいのを見かねてか、店に入ったときに応対してくれた女給がそばに寄って来た。

「君はあそこへ行かないのかい?」

「あのお客、好きじゃないわ」

「一体誰なんだい?」

「鈴木福夫よ。ほら、あの天才ピアニストの」

彼は"天才ピアニスト"の発音に悪意を感じ、クスッと笑った。

「彼とは秋田から東京に変える列車で居合わせたよ。女の子達にサインを強請られて、全く羨ましい限りだ」

鈴木福夫らは店の一番良い席に仲間と案内され、一番良い酒を開けていた。

「飲み方に品が無いわ。典型的な成金ね」

横のホステスが煙を吐きながら言った。

「今年もまたニューヨークのフィルハーモニーに招待されて指揮をなさるんですって」

「そりゃすごい。やはり僕みたいな人間とは違うんだなぁ」

木村の発言は皮肉混じりだったが、なんだか虚しくも思えた。

「でもその前に何か大きなものを作るらしいわ。日本で」

「大きなもの……?」

「ええ、オーケストラとピアノのための『宿命』。発表の前から題名まで公開するなんて彼らしいわね」

「『宿命』ねぇ……。大層なタイトルだ」

ピアニストが談笑しているのを見ていた木村は、彼の横の小綺麗な、白い肌と紺の髪を持つ女を目に留めた。

「彼女は誰?」

「鈴木福夫の女を狙うとは大胆ね」

「違うよ。ただの興味さ」

「……先の文部大臣、芳賀史朝(はがしちょう)の娘よ」

刑事は、新聞やテレビでよく見る厳しい文部大臣の顔を思った。その娘と結ばれれば、鈴木福夫の地位は揺るぎないものになるだろうと思った。

「××ちゃん、れうちゃん見てない?」

もう1人、派手な衣装を纏った女給が、××と呼ばれた木村の隣に話しかけた。

「いや?見てないけど」

「おかしいわね。さっきまで居たのに」

しまった!

若い刑事の中に焦りと後悔とがどっと胸に押し寄せた。居ても立っても居られなくなった刑事は、クラブのカウンターにサービス料だけを叩き付けると、外に出た。

東京の夜は延々と人間の往来があった。

永田れうはもうとっくに消えているだろう。ネオンと煙、喧騒の織りなす独特の空間の中で、木村は叫びたくなった。もう捜査本部が解体されてはいたが、自分が掴みかけた尻尾を、自分が取り逃がすのが耐えられないほど悔しかった。

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