9時45分着予定の電車は、寸分の遅れもなく羽後亀田駅に停車し、2人の男を降ろして、また北へと走って行った。プラットホームに人影は無く、蝉の鳴き声が東京よりも喧しく聞こえていた。この近辺の人間は、麦わら帽に農作業着といった出で立ちが、男女問わず尋常であるので、2人のスーツ姿の男らは明らかによそ者であった。
「三浦さん、飯どうします?」
若い方が聞いた。こちらは大学卒業後まだ数年と見え、服の糊もパリッと効いて、8月にふさわしい爽やかな短髪だ。
「んーそうだなぁ……」
三浦と呼ばれた年上の坊主頭は、くたびれた上着を小脇に抱えて、構内を見回した。田舎とはいえ、国鉄の駅だから食事処くらいあるだろう。
彼の予想通り、改札を抜けた所に「創業9315年 拓屋」と号した蕎麦屋があって、中で北京原人似の店主が暇そうに朝刊をめくっていた。
「おい木村、そこにしようゾ」
男達は店に入ると、年長はざる蕎麦、若いのはざる蕎麦に小さなカツ丼のついたのを頼んだ。麺の茹で上がる間、2人は暫し雑談を始めた。
「どうです東北は?良い句は出来そうですか」
木村は三浦が俳句趣味なのを知っていて尋ねた。聞かれた相手は首を傾げる。
「折角の東北だ。芭蕉にあやかって何か詠みたいとは思うが、生憎旅行じゃ無いんでな、仕事が一区切りしないことにはどうにも」
丁度話し終えたタイミングで注文の物が置かれた。木村は蕎麦つゆに薬味をたっぷりと入れて勢いよく啜った。上司は、後輩の見事な食いっぷりに感心した。
「若いなぁ」
「え?」
「よく寝てよく食うよ」
木村はカツに齧り付きながら答える。
「三浦さんは眠れなかったんですか?」
「寝れない寝れない。俺は夜行列車で満足に寝れた試しがない。今朝も酒田あたりで目が覚めたゾ。寝不足で頭は痛んだが、景色は良かったなぁ……。ここらは朝が早いだろ?目を凝らすとまだ日も昇っていない時間から農夫が作業をしてるんだ。頭が下がる思いだゾ」
木村は、やはりこの人は俳人で、よく物を見ているなと思った。
「帰りの東京行きもきっと夜行ですよ先輩」
三浦は困ったように笑った。
「そりゃあちとまずいな。まぁでも刑事は体力勝負だ。気張るしかないゾ」
2人は、勘定を済ませると駅出口へと歩いて行った。
近くには色褪せた亀田地域の地図があって、バスのりばの案内もあった。三浦は、目的の亀田警察署を図内に認めるとのりばに向かった。見知らぬ土地ではあるが迷わなかった。観光地でもない限り、迷うほどのバスの本数が無いからだ。田園とちらほら有る家とを横目に数十分ほど揺られると、亀田警察署に着いた。
建物は古びたタイルで覆われていて、交通安全関係の垂れ幕が掛かっていた。平和な町だと、木村は思った。約束の時間よりは早かったが、署長と思われる恰幅の良い人物が立っているのが見えた。三浦が挨拶する。
「どうも初めまして。この度はご協力頂いて感謝しますゾ」
「こぢらごそ初めまして。わざわざ東京がら出てくださっでご足労おかげしますた。亀田署署長の田中です」
木村は署長の訛りから、自分はいよいよ東北に来たのだなと思った。二、三言交わすと部屋に案内されて、そこで改めて名刺を渡すことになった。
三浦は「警視庁捜査一課巡査部長」、木村はそこから「部長」の字が消えた名刺をそれぞれ田中署長に手渡した。署長は茶と灰皿を差し出した。
「どうぞ」
「あぁ、恐縮です」
3人全員が煙草に火をつけると、あっという間に応接室が煙に包まれた。
「警視庁の方がら連絡さ、もらったけんども、そぢらさんは『カメダ』を地名と考えでいるそうで……」
年長の刑事は頷く。
「えぇ、そうなんです。始め私共は『カメダ』を人名と考えておりまして、東北6県警に照会を依頼した所、目ぼしい該当者はおらず……。もしかしたら『カメダ』は地名かと思いましてここに来た次第でありますゾ。正直、東北弁の『カメダ』以外何の手かがりもありませんから」
「なるほど、よぐわがりました……。苦労されでるようで、お力になれるかは分かりませんが、早速不審者のいだ所に案内させましょう。……おい根久帯!」
「はっ!」
田中署長はネクタイが些かデカ過ぎる男を呼ぶと、東京からの刑事を現場に案内するよう言い付けた。