淫ク☆で学ぶ名作 砂の器   作:ジャク

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トリスバーの男

 それから課長は、部下に命じて容疑者と被害者の特定とを急がせた。昨夜の下北沢近辺の変質者や喧嘩・諍いの聞き込みを数百人を動員して実施し、会議室では容疑者の性質が考察された。

「殺害は顔見知りによる突発的なものじゃないか?」

これは被害者が直前まで酒を飲んでいたこと、ナイフや拳銃といった仰々しい武器を用いず、良き隣人として振る舞った上で、その場にあった石で襲っていることから出た説だ。

とは言え、犯人が睡眠薬を用いている点や、遺体の頭を電車の車輪が通る直線上に置いて、あわよくば轢かせて身元の特定を遅らせようとした点からは計画性も伺えるし、顔面が無くなるほどの殴打は異常なほどの殺意を感じる。

 捜査本部は犯人を「被害者と面識があり、強い怨恨で以て前々から殺害を計画していた人物」に絞った。

聞き込みの範囲は下北沢、世田谷、渋谷へと拡大していったが、目ぼしい情報は少なかった。そこで、刑事達は本事件の銀の弾丸とも思える遺留品のマッチ箱に頼ることにした。

 トリスバー「cookie☆kiss」は下北沢操車場から徒歩数分の位置にはあるが、一番の盛り場とは反対方向にあり、知る人ぞ知る穴場だった。そのことは、被害者か容疑者のどちらかに、下北沢の土地勘があるのを示唆していた。

6月30日、捜査を命じられた三浦と木村はその手の店がまだ準備中である夕方頃に赴き、ドアを叩いた。

オーナーと思われる男が半開きのドアから顔を覗かせる。

「……まだ準備中ですよ」

「こういう者だゾ。先日の殺人事件について話を伺いたい」

男はさも面倒くさそうな顔をしたが、警察手帳を突き付けられては追い返すわけにもいかず、2人を中へ引き入れた。

 予想に相違なく小さなバーだった。一面の酒棚の前にカウンターの長机、テーブル席が数個。いずれも安っぽい大理石風の印刷が施されている。こぢんまりとしたステージにカラオケ台。あまり繁盛はしていないようだった。

「で?何話せば良いの?」

蓮奈理緒と名乗ったオーナー兼バーテンダーはマッチを擦って煙草に火を付けた。

木村は、そのマッチが被害者のそれと間違いなく同じであるのを確認した。

「昨晩ここへ50か60くらいの男が来なかったか?紺色のジャケットにスラックスの」

三浦が服装写真のコピーを差し出すと、蓮奈は頷いた。

「あぁ、来たね。連れも一緒だった」

「何だって!?」

ここへ来て初めて捜査は進展したような心地がした。

「その連れってどんな奴でした!?」

木村が問う。

「そりゃあ……。あれ?おかしいな、思い出せないや」

オーナーは唸ってしまった。

「女の子なら思い出せるかな。丁度今、昨日シフトだった娘がいるんで呼んでくるよ」

 彼はそう言うと、奥の従業員の部屋へと入って行き、入れ替わりで2人の金髪の女性が出て来た。開店を控えて既に薄化粧は済ませていて、快活そうな眼鏡の方がマリナ、淑やかそうなカチューシャの方がハルカだと言う。

「マリナさん、昨日に件の客が来た時のことを思い出して下さい。どんな様子でした?」

「そうだなぁ……。私達は最初、他の常連客の相手をしてて、確か20時過ぎくらいに2人組が入って来たんだ。何か聞かれたくない話でもあるのか、スカスカの店内なのに、敢えてそこのテーブル席に座ったな」

そう言うとマリナはトイレに近い席を指差した。

「そこでハルカの方がおしぼりを出したよな……?」

「えぇ、お出ししたわ。2人ともハイボールとミックスナッツを注文して、楽しそうに話していたわ。私も会話に混じろうとしたんだけど、何やら重要な話があるから外してくれって若い方が言うもんだから、面白くなくなって他のお客さんの相手に回ったわ」

なるほど。ホステス的には正解の行動だろう。しかし、捜査的にはそれでは困った。

「若い男は幾つぐらいだゾ?」

「30代かしら?」

ハルカはマリナの方を向いた。

「40代かもなぁ……。いずれにせよ、めちゃくちゃ若いという訳じゃなかった」

こんな曖昧な情報でも随分有り難かった。

「顔や服装は?」

「うーん……。顔は見てないというより、見れなかったわ。彼、ずっと顔を隠すようにして話していたもの……」

 三浦は内心舌打ちした。オーナーにも女性達にも顔を見られていないというのは、奴の思惑通りだからだ。

「身なりは安っぽかったな。労働者然とした感じ。ほら、私達の商売はさ、服装で大体羽振りの良さも判断してるから、私達の興味を引かなかったってことはつまりそういうことだぜ」

マリナは言葉を選びながら発言した。

「少しも話の内容は聞いてませんか?」

木村刑事は2人に尋ねた。

「人払いはされたけど、あそこのテーブル、トイレが近いだろ?だから用を足す時は必然的にそばを通ることになる。昨日は私も、ハルカも、バーテンも、客もトイレに行った筈だぜ」

「あまり聞こえなかったけれど、何かカメ…ダ?がどうとか言ってなかった?」

「あぁ、言ってた言ってた。カメダは相変わらずか……とか」

「カメダなら俺も聞いたよ」

奥に引っ込んでいた蓮奈理緒もまた、申し出た。

「あとさぁー。今思い出したけどあのおっさんめちゃくちゃ訛ってたよなぁ……?」

「あー!」

 蓮奈の言葉に、ホステス達はしきりに首を縦に振った。

それは思っても見ない情報だった。今までで一番価値があると言っても良い。

「訛りかゾ?どこの?」

「こんなこと言うと方言差別に取られかねないけど、ズーズー弁とでも言うのかしら……。東北の方の調子だったわ」

「東北弁のカメダ……」

 木村はそう呟きながら今までの情報を書き留める。今日一日だけで相当の成果だ。チラチラ上司の方を盗み見てみると、顔が綻んでいた。自分もまた、同じである。

「ありがとう、本当にありがとう」

三浦はバーテンダーと女性達と固い握手を交わし、何度も礼を言った。

「またな!呑みに来いよ!」

「今度はお仕事じゃなく遊びに来て欲しいわ」

ホステス達は見送りに、例のマッチ箱を2人の刑事に手渡した。

彼らは、ホクホクしながらこの曰く付きの物と共に捜査本部へと帰るのであった。

 

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