「えー以上のことから、容疑者は被害者と顔見知りであるトリスバーの若い男である可能性が極めて高いと思われますゾ」
三浦達が持ち帰った情報は、即座に関係者に伝えられた。
「三浦君、ありがとう」
「はっ、どうも」
巡査部長は一礼すると、席に戻る。
課長は、続いて被害者の身元についての進捗を尋ねた。担当のコブラ刑事こと三木谷は暗い面持ちで所感を述べ始めた。
「はぁ……。どうもこちらは思わしくありません。
先日の三浦・木村両刑事の手柄により、ガイシャはおそらく東北の出身。或いは何かしら東北に縁がある人物。開襟シャツのクリーニングを自分でやっていることから、金銭的余裕があまりない昼間労働者のように思われます。そこで、7月に入って世田谷区、目黒区、杉並、三鷹、渋谷、調布と捜査範囲を広げて安宿・アパートを当たりましたが、5、60代のそれらしき人物がいたという報告はありません。せめて顔写真があれば……」
「解剖に携わった東雲博士曰く、顔面を徹底的に顔面を潰されているのでお顔の復元は難しいみたいよ。お顔が、壊れる〜!」
課長はニャーニャーと嘆きながら、補足した。
木村は苛立った。こうした捜査に不利な状況を生み出したのが不可抗力ではなく、犯人の用意したものであるからだ。
「残すは例の『カメダ』だけだね」
ふくよかな体型の我馬穴刑事が発言した。彼は、その親しみやすさからダディーと呼ばれている。
三浦はホワイトボードの中央に『カメダ』と記入した。
「ダディーさん、どう思うゾ?」
「そうだなぁ。若い男は『カメダは相変わらずか』と聞いてるから、人名の様に思えるね。カメダはきっと2人の共通の友人ではないかな?」
会議室の一同、脳内でトリスバーの会話を想像する。
若い男が「カメダは相変わらずか?」と尋ね、中年の方が「あぁ、奴に変わりはない。相変わらずカミさんにどやされてるよ」などと笑いながら答えるやり取りが、容易に想像できた。
やはり「カメダ」は「亀田」で、人名なのだ!ダディーの唱えた人名説に異議を唱える者は居なかった。
「ということは、そのカメダとやらを当たれば、ガイシャとホシがいっぺんに割れるのでは?2人の共通の友人という訳ですし」
木村刑事は思う所を述べた。三浦がそれを受けて口を開く。
「おっ、そうだな」
それから三浦は課長に向き、真っ直ぐな目で訴えた。
「課長、他の情報に乏しく、捜査本部の解散も迫ってる。ここは一つ、カメダに賭けてみないかゾ?」
「そうねぇ。東北6県警に該当の人物が居ないか照会するよう依頼してぇ!あと亀田の情報をあげるわ新聞社に!」
一課長は、あること無いことを吹聴する媒体であるとして、新聞をあまり好いてはいなかったが、舌をだらしなく出しながら了承した。
かくして下北沢操車場男性殺人事件捜査本部は、この「カメダ」なる幽霊を追い求めることとなった。7月の半ばのことであった。