淫ク☆で学ぶ名作 砂の器   作:ジャク

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模索

若手刑事の木村は、日本最大手である皇都(こうと)新聞社の一記者にツテがあるのを見込まれ、連絡を取ることになった。

「もしもし?」

若い、女性の、苛立たしい調子の声だった。

「もしもし射命丸さん。一課の木村だけど、もしかして〆切間近だった?」

「分かってるくせに」

記者というのは、向こうから来る時はまるで子犬の様にひっついてきて鬱陶しいのに、こちらから接触すると不機嫌なのは一体どうしてかと木村は思った。

「忙しそうだから、用件だけ伝えるよ?今からファクシミリで送る文面を、明日の朝刊に掲載して欲しいんだ。掲載面と書体は任せるけど、なるべく目立つ様にね」

「"任せる"だなんて、さも遜ってますけど、私の仕事増やしてません?それ?こちとら伊江島補助飛行場の件で大変なんですよ?」

射命丸が溜息を吐きながら言った。

「頼むよ。解決したら他じゃなく、真っ先に皇都新聞、それも射命丸さんに情報を提供するから……」

木村の台詞は今までの事件で既に使い古されたものだったが、これで彼女が断らないことを知っていた。

「酷い人ね。やれば良いんでしょう?やれば」

「悪いね。また奢るよ。それじゃ」

ガチャリと受話器を置く音が会議室に響く。

木村の横で控えていた三浦は、ホワイトボードの「皇都新聞」の文字を横線で消した。他の新聞社もまた同様であった。

 明朝、各社は下北沢操車場男性殺人事件の重要参考人として、東北弁・ズーズー弁の男を知るカメダ氏を報じた。下北沢警察署捜査本部の連絡先も併せて。

それと並行して、青森・岩手・秋田・山形・宮城・福島の6県警にカメダを問い合わせ、1週間以内のリストの提出を求めた。解決までの道のりは決して楽では無いが、我々は少しずつ歩んでいる。こういった心持ちが捜査員全員の中にあった。

 しかし、結局受話器は一度も鳴ることはなかった。

それならば、と各県警からの8000件を超えるカメダを刑事たちは吟味したのだが、如何せん骨の折れる作業である。

警視庁から、進展の無い場合、8月10日を以て捜査本部を解散するとの通告が為されて、後一月で成果を出さなければならないという焦りも刑事らを追い詰めた。

「ウァァ!!オレモイッチャウゥゥゥ!!!ウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウ!イィィイィィィイイイィイイイイイイイイイイイイ!!」

書類の山の中で、ダディー刑事が発狂した。無理もなかった。もう5日は寝ていない。

「なんで書類を見る必要あるんですか(悪態)」

「お身体が、壊れるぅ〜!お身体壊れちゃーう!!(非番出勤)」

 会議室の空気は最悪だと、三浦巡査部長は思った。俯瞰的にそう見た彼もまた、痛む頭をたばこで誤魔化しながら、数千枚に及ぶ「カメダ」を調べ続けて、すっかり弱っていた。この事件については、我々は被害者も、犯人も、カメダでさえ掴むことは叶わないのか。

自らの無力を呪いながら、三浦は外に出た。こういう時は気分転換が必要だと、経験則で知っていた。

 たばこ屋でチェリーを買うと、本屋に入った。本はなんでも良かった。とにかく今は、今だけは事件のことを忘れたい。そう思って旅行雑誌のコーナーに足を運んだ。路線図がびっしりと書かれた一冊を手に取って読む。三浦の妻の父、すなわち義父の一周忌が今夏であり、彼は東京から妻の実家である新潟への乗り換えを調べていた。一通り事が済むと、店を立ち去れば良かったのだが、悲しいかな、彼は刑事だった。指が勝手に動き、東北のページが捲られる。

 見開き2ページに渡って、南は那須岳、北は津軽海峡まで東北地方が大きく描かれていた。地図の左下には先程見た新潟県が見切れており、せっかくなので三浦は、そこから国鉄の駅に沿って北上することにした。新潟、新発田、坂町、越後早川……。見慣れない地名を見ることは、楽しいものだ。どことなく旅情をくすぐられる。余目、酒田、象潟、羽後本荘、折渡、羽後亀田、下浜、秋田。刑事を辞したら、ゆっくり旅でもして、俳句でも詠もうか……。

 とうとう新潟から秋田まで来てしまった時、三浦は何か既視感を抱いた。初めて読んだ筈の本に何かしらうんざりさせられるような文字列があった気がする。それも先程まで嫌というほど対峙した響きがあった。

「羽後本荘、折渡……"羽後亀田"!!!」

本屋の客が一斉に大声を上げた男を見た。だがその男に羞恥心は無く、解法を発見したアルキメデスのように、はしゃぎながら店を後にした。

 羽後亀田、ウゴカメダ、カメダ!

三浦刑事は警察署までの帰途で何度もその言葉を反芻していた。

そうだ!カメダは人名ではなかった!思えば「カメダは相変わらずか」という会話は、別に地名に変えても意味は通る。若い男は、カメダ地域の様子を被害者に尋ねたのだ!

自分の発見が、少しでも同僚の苦労を和らげると思うと、三浦は自然と走り出していた。

 

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