淫ク☆で学ぶ名作 砂の器   作:ジャク

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座礁

 国鉄東北線の夜行は、午後5時02分に秋田を発った。真夏であったのでまだ日があり、鉛色の日本海が鈍く光っていた。

「いかにも海って感じですね。日本海は」

窓側の木村は呟いた。

「何だゾそれ。太平洋だって海ダルルォ!?」

「えぇ、まあそうなんですが、日本海はなんか、こう……。凝縮された、濃い感じのものがありますね」

「そうかゾ」

三浦は、木村も中々に俳句に向いているのではと考えた。

列車はやたらとカーブしたり、トンネルが多くなった。恐らく山に差し掛かったのだ。予想通り、先程まで見ていた海は遠ざかって、とうとう見えなくなった。

 三浦は瞳を閉じて、亀田署の職員が頭を下げる光景を思い返していた。協力させた手前、何の成果も上げられなかったのは、こちらとしても本当に本当に申し訳ないと感じた。

きっと東京の連中は首を長くして我々の帰りを待っているのに違いない。羽後亀田は、そして我々は頼みの綱、最後の希望だったのだ。それをまんまと裏切る訳だから、帰るのが億劫だった。

「結局、旅行になっちゃいましたね。課長になんて言い訳しましょうか?」

若い刑事の発言に、ベテランは失笑した。この木村という奴は真面目だが、馬鹿真面目ではない。こうやって冗談を飛ばす余裕は、刑事には必要だ。是非見習いたいものだと思った。

「お前さんは出世するよ」

「え?」

三浦は暫く目を瞑ってじっと身体を休めていたが、新庄に着いた午後6時過ぎに、隣の木村が肩を叩いた。

「そろそろ食堂車に行きませんか」

「おっ、そうだな」

 2人は貴重品を携えて、先頭の方へ進んで行った。三浦が鮭のムニエル、木村がステーキを注文して食事にありついていると、何やら後ろが騒がしい。

「サイン下さい!!!」

「えっ!?本物!?」

「全員にちゃんと書くからしっかり並んでくれよなぁ〜頼むよ〜」

三浦が首を捻ると、人集り。それも若者ばかりのが食堂車の一画を占拠していた。

「ありゃあ何だゾ?」

「さあ何でしょうね?」

「ジェームズ・ディーンかゾ?それともリー・J・コッブ?」

「誰なんですか?それ」

「あっ、そっかぁ……」

中年の三浦は若い頃の銀幕のスターを挙げた。

「ちょっと見てきます」

木村は、ナプキンで口元を抑えると騒がしい奥の方へと向かった。

ジェームズ・ディーン達を知らないことも、野次馬根性で人集りに入り込むことも、木村はやはり若者だなと思った。

同時に自らが老いたことも悟る。

「分かりましたよ。三浦さん」

帰って来た木村は少し興奮気味だった。

「何だったゾ?」

「鈴木福夫ですよ鈴木福夫!世界的ピアニストの!」

鈴木福夫という名は、流行に疎いベテラン刑事でも聞いたことぐらいはあった。数年前、テレビか何かでアメリカの音楽賞を受賞したとも。

「ふぅん。そんな凄い人と乗り合わせるとはなぁ」

「マスコミの寵児とだけあって素晴らしい服装でしたね。イギリスの最高級ウールジャケットに、一級品のイタリアンレザーの靴だなんて……」

三浦は、もう一度鈴木福夫の方を見た。今度はサインを強請る若者達は落ち着いて、ワインに口を付けている彼が視界に入った。

 鈴木福夫は身長は174cmくらいで、ガッチリとした体型。癖の強そうなチリチリとした短髪に、鼻にイボがあった。決して男前では無かったが、人好きのしそうな青年といった感じだ。

一つだけ気になるのは額にある古傷だ。もしかすると、世界的ピアニストといえども昔はヤンチャしていたのかも知れない。木村の発言通り、格好は上等だった。

「なるほどなぁ……」

「なんか、僕と違って一流の人間って感じがしますねぇ……」

「それは違うと思うゾ。ああいう人間も悩むし、飯は食うし、糞はする。人間の本質なんてそうそう変わるもんじゃないゾ」

「そうですね……」

食事を済ませ、しばらく会話をしていたが、木村が寝てしまったので、三浦は消灯された車内でずっとぼんやりとしていた。

夜はどんどんと更けていく。列車は庄内平野を切り裂き、那須岳を横目に、日本の首都へと迫っていた。

 

 

 

「そう……。ご苦労様。疲れただろうから休みなさい」

「はい……どうも」

 上野に着いたのが午前6時。

 三浦達はそこから地下鉄30分で下北沢署に出勤した。

それから、羽後亀田での捜査の結果を伝えると、課長は落ち込むでも無く、怒鳴るでも無く、まず我々を労ってくれた。本当に人間がよく出来た人だと、木村は思った。

「あと3日で捜査本部は解体ね……」

課長は刑事達の方を見なかった。

「皆、本当にご苦労様」 

 

 

 

 その後3日間で犯人が自首したり、証拠が見つかったり、決定的な目撃証言があったりと、劇的に事件が進展するとかいうことは全く無かった。

そういうのは所詮、映画とか小説の展開だ。どうしようもなく現実的に72時間は経過した。捜査員は痛恨の面持ちで捜査本部の看板を下げた。

木村は、解散に際して三浦から言われた言葉を噛み締めていた。

「おい木村ぁ、お前はこれから先、こうやって解決の出来ん事件に沢山出会うゾ。そういうのは気にするなとまでは言わんが、気に病むんじゃないゾ。警察はなぁ、大抵の事件は解決できる。確かに未解決の事件は目立つが、そればかりに心を奪われてはこれから先、刑事は長くは続かないゾ。完璧主義はいかんゾ。完璧主義は身動きが取れなくなるからな。真剣なのは必要だが、適度に事件から気を抜かないと、一生それに囚われたままだゾ」

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