エジプト支部のコンス、トート、アヌビスは少女ミヤズと接触する。コンスは残された時間の短さに、早く彼女と話がしたいと望むが、ミヤズは妖精たちの騒ぎが気になって仕方がない。騒ぎの中心には不思議な力を持つ林檎のシロップがあった。
※この小説は万古の神殿手前までの内容を含みます

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一本の葦

 トートは死んだ。アヌビスもじきに死ぬだろう。

 その目がダアトを見ていたとき、アヌビスはまだ戦っていたが、あの劣勢では時間の問題だ。

 冥界の入り口でトートは後ろ脚を使って立ち上がった。口元の白毛をなでつけながら低い鼻先を突きだす。ヒヒの姿をした神は、なじみのある匂いを確かめ、満足げに腰を伸ばした。間違いない。この先にいるのはオシリスだ。故郷の冥界の神だ。遠く東の島国で生じた魔界で死んでは、管轄違いと東の冥界に送られるのではないかと思ったが、どうやら収まるところはここだったようだ。

 おいてきた坊っちゃんが気がかりだったので、オシリスに挨拶をするのはやめにして帰ることにした。トートは普段ならオシリスとともに死者を相手にしているのだから、冥界の道を逆さに辿ることは難しくもなんともない。

(忙しいときぢゃ。ここに出て助かったわい)

 世界は少しばかり立てこんでいた。彼は大きな本を小脇に抱えなおすと、片方のこぶしを地についた。白いヒヒの姿が冥界から遠ざかっていく。

 

 冥界を抜けたトートは自分が小川の岸にいることに気がついた。命が絶えたまさにその場所に戻ったらしい。ここはかつての東京。魔界と化したこの地に残る緑豊かな水辺には、非力な妖精たちが棲みついている。

 青い帽子をかぶった丸々太った妖精が、突然目の前に現れたヒヒに驚いて凍りついている。舐めていた黄金色の蜜が指から肘へと垂れていった。トートは蜜の入った瓶から漏れる林檎の香りをかすかに嗅いだ。

「驚かせてしもうた。ほれ、肘からよいものが落ちそうぢゃ」

 複雑な姿勢で肘を舐めようとする妖精を置いて、トートは坊っちゃんを探した。焦りをにじませた坊っちゃんの後ろ姿が頭に浮かぶ。

 木立や瓦礫の陰をしばらく探し歩いてみたものの、アヌビスも坊ちゃんも見つからなかった。最後に別れた丘の斜面には緑色のマフラーと手袋を着けた少女がひとりしゃがみこんで、坊ちゃんが練り上げ放った火球が落ちたあたりの草をぼんやりと撫でている。彼女は坊っちゃんからマガツヒを与えられて生かされている人間、そして坊っちゃんがいちばん大切にしている彼の半身だ。トートが草を踏む音に顔を上げ、少女ミヤズは驚いた顔をした。彼女はさきほどトートが袈裟切りにされて死ぬところを震えながら見ていた。おどおどと頭を下げながら、言葉を探している。

「あの……大丈夫、ですか」

「心配してくれるか。嬉しいのう。うむ、うむ、死んでしもうた。わしはエジプト支部のトート。詳しい説明はあとに回してもゆるされよう。嬢ちゃん、コンス坊っちゃんはどうされた」

「あ、ええと……イシスさんと楽園、に行く、と……」

「アアルへ? なんぢゃ仰々しい」

 トートは医術の心得がある神だった。傷が深いであろうに、トートがひとめも見ないうちに遠くへ、しかもいましがた自分が行って帰ってきたほうへ向かってしまったのはいやだった。

「ごめんなさい……」

「ふむ。なにを謝るのぢゃ」

「足が、動かなくて……私、邪魔に……」

「ほっほう」

 少女はふちの厚い眼鏡の奥で、くっきりとしたまつげを湿らせた。

「そりゃ考えてもみなんだわい!」

 あのときミヤズがどこにいたのか、覚えていない。

 目の前の相手と戦いたいと坊っちゃんが決めたなら、トートはそれに協力するだけのことだった。

 故郷エジプトから魔界に来る者を選んだのは坊っちゃんだ。そのときにトートはするべき話をすべて済ませていた。坊っちゃんが見たいものだけを見続けないように、なにを選べばなにを失うかを説いた。エジプトの行く末がどうあるべきかについてはあえて話さなかった。いまはナイルの水が溢れるにまかせ、あたらしい緑をむかえるべきときだ。

 少女は大河が一本の葦に流れを曲げて涸れてしまったと怯える。

 葦は流れる水に洗われて、いままさに青い葉をそよがせているというのに。

「ワシの後ろ足が知る限り、焼けた草はここには一本もないの」

 持ち上げられた長い尾が少女の注目を誘うように揺れてから、静かに小川の上流を示した。目で追った先には大岩に立つ妖精王オベロンと女王ティターニアの姿がある。この妖精の丘の統治者で、魔界にさらわれてきたミヤズのような人間たちを匿っている二人だ。ヒヒは彼女に跳ね寄ると声をひそめる。

「のう。丘を燃やしてしまうと、ちと具合が悪い。うむ、つまりぢゃ、その眼鏡を持ち上げるたびに場所を決めるのに苦労はせんぢゃろ。人間のむすめごひとり戦場におったところで坊ちゃんはなあんにも困らんよ」

 ミヤズの顔色は白かった。

 彼女は坊ちゃんが大事にしている人間だったから、トートはコンスに彼女の憂いを帯びた顔を見せたくはなかった。

 乾いた唇が細く開く。

「ごめんなさい……座っても、いいですか」

「よしよし、ワシも座ろう」

 並んで草の上に座り、トートが細く長い指でミヤズの手を取ると、彼女はされるがままに従った。眼前では岩と瓦礫に砕ける小川の流れが機嫌よく笑い声を上げている。丈の短い青い葉がトートの裸の尻を刺した。

「教えとくれ。なにが怖い。なんぞ話せることがあるかもしれん」

 うつむいてずり下がった眼鏡を手袋の甲が押し上げる。レンズに糸くずが残って、彼女はそれを取り除く気にもならず、目を閉じると言葉を押し出した。

「せん、ぱいが……」

 少女は幼いころからコンスに見守られて生きてきた。だからトートたちもミヤズと関わりがある人間をよく知っている。彼女が先輩と呼ぶのは、ミヤズと同じ学校に通う学生でもあり、世界を創りなおす資格を得たばかりの、若く荒々しい神、ナホビノのことだ。

「先輩、みなさんを斬りました。平気みたいでした。トートさんを大勢であんな風に……でもわかってないといけなかったんです、きっと、先輩に……樹島先輩を助けてほしいと頼んだとき、には」

 目元をぬぐおうと眼鏡を外す指は震えていた。

「おにい……兄は大丈夫、でしょうか。兄もどこかで戦っているんです。戦うってどういうことかわかりました。兄は先輩みたいな動きはできません。さっきまで……私、こんなこと考えなかったのに……もしかして、いまこの瞬間に、兄はどこかで」

 死んではいるんじゃないかと、とは続けられなかった。

 命の奪い合いを目の前にして呆然としていた頭を必死に動かす。

 涙をこらえて別の質問をする。

「兄を見ませんでしたか。私と同じような服を着て、ハヤタロウさんという大きな犬と一緒にいます。ハヤタロウさんは白くて、首のまわりと尻尾は黒い毛に赤と白の筋が入っています」

「ワシらはその者らの姿もよおく知っておる」

 ヒヒの手はミヤズの手のひらを離れていった。

「アヌビス!」

 トートが呼びかけると、いつからそこにいたのか、黒犬の姿をした神が木の下で目を開いた。ツヤのある短毛がわずかに風に乱れている。彼はさっきまで脚が動く限りの速さで駆けていた。

「わざわざオシリスにおうたのか。坊をひとり残してのんきなやつぢゃ。アツタユヅルはどこにおる」

「あなたはコンスにもミヤズにも甘い。まったく……。この娘の兄と直接会ったことはありません。ご存知でしょう。まあしかし、少なくとも近くで新しい人間の死臭はしませんね……あちらを除いて」

 気に食わないのは近くの崩れかけた建物から血の臭いがすることだった。

(見殺し……)

 エジプト支部からミヤズの監視に来ていたイシスも、丘のすべてを知るオベロンたちも、天使の槍を弾きはしなかった。ベテル本部との厄介ごとを避け、取るに足らない一群らしく振る舞うために。

 死んだ者の魂バーの気配を追おうとしたが、東洋の冥界に消えていた。

 ミヤズがうつむく。

「さらわれてきたときに、執念深い悪魔に目をつけられていたそうです。それで、ベテル本部がエンジェルさんを派遣してくださったのですが、もう……」

「その天使はいまどこに?」

「怪我をした皆さんが休んでいる建物に危ないところがないか点検してくださっていましたが、もう少し護衛を増やしたほうがよいと本部に報告に戻られました」

 そのエンジェルはしくじった。場を離れずに呼び寄せられないのなら近くに仲間の天使はいない。そう見たイシスかオベロンの手勢、おそらくはイシスが、持ち去られようとした情報ごとエンジェルを葬ったのだ。アヌビスはそう察した。

「思うに、その悪魔も天使もうここには戻らないでしょう」

「そう、ですか」

 黒い鼻が天を向く。

「戻るのは我らの王子ばかり……」

 黄金色の翼を閉じた女神イシスに付き添われ、王子コンスが空から降りてくる。その頭部はいまは隼ではなく、少女が夢で幾度となく目にしてきた、髪を束ねた若い男のものだった。

「ミヤズ」

 少女は立ち上がって、それからあわただしく手袋を片方外して服の裾を払った。

「トートとアヌビスは挨拶を済ませたようだね」

「お、おかえりなさい、コンスさん」急ぐあまりもうひとつの手袋まで外したミヤズは、己の慌てように頬と耳を赤くしている。眼鏡を隠すようにハンカチで拭い、かけ直す。

「そうだね……確かに僕は戻ったわけだけど、あのナホビノが呼ぶなら僕はすぐにでも行かないといけない。ミヤズ、すべてが月の下に暴かれたいま、僕は君と話がしたい。誰かが創世を成すまでに」

「は、はい」

 正面から覗きこむような視線にミヤズが目を逸らすと、木の幹に隠れた小さな妖精たちが耳をそばだてていることに気がついた。ピクシーだ。一人がミヤズにウィンクをする。見れば丘に避難してきている学生たちもちらちらとこちらを見ていた。

「あ……場所を変え、ませんか。その、ここは学校のみなさんも休んでいるので」

「ふうん、僕は彼らがもう少しわきまえてもいいと思うけどね」

 彼らに好奇の目を向けていた者たちは目に鋭い陽光が差しこんだように感じ、たまらず目を閉じた。コンスは手にした杖をくるりと回す。

「さて、どこに行こうか」

 ふいに上流が騒がしくなった。ヒホヒホという悲鳴が聞こえる。大きな岩に遮られて何が起こっているのかわからない。心配になったミヤズはコンスを見上げた。

「ごめんなさい、様子を見てきてもいいですか」

 アヌビスがそれを機に切り出す。

「領主の膝元で争いごとを起こしたのです。この際ですからオベロン王に声をお掛けになられては」

「僕が? 今かい?」

「あ、コンスさん、オベロンさんとティターニアさんはお二人とも私たちの治療薬を作ろうと言ってくださって、とても親切な……あ、えと、私、先に行きます」どたどたと走り回る足音を聞いて、ミヤズは走り出そうとした。

「そのまま」

 コンスが彼女の背中を後ろから支える。その手は押し返すことなどできそうにないほど力強い。ミヤズは一瞬にしてオベロン王の脇に移動したことに驚いて、唇が貼りついたように言葉が出なかった。

 そこではトートが鉢合わせたあの青い帽子の妖精、ジャックフロストが数羽の蝶から逃げ回っていた。腕を振り回して追い払おうとすると、氷でできた体から汗が散って、地面に落ちる。染みて広がる水滴には別の蝶が寄って口吻を伸ばしていた。

「あっちいけホー!」

 蝶たちにまとわりつかれて、妖精は色とりどりの蝶のなかで行き当たりばったりに踊っているようだった。あっけにとられたミヤズが振り返ると、オベロンの隣で女王ティターニアがおかしそうに微笑んだ。

 オベロンはコンスに笑いかけた。

「やあ、コンス王子。私たち妖精は皆、月を愛しています。よく来てくださいました。見ての通りの有様で、こちらから迎えも出せず、いやはやお恥ずかしい」

「こちらこそ挨拶が遅れてしまったね、オベロン。ミヤズを匿ってくれたこと、礼を言おう」

「オベロン、今は太陽神でもいらっしゃるそうよ」アヌビスが言うまいかと思っていたことを、ティターニアがおっとりと告げた。

「これはコンス王、大変な失礼をいたしました。ああ太陽! 日の出と共に我らの宴は終わり、妖精の火はくすぶって、未練がましく煙を月へと伸ばします。しかし森はあなたの陽に抱かれ深く育つのですから、これほど木々が焦がれる光はありません。よくぞおいでになられました!」

 蝶は丘へと散っていき、ジャックフロストは倒れこんだ。

「ヒホ……ホ……もう動けないホ……」

 銀の髪を尖らせたハイピクシーが、彼の腹を伝う水を細い小指でなぞってから口に含んだ。

「あら、本当。甘いのね!」

 ジャックフロストは傍らの瓶に映る押し縮められた自分の顔を見た。振り回していた瓶の中では林檎のシロップが気泡を吐き出している。瓶の口を押さえていた左手を離すと、中央はシロップが染みて丸く変色していた。

 瓶がゆっくりと押しやられると、長い緑の髪をなびかせた妖精が衣擦れの音と共に近づいて、拾い上げた瓶をジャックフロストから遠ざけるように持った。瞼を閉じた顔は穏やかだったが、鋭く翻された衣の裾には彼女の腹立たしさがにじんでいた。

「シルキー、それをこちらへ」

 オベロンの言葉にシルキーが進み出た。

「北欧の女神イズンから贈られた林檎のシロップです。神々に永遠の命を与える力があります。それでいて、味も大変良いのです。あの妖精がシルキーからくすねてしまうほどに」オベロンはちらりとジャックフロストを見た。体を起こした妖精は未練がましくシロップが付いた手のひらを舐めている。「皆様と盃を共にしたい私の気持ちを、女神イズンも汲んでくださることでしょう」

 つやのある葉で作られた簡素な盃は、シロップを受けると照り輝くようだった。

 コンスたちは王族の礼儀をもって妖精の歓待を受けた。医学に精通するトートはこのシロップを大いに褒め称えて、いつまでも飲み干さずにいるのでアヌビスにたしなめられた。小さな妖精たちにはシロップがなかった。彼らにはじっと誰かの話を聞く習慣がなく、火を焚いて踊ろうと誰かが言いだして、丘の向こうで準備を始めている。

 コンスとオベロンが親切さをにじませた言葉を使ってよそよそしく話すあいだ、ティターニアは小さな声で歌いながら花を編み、ミヤズの髪を飾った。皆がそれを褒めるのがくすぐったくて、ミヤズは顔を隠したくて仕方がなかった。

 王と女王が引き留めるなか、コンスは一行を連れて去った。短い滞在だった。三人にはわかっていた。世界がもうじきこれまでと違う者の手に委ねられ、すべてが変わってしまうかもしれないことが。

 去り際に、一人のピクシーがミヤズの耳元に飛んできて囁いた。

「あの緑色の悪魔がミヤズを見るときの目、オベロン様がティターニア様を見るときとおんなじ!」

 少女は熱くなった耳をマフラーに埋めるように首を縮めた。合わせた両手で笑顔を隠す妖精の向こうに、高く燃え上がる宴の炎が見えた。

 振り返ると、オベロンたちがまだこちらを見て微笑んでいる。

 ミヤズは大きく頭を下げてから背を向けた。

 

 妖精たちのざわめきは小川が立てる音の向こうに遠ざかり、やがて彼らは崩れかけたビルに着いた。アヌビスが中を調べ、悪魔も人間も潜んでいないことを確認すると、トートはビルの前に腰を落ち着けた。アヌビスも手にしていた筒をコンスに渡してトートの隣に立った。

 コンスの大きな手が再びミヤズの腰に添えられる。少女が杖の硬い感触を感じたときには二人はもうビルの上に立っていた。散らばったガラス片が靴の下でひびを増やす。梢を渡る風にふらついたミヤズの肩が支えられる。手を伸ばせば届きそうなところで若い葉が揺れていた。

「疲れたかい、ミヤズ。ここで休もう」

 柵もない壊れたビルの端で彼女の体はこわばっていたが、コンスが勧めるままに恐る恐る一歩を踏み出す。崩れそうにない場所にミヤズを座らせ、コンスは光るすじのように見える小川の向こうを見下ろした。アヌビスから受け取った竹筒は妖精の魔法で凍りついて冷たく、清水で満たされていた。

「妖精というのはいたずら好きだそうじゃないか」

 染めた爪が筒の霜を弾く。目を閉じると筒に口をつけ、中身を舌の上にしばらく留めてから飲みこんだ。

「だけどどうやらこれはただの水だ。僕の毒見を、信じてくれるかい」

「あ、ありがとうございます」

 手渡された竹筒は手袋越しでも冷たかった。少女は筒を少し回し、コンスが口をつけた場所からずらして飲んだ。

「おいしい……」

「それはよかった」

 コンスは竹筒を受け取ると、残った水を揺らして言葉を探した。

「コンスさん?」

「いや……」

 砕けずに残った窓枠に竹筒が置かれる。月明りが作るコンスの影がミヤズの小さな体を覆っていた。

「君の半身が女神イズンだったら、どうだったのかな。あの林檎のシロップをもたらした女神だよ、ミヤズ」

「待って、ください」

 ミヤズはコンスが言わんとしていることがわかった。心臓が重く、一拍ごとに揺れるようだった。

「あるいは僕がもっと方法を探していたら、君を……」

 彼のマガツヒで満ちた少女が俯く。病に侵された彼女の体は、コンスが力を分け与えることで動き続けていた。だが、もう限界だった。これ以上の力は彼女の人間としての枠組みを壊してしまう。彼は彼女を生き永らえさせたが、病を打ち消しはしなかった。

 コンスの顔は表情が薄れ、仮面のようだった。

 ミヤズは勢いよく彼の手を両手で掴んだ。

「す、座ってください、コンスさん! お、お願いします! 座って、ください……」

 彼女からコンスに触れるのはこれが初めてだった。二人は丘に背を向けて並んで座った。座るという行為がいつ以来のものか、コンスは思い出せなかった。少女の髪から微かに清らかな花の香りがすることに気づく。ティターニアが彼女の髪に飾った花はまだみずみずしさを保っていた。

「わた、し、コンスさんに見つけてもらったので、ここにいます。……イズンさんには、私を助ける理由はありません。私がほかの神様の半身だったとしても、きっと……。ありがとうございます。本当に……。だから……」

 コンスの手がミヤズの頭を優しくひと撫でする。白い小花が彼女の肩に花びらを落とした。

「……僕は不平等なんだ。今の創造主が不平等だから、その凹凸を埋めようとしたらこうなった。だけど、全ての不平等にはとても手が回らない。僕は真に平等な世界でなら、神として、きっと違うように振る舞った。その世界をこの手で創る方法もある。どうするのかわかるかい」

 ミヤズの手に力がこもる。

「創造主の不平等を受け入れるのさ。あのナホビノを見ただろう? 彼はああして自我を保っているのに、僕は君のすべてを飲みこんでしまう。そんな不平等に僕は加担しない」

 いつの間にか先ほどの花が残った花びらを落としていた。少女の吐息は小刻みで、眼鏡の縁に涙が溜まっていく。

「ごめんなさい……ごめんなさいコンスさん……」

「ミヤズ。泣くことじゃない。僕はしたいことをした。君が僕の知恵を持つ人間でよかった。僕は不平等だったが、気高く在った。君が僕をそうしてくれた」

 彼女は声を上げて泣き、トートとアヌビスもそれを聞いた。

 トートは傍らのアヌビスに話しかけた。

「もし、坊が幼いあの娘を見つけてすぐに林檎の情報が手に入っていたとしたら、どうなっていたと思うかね」

 アヌビスはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「どんな理由をつけて手に入れるのです。仮に女神が承諾しても北欧支部が応じるとは思えません。コンスが強硬な手段を取れば争いが起こり、北欧とエジプトは支部を維持する力も残らなかったでしょう。……トート、今の彼女が林檎を口にするとどうなるのですか」

「わからぬ、わからぬが、もうこちら側に近づく余地はなかろう。わしらは力を尽くしてしもうた……すべては……うむ、妖精のいたずらぢゃな……」

 トートは本の陰に隠していたもう一本の小さな竹筒を取り出し、託されていた甘いシロップを舐め始めた。

「半分残しておいてください」

 犬の鼻が林檎の芳香を捉えて左右に小さく振れる。

 二人は空になった竹筒を川に流した。


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