2089年7月
――コンコン
サカタインダストリィの社長室にノック音が響く。
「どうぞ」
そう応えたのは、会長に退いた《坂田玲司》に代わって、若年にも拘らず日本最大のヴァンツァーメーカー、サカタインダストリィを継いだ現社長《坂田浩一》である。現在30歳。
「失礼します」
と、少し前頭部が後退した白髪交じりの頭をオールバックに固めた男が部屋に入ってきた。
「どうぞ、兼松さん」
浩一が《兼松》と呼んだこの男、U.S.N.の秘匿機関《ニルバーナ機関》で開発部に所属している男で《ジョージ・兼松》という。ニルバーナ機関とサカタインダストリィとのつなぎ役といったところか。肩書は開発部長ということになっているようだが……
二人が向かい合う形でソファに座った。互いに社交辞令的な挨拶を交わした後、
「《TYPE11》の感じはどうですか?」
と、先に口を開いたのは浩一だ。TYPE11というのは、後世《レイヴン》と呼ばれるれることになるサカタインダストリィのバイオニューラルデバイス(BD)対応型のヴァンツァーである。ちなみに、バイオニューラルデバイスとは人間の脳そのものをコンピュータ組み込んだものである。当然、倫理を外れた非人道的な計画で公にはできない。
「まだ、テスト運用が始まったばかりだが、ドリスコル大尉は概ね良い手応えを感じているみたいですな」
「おぅ、大尉に気に入ってもらえて良かった」
自然と笑みがこぼれる浩一。しかし、
「ただ、ですねぇ……」
と、兼松が水を差した。
「何か?」
「実は、私が今日ここにお伺いしたのは、そのTYPE11に関することでして……」
「⁉……」
「TYPE11の左腕に搭載している格闘武器、これの威力が少し物足りないと……」
「大尉がそう言っているんですか?」
「はい。『できれば《ダスラークロウ》並みの威力が欲しい』と……」
「ダスラークロウ⁉」
ダスラークロウとはジェイドメタル社が出した新作の格闘戦用腕パーツで、破壊力は現在既製品のヴァンツァー格闘武器の中でこれを超えるものはない。
「相変わらず無茶を言われるなぁ……ダスラークロウって云わばロケットパンチなんですよ!それを『通常のクロウで同等の攻撃力を出せ』とは……」
浩一は半ば呆れたように言った。
ダスラークロウは、拳(というか爪)を相手にぶつける直前にブースターを吹かして加速させ高い攻撃力を生み出す格闘戦用腕パーツである。まさにロケットパンチなのだ。
「ですが……TYPE11は量産を前提にしてるわけじゃないでしょ。多少費用が掛かったとしても、特別に数個製造するだけなら可能では?」
「うぅん……もちろん、サカタの総力を挙げて作ろうと思えば出来なくはないのかもしれない。でもね、兼松さんも知っての通り、BDやTYPE11は社内でも《秘中の秘》なんですよ。極秘で製造するには限界がある……」
「予算や日程を修正したり、関わる人員を増やしたりすると、秘密漏洩の可能性が高まる。と……」
「えぇ、今まで隠し通せてきたのだって、どれだけの苦労があったかお分かりですか?ウチは、少数の選ばれた人間で組織されているニルバーナとは違うんですよ」
「なるほど、大企業の弊害ってやつですか……」
兼松が言ったその言葉を受けた浩一が、
「うむ……」
と低く唸るように答え、考えを廻らすように沈黙した後、
(ダスラークロウかぁ……ロケットパンチ……ロケット、ロケットねぇ)
などと呟きながら暫し虚空を見つめた。
「『ロケット』が、どうかしましたか?」
不審に感じた兼松が問いかける。
「いゃぁ、『ロケット』って聞いて、思い出した《製造業者》が1社ありましてねぇ~」
「はぁ?、『製造業者』⁉」
「これ、その会社に外注したらどうでしょう?」
この浩一から返ってきた意外過ぎる返答に兼松は顔色を変え、
「『外注』ですって⁉とんでもない!それこそ極秘事項を自ら外に漏らすようなものです!」
兼松は顔色を変え、唾を飛ばすような勢いで浩一に迫ってきた。感情的になっている兼松を手を翳してで制す浩一。
「クロウ部分だけを造らせれば問題ないでしょう。TYPE11の製造を丸投げする訳じゃないし、ましてやバイオデバイスと直接関係するモノでもないんだから、そこを伏せて発注すれば……」
「しかし、だねぇ……」
「《あそこ》なら大丈夫ですよ。これまでも守秘義務はしっかり守られていましたし、技術力も申し分ない」
「『あそこ』とは?」
「《佃製作所》という会社です」
「『佃製作所』?聞いたことありませんなぁ……」
「まぁ、ご存じないのも無理はないでしょう。下町の町工場みたいなモンですから」
「中小企業ですか⁉」
「えぇ、ウチが下請けでよく使っている中小企業です。でも技術力は確かで、特に、ウチの高性能仕様や高級モデルのヴァンツァーには、ほとんど佃製の部品が入っています」
そう言いながら、浩一はタブレットを取り出し、何回かタッピングにして兼松に渡した。画面には佃製作所の情報が表示されている。
「それはウチが独自に調べた佃製作所の調書です。あと、資本金や売上高なんかはHPの会社概要に載ってます」
佃製作所の調書を読み始める兼松。要約すると以下のとおりである。
佃製作所 東京都大田区にある精密機器製造業。
戦後、高度成長期に創業。
19○○年、2代目社長に佃航平氏が就任すると、ロケットエンジンのバルブシステム、人工心臓の開閉弁、無人農作業機のトランスミッション等の精度の高い機器を製造し急成長を遂げる。
佃航平氏は次世代の技術にも大いに興味をもち、アクチュエーターや水素エンジン・燃料電池といった現在のヴァンツァーの基本となる駆動系・動力系の分野も意欲的に開拓していた。このことは、黎明期のヴァンツァー業界(当時はヴァンダー・ヴァーゲン)にとっては大きな功績であったのだが、佃製作所の利益には直接結びつかなかったようだ。
3代目の社長は、佃航平氏と違い、あまり冒険的な経営はしないタイプであった。そのため佃航平時代の勢いはなくなったが、可もなく不可もなく経営状況は安定していた。技術力も高い精度を保たれており、世界的に需要の増加したヴァンツァー部品を多く生産するようになったのもこの時期である。
2066年、4代目社長に佃宙志(ヒロシ)氏が就任する。高い技術力は継承され、さらに、佃航平氏時代の『新技術に意欲的にチャレンジする精神』も復活したようなのだが、佃宙志氏が佃航平氏と大きく異なるのは、佃航平氏が技術者としてのみならず経営者としても卓越していたのに対し、佃宙志氏は技術者としては優秀なのだが、経営者としては疑問符がつく。どうやら根っからの職人気質らしく会社経営にはあまり興味がないと思われる。
なお現在も、佃製作所の製品は高品質で精度が高く、多くのヴァンツァーメーカーが佃社製のヴァンツァー部品を採用している。
「ふぅん……」
調書に目を通しながら、兼松は思わず感嘆の声を漏らした。が、やはり兼松にしてみれば、レイブンクロウの改良を外注するのは躊躇してしまうのか、再び渋い表情に戻ってしまった。
「下手に我が社でやるより、名の知られていない中小企業にやってもらう方が目に付きにくいってこともありますよ?」
そう言って、浩一が兼松に決断を促した。
「でもねぇ……」
「なんでしたら、ニルバーナの方で管理・チェックをする監督役を派遣しても良いわけですし……」
「……」
気乗りしない様子の兼松。そこへ浩一が、名案でも思い付いたかのように、
「そうだ⁉、どうでしょう?、一度佃社長とお会いになってみてはいかがです?先方には私から打診しておきますよ!」
と言ってきた。それでも兼松は表情を変えない。ただ、タブレットの画面から目を離さないまま、
「佃製作所、ねぇ……」
と、呟くのみであった。