「隈さん、休みなのに悪かったね」
「なあに、私は構いませんよ。家に居たって、どうせ厄介者扱いされるだけなんで」
ファイナが佃家を去った後、宙志は隈崎を食事に呼び出した。酒も飲めるちょっと洒落た小料理屋である。そこの個室に2人、対面で座っていた。
宙志が、ファイナから聞いたT175の引き上げに関する事情を隈崎に説明した。しかし、隈崎を呼んだ本心は、美月がファイナと一緒にニルバーナ機関へ行くことについて、隈崎の意見を聞きたかったからだ。
「隈さん、この話、どう思う?。隈さんから見て、美月にヴァンツァーパイロットの素質があると思うかね?」
問われた隈崎は首を振った。
「素質はともかくとして、今の美月ちゃんのヴァンツァーの腕では、テストパイロットとして通用するレベルじゃありません」
「そうだろうな……」
「ファイナさんは『正式な訓練を受ければ、私を超えられる』って言ったそうですが、どうでしょう……ファイナさんの腕は、おそらく軍隊でも上位に入る程です。そのファイナさんを簡単に超えられるとは思えません。単なる方便だと思いますよ」
「『サカタのテストパイロットに採用する』っていうのも、美月をハフマンに連れ出す餌だろうな」
「ええ、特にサカタのような軍事用ヴァンツァーを生産している会社のテストパイロットは、ヴァンツァーの操縦技術だけじゃなくメカニズムの知識や、状況を的確に把握し正確に伝えられる能力なんかも要求されますんで、軍なんかのベテランパイロットをヘッドハンティングしてくるのが普通です」
「はぁ、子供騙しみたいな口車に乗せられて……愚かな娘だ……」
そのポツリと呟くように言った宙志の言葉に、隈崎は不機嫌そうな顔をし、
「社長、私、美月ちゃんを子供の頃から知ってますけど、決してできの悪い子じゃないですよ」
と反論してきた。隈崎がそんな風に言ってきたことは、宙志には意外だったようだ。
「美月ちゃんは、少しADHD(注意欠如多動症)の傾向があって、正確さと早さを求められたり、同時に複数こなさなければならない仕事なんかは不得手ですけど、メカやマシンに対する感性はいいもの持ってると思いますよ」
「そ、そうか……」
暫し沈黙の後、隈崎は、
「私ね、美月ちゃんの気持ち、少し分かるような気がするんですよ……」
と、おもむろに口を開いた。
「ん?」
「コンプレックスなんだと思いますよ」
「『コンプレックス』⁉」
「ええ、お父さんもお母さんもお兄さんもいい大学を出て優秀なのに、自分だけ受験も就職もうまくいかなくて……だから、ファイナさんから、テストパイロットにするとかサカタインダストリィに採用してもらえるかもしれないって話が来た時、美月ちゃん『私にもやっと運が巡ってきたんだ!自分の実力を示す機会がやってきたんだ!』そんなふうに思ったんじゃないかなぁ……」
宙志は、隈崎の言葉を噛みしめる様に小さく数回頷いた。
「実はね、私も大学受験は失敗した口なんですよ」
「えっ、でも隈さんは一流私大の理工学部卒業だろ?」
「本命は国立大だったんですよ……理系は特に、国立大学のほうがワンランク上に見られる傾向にありますからね」
「そんなもんかねぇ」
隈崎は少し間を置き、
「これは、今だから言えることなんですが……」
と話を続けた。
「本当のことを言うと、大手メーカーに勤務したかったんです」
「おいおい、隈さん!」
「ハハッ、もちろん今では佃製作所に入社できてホント良かったと思ってますよ。でも、当時は、同級生が一部上場の大企業に内定が決まっていく中、私だけどこも受からなくてね、情けない思いをしたもんです。暫くは『就職先は佃製作所です』なんて周りに言えなかったですから」
「そうだったのか……」
「だから、今の美月ちゃんの気持ち、なんとなく理解できるんですよね……」
再び沈黙の間の後、宙志が、
「どうやら、愚かだったのは私の方だったようだ……娘がどんな思いでいるのか、何も分かってなかった……」
と涙を浮かべ、独り言のように呟いた。
「社長、身内だからこそ気づけないんですよ。こういうのは他人の方が察しがつくものです。《岡目八目》っていうやつですかね。ははは」
と隈崎は軽く笑った後、すぐ真顔に戻って話を継いだ。
「あっ!でも、勘違いしないで下さい。私も、美月ちゃんがハフマン島へ行くのは反対ですから。昨日のハフマン島での爆発事故、社長もご存じでしょう……それに合わせたようなクロウの改良中止とT175の引き上げ、偶然とは思えませんよ」
「そうだな、事故の原因はまだ特定されていないが、もし爆発が事故ではなく軍事的に引き起こされたものだとしたら……」
「ハフマン島は戦場になる可能性が高いでしょうね……そんなところへ美月ちゃんを行かせたくはないですよ」
「隈さんは、どうすれば美月を説得できると思う?」
「美月ちゃんの性格からして……難しいでしょうね」
「だろうな……美月は、反対すれば反対する程、意固地になるところがあるからなぁ」
「ここからは、佃家内の父娘の問題ですから、私が口を挟むようなことではないですが、どうしても美月ちゃんがハフマン島へ行くと言うなら、どうしようもないですよ。美月ちゃんも、もう立派な大人なんだし……」
「美月が自分の意志で決めた以上、止めることはできないか……」
「それでも、もし、美月ちゃんが助けてを求めてきたときには、いつでも応えてあげられるように備えだけはしておきましょうよ。私もできるだけ協力しますから」
「ありがとう、隈さん」
宙志は頭を下げると、「さぁ」と隈崎のコップにビールを注いだ。
宙志が自宅に戻り、玄関のドアを開けると、
「あなた!」
と奈緒美のヒステリックな声が飛んできた。
「こんな時にどこに行ってたんだすか!」
「あぁ……ちょっと隈さんと、今後について相談に……」
そんな宙志の言い訳を最後まで聞かず遮り、奈緒美は一方的にまくし立ててきた。
「美月が『ハフマン島へ行く』って言ってるんですよ!あなたからも何とか美月に言ってやってください!」
(やはり、そうだろうな……)
そう思いながら宙志は靴を脱ぎ、土間からダイニングに足を運んだ。
「あなたも知っての通り、美月はADHDがあって、私たちが近くで見ていてやらないと……」
奈緒美が宙志の背中越しに語り掛ける。
(そうか……美月は、そんな風に扱われることが嫌だったんだろうな)
宙志の頭に、さっきの隈崎との会話が蘇った。
「あなた!聞いてるんですか?」
「あ、あぁ、分かった……今から美月と話してみるよ」
宙志は、足取り重く美月の部屋へ向かった。
美月の部屋を再三ノックし、
「美月」
と声を掛けるが、部屋から返事は返ってこない。
「美月、入るぞ」
ドアを開けると、美月が荷造りの準備をしていた。宙志の方を振り向きもせず、
「止めても無駄だよ……ファイナさんに『一緒にハフマンに行く』って、もう返事しちゃったから……」
と言い放つ。
黙々と作業を続ける美月の背中を、宙志は何も言わず見続けていた。
さすがに不審に思ったのか、美月が振り返り宙志に目をやった。その目は真っ赤に充血して腫れあがっていた。母の奈緒美と相当やりあったであろうことは容易に想像がつく。
「美月……」
「なに?」
「そうしても行くのか?」
頷く美月。
「分かった。ただ、一つだけ約束してくれないか」
「……」
「何か異変があった時には、必ず父さんに連絡してくれ……『反対を押し切って勝手な行動をしておきながら、今更、頼み事なんかできない』なんて、決して思わないでくれ!」
「お父さん……」
「いいな、危険を感じたら、必ず父さんに連絡をよこすんだ……約束できるな!」
小さく頷いた美月。その充血した瞳から一滴の涙が下した。
その数時間後の事である。ラーカス地区の事件をO.C.U.側の調停違反行為と見なしたU.S.N.政府は、O.C.U.への報復攻撃を行うと宣言した。事実上の宣戦布告であり、これにより第2次ハフマン紛争が勃発することになる。