下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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流される運命

  2090年7月中旬。U.S.N.軍とO.C.U.軍は、ロクスタ砂漠近辺で一進一退の攻防を繰り返しており、戦争は長期化の兆しが見えはじめていた。

 美月はと言えば、相変わらずシュミレーターでヴァンツァーの操縦訓練をしたり、比較データ収集のためT175を動かしたりしていた。たまにファイナが直接指導もしてくれた。

(私がここに来たメインの目的は、T175のコンピューターが、私を搭乗員として誤認証した原因を究明するためじゃなかったの?)

 そう思って、一度、ファイナに、

「誤認証の問題は解決したんでしょうか?」

 と訊いてみたことがあった。ファイナが、その事をニルバーナ機関の研究員に問い合わせたところ、「現在、その件に関しては、美月がT175を操縦したデータを検証する際に並行して調べを進めている」みたいなニュアンスの返事が返ってきたらしい。誤認証に関しては、あまり重要視されていないのだろうか……

 この返事に対して、美月よりももっと不可解に感じたのはファイナであったろう。T175と美月をハフマン島に連れてきた真の事情を知っているファイナにしてみれば、

(TYPE90XがBDコンピューターが原因と思われる暴走を起こし、心配したドクター・ギルモアを始めとするニルバーナ機関の研究員が、T175の誤認証もこっちで調査する必要があるということで、私に「何としても佃美月を連れてこい」と、無理を言ってきたのではないか。それが、「比較データ収集の際についでに調べておく」程度とは……)

 と、訝しさを感じざるを得なかった。

 そんなある日、ファイナが兼松に呼び出された。ファイナは何か嫌な予感を覚えた。

「ファイナ君、さっき、研究室の調査担当から連絡があったんだがね、T175の調査とデータ収集がそろそろ大詰めを迎える見込みだそうだ」

「は、はぁ……」

「それで、今後はT175の実戦データの収集に移ってもらいたい」

「『実戦』とは、T175を実際の戦争で試してみるということでしょうか?」

「いや、戦場には出さんよ。ただ、闘技場での戦闘データを採ってもらいたい」

「『闘技場』……《バトリング》ですか?」

 ファイナが言った《バトリング》というのは、ヴァンツァー同士を闘わせて、それを見せ物とし賭けの対象とする競技の俗称である。正式には《闘技場》あるいは《アリーナ》というのだが、巷では《バトリング》と呼ぶ人の方が圧倒的に多い。言葉の由来は、1980年台日本のとあるテレビアニメに、同じようにロボットを闘わせて賭け試合をする設定があり、そこで使われた言葉が現在まで継承されているのだが、今となってはその語源の出処を知っているものも少ない。

「言い忘れたが、戦闘データを採るのは佃美月の分だけでいいそうだ」

「私がT175に乗ってバトリングをする必要はないと?」

「そうだ。なんでも、平均的な能力値のパイロットがBD対応型ヴァンツァーで本格的な戦闘をしたらどういう結果が出るかが知りたいらしい」

 (それでは、意味がないのでは?……あくまで私が操縦した本データあっての比較データであって、『従たる存在である筈の比較データだけでいい』とはどういうことなのだろう?)

 ファイナには、最近のニルバーナ本部の考えていることが分からなくなってきた。

(もしかしたら、私の知らないところで、何か別の思惑が動いているのかも……)

 その気持ちが表情にも表れてしまったのか、ファイナが不審に勘繰っているのを察した兼松が、

「まぁ、ベテランパイロットのデータは、他でも採れるということなんだろうな……」

 とお茶を濁すように言ってきた。

(これ以上深く訊いても無駄だろう)

 ファイナは半ば諦め、取り敢えず今は納得したような素振りをしてみせた。他にも訊きたいことはあるのだ。

「しかし、T175が佃美月を搭乗者として誤認証した原因が不明のままT175の実戦で使うのは危険では?、TYPE90Xのように暴走する可能性もあります」

「あぁ、その事だが、佃美月が操縦するT175が暴走する可能性は極めて低いらしい」

「そうなんですか?」

「調査担当からの報告によると、君が乗ったT175のデータからは暴走の予兆みたいな数値がいくつか確認されたのだが、佃美月が乗ったT175のデータからはそれが一切確認されないというのだ」

「というと、ベテランパイロットが搭乗したときのみ、暴走する可能性があると……」

「うむ、これは仮説だが……未熟なパイロットはコンピューターの判断に素直に従った操縦をする傾向にある。だが、君のような一流のヴァンツァーパイロットは、自身の経験や腕前でコンピューターの判断と違った独自の操作を行うことがある。これが何度も繰り返されると、コンピューターが混乱を起こし、ヴァンツァーが暴走するのではないかというのだ」

「なるほど、バイオニューラルデバイスは、自分の言う事を聞いてくれないと駄々をこねるようですね」

 ファイナは少し嫌味な言い方をした。

「まぁ、調査担当としては、そのへんも詳しく検証したいから、佃美月をT175に乗せた実戦データを採りたいのだろう……」

「でも、訓練や実戦を重ねてていけば、美月のスキルも上がり、やがては……」

「いや、その段階にいく前に佃美月には……」

 その先の言葉を飲み込んだ兼松に、ファイナはハッとした。

(そうだった……美月は、用が済めば、待っているのは死なのだ) 

「ファイナ君、今のことに関連するのだが、バトリングは、O.C.U.領の、戦争で混乱状態にある激戦地に近い所でやってもらう事になりそうだ」

「⁉……」

「理由は2つある。1つは、万が一T175が暴走した場合、混乱に乗じて破壊しやすいこと。2つ目は……」

 そこまで言って口ごもった兼松に代わり、ファイナが、

「美月の死亡の理由をごまかしやすいからですか?……『不運にも戦争に巻き込まれた』とか『反対派のテロの犠牲になった』とか……」

 と代弁した。兼松は、ファイナの目を見ず俯いて小さく頷くのみであった。

「いつから始まる予定でしょうか?」

「8月に入ったらすぐに、現地に行ってもらう。君は佃美月の監督兼マネージャーとして随行してくれ。五代君にも整備技術者として一緒に行ってもらうつもりだ」

「……承知しました」

 ファイナはそう答えるしかなかった。

(次に下る命令は美月を亡き者にすることだろうか……)

 ふと、頭を過ったが、今はその事は考えないようにした。

 

 8月に入り早々に、美月、ファイナ、五代の3人は、現在はU.S.N.占領下にあるフリーダムに移動した。かつてはヴァンツァーの整備を営む工場が使用していたであろう倉庫を借り受け、そこを拠点として各地でバトリングを行っていくつもりなのだ。この場所を手配したのは兼松である。

 この移動は、かなり大掛かりなものとなった。日本からT175を持ってきたようにヴァンツァーだけを運べばよいというものではない。バトリング参戦とデータ収集に必要な機材・機器類を、ニルバーナ機関やサカタインダストリィから搬入しなけれなららいからだ。それに倉庫は、工場だった跡をそのまま利用しヴァンツァーの整備・補修に使うため、そのための工機・工材も必要だ。

 フリーダムの状況を考慮すると、あまり目立つような輸送は控えなければならないため、倉庫への搬入は、数日に分けて行われた。

 倉庫には、T175ともう一体シートに包まれたヴァンツァーが搬入された。このヴァンツァーはファイナ用で、混乱地域で不測の事態が起きたとき、このヴァンツァーで防衛・迎撃するためである。それと、もしT175が暴走した時には、ファイナがこれを駆ってT175を破壊するという裏の目的もあった。

 倉庫の側には2階建ての事務所棟が隣接しており、事務所棟の中は1階2階と合わせて数戸の事務所から成っていた。おそらくいくつかの整備会社が共同でこの倉庫を使っていたのだろう。1階にある事務所は、事務機器等を運び入れ、全て仕事用のオフィスとして使用することになっている。そして、2階にある事務所は各人に1部屋づつ割り振り、宿舎として利用することにした。

 フリーダムに来て落ち着く間もなく、ファイナはマネージャー業に奔走することになった。美月の対戦相手を探しに、闘技場がある各都市に赴いているのだ。

 五代は、T175の整備・調整は済んでいるので、今のところ仕事はない。なので、「ちょっと出かけてきます」と、どこか外に出て行くことが多い。

 美月も特段やることはないので、シュミレーターで操縦訓練をしたりしているが、あまり身が入らない。当初の話では、戦争には参加しないし、戦地にも行かない筈だったのだが、今や、戦場に近い場所でヴァンツァー同士の闘いをしなければならなくなっている。

(このままなし崩し的に、生死を賭した本当の戦争に身を投じるようになってしまうのではないか……)

 そんな、ズルズルと泥沼にはまっていくような不安を覚えるのだったが、美月には抗いようもなく、今はただ流れに身を委ねるしかなかった。

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