下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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バトリング

 2090年8月上旬。ファイナが美月の対戦相手を見つけてきた。場所は、フリーダムの南西に位置する商業都市《グレイロック》の闘技場で行う。

 相手は格闘戦を得意とするファイターで、《ザンプ》というリングネームの男だ。闘技場のファイターとして、名の知れ渡った選手ではない。中堅クラスといったところだ。

 ファイナはザンプと「格闘武器以外は使用しない」という約定を交わしていた。ファイナは、BDコンピュータ搭載のT175であれば、このクラスの相手なら、格闘戦ではかなり高い確率で美月が勝てると診ている。もちろん、実弾の火器を使った試合でも互角以上の闘いはできるだろう。だが、美月にとっては、リアルにヴァンツァーと闘うのは初めてである。派手にマシンガンやライフルをぶっ放してくる相手だと、美月が怯え委縮してしまい、勝てる試合も勝てなくなる。それに美月の性格だと「勝利という結果を残して自信をつけさせた方が成長する」そう考え、格闘武器だけで試合をしてくれる相手を探していたのだ。

 トラックにT175を乗せ、グレイロックへと向かう3人。ファイナと五代が美月を励ましたり気を紛らわそうとしているが、美月は不安と緊張で顔面蒼白である。ハフマン島に来るときには、親の反対を押し切ってでも危険に飛び込む豪胆な意思を示したのに対し、いざ、危険が具体的な形となって目の前に現れた途端、弱気になってしまう。ファイナにとっても、ここまで美月がセンシィティヴだったのは予想外であった。だが、そんな美月の心理状態に関わらず、予定通り試合は始まるのだ。ほぼ美月の勝利は間違いないと思っていたファイナだったが、今となってはそれも怪しく思えてきた。

「美月、絶対に大丈夫だから。私から見てもあなたはもう一流のヴァンツァー乗りよ。自信を持って!」

 闘技場へと進む美月に、ファイナが最後の励ましの言葉を掛けた。小さく頷き、美月がT175のコクピットへ上がって行く。ハッチを閉める直前、

「美月ちゃーん!そのT175は佃製作所の技術力が注ぎ込まれた超優秀なヴァンツァーだ!負けるわけないよ!佃製作所のみんなを信頼して!」

 と、五代が大声で叫んできた。

(そうだ!一人で闘うんじゃない。ファイナさんや五代さん、そして佃製作所のみんな、全員の力を合わせてで闘うんだ!)

 そう思うと、美月の心に少し勇気が湧いてきた。

 美月は、今度は大きく五代とファイナに頷き返し、コクピットハッチを閉めると、T175の右手に力強くロッド《キーンセイバー》を握らせた。

 闘技場のゲートを潜りバトルステージに出ると、反対側のゲートから、対戦相手のザンプのヴァンツァーが両手に《F-4》ハンドロッドを構えて登場してきた。機体はディアブルアビオニクス社の名機《フロスト》。U.S.N.軍で主力機として採用されているモデルで、機動力と防御力のバランスが良く、特に近距離戦には定評がある。大きく胸部が張り出しているのが特徴のフロストだが、ザンプのフロストは、バトリング用にカスタマイズされたのか、さらに胸部が盛り上がっており厚みを増していた。

 会場のスピーカーを通して両者がアナウンスされた後、

――カーン

 甲高くゴングが鳴った。

 と、同時にフロストがハンドロッドを振りかざして、襲い掛かってくる。美月はキーンセイバーでそれを牽制しつつ、冷静に距離を取っていた。この戦法はファイナが美月に授けた作戦である。ロッド類の中では比較的長さのあるキーンセイバーで間合いを取り、隙を見て左手のクロウを叩き込む。佃製作所が造ったこのクロウの破壊力であれば、一撃で勝負を決めることも可能である。

 だが、フロストの息尽く間もない連続攻撃。隙を見てクロウで反撃する余裕など、今の美月にはできなかった。間合いを取ることで精一杯な状況である。

「ザンプってヴァンツァー乗り、思ってたよりいい腕ですね……」

 関係者専用の観覧ブースで試合の様子を観ていた五代が、ファイナに言った。

「そうね……」

 ザンプの過去の試合の傾向や戦歴をみて、美月の方が有利と判断したファイナだったのだが、やはり自分の目で見てみると、データからは分からなかった部分が見えてくる。

(事前に、ザンプの試合を見ておけばよかったかな……)

 そう悔んだりもしたが、慌ただしくフリーダムに来て、じっくり対戦相手を吟味する余裕などありはしなかったのだ。ましてや、格闘武器縛りを了承してくれる相手を探すとなればなおさらである。

 フロストの連続攻撃に、徐々に追い込まれていく美月。そしてとうとう、フロストのハンドロッドがT175を捉えた。ガーンという鈍い音が闘技場に響く。相手乗りますハンドロッドが当たったのはT175の右腕であった。手からキーンセイバーが落ちるも、ヴァンツァーへのダメージは少ない。

 今度は、美月がT175の左手のクロウを振り上げフロストへと突き下ろした。

「あっ⁉」

 だが、フロストにその攻撃を紙一重で躱され、T175のクロウは空を切った。その勢いが余ってバランスを崩す。

 ザンプはその隙を逃さない。右手に持ったハンドロッドをT175のボディに叩き込んできた。腕パーツとは違って、ボディへのダメージはパイロットである美月にも直接的に衝撃を伝えた。

「キャッ!」

 美月が叫びを上げるのと同時に、フロストの左手のハンドロッドがT175に襲い掛かった。攻撃した手と反対の手で連続攻撃を仕掛ける《ダブル攻撃》と呼ばれるスキルである。

「まずいわ!」

 ファイナが思わず叫んだ。もう一度ボディに直撃を喰らったらT175は戦闘不能になる。

 間一髪、T175が体を捻り、右手でフロストのハンドロッドを防いだ。かろうじて戦闘不能は避けられたが、T175の右手はもう使い物にならない。

 ザンプにしてみれば、もう一度攻撃がボディに当たっても、あるいは左手のクロウを破壊しても自分の勝ちである。優位な状況を作ったザンプは、ここぞとばかりに勝負を決めにきた。フロストの右ハンドロッドが大きく振りかぶられ、一気に打ち下ろされる。美月は左手のクロウでそれを振り払おうとした。しかし、それではT175の左腕が破壊されてしまうのは確実。

 と、思われたその時。

――ガシーッ!

 T175左手のクロウが、振り降ろされたフロストの右腕を鷲掴みにし動きを止めた。

「何⁉」

 と声を漏らすザンプ。

 美月にとっても、これは意外であった。自分でも何故こんな防御行動ができたのか分からない。ただ無我夢中で相手の攻撃を振り払おうとしたら偶然掴んでしまったのだ。

「ほぅ~、まぐれでしょうけど、良い反応しましたねぇ、美月ちゃん」

 五代が感嘆の声を上げた。

 ファイナは何も応えず、黙して試合の様子を観ている。ファイナには分かっているのだ。実は『まぐれ』などではなくBDがサポートしているのだということを……要は、左手のクロウで敵の攻撃を振り払おうとした美月の操作に対しBDが(振り払うぐらいだったら、掴んでしまった方が断然有効である)と判断したのだ。

「!」

 美月が好機とばかりに操縦桿を目一杯押し込む。

――メキメキィーッ

 フロストの右腕を掴んでいたT175のクロウが、そのままフロストの右腕を握り潰していった。そう!このクロウは佃製作所が製造した現在最強の威力を持つクロウなのだ。

 フロストの右手は徐々に握力を失っていき、右手の機能を失ったフロストからハンドロッドがこぼれ落ちた。

 それを見た美月は、T175左手クロウをフロストの右手から離させ、お返しとばかりに、フロストのボディにクロウをぶち込んだ。

(決まったか!)

 そう思ったのは、傍から観ていたファイナである。しかし、さすが高い防御力を誇るフロスト。いかにT175のクロウと言えど、美月の腕ではフロストのボディを一撃で破壊することはできなかった。それでも、かなりのダメージを与えた筈である。

(もう一撃、少しでもボディにダメージを与えれば、確実にフロストは落ちる!)

 それは美月にも分かっている。再度クロウを相手のボディに打ち込もうとした時、モニターに《危険・要回避》の警告が表示された。コンピュータが『熱源を感知した』というのだ。

 とっさに距離を取る美月。

 次の瞬間、フロストの胸部の盛り上がっていた部分がガバッっと開き、凄まじい勢いで炎を放出した。《火炎放射器》ボディに内蔵されていた隠し武器である。

 放たれた炎はT175をかすめたが、優秀なコンピュータが早期に回避行動を促してくれたおかげで、致命的なダメージは免れた。

「卑怯な!格闘武器以外は使用しない約束よ!」

 大きな叫び声を上げるファイナ。

「でも、それは、あくまで対戦者同士の紳士協定であって、闘技場のルールとしては反則じゃないですからねぇ……」

 その五代の正論に、

「そんなこと分かっているわよ!」

 と、八つ当たりする程ファイナの憤りは高まっていた。

 余談だが、この時期のヴァンツァーで、武器内蔵型のボディというのは珍しい。メーカー量産のヴァンツァーでメジャーな機種はなく、本試合においてザンプが使用しているようなカスタム機で見かける程度である。約10年後の2100年頃には、各メーカーから多くの武器内蔵型ボディが世に出されるが、一過性の流行だったようで、その後また市場から姿を消すこととなる。

 試合として無効ではない以上、美月はバトルを続けなければならない。

 勝つには、何とかフロストのボディに一撃を喰らわすしかない。だがそれは相手のザンプも読んでいる筈だ。美月がクロウを打ち込もうと肉薄した瞬間「待ってました!」とばかりに残った左手のハンドロッドがT175を沈めに来るだろう。

 フロストがT175との距離を詰め、再び火炎放射攻撃をしてきた。今度は難なく躱す美月だったが、

(あれ?)

 今回の火炎放射では、コンピュータが警告を表示しなかったのだ。

(必ずしも回避行動をとらなくても致命傷にはならないということなの?)

 美月の頭に、ある仮説が浮かんだ。

(フロストの火炎放射器は《隠し武器》であるがゆえに、そんなに燃料を積んでいないのではないか。最初の火炎放射こそ大ダメージを与えられるぐらいの燃料を消費したが、今は残った燃料を小出しにして相手を威嚇するぐらいしかできないのでは……そうして相手を焦らし、痺れを切らして先に仕掛けてきたところを返り討ちにする。おそらくそういう腹積もりなのだろう)

 思った通り、フロストの火炎放射は美月を挑発するような使い方しかしてこない。

(このまま、火炎放射器が燃料切れになれば、相手は必ず格闘戦を仕掛けてくる。その時が勝負よ!スピードと反応速度はこっちの方が上。勝機は十分にあるわ!)

 美月はその機会を窺いながら、懸命に火炎放射を避け続けていた。ここが堪えどころである。この勝負、我慢できずに先に仕掛けた方が負けだ。

 挑発に乗ってこない美月に対し、ザンプの方が苛立ってきた。もう火炎放射の燃料も底を尽きかけている。

 逃げてばかりの相手に、ザンプの我慢は限界に達した。

「ちょこまかと虫ケラみたいな奴め……くそっ、こうなったら!」

 ザンプはアクセルを踏み込み、フロストを突進させた。左手のハンドロッドを大きく振り上げている。

「今だ!」

 この時を待っていた美月も、T175の上体を低くし、フロストの懐に潜り込ませて行った。

 フロストのハンドロッドが振り下ろされ、T175の頭部に迫る。だが、それより一瞬早く、T175の左クロウがフロストのボディを抉るように突き上げていた。

 フロストはハンドロッドを振り下ろしかけた状態のままピクリとも動かない。おそらくパイロットのザンプは、クロウ攻撃の衝撃をまともに受け、意識を失っているであろう。

 場内放送で高々とT175の勝ち名乗りが上げられた。一般の観客席から大きな歓声が沸き上がる。

 ファイナと五代が、関係者専用の観覧ブースから飛び出しT175に駆け寄って来た。

 美月はT175のハッチを開け外に身を乗り出すと、照れくさそうに手を振って応えるのだった。

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