美月のバトリング初戦から約1ヶ月が過ぎた。9月も中旬に差し掛かろうとしている。
この1ヶ月程で美月はバトリングを4試合行った。全て格闘武器のみ使用する相手だったが、美月の成績は4戦全勝である。実戦に慣れてきたのか、このところ勝ち方にも安定感が出てきた。
今日も《バリンデン》という小さな町で試合をしたのだが、美月は、圧勝と言ってよいぐらいの勝ちっぷりを見せた。
試合が終わり、ファイナと五代が待っている控室に入って来た美月。この控室は大部屋になっていて、何人もの選手とその関係者たちがモニターに映った試合を観たり談話したりしている。控室と言うより選手らの休憩所と言った方が適当かもしれない。
「お疲れ様。いい試合だったわ」
ファイナが美月に歩み寄って行き労をねぎらった。
「ありがとうございます」
と応える美月。そこへ、バトリング選手らしいマッチョな中年の大男が近づいてきた。
「さっきの試合で、変な黒いヴァンツァーに乗ってたのはお嬢ちゃんかい?」
と、大男は美月を見下ろすようにして話しかけてきた。
「は、はい、そうですけど……」
美月が不安気に返事をする。
「驚いたなぁ!あんな豪快な闘い方をするヴァンツァー乗りが、こんな若いお嬢ちゃんだったなんて」
少し馬鹿にされたようで、ムッとする美月。20代前半でも優秀なヴァンツァーパイロットはいくらでもいる。ただ日本人の顔立ちの傾向として、欧米人よりも童顔にみえるので、話しかけてきた大男は美月を学生ぐらいの年齢に思えたのかもしれない。
「なぁ、お嬢ちゃん。今度俺と一試合してみないか?俺の大型バズーカの威力を見せてやるぜ。ヘヘヘッ」
大男は、いやらしいく笑いながら腰を振ってみせた。卑猥なことを連想させる大男の行為に、頬を赤らめ俯く美月。大男は続けて、
「それとも、火器を使った大人の試合は、お嬢ちゃんにはまだ早いのかなぁ~?」
と焚き付けてきた。その言葉に、思わず反応してしまう美月。顔を上げキッと大男を睨み返していた。その様子を見ていたファイナが、すかさず2人の間に割って入り、
「試合の申し込みでしたら、マネージャーである私を通してください!」
と、強い口調で大男に迫った。
「チェッ、冗談の通じねぇ奴だなぁ~、これだから女は面倒なんだよ……」
そう言って大男は控室から出て行った。
「ありがとうございます。ファイナさんが居てくれて助かりました」
「ヴァンツァー乗りって粗野な人が多いから気を付けて。特にバトリングで稼いでいるような人は、セクハラやパワハラなんて屁とも思ってないのが多いから」
「美月ちゃん。ライバルに圧力を掛けてきたり、心理的な駆け引きをしてくるバトリング選手は意外に多いんだ。今後、そういった試合以外の場面での対処方法も学んでいく必要があると思うよ。こういう、操縦技術や戦術以外のファクターもけっこう重要だからね」
そう言った五代に、ファイナは同意するように頷き、
「そうね、徐々にそういうのも覚えていきましょう」
と、美月に目をやった。
「あの、ファイナさん……」
美月が少し遠慮がちに訊いてきた。
「何かしら?」
「そろそろ私、火器を使ったバトリングにも挑戦したいでです」
その申し入れを聞いたファイナは、返答につまり、少し間を置いてから、
「……そうね、考えておきましょう。でも、焦りは禁物よ。さっきの男の言ったことは気にしちゃダメ。五代さんも言ったように、あれは、美月を潰そうとする心理作戦なんだから。まぁ『そのぐらい周りから注目される選手になった』ぐらいに思っていた方がいいわ」
とファイナは笑顔で答えた。あまり乗り気でないのは明らかである。
ファイナが、『格闘戦に絞った試合の方がT175にとって有利であると診て、それが、引いては美月の自信にも繋がり、良い結果をもたらすだろう』と判断したことは以前に述べた。
だが、ファイナが、美月に格闘戦の試合しかさせなかった理由はもう一つある。それは《時間稼ぎ》である。むしろそれこそがファイナの真の狙いだったと言っても良い。つまり、火器を使用した相手との戦闘データをわざと収集しないことで、美月のテストパイロット期間を長引かせようとしていたのだ。
美月がバトリングの試合をするのは『平均的な能力値のパイロットがBD対応型ヴァンツァーを操縦した際の戦闘データを収集するため』である。その目的が達せられ、用済みになったら、美月はどうなるか……ファイナとしては、できるだけ時間を稼ぎ、その間に何とか美月を救う手立てを考えようとしていた。
しかし、その《時間稼ぎ作戦》もそろそろ限界である。美月が、火器を使った試合に意欲を示し始めただけではない。実はニルバーナ機関本部からも「いつまで、格闘戦ばかりしているのだ。火器を交えた戦闘もやってもらわないと、データが集まらないではないか」と強く煽られていたのだ。
(もう、あまり時間がない。早く美月を救う手段を考えないと……)
心ここに在らずといった様子で思案に沈んでいるファイナに、
「まぁ、今日は美月ちゃんも試合の後で疲れてるし、ひとまずは宿舎に帰りませんか?。今後の対戦については、後でゆっくり考えましょう」
と、五代が持ち掛けた。その声にファイナは我に返り、
「そうね、今日はもう帰って休みましょう」
と美月の肩を軽くたたいて、退室を促した。
その様子を、素知らぬ振りをしながらも横目で瞥見している《謎の男》がいた。ひょろりとした長身の東洋系の男である。控室の長椅子に座り、携帯端末を開いて顔を隠すように下を向いている。周りの状況など気にしてない態を装っていたが、美月が大男に絡まれたところから刻下までの一連の会話にも密かに耳をそばだてて聞き澄ましていたのだ。
そんな《謎の男》に目を付けけられているなどとは気づく筈もなく、美月たち3人は控室を出て、宿舎への帰路へと就いた。
フリーダムの宿舎に戻って来た3人。美月はシャワーを浴びると、寝るには少し早い時間だったが、疲れた体をベッドに沈めた。
――トゥルルル
美月のスマートフォンが鳴った。
(もう、誰よ、こんな疲れている時に……)
美月は、着信に気づかなかった振りをして今は電話に出ないでいようと思ったが、誰から掛って来たのかを確認するため、一応画面を覗いてみた。
「エッ⁉」
思わず声が出る。疲れを忘れるぐらいの驚く相手からだったようだ。当初の意向を覆し、美月は電話に出た。
「はい、佃ですが……」
「もしもし、佃美月さんのお電話でよろしかったでしょうか?」
「はい、どうも、ご無沙汰してます」
「こちらこそ、お久しぶりです、坂田竜二です。突然お電話して済みません」
電話を掛けてきたのは、サカタインダストリィ会長の次男で社長坂田浩一の弟、坂田竜二であった。
「今、周りに、佃さん以外に誰か居ますか?」
「いいえ、私一人です」
「そうですか、つかぬ事をお聞きしますが、佃さん、今、ハフマン島に居るんですか?」
「えぇ、ハフマン島に居ますけど……」
美月にしてみれば、竜二が坂田の家を出てO.C.U.軍に入り、ハフマン島に居ることなど知る由もない。サカタインダストリィの関係者として、仕事上の話で坂田竜二が電話してきたと思ってしまったのだ。
(それにしても、何でサカタの弟が直接私に電話を掛けてくるのか……)
「ああ、じゃぁ、今日、バリンデンでヴァンツァーの試合をしていたのは、やっぱり佃さんだったんですね」
「そうですが……それが何か?」
「実は、今日、私もバリンデンに居て佃さんの試合を観てたんですよ」
「エッ⁉」
バリンデン闘技場の控室にいた《謎の男》は坂田竜二であった。