下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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十八のある日

 時は2084年、6年前の3月まで遡る。佃美月18歳の春である。

 高校3年生だった美月は大学受験に失敗し、合格したのはいわゆる《滑り止め》に受けた私立の中堅大学、日本科学技術大学だけであった。当然、明るく希望に満ちた春ではない。美月は悲嘆に暮れる日々を送っていた。

 そんな美月を心配したのか、父親である佃製作所社長の佃宙志が、

「美月、今度サカタインダストリィが新作ヴァンツァーのお披露目会をやるんだが、一緒に行ってみないか」

 と誘ってきた。大好きなヴァンツァーを鑑賞すれば、少しは美月の気も紛れるだろうと思ったのかもしれない。

「行かない……」

 美月は素っ気なく答えた。いくら大好きなヴァンツァーといえど、今はそんな気分じゃないのだ。

「そんなこと言わずに一緒に行こうよ。関係者だけに見せるお披露目会だから、混雑してないし、こんな機会めったにないんだぞ」

 そんな風に、何度もしつこく誘ってくるので、とうとう美月の方が折れ、渋々お披露目会への同行を承諾した。

 お披露目会当日、宙志と美月は、受付で渡された入場許可証を首から下げ、ヴァンツァーが展示してある本会場に入った。すると宙志は、

「お父さんはサカタの社長にご挨拶してくるから、美月はゆっくりヴァンツァーを観ているといい」

 と言って、さっさと本会場を離れ、サカタインダストリィの社長が居るところへ行ってしまった。

 融通無碍なところがある父親に美月は少し呆れたが、

(まぁ、一人の方が気楽でいいか)

 と思い直し、本会場に展示してあるヴァンツァーを観て廻ることにした。

 会場にあるサカタインダストリィの新作ヴァンツァーは、機種としては1種のみである。そのモデル違い・グレード違いが数体並んでいるだけである。

 そんな、興味がない人にとっては全て同じに見えるようなモノだが、美月はその1体々々を食い入る様に眺めていた。当初は新作ヴァンツァーのお披露目会なんか行く気がしなかった美月も、いざ会場に来てみると、やはり心が高揚するようである。

 このお披露目会は、サカタインダストリィが、取引業者などの関係者だけを対象に催したレセプションなので、美月と同世代の人は他に見かけない。ゆえに、美月が特に浮いて見える。時折、機体の解説を担当しているサカタインダストリィの技術者や警備員が、不審な目で美月の様子を見に来たりしたが、当の美月はそんな風に見られているとも知らず、飽きることなくヴァンツァーを観て廻っていた。

「済みません、そこの君」

 誰かが、後ろから美月に声を掛けてきた。

「は、はい!」

 突然の声に驚き、美月は我に返ったように振り向いた。声を掛けてきたのは、坂田竜二である。もちろん美月は、その男がサカタインダストリィの御曹司だとは知らない。

「な、何か……」

「いや、若い女の子がこんなところに来るなんて珍しいな、と思って……」

「あ、父に連れられて来たんです。父の会社がサカタインダストリィと付き合いがあって、それで……」

「知ってるよ。君、佃製作所さんとこのお嬢さんでしょ」

「えっ!、何で知ってるんですか?」

「あぁ、自己紹介がまだだったね。俺は《坂田竜二》っていいます」

「《サカタ》って、サカタインダストリィの?」

「そうだけど、まぁ、会社は親父と兄貴がやってるんで、俺は関係ないんだけどね」

 美月は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにあらたまり、

「あ、それは失礼いたしました。いつもお世話になっております」

 と、定型の挨拶を述べた。そんな、無理に大人びた対応をしようとする美月に、竜二が思わず吹き出した。

「君、今のおかしくない?」

「えっ、何がですか?」

「君、佃製作所の社員じゃないんだろ。俺もサカタインダストリィの社員じゃない。それなのに『お世話になっております』は的外れだと思うけど」

「そうですか?」

(ただ単に社交辞令として挨拶しておいただけなのに、そこツッコムか⁉)

 と少しムッとなる美月。

「この新作ヴァンツァーにも佃製作所さんの部品が使われているらしいね」

「ええ、そう聞いていますけど、私は詳しく知りません」

 美月が素っ気なく返した。

「佃製作所さんは、昔からロケットの部品を造っていたり、機械の製造業として長年築いてきた実績と信用があるからなぁ……サカタとしては、協力会社の中でも別格なんだと思うよ」

「サカタさんこそ凄いじゃないですか!一代で国内最大手のヴァンツァーメーカーにまで大きくしたんですから。ウチなんか何十年経っても下請けがメインの中小企業なんですよ」

「うぅん、急激すぎる成長っていうのもいかがなものかと思うよ。どこかに無理がたたるから……」

「そんなもんですかねぇ……」

 話す話題が尽きた二人。その沈黙に耐えらず、

「それでは、私は、これで失礼します」

 と美月がその場を離れようとした。

「あっ、ちょっと待って」

 竜二が美月を引き留めた。

「……?」

「せっかくだからさぁ、連絡先交換しない?」

 照れくさそうに竜二が言う。

(ゲッ!、実はナンパ目的だったのかよ!しかもサカタインダストリィの社長一族であることをチラつかせて言い寄ってくるなんて最低な奴だな!)

 美月は、強い嫌悪感を覚えた。しかし、

(もし断ったら、重要な取引先であるサカタインダストリィの印象を悪くし、実家である佃製作所にまで迷惑をかけるのではないか)

 と心配になり、なんとか作り笑いを浮かべ、不本意ながらも電話番号を交換した。

 竜二はスマホで連絡先登録一覧を確認し、

「ありがとう。名前の読み方は《ミツキ》さんでいいのかな?」

 と訊いてきた。

「はい」

 美月は少し不思議そうに返事をした。

(さっき、私のこと『知ってる』とか言ってたのに、名前を知らないってどういうこと?)

「じゃぁ」

 と、竜二が軽く手を上げこの場を去って行った。

 その後、暫くして宙志が戻って来て、2人は家路に就いた。

 部屋に戻った美月は、憂鬱な気持である。

(あ~、あの嫌な奴から電話なんか掛かってきたらどうしよう……)

 大学受験に失敗して気が滅入ってたところへ、追い打ちを掛けられた感じだ。だが、その日は竜二からの連絡はなかった。

 それどころか、何日経っても竜二からは何も言ってこない。美月は、ホッとする一方で、

(私に気がある素振り見せといて、ウンともスンとも言ってこないのも、それはそれで失礼な話だわ!)

 と、さっきとはまた違う腹立ちが湧いてきた。

(ホント、最低な奴!)

 以来、美月と竜二は、会うことも電話で話をすることもなく、この出来事は、徐々に美月の記憶から風化していった。

 

 話は2090年に戻る。

 6年前に一度会っただけの坂田竜二からの電話である。

「佃さん、今、ハフマン島のどこに居ますか?」

「フリーダムです。中心地から少し離れた場所ですが……」

「夜遅く申し訳ないんですが、今から会えませんかね?。私が、近くまで行きますんで……」

 美月の頭は混乱していて訳が分からない。坂田竜二が、すぐに会いたいと言ってきてるのは、

(サカタインダストリィ関係の仕事上の話なのか)

 それとも、

(グレイロックで私を見て、突然会いたくなったのか……6年前に一度だけちょっと話しただけなのに?)

 とにかく、それらも含めて訊いてみようと思い、美月は坂田竜二と会ってみることにした。

「……分かりました」

 と、美月が今自分が居る住所を竜二に伝える。

「済みません。30分ぐらい待っていただけますか。近くに着いたらまたお電話します」

 そう言って、竜二からの電話は切れた。

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