下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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フリーダムの夜

 フリーダムにある美月たちの宿舎から少し離れた場所に、美月は呼び出された。ファイナと五代に気づかれないようにそっと宿舎を出る。

 待っていた竜二の車。その助手席に乗り込む美月。

「どうも、お久しぶりです」

「突然、呼び出したりして済みませんでした。挨拶は後にして、ここではなんですから、場所を変えてお話ししましょう」

 と竜二は車を出した。行先は、フリーダムにある《ネオブレス》という酒場である。

 ネオブレスに着いた2人がテーブル席に座る。

「好きなもの頼んで下さい。帰りはまた私が送りますんで、佃さんは遠慮なくどうぞ」

「そうですか、じゃぁ……」

 と、美月はハイボールを頼んだ。

「ところで、佃さんは、どうしてハフマン島に来てるんですか?」

 唐突に竜二が効いてきた。

「私、今、実家の佃製作所で働いてるんですけど、その仕事上の都合でここに来てるんです」

「そうだったんですね。いつからですか?」

「今年の6月からです」

「えっ!ということは、ラーカス事件が起こった後、ハフマン島で戦争が始まってからこちらへ来たってことですか?」

「そうですね、ほぼ同時ぐらいです。私がハフマン島に来た直後にU.S.N.が軍事侵攻が始まりましたから」

「どうして、この危険な時にわざわざハフマン島に来たりしたんです?」

 竜二の責めるような口調に、美月は少しムッとして、

「それは、サカタインダストリィさんの事情で、ハフマン島に来ることになったんでしょ!私だってできれば来たくなかったですよ……」

 と答えた。美月は、竜二は実家のサカタインダストリィで役員か何かの重職に就いていると思っているのだ。

「サカタが佃さんに発注したの仕事の関係で、ここに来てるんですか?」

「そうですよ、坂田さんのように偉い立場だと、私たち末端の現場のことなんて知らないでしょうけど……」

「いえ、私はサカタインダストリィとは関係ないです。家出同然に坂田家を出て、もう父や兄とは疎遠になってるんです」

「あ、そうだったんですね。私はてっきり、お父様やお兄様と一緒に、サカタインダストリィの会社経営に携わっているのかと思ってました」

「ははっ、まさか……」

 竜二は気恥ずかしそうに笑った。

「じゃぁ、なんで坂田さんはハフマン島に居るんですか?」

「ちょうど、佃さんとヴァンツァーのレセプション会場で会ったすぐ後ぐらいかなぁ……O.C.U.軍に入隊したんだ。それからハフマン島に配属になって……」

「サカタさん、O.C.U.の軍人さんなんですか?」

「いや、もう軍は辞めたんだけどね。でも、日本に帰る気にもならないんで、そのままハフマン島に残ってる」

 竜二にしてみれば、自分がラーカス事件の当事者で、戦争の引き金となった事件に関与していたなどとは言い出せる筈もない。

「『私と会ったすぐ後に軍に入隊した』ってことは、その頃にはもう坂田の実家を出るつもりだったってことですか?」

「うん、そうだね……」

「じゃぁ、なんであの日、私に声を掛けてきたんですか?。サカタインダストリィと縁を切るつもりなら、下請け会社の子に面通しする必要ないでしょ?」

「あぁ~!、あれはね、実は頼まれたんだよ。兄貴に……」

「頼まれた⁉、今の社長に?」

「そう、『新作のレセプションに佃製作所の娘が来るから、顔見せしておけ』って……あまり気は進まなかったんだけど、坂田の家を出る前最後ぐらい、兄貴の言う事聞いといてやるか、と思って」

「え?、でも坂田社長が何で?」

「兄貴も『頼まれた』って言ってた。佃社長に……」

「うちのお父さんに⁉」

「何で佃社長がそんなこと頼んできたのかは知らないけど」

(お父さんは、私と坂田家の次男をくっ付けようとしたのかしら……そんなこと考える様な人じゃないんだけどなぁ)

 暫く頭を巡らせる美月。

「あっ!」

 と、思わす声が出る。何か思い当たったのだ。

(お母さんだ!。お母さんがお父さんに入れ知恵したに違いない。『美月と坂田さんとこの次男を会わせてみては』と……)

 美月の推測はこうだ……

 美月が大学受験に失敗したとき、母の奈緒美は(やっぱりこの娘はダメな娘なんだ)と思ったのだろう。そして(こういう子は早くいい人を見つけてあげて、いいところに嫁がせた方が幸せだわ)と、独り善がりの歪んだ想いに駆られているときに、宙志が、サカタインダストリィの新型ヴァンツァーお披露目会に招待されていることを耳にし、

(そうだ!、たしか坂田には美月と年の近い次男坊がいた筈だ!)

 それに気づいた奈緒美は、「お披露目会に美月を連れて行って、そこで美月と坂田の次男を会わせてもらうよう先方にお願いしてくれ」と宙志に強く頼んだのではないか。

(もし、これをきっかけに2人が良い関係になり、あわよくば美月と坂田の次男が一緒になってくれたら、美月も玉の輿に乗れて、さらには、佃製作所とサカタインダストリィの間に太いパイプもできる。一石二鳥だわ!)

 母の奈緒美はそんな絵空事を想い描いていたのではないだろうか……父の宙志が、6年前、執拗にお披露目会に誘ってきたのも、これで合点がいった。

「は~ぁ、あの母親の考えそうな事だわ……」

 小さい溜息と共に、美月がボソッと呟いた。

「え?、何か言った?」

 竜二には聞こえなかったようだ。

「いや、あの時は、ウチの者が破廉恥なお願いをしてしまったみたいで、ホントごめんなさい」

 と、美月が頭を下げた。

「君が謝ることじゃないって。それに、別に大したことじゃないから気にしなくていいよ」

 竜二は少し照れくさそうに笑った後、すぐに真剣な顔になり、

「それよりさぁ……」

 と、重々しく訊いてきた。実は、竜二が美月を呼び出したのは、T175に関して聞きたかったからなのである。

 グレイロックでT175を見たとき、竜二は一瞬ハッとした。T175が、ラーカス地区に現れた謎の大型ヴァンツァー(後世《レイヴン》と呼ばれるTYPE11)の姿と重なったのだ。だが、よく見てみると左手のクロウ以外はあまり似ていない。まずサイズ感が全く違う。

(そもそもラーカス地区では、突然起きた混乱の中で、じっくり観察できる余裕などなかったし……まぁ、黒い色と大型クロウに俺の記憶が引っ張られてしまっただけで、あのラーカスのヴァンツァーとは関係ないだろう……)

 そう思ってはみるものの、何故か気になるのだ。ヴァンツァーの持つ雰囲気と言うかフワッとした全体的な趣みたいなものだろうか……どこか同質なものを感じてならない。

 そんな中、控室に現れたそのヴァンツァーのパイロット。若い娘だ。

(あれっ?、あの娘、どこかで見たことあったような……)

 その娘の仲間が『美月』と声を掛けたのを聞いて、

(そうだ!、あの娘は、昔、サカタのレセプション会場で会った佃製作所の娘だ!)

 と思い出した。

(そういえば、連絡先交換してたよな)

 しかし、なにせ昔に交換した連絡先だったので、まだ使えるのか疑わしい。だが、もし話をすることができたら、あの黒いヴァンツァーの事を聞いてみたいと思い、美月に電話を掛けたのだ。

 そして今、竜二は、その本題に入ろうといている。

「佃さんが操縦していた、あの黒いヴァンツァーなんだけど……」

「ああ、『黒いヴァンツァー』って、T175のことですね」

「あのヴァンツァー『T175』って言うんだ」

「サカタインダストリィが新型コンピュータを開発したらしくて、T175はそれのテスト機なんです……」

「佃さんがテストパイロットなの?。さっき『仕事上』って言ってたけど、T175を操縦するのと佃製作所の仕事とどういう関係があるの?」

「う~ん、まぁ、元々はサカタインダストリィからのパーツの製造依頼だったんだけど……それからいろいろあって、偶然が重なって……成り行きで私がテストパイロットみたいになったって言うか……」

 美月には、そんな言い方しかできない。たとえサカタインダストリィの社長一族といえど、今は部外者である。詳細まで話すと守秘義務違反になってしまうからだ。

 竜二もそのへんは察しているので、漠然とした美月の回答については、それ以上深くは突っ込まず、

「ってことは、T175もサカタ製?」

 と、別な角度から問いを投げた。

「そう、とも言えるけど……」

「ん?……違うの?」

「う~ん、何て言ったらいいかなぁ……元となっているのはサカタ90系のヴァンツァーなんですけど、その部品をベースにしてウチで造った、って言うか……」

「えっ⁉、佃さんのところで造った?」

「『造った』というか、組み上げたって感じ……」

「どういう事?」

「サカタインダストリィからは、バラバラの部品の状態でウチに来たの。しかも部品は全体の七割程度。『企業秘密に関わる部品は渡せない』とかで……それで、足りない部分はウチで製造したり、新しくウチで開発したのを追加したりして、なんとかヴァンツァーの形に仕上げたんです」

「へ~!中小企業でそんなことやってしまうなんて、さすがは佃製作所だな!」

「いや、ヴァンツァーのプランニングと組み立ての指揮を執ったのは、サカタインダストリィから来てた技術者なんですよ。グレイロックで私と一緒にいた眼鏡の男の人、覚えてます?、あの人です」

「あぁ~、あの男……」

「はい、《五代智さん》っていうんですけど、サカタインダストリィの優秀な若手技術者で、私の大学の先輩でもあるんですよ」

 美月が少し自慢気に言った。

「ふぅ~ん……」

 一瞬、竜二が険しい顔を見せる。

(私が、五代さんを称えるような言い方したんで、ちょっと妬いてるのかな?)

 などと思い、美月の脳内が妄想モードへ移行し始めたとき、

「あの、佃さんにお願いがあるんですが……」

 と竜二が言ってきた。

「あ、はい、何でしょう?」

「私とヴァンツァーの試合をしてもらえませんか?火器使用OKで……」

 竜二が申し出てきたのはT175とのバトリングであった。

(どうして、T175とラーカス地区で見たあの大型ヴァンツァーに同質的なモノを感じてしまったのか……)

 それを、直接闘って確かめたいと思っているのだ。

 ラーカス地区で見た大型ヴァンツァーの手掛かりが掴めるのではないかと思って美月を呼び出した竜二だったが、美月の話を聞いた今、この2機のヴァンツァーに感じた同質性は、やはり自分の思い違いだった可能性が高いと思い始めている。

 だが、それは、

(2機のヴァンツァーは無関係であって欲しい)

 という竜二の無意識的な深層心理が、そう思わせているのかもしれない。もし、これら2機のヴァンツァーに繋がりがあったとしたら、サカタインダストリィとラーカス事件との間に何らかの関係があることになるのだから。

 

 宿舎に戻って来た美月。時刻は0時を回っていた。

 入り口で五代とバッタリ出くわした。食料の買い出しであろうか、五代は24時間営業スーパーのロゴの入った手提げ袋を持っている。

「美月ちゃん、どうしたの?こんな時間に」

「いや、今日は試合で快勝して、嬉しくって、チョット飲みたくなっちゃったんだ」

 美月は、まだアルコールが抜けていない赤ら顔に愛想笑いを浮かべた。

「たまには飲みに行くのもいいけど、夜間に女性の一人歩きは危ないよ。ここは日本じゃないんだから……」

「ごめん、これから気を付ける。じゃぁ、おやすみなさい」

 と言って、美月はそそくさと自分の部屋へと入って行った。その後ろ姿を、五代の不審気な目が追っていた。

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