試合のその夜、再びフリーダムの酒場《ネオブレス》で美月と竜二が会っていた。
竜二が美月とヴァンツァーの試合を希望したのは、美月の腕前や佃製作所製ヴァンツァーの性能を見てみたいというのが建前だったので、その感想を聞かせてほしいと、美月から誘ったのだ。
本題に入る前、美月が竜二に名前の呼称についての提案をした。『佃さん』と言われると、美月のことなのか、会社としての佃製作所のことを言ってるのか、分かりにくい。だから自分を指すときは『美月』で呼んでくれと言うのだ。
これは、竜二も同様に思っていたようで、『坂田さん』では自分のことを言ってるのかサカタインダストリィのことを言ってるのか前後の文脈から判断しなければならない。なので、今後は互いを名字ではなく下の名前で呼ぶようにした。
そんな前置きの会話の後、
「私と闘ってみて、どうでした?」
と、美月が訊いてきた。
「そうだね、美月さんの操縦スキルは、一先ず置いておくとして、『T175』って言ったっけ、あのヴァンツァーは凄いね!スピード、パワー、タフさ、どれをとっても現在市販されているヴァンツァーの中でトップクラスに入ると思うよ。あと、搭載しているコンピュータも超高性能だね。反応の速さと予測演算の正確さがズバ抜けている」
「そ、そう……」
本当は自分を褒めてもらいたかった美月なのだが、『一先ず置いておく』などと言われて少しガッカリした様子だ。竜二は、美月のそんな気持ちなど知ってか知らずか、T175の評価を続けた。
「それに、左手固定装備のクロウ。あれは全格闘武器の中でも最強なんじゃないかな!もし、あのクロウ攻撃がゼニスのボディに当たっていたら、俺は一撃で負けていただろうね」
「あのクロウ、凄いでしょ!。あれはね、全部ウチで開発したんだよ」
嬉しそうに美月が目を輝かす。
「エッ⁉、クロウは、100%佃さんのところで造ったの?」
「そうよ、元々サカタインダストリィからウチが請けた依頼は、最強のクロウの開発だったのよ。それからいろいろあって、T175を組み上げたり、私がテストパイロットになったりして、今ここに至っているんだけど……はぁ、思い返すと、大変なことも多かったけど楽しかったなぁ~」
「美月さん、あのクロウって、サカタ以外の会社に納品したり製造許可したりしてる?」
「サカタさんからの注文なんだから、サカタさん以外に納められるわけないでしょ?。おかしなこと事聞くのね……」
美月の話を聞いて竜二は、ラーカス地区で見た黒い大型ヴァンツァーとT175に感じた同一性、それはやはり、
(左手のクロウのせいではないか……)
と、思えてきた。いや、
(もしかしたら、あの2機の左腕のクロウは全く同じモノなのかもしれない!)
竜二の仮説は、次のようなものである。
佃製作所で造られたクロウ、その性能を聞きつけたラーカス事件の黒幕が、佃製作所からクロウのデータを手に入れ、もしくは完成品そのものを入手し、あの黒い大型ヴァンツァーに搭載したのではないか。
とすれば、佃製作所内に、ラーカス事件の黒幕へ繋がる内通者がいる筈だ。竜二が真っ先に怪しいと思ったのは、美月と一緒にいた2人である。ファイナ・シルキアと五代智……特にファイナについては、試合の交渉で会った時から、端正な顔立ちに潜む何か闇のようなものを感じていた。
そして、実は、美月がハフマン島に来てヴァンツァー乗りの怪しい仕事をやらされているのも、本人が知らないだけで、ラーカス事件に関連しているのではないか。ラーカス事件発生とほぼ同時にハフマン島でのヴァンツァーテスト。偶然にしては出来過ぎている。
この竜二の仮説は、一部合っていると言えよう。ファイナはニルバーナ機関の手の者だし、BD対応機であるT175の実戦データ収集も第二次ハフマン紛争と関係しているのだから。
ただし、決定的な読み落としがある。サカタインダストリィの組織的関与を想定から完全に排除してしまっていることだ。
これは竜二にしてみれば無理もないことなのかもしれない。もちろん、サカタインダストリィの関係者(例えば五代智とかの技術者)が関与している可能性があることは想像したであろうが、まさか、実家であり、今や世界的大企業となったサカタインダストリィが組織としてラーカス事件に関わっていようとは夢にも思わなかっただろうし、ましてや、それが父や兄の主導のもとに行われているなどとは頭を掠めることすらなかったに違いない。
もし、この時点で、竜二がサカタインダストリィの組織的関与に疑念を抱けていたら、第二次ハフマン紛争はもっと違った収束の仕方をしていたかもしれない……
思い耽るように沈黙している竜二に、
「竜二さん、私のヴァンツァー操縦に関してはどうなの?」
と美月が声を掛けた。
「あ、あぁ、初めて火器を使った試合にしては、まあまあ……じゃないかな」
「なにその、漠然とした感想」
美月が膨れた顔をする。
「じゃぁ率直に言うけど、テストパイロットとしてはまだまだかな……ハフマン島の情勢を考えたら、ここでのテストパイロットの仕事は止めた方がいいんじゃない?。その腕では危険すぎるよ」
竜二が、敢えて厳しい言い方をしたのには訳がある。(美月のテストパイロットの仕事には何か裏がある)と感じている竜二は、美月は早くこの仕事から手を引いた方がいいと考えているのだ。
少し傷ついた美月はしょぼんとして俯いているが、構わず竜二は構わず話を続けた。
「そう言えばこの前、『ハフマン島でのテストはサカタからの依頼』って言ってたけど、佃社長は断ってくれなかったの?。よく、そんな危険な仕事を承諾したね?。それも娘にやらせるなんて」
「いや、周りはみんな反対したよ。でも反対を押し切って、私の意志で引き受けたんだ」
「どうして?」
「家族からいつも下目に見られているから、自分の力で将来を掴めるって示したかったのかも……」
「将来って……」
「実はね、ハフマン島での仕事が終わったら、私、サカタインダストリィに採用されるかもしれないんだ。開発部のテストパイロットとしてね」
「サカタのテストパイロット⁉」
と、驚きの声を上げる竜二。
「美月さん、それ、開発部から正式な通知をもらってたり、念書とか取ってあったりする?」
「いや、そんなのないけど……」
美月が口ごもる。
「美月さんには酷だけど、テストパイロット採用は絶対にありえない。口約束だったら反故にされるだけだね」
「えっ!、そんな……」
「霧島重工かどっかが学生バイトにテストさせてるなんて話を聞いたことあるけど、サカタは生熟れのヴァンツァー乗りにテストパイロットをやらせるなんて絶対にない。軍用ヴァンツァーを手掛けるメーカーは、実績のあるベテランパイロットにしか任せないから」
「『生熟れ』って、ひどい……」
「ごめん。でも、美月さんは、あれだけ優秀なヴァンツァーに乗っても、中古のゼニスに乗った俺に勝てなかったんだ。その程度の腕前のヴァンツァー乗りをサカタがテストパイロットとして採用する筈がない」
「……」
「悪いことは言わない。美月さんは今すぐここの仕事を辞めて日本に帰った方がいい。美月さんがやってるヴァンツァーのテスト、何か裏があるような気がしてならないんだ」
「『裏』って?」
「それは、俺にも分からない。でも、騙すような手口で美月さんをハフマン島に連れてきて、T175のテストをしているなんて怪しすぎる」
「私が騙されてるって決まったわけじゃないでしょ?」
「じゃぁ聞くけど、美月さんを『サカタのテストパイロットに採用する』って言ったのは誰?」
「……」
「ファイナ・シルキア……違う?」
美月は返事に詰まった後、
「どうして、そう思うの?」
と、逆に竜二に訊いてきた。
「やっぱり彼女なんだね……忠告しておくけど、あのファイナという女には気を付けたほうがいい。試合の交渉で、何回か彼女に会ったけど、あの女には何か後ろ暗いものを感じた。只のエージェントじゃない」
美月は軽く頭を振り、深い溜息をついた後、
「心配してくれてありがとう、でも、少し考えさせて……今は頭が混乱してて、整理する時間が欲しいの」
と言って美月が席を立った。
「近くまで送るよ」
竜二が気落ちした美月の背中に小さく声を掛けた。
なお、全くの余談ではあるが、坂田竜二が言った『霧島重工は学生バイトにもテストパイロットをやらせる』という謎の慣習は、その後、霧島重工が軍用ヴァンツァーを製造するようになってからも継承され続けていくことになる。
竜二に送ってもらい、美月が宿舎に戻って来たのだが、竜二の話があまりに唐突だったので、まだ少し頭が錯乱状態である。
上の空な感じで階段を上がり、自分の部屋へ向かって行く。
「ハッ⁉」
と、何かに気付きビックリして我に返る美月。美月の部屋の前に五代が居たのだ。今日はたまたま出くわしたのではなく、美月の帰りを待っていたようだ。
「あ、五代さん、どうしたの?」
「美月ちゃんこそ、こんな時間まで……今日は試合に負けちゃったんでヤケ酒かな?」
「そんなんじゃないんだけど、チョットね……」
「ところで、美月ちゃん、明日、空いてる?ちょっとだけ付き合ってもらいたい所があるんだ」
美月は少し悩んで、
「ごめんなさい、明日は空いてるんだけど、一人で考えたいことがあるんだ……」
と五代の誘いを断った。竜二に言われた、T175のテストパイロットのこと、そしてファイナのこと、じっくりと頭の中を整理しようと思っているのだ。
「今日の試合の事だったら、気にすることないよ。火気を使った闘いは初めてだったんだし……」
五代は、美月を慰めるように言った。
「ありがとう、今日の試合の結果は気にしてないから大丈夫よ。でも、それとは別に、明日は本当に一人になりたいんだ……ごめんなさい」
と、美月は五代を横をすり抜け、自分の部屋に入ろうとした。
「『一人で考えたいこと』って、もしかして、今、僕たちがやってるT175の実戦データ収集のこと?」
五代が、ドアノブに手を掛けた美月の背中越しに言った。振り向いた美月の顔は、図星を指された驚きで引き攣っている。
「やっぱり、そうなんだね?……美月ちゃんも薄々と勘付いているんじゃない?」
「い、いや、私は何も……」
五代は一歩、狼狽している美月に近づき、耳元で、
「美月ちゃん、僕たちが何をやらされているのか知りたいと思わないかい?」
と、重苦しい口調で囁くように言った。
「何か知ってるの⁉。教えて?五代さん!」
五代に詰め寄る美月。
「詳しくは、明日、話すよ……じゃぁ、おやすみ」
そう言うと五代は、美月を振り払うようにして自分の部屋へ戻って行った。