下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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怪しげな依頼

 東京都大田区にある佃製作所本社の技術開発室。

「おはようございます」

 と、作業着姿の若い女性が息を切らせて入ってきた。始業時間前ギリギリである。

 この女性、名を《佃美月》という。佃製作所の現社長佃宙志の娘である。23歳。去年の3月に大学を卒業したのだが、どこも就職先が見つからず、やむを得ず父親の会社である佃製作所で働くことになった。入社して2年目になる。

 美月は、室内をキョロキョロと見回し、

「あれっ⁉隈崎部長は?」

 と近くにいた先輩の女性社員に尋ねた。

 隈崎とは、技術部長の《隈崎顕一》。歳は四十代後半で社長の宙志が最も信頼を置く社員である。他の従業員たちの人望も厚く、社長や年配の社員なんかは『隈さん』と親しみを込めて呼んでいる。

 美月は小さい頃から佃製作所に出入りしており、二人とも見知った仲で、美月もかつては隈崎を『隈さん』と気軽に呼んでいたのだが、佃製作所に入社してからはさすがに『隈崎部長』と呼んでいるようだ。

「あぁ、部長ね、急にお客さんが来て、社長と同席して対応しているわ」

 先輩の女性社員が答える。

「そういえば、駐車場に見慣れない高級車が停まってましたね」

「なんでも、サカタインダストリィの紹介らしいけど……」

 先輩の女性社員は少し不愉快そうに言った。

「サカタインダストリィの紹介ってことは、ヴァンツァー関連の仕事でしょうかね」

「そうなんだろうけど……それにしても、相変わらずサカタは高慢だわ。こっちの都合も伺わずに『知り合いを紹介するから会ってくれ』だなんて……」

「サカタインダストリィっていつもそんな感じなんですか?」

「まぁ、程度に差はあれどこも同じね。大企業なんて、下請け企業は言ったことをハイハイと聞いてくれるもんだと思っているのよ。あ、美月ちゃんは社会人になって間もないから、まだピンとこないかもしれないけど……」

 美月も、この会社の社長の娘として育った身である。メーカーが有利な立場を利用して下請けに無理な要求をしてくることは知っているつもりだった。が、実際、自分が会社の中に入り、そんな話を間近で耳にすると一気に現実味を帯びてくる。

(今この時も、お父さんや隈さんは、サカタが紹介した人から無理な要求を強いられているのだろうか……)

 と、少し心配になる美月だった。

 

 社長室の応接間。4人が2対2でテーブルを挟み向い合わせにソファに座っている。

 一人は、佃宙志。

 この佃製作所社長4代目は、国立の東京科学大学を卒業した後、オーストラリアの大手ヴァンツァーメーカー《ハイネマンインダストリィ》に入社、日本支部でエンジニアとしてヴァンツァー開発に携わっていたが、ハイネマン社の経営が傾き、2060年頃希望退職者を募った際『この機会に実家の佃製作所を継ごう』とハイネマン社を辞め、佃製作所の社長に就任した。現在60代半ばである。

 結局ハイネマンインダストリィは経営を立て直すことができず、約10後に坂田製薬(現サカタインダストリィ)に買収されることとなるのだが、当時一緒に仕事していた宙志の同僚たちの多くが、サカタインダストリィに移籍したため、その事が、佃製作所とサカタインダストリィの繋がりを強める一因にもなっていた。

 宙志は、技術者としては優秀なのだが、いわゆる《職人肌》の技術者あり、自分の専門分野以外は全く興味を示さないところがある。故に会社の経営にはあまり関心がない。実際、今の佃製作所の経営を仕切っているのは妻の《奈緒美》である。

 佃奈緒美は元銀行員である。若い頃、佃製作所の担当でチョクチョク佃製作所に出入りしていた。その際、先代の社長がその高い経済感覚を気に入り、『ウチの息子と会ってみないか?』と宙志と引き合わせたのが二人の馴れ初めである。結婚後は銀行を辞め佃製作所に勤めることになった。

 宙志と奈緒美の間には子が2人いる。一人は今年30歳になる長男。そしてもう一人は美月である。

 応接室に話を戻すと、宙志の隣には隈崎が並んでソファに座っている。テーブルを挟んで対面にジョージ・兼松、そしてその隣にもう一人、若い外国人女性が座っていた。

 まず、兼松が自己紹介をした。

「私どもは《ニルバーナ》というU.S.N.軍に所属する研究開発機関でして、サカタインダストリィさんとは技術協力をさせていただいています」

『U.S.N.軍』という兼松の言葉に、宙志と隈崎の表情が少し硬くなった。それを機敏に察した外国人女性が、

「軍に所属しているといっても、我々は、技術の研究・開発を目的とした独立性の高い機関ですので、ご懸念には及びませんよ」

 と、うっとりさせるような微笑みを見せた。

《ファイナ・シルキア》

 この外国人女性はそう名乗った。おそらくザーフトラ系の人間であろう。透けるように肌が白く、ロシアンビューティを絵にかいたような美人である。年齢は、まだ20代後半といったところか。

 兼松はハハッと、その場をごまかすように愛想笑いをし、

「ところで、本日お伺いしたのはですね、ま、このことは詳しくは申し上げられないのですが……」

 と前置きした後で、

「実は、我々ニルバーナとサカタさんとでですね、今ヴァンツァーの次世代型コンピュータを開発中でして、そのコンピュータに対応するヴァンツァーの部品を御社に造っていただけないかと……」

 と、話を切り出した。

「どのような部品でしょうか?」

 宙志が聞き返す。

「左腕に搭載する予定の格闘武器なんですが……」

 そう言いながら兼松は、色々と数値が記載されているリーフレットを宙志と隈崎に手渡した。

「このデータと同等もしくはそれ以上の威力をもったクロウをお願いしたいのですが……」

 しばらくその内容を見ている二人。ふと、宙志が口を開いた。

「これ……参考にしているのは《ダスラークロウ》ですかね?」

 驚く兼松とファイナ。

「えっ!、数値を見ただけで分かるんですか⁉」

「えぇ、実はダスラークロウのブースターのバルブシステムをジェイドメタル社に提供しているの、弊社なんですよ」

 そう答えたのは隈崎である。

「はぁ!そうだったんですか!」

「はは、ロケットエンジンのバルブシステムは、先々代から受け継がれている佃製作所の得意分野の一つですから」

 宙志は少し照れながらも自慢気に言った。

「なるほど、坂田社長からお話は伺ってましたが、思ってた以上に素晴らしい会社ですな」

「いや、恐れ入ります……」

「正直申しますと、このプロジェクトに関する部材の制作を外注に任せるのは、あまり乗り気じゃなかったんですよ。でも、今日お話を伺って考えが変わりました。近いうちにサカタインダストリィの方から正式な発注依頼があると思いますが、その際には是非とも前向きに検討していただきたい」

「一つお聞きしたいのですが……」

 と、隈崎。

「何でしょう?」

「今『外注に任せるのは、あまり乗り気じゃなかった』とおっしゃいましたが、それが当然だと思うんですよ。ニルバーナさんとサカタさんが共同開発しているトップシークレットの新型コンピュータとそれに対応するヴァンツァーでしたら、本来ならサカタさんが自社開発するべき案件です。何故それが、下請けに出すのも止む無しという事になったんでしょうか?」

「まぁ、サカタさんみたいな大企業になると、フットワークが重いと言いますか、融通が利かないと言いますか……なかなか柔軟に仕様変更の対応が出来ないんですよ。このままだと予定に間に合わない。それで、坂田社長と相談して御社にお願いする事となった次第でして……」

 その応えに対し、隈崎の表情はあまり納得していない。だが、これ以上聞いても無駄だろうと思い、

「あ、そういう事でしたか……」

 と、ここは話を納めた。

 その後、軽い雑談などを交えながら4人の会話が続いた。兼松とファイナが佃製作所を後にする際、宙志と隈崎は2人を社門まで見送った。

 2人を乗せた高級車が見えなくなった後で、

「隈さん、この話、どう思う?」

 と宙志が隈崎に尋ねた。

「技術的にはかなりキツイ案件です。できるかどうかは五分々々といったところです。……それよりも……」

「ん?」

「きな臭い匂いがプンプンしますね」

 隈崎は断言するように言った。

「やっぱり、隈さんもそう思うかい」

「ええ、あの兼松とかいう人『予定に間に合わない』って言ってましたけど、何の《予定》なんだか?単なるスケジュールの問題じゃないように感じましたけど……」

「U.S.N.所属の技術開発機関とサカタインダストリィ……真っ先に思いつくのは……」

「戦争、でしょうね……ニルバーナとサカタは何か掴んでるんだと思いますよ。近々、争い事が起こるような情報を……」

「戦争が起きたら、ヴァンツァーを売りまくって大儲けしようって魂胆か……それまでに新型の開発を完了させておきたいって訳だ」

「最近、ハフマン島では兵士達が行方不明になる怪しい事件なんかも起きてますからね……」

「うぅん、この話、断るか……」

「いいんですか?、ウチも一枚噛めば、サカタの大儲けにあやかれるかもしれませんよ」

 隈崎が、からかうように言った。

「隈さん!」

「はは、済みません。冗談ですよ」

(サカタインダストリィとニルバーナ機関は、近いうちに何処かで戦争が勃発するという情報を得ていて、その戦争に乗じてあくどく稼ごうとしている)

 単純にそう考えてしまうのも、この時の2人にとっては仕方ないことであろう。だが、この依頼の背景には、もっと凄惨で非道な深い闇が潜んでいたのだ。

 宙志たちがその驚愕の事実を知るのは、約3年後の2092年8月、デイリーフリーダム紙でのフレデリック・ランカスター氏のスクープ記事を待ってのこととなる。

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