翌日、五代は美月を車に乗せ出かけた。ファイナには、
「たまには、遠出して、2人で食事でもしたいんだけど」
と言ったところ、佃製作所で働いてた時は、よく2人で昼食をとったりしていたので、ファイナは、何も勘繰ることなく、
「そう、外は物騒だから、十分気を付けていってらっしゃい」
と、了承してくれた。
五代は、フリーダムから南に向かって車を走らせて行った。
「五代さん、どこへ行くつもりなの?」
少し不安気に美月が訊いた。
「ラークバレーだよ」
「ラークバレーって、U.S.N.のミサイル攻撃で壊滅した街でしょ?」
「うん」
「何で、そんな所に?」
「着いたら話すよ……何故ラークバレーが街ごと吹き飛ばされたのかも含めてね」
車内には重い空気が立ち込め、ドライブ気分でよもやま話をする余裕すらなかった。
車がラークバレー付近まで来ると、ミサイルの余波による壊れた街並みが目に入るようになり、ミサイル攻撃がいかに凄まじいものだったを物語っていた。
車はそのまま、ミサイルの直撃を受けたラークバレーの中心地へと走って行く。
「ひどい……」
美月が呟くように言った。巡行ミサイルがラークバレーを襲ってから4ヶ月、街には生々しい爪痕が至る所に残っており、中には筆舌に尽くし難い惨状を目にすることもあった。
車はゆっくりとラークバレーの街中を走り、五代と美月は瓦礫と化した街を確かめるように見廻って行った。
「U.S.N.の発表だと、ここにはO.C.U.の軍事施設があったのでミサイル攻撃した、という事になってるけど、それらしい建物は発見できたかい?」
と、一旦車を停止させた五代が訊いた。
「ううん、そんなの見当たらないわ」
「だろうね、そもそも、そんな軍事施設なんてここにはなかったんだから」
「じゃぁ、どうしてラークバレーはこんな目にあわなきゃならなかったの?」
「証拠隠滅の為だよ」
「『証拠隠滅』⁉」
「あの日、たまたまラークバレーに、ある《重要機密》が存在していたんだ。おそらく、その《重要機密》とラークバレーとは無関係だよ。偶然、《重要機密》の運送ルートだったとか、受け渡しの場所になったとか、そんな感じだと思う。それが、何らかの理由で、急遽その《重要機密》を消去する必要が生じたたんだ。それだけのためにU.S.N.はミサイルで街を丸ごと吹き飛ばしたんだよ」
「まさか!そんな事って⁉……そこまでして隠したかった《重要機密》って何?」
「これを見てごらん」
と、五代がタブレットを美月に渡した。美月がタブレット画面をスワイプさせ頁をめくっていく。タブレットには、美月には理解できないデータや資料に交じって、不気味な生物あるいは有機体の器官のようなものが写った画像もあった。思わず顔を顰める美月。
「何なの?、これ?」
「これこそが、サカタの新型コンピュータの一部だよ」
「ということはT175のコンピュータに使われてるもの?……それが《重要機密》⁉」
「そうだよ。実はね、僕は、以前から胡散臭さを感じていたんだ。サカタインダストリィとニルバーナ機関に……それで、ルーピディスにいるとき、ニルバーナ機関の仕事をしている傍らで、密かに色々と調べてみたんだ」
「よく、そんなことできたわね!さすが五代さん」
「もちろんサーバーにアクセスするのは簡単じゃなかったし、ニルバーナの建物内を調べるときも危ない目にあったさ。それと、本拠をフリーダムに移してからも調査を続けてたし、時間があるときは外へ出て関係している現地を見に行ったりしていたんだ」
「あ、それで五代さん、よく外出していたんですね」
「うん、そうやって集めたのがその資料なんだけど、ようやく確信が持てるまでになったんだ。これが何だったのかね……」
「何だったの?」
「心して聞いてね、美月ちゃん。その《サカタの新型コンピュータ》、何からできていると思う?」
「さ、さぁ……」
「人間の脳だよ」
直後、美月の目が大きく見開くと、タブレットを放り、両手で口を塞いで車の外へ駆け出ていった。そして路端に胃の腑内のモノを吐き出した。
ゼィゼィいってる美月の後ろに、五代が近寄ってきた。
「もう分かったでしょ、《サカタの新型コンピュータ》っていうのは、人間の脳から取り出した脳髄を使ってヴァンツァーを制御しようとする技術だったんだよ。そして美月ちゃんは、T175に乗ってそのデータを採らされていたんだ」
「嘘よ!、そんな人の道に外れたこと……いくらなんもあり得ないわ!」
「信じたくないのも無理はないけど、真実なんだよ。そして、このラークバレーもまた、人の道に外れた手段で全てを吹き飛ばされたされたんだ……人の道に外れたモノを跡形もなく消し去るためにね……」
暫く、呆然と立ち尽くす美月。やっと、
「五代さんは、どうしようっていうの?……集めた証拠を公表するの?」
と震えるような声をだした。
「僕が集めたデータだけでは相手にされないだろうね。『捏造データだ』とか『ディープフェイクだ』とか言われて……もしくは、世に公表する前に揉み消されるのがオチだよ……」
「それじゃぁ、どうするつもり?」
「僕が美月ちゃんに秘密を打ち明けたのは、美月ちゃんに協力して欲しいからなんだ」
「私の協力?」
「僕が集めたデータでは証拠としては弱い。でも、僕たちは、揺るぎない物的証拠を持っている」
「あ!、T175!」
「そう!、T175を持ち出して、搭載コンピュータを信頼できる第三者機関に調べてもらえば、もう揉み消しようがない!そのためには、T175を動かせる美月ちゃんの協力が不可欠なんだ」
「私に、『T175を持ち出せ』って言うの?」
「うん、やってもらえないかな?」
返答に困り沈黙している美月へ、五代はさらに話を続けてきた。
「美月ちゃん、もう僕たちは真相を知ってしまったんだよ。それとも知らない振りして、このまま、非人道的な実験に手を貸し続けるの?美月ちゃんはそれでいいの?」
なおも沈黙を続ける美月。顔が悲痛に歪んでいる。
「それに、たとえこのままT175の実戦データ収集を終わらせても、僕たちが無事でいられる保証は無いんだよ」
その言葉に、初めて美月が顔を上げ、五代の目を見た。
「おそらく、必要なデータを収集し終わったら、用済みになった僕たちは消されるだろうね。考えてもみなよ、証拠隠滅の為に何百人もの命を犠牲にすることすら厭わない連中だよ。用心の為に僕たち二人を闇に葬るなんて造作もないさ!」
「でも……サカタインダストリィとU.S.N.を相手にすることになるんでしょ?」
「そういう巨大組織だからこそ、非情な犯罪的手段を使ってくるんだよ!。金と権力にモノ言わせて、後からいくらでも隠蔽できるからね。だから、僕たちが生き延びるためには、もう選択肢は一つしかないんだよ」
「そんな事、いきなり言われたって……」
「この廃墟にされた街を見れば、それしかないって分かるでしょ!」
美月は困惑して、言葉を発せられないままでいる。
そんな2人の前に、突然、
――ギュィーン
ローラーダッシュの音を唸らせ、一機のヴァンツァーが近づきてきた。機種は《テンダス》。コクピットがガラス張りで有視界操縦をする旧世代のヴァンツァーである。中古品がリーズナブルな価格で流通しているため、現在でも、個人が趣味や防犯対策として利用している。
「こんなところで何やってんだい!」
と、テンダスの上からがなり立ててきたのは恰幅のいい中年のおばさんである。
「済みません」
おばさんの迫力に圧倒された五代が反射的に誤った。
「見たところ、軍人じゃなさそうだね……けど、ここは若いモンが乳繰り合うような場所でもないよ!分かったらさっさと出て行きな!」
「済みません」
と、五代が繰り返し、そそくさと車の運転席に戻って行った。しかし、美月は車に戻ろうとはせず、奇怪なモノでも見る様な目でおばさんを見つめ返していた。それに対し、おばさんは、
「なんだい!」
と美月に食って掛かった。
「あ、貴女こそ、ここで何をしているんですか?」
「はぁ~?、街に入ってくる軍人どもを追っ払っているに決まってるだろ!」
「何のために、ですか?」
「『何のために』だぁ~?、私の住む街を、自分で守って何が悪い!」
「貴女、ラークバレーの住民だったんですか⁉」
「あぁそうだよ、ここの生き残りさ!。だから、この街をこんなにしやがった軍人どもは一歩も入れさせないのさ」
「でも、ここはもう壊滅してしまって、誰も住んでいないんですよね。それでもここを守る意味ってありますか?」
「あんたも見ただろ、ここの惨状を……ここには軍事施設なんかありゃしない。それなのに、一方的に、住人は軍関係者だと決めつけられて大量虐殺されたんだ。こんなことって許せるかい?」
「お気持ちは分かりますが、他にやり方があるでしょう。このままだと、いずれ貴女も……」
「フン、そんな心配は余計なお世話だよ!。私は私のやり方で、平穏な暮らしをぶち壊した奴らに抗うだけさ!たとえこの身がどうなろうとも、私のやり方で真実を訴え続けるんだ。それが、全てを失っちまった私の使命なんだよ。ラークバレーで唯一人生き残っちまった者のね……」
美月には返す言葉もなく、その場に佇んでいるしかなかった。
「さぁ、早く行きな……軍人どもに見つかったら、あんたらも厄介事に巻き込まれちまうよ」
そう美月に言ったおばさんの声は、感情的だったさっきまでとは違い理性的であり、どこか温かさが感じられた。
一度車に戻った五代が、美月の元へ返ってきて、
「美月ちゃん、もう行こうよ」
と声を掛けた。
五代に促され車へと歩き出す美月。
車に入る前、ふと、おばさんの方へ目をやった。すると、おばさんは、
「あんたたち、ここで見たことを一人でも多くの人に伝えておくれ!それが真実を知った者の使命だよ!未来ある若者のネ!」
と大声で叫び掛けてきた。
美月はしっかりとおばさんを見据え、小さく頷いた。
フリーダムへの帰りの車内、2人の会話はほとんどなかった。ただ、
「五代さん、仮にね、私がT175を持ち出したとして、どうやって島から出るの?……行先は?」
「う~ん、そこが問題なんだよね……」
「……」
「もし、具体的な計画が定まったら……美月ちゃん、やってくれるの?」
「そんなの……分かんないよ」
そんなやり取りを交わしただけであった。