下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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ラスト・ヴァンパイア

 五代は、宿舎兼倉庫があるフリーダムから港町ニューミルガンまでのルートを熟考し、最終的には、人気の少ない山岳沿いの道を、美月一人が操縦するT175単体で進ませる方法を選んだ。理由は大きく2つある。

 1つは、確かに、最短でニューミルガンに着くならば、T175をトラックに乗せ舗装された大通りを走ればよい。しかし、この方法だと、道を封鎖されたらお手上げだし、もし追っ手が迫ってきた場合、ヴァンツァーを起動させる間にやられてしまう。だから、多少時間を要してでも人目に付きにくい悪路をヴァンツァーで移動することにしたのだ。

 もう1つは、やはりファイナの存在である。T175が持ち逃げされたことを知れば、間違いなく彼女は追ってくるであろう。通常のヴァンツァーだったら、仮に戦闘になっても振り払うことはできようが、ファイナの駆るヴァンツァーと戦闘になれば、いかにT175と云えど勝てる見込みは少ない。ましてや時間内にニューミルガンに着くことなど不可能である。そこで、五代はフリーダムに残り、ファイナをできるだけ長く足止めしておいた方が得策であるという結論に至ったのだ。

 そして、2090年9月30日夜、予定通り計画は実行されようとしていた。

 時間は、バーグ運輸の指定した23時50分から逆算した時間よりも大分早い。何の障害もなくニューミルガンまで辿り着けるとは限らないので、バッファーを多めに取ったのだ。もし運良く、すんなりとニューミルガンに着けそうなら、美月が時間調整をすることになっている。この時間調整の方法も、五代がいくつかの案を挙げてくれていた。それが無駄にならないことを願うばかりである。

 美月は倉庫で待機し、五代はファイナの部屋を訪ねた。

「ファイナさん、今、お時間よろしいでしょうか?」

「大丈夫よ、何?」

「先日の美月ちゃんの試合で、ちょっと気になることがあるんですけど……」

 そう言って五代はタブレットを見せた。タブレットにはT175のバトル映像が映し出されている。

「なんか、違和感があるんですよね……」

「どんな違和感かしら?」

「あ、画面が小さいと分かりにくいんで、モニターに映してもいいですか?」

「構わないわ」

 五代がタブレットの映像をモニターに転送した。

「うまく言えないんですけど……なんか、動きがぎこちないというか、カクついてるような感じがするんですよね。それに、微かですが変な音もしてるような気がするんですよ」

「変な音?」

「ええ、よく聞いていてください」

 と言って五代がスピーカーの音量を上げると、ファイナの部屋に、闘技場の喧騒とヴァンツァーの機械音がけたたましく鳴り響いた。これが五代の狙いである。ファイナの気を映像に向けさせ、さらに大音量でT175の稼動音を掻き消そうとしているのだ。もちろん、倉庫で待機している美月がその轟音を耳にし、決行開始の合図とすることも織り込み済である。

 美月はなるべく音を立てないようシャッターを開け、サイレントモードでT175を起動させた。そして、静かに倉庫を抜け出し、《バイラブ》が停泊しているニューミルガンへと向かった。

 それから約30分ぐらいであろうか、五代はファイナに色々とT175の映像を見せ続け、「ここが、おかしいのでは?」とか「ここでも何か変な音がする」などと言ってファイナに意見を求めている。

 当然、ファイナとしては、五代が指摘したような違和感など感じられないので、いい加減うんざりしてきたところだ。

「私には特段おかしなところは無いように思うけど……五代さん、ちょっと神経質になり過ぎじゃないかしら?」

 そう言ってファイナが話を切り上げようとした時、

――トゥルルル

 ファイナのスマートフォンが鳴った。ファイナはスピーカーの音声を切って、スマートフォンを手に取った。

 電話は、ニルバーナ機関本部のジョージ・兼松からである。

「ファイナ君かね?兼松だが……」

「ファイナですが、何か?」

「ちょっと聞きたいのだが、今、T175のGPSを切って整備か何かしてるのかね?」

「いいえ、してませんが……」

「そうか、一応、念のため確認してもらえないか?」

「どうかしたのですか?」

「いや、ニルバーナの職員から『T175の位置情報が認識できない』との報告が入ったのだが……」

「え⁉、倉庫を確認して、折り返しお電話いたします」

 そう言うと、ファイナは自室を出て倉庫へと小走りに向かって行った。

 倉庫の様子を見て唖然とするファイナ。そこにT175の姿がなく、倉庫のシャッターが開いているのだ。ファイナは、美月がGPSをオフにしてT175を持ち出し逃げたのだと悟る。

(美月……早まった真似を……)

 何とか救う手立てを考えていたファイナだったが、まさか、先に美月の方から行動に出るとは思いもよらなかった。

 ファイナがスマートフォンを取り、兼松に連絡する。

「兼松部長!部長の言う通り、T175が消えてます。おそらく佃美月が持ち去ったものと思われます」

「何だと⁉、何故、佃美月はそんなことを……」

「我々の計画に気づいてしまったのかもしれません……T175を世に公表して、バイオニューラルデバイスの秘密を暴露しようとしているのかも……」

「なんてことだ!」

「申し訳ありません……私の目が行き届いていませんでした」

「『申し訳ない』で済むと思っているのか!」

 兼松の大声に、ファイナは思わずスマートフォンを耳から離した。兼松の怒声はなおも続く。

「君は何としても、佃美月を阻止したまえ!殺しても構わん!今すぐに佃美月を追うんだ!」

「もとよりそのつもりです。ですが、美月はどこへ向かったのか……」

「おそらくフリーダムから西の方へ逃げたのだろう。東はU.S.N.の勢力圏、ニルバーナの本拠地からは遠ざかろうとするのが自然だ」

「承知しました。すぐに追いかけます」

「ファイナ君、分かっているとは思うが、情は禁物だぞ」

「そ、その点は、ご心配なく……」

 と言ってはいるが、内心では美月を助けたいと思っている。

「その言葉、信じてよいのだな。いくらT175がBD対応型の優秀機とは云え、パイロットは素人だ。元《ヴァンパイアズ》の《ナンバーズ》だった君がその気にさえなれば、簡単にやれる相手だ……」

『元《ヴァンパイアズ》の《ナンバーズ》』

 その言葉を聞いた瞬間、固まるファイナ……

 少し注釈すると、《ヴァンパイアズ》とは、1年ぐらい前にハフマン島で起きた、兵士が行方不明になったり不審な遺体で発見されたりした事件に深く関与した謎の組織である。この事件の裏には《パペット・ソルジャー・プラン》というヴァンツァーパイロットの脳を施術して人体兵器とする計画が潜んでいた。この《パペット・ソルジャー・プラン》自体は完成半ばで頓挫するのだが、その研究内容はニルバーナ機関に引き継がれ、今のバイオニューラルデバイスへと転化していったのだ。

 ファイナは、かつて《ヴァンパイアズ》のメンバーであり、その中でも《ナンバーズ》と呼ばれた精鋭の一人だったのである。《ヴァンパイアズ》が壊滅した後、どうして彼女が生き長らえ、どんな経緯でニルバーナ機関に入ったのかは不明であるが、《ヴァンパイアズ》だった過去を持ち出されることに強い厭悪感を示すあたりは、今よりももっと酷い任務に当たっていたに違いない。

 兼松が、ファイナの古傷に触るような言い方をしたのは、単に苛立つあまり嫌味と皮肉を込めたのか、それとも、暗に(お前は所詮人殺しなのだ)と釘を刺すことで美月への情を断ち切らせようとしたのか……

 蔑まれるような屈辱を、ファイナはグッと歯を噛みしめて堪えた。

「はい、必ず食い止めてみせます」

 精一杯そう答える。今はT175を追うのが先決なのだから。

「頼んだぞ……《セイレーン》」

 兼松は、わざとファイナを《セイレーン》と呼んだ。《セイレーン》と云うのがヴァンパイアズ時代の彼女のコードネームである。怒りと悔しさでファイナの目は血走り涙が滲んでいた。

 涙を堪え、ファイナはシートにくるまれたヴァンツァーに駆け寄った。T175と一緒に倉庫に搬入されたもう一機の自分用のヴァンツァー……

(できることなら、これに乗らなけらばならない状況にはなって欲しくなかった……)

 そう思いながら、コクピットハッチ周辺のシートを引き剥がす。

 コクピットに乗り込みヴァンツァーを起動させると、そのヴァンツァーは機体を覆っているシートを破りながら立ち上がった。

 千切れたシートが舞う中、姿を現したのは漆黒の機体、XW-N《アルカード(ALLUCARD)》……《ヴァンパイアズ》の専用機である。左手に《F-Xインペリアル》パイルバンカーを装備し、右手で《ヘキサG3》ライフルを握っている。単発だが攻撃力の高い武器を好むのは、一撃必殺がファイナの本来の戦闘スタイルだからだろう。

 ファイナが美月を追おうと外に出ようとしたその時、倉庫のシャッターが閉まり始めた。

「……⁉」

 五代が、少しでも長くファイナを足止めするため、倉庫へ来てシャッターを下ろし出したのだ。

(そう……あなたたちグルだったのね)

 五代が自分の部屋に来て変な質問を続けたのも、そういう訳だったのか、と今更気づく己の迂闊さにも嫌気がさした。

 ファイナが、ヴァンツァーのライフルの銃口を五代に向け、

「美月は何処へ行ったの?言いなさい!」

 と脅す。

――バン

 威嚇の一発が五代の足元に着弾し、飛散したアスファルト片がバチバチと五代に当たった。思わず怯む五代。

「次は、外さないわ!さぁ、言いなさい!」

「どっちみち、用が済めば、僕たちを殺すつもりなんだろ!」

 震えながらも、勇気を振り絞る様にしてなんとか五代が叫び返した。

「今、素直に言えば、命だけは助けて貰えるよう進言してあげるわ」

 五代からの返答はない。

「そう……じゃぁ、仕方ないわね」

 ファイナのヴァンツァーが一歩また一歩と五代に近づき、ライフルの銃口を伸ばしていった。

 五代は怯えた表情で後退りしていくが、とうとう背中が倉庫の壁に付いてしまう所まできてしまった。

「まっ、待って下さい」

 五代はワナワナと震えながら声を絞り出した。

「美月は何処へ行ったの?」

「ニュ、ニューミルガン……」

「ニューミルガン⁉、ニューミルガンから船でT175をハフマン島の外に持ち出すつもりなのね?」

 顔を青くした五代が小さく2度頷く。

「約束通り命は助けるわ。だけど逃ようなんて思わない事ね!ニルバーナがどんな組織か知ってるでしょ?逃げたって必ず見つけ出すわ。その時は本当に命はないものと思いなさい」

 そう言ってファイナはヴァンツァーを急加速させると、既に閉まり切ったシャッターにヴァンツァーのタックルをかました。

 外へ吹き飛ぶシャッターと共にヴァンツァー《アルカード》が勢いよく倉庫を飛び出す。

 倉庫内では、脅されていた筈の五代が、

(……ニヤリ)

 と、口端を歪め不敵な笑みを浮かべていた。

 美月を追うべくニューミルガンへと向かうファイナには、そんな五代の様子を知ることはかなわない……

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