下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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真実を知る時

 美月の乗るT175は、ニューミルガンの商船埠頭から約3キロメートルほど離れた郊外の雑木林に身を潜めていた。五代が時間調整の場として挙げていた所の一つである。幸いにして何の障害もなくここまで辿り着けた。あまりの順調さに、自分でも何故か怖くなる……

 9月30日23時45分。バーグ運輸の指定した日時の5分前。あとは《バイラブ》が停泊している第3バースに駆け込むだけである。

 T175は雑木林を抜け一般道に出ると、商船埠頭に向けて一気にローラーダッシュをかけた。

 と、その時、

――ヴィーン、ヴィーン

 コクピット内に危険を知らせる警告音が鳴り響いた。

「えっ!」

 と驚いてる間に、後ろから猛スピードで一機のヴァンツァーが迫って来ていた。美月の見たことのない漆黒のヴァンツァー。だが、それに搭乗しているパイロットが誰なのかは確実に分かった。

(間違いない!ファイナさんだ)

 ファイナは、美月がここを通ることを予め予測し、近くで張っていたのだ。

 美月もファイナを振り払うべくT175を加速させる。

 ファイナの駆るヴァンツァー《XW-N(アルカード)》が、ライフルの照準をT175の脚部に合わせた。高速でヴァンツァーを走らせながら動く相手を狙うなど、普通は無謀である。だが、ファイナの腕をもってすればそれも可能なのだ。

――バン

 しかし、ファイナが自信をもって放ったライフル弾はT175に避けられ、装甲を少し掠めただけだった。

(⁉)

 訝し気な表情をするファイナ。今度は十分に距離を詰め、再度、脚部に向けてライフルを撃つ。

――バン、バン

 2発の弾は、またしてもT175にギリギリで躱された。

(そんなバカな!)

 今度は、命中しやすいボディを狙い澄ませて撃つ。運が悪ければ美月を傷つけることになってしまうが、止むを得ない。

――バァーン

 その銃声も、やはり空しく響いただけだった。T175は弾道を嘲笑うかのように華麗な急旋回をして、ファイナの狙撃を遣り過ごした。そんな動きは、いかにT175がBD対応型ヴァンツァーとは云え、今の美月のレベルでは到底不可能である。

(まさか!)

 ファイナは何かに気づきハッとした。何故、T175が一連のライフル射撃を躱すことができたのか?、それは、

(T175の搭載しているコンピュータが今までと違う!)

 からである。

 T175のコンピュータが、人間の脳を利用したものと云うのは既に述べた。だが、今までのは人口受精によって生み出した胎児の脳を用いた《初期型》のBDであった。それが、熟練兵士の脳を用いた《次期型》のBDに替えられていたのである。当然、《次期型》の方が《初期型》よりも予測性能や反応速度等あらゆる面で優れていることは言うまでもない。

 コンピュータが替わっている事は、当の美月も気付いていない。ファイナのライフルが当たらないのは、懸命に逃げて、懸命に躱して、その結果、運よく被弾せずに済んでいる、ぐらいの認識である。

 T175の搭載しているコンピュータが《次期型》に替えられていたという事実……それは、ファイナに衝撃の真実を突き付けることとなる。

(誰が、T175のコンピュータを差し替えたのか?)

 それが可能だった人物は一人しかいない。いつでもT175に触れる整備士……

(五代智⁉)

 でも、どうやって五代は《次期型》のBDを入手できたのか?。ニルバーナ職員でも、簡単に外部には持ち出せない物を、セキュリティを掻い潜り盗んで来るなどできはしない。

 ファイナはある結論に達した。

(そうか!私の知らないところで、五代智は、ジョージ・兼松らニルバーナ機関の中枢部と繋がっていたんだわ……)

 そう、五代智こそが、TYPE90のクロウ制作からT175のデータ実戦データ収集までの、佃製作所に関わる一連のプロジェクトを裏から誘導していた《真のお目付け役》だったのだ。

(全ては、五代がニルバーナ機関とサカタインダストリィの意を受けて、舞台を回していたのね……)

 

 フリーダムの倉庫。ファイナがシャッターを壊した後に、開けっ放しの入り口から少し冷たい風が吹き込んでいた。

 そんなことは気にもせず、五代は、何事もなかったかのようにタブレットを操作して、淡々と何か作業をしている。数時間前にファイナに脅され、殺されかかったことなど何とも思っていない様子だ。

――トゥルルル

 五代のスマートフォンが鳴った。事務的にスマートフォンを取る。誰が電話を掛けてきたのか、もう分かっているのだろう。

「五代君、ご苦労だったね」

 電話を掛けてきたのはジョージ・兼松だった。

「いえ、部長も、お疲れ様です」

「うむ、思惑通り、今しがたニューミルガン郊外でファイナと佃美月の戦闘が始まったよ」

 ニルバーナ機関本部に居たと思われた兼松だったが、今はニューミルガン郊外に来ていて、ファイナと美月の戦闘の状況を遠目で見ているのだ。

「これが、最後の実戦検証になる。『並のパイロットが、熟練兵士の脳を使ったBDヴァンツァーを操った場合、超一流パイロット相手にどこまでやれるのか?』そのデータが収集されれば、ここでの君の仕事も終わりだ」

「そしたら、少しゆっくりしたいですね……今回の仕事は疲れましたよ」

「そうは言っておられんぞ。坂田社長は、直ぐにでも君をヴァンツァー開発の本流に戻したいと言っている」

「ええ、元々、坂田社長は僕を佃製作所に出向させる気はなかったって聞いてます」

「そうなんだよ。坂田社長が『TYPE90のクロウ製作を佃製作所に外注する』って言った時、ニルバーナの幹部たちが、君を《お目付け役》に付けるのを条件としたからね、坂田社長も渋々その条件を呑まざるを得なかったと云う訳だ」

「僕としては、いい迷惑ですよ……」

「君には申し訳ないことをしたと思っている。当初はクロウ開発だけのつもりだったのが、成り行きで、そのクロウのテスト用ヴァンツァーまで試作することになってしまい、君には苦労をかけた……だけど、君がいてくれて本当に助かったよ。君がいなければ《T175》の完成はなかったからねぇ」

「どうも恐縮です。でも、その頃は僕もけっこう楽しくやってたんですよ。仕事にやり甲斐もありましたし……辛かったのはその後です」

「心中察するよ。『T175でデータを採りたい』という話になり、さらに戦時下のハフマン島にまで来て検証を続けることになってしまったからねぇ……まぁ、それは逆に《T175》が優秀機だったからだ。このことは君への評価と思っていいんじゃないかね」

「ええ、その点は素直にありがたいと思っていますけど、それが裏目に出たというか……まさか、美月とファイナに殺し合いをさせることになるなんて……」

「長いこと一緒に仕事をしていて、2人に情が移ってしまったか?」

「そうですね……」

「仕方ないだろ……まぁ、ニルバーナがファイナを雇っていたのは、こういう時の為でもある……彼女は元《ヴァンパイアズ》だ。もし、この戦闘で命を落とすことになっても、その覚悟はできているだろう」

「でも、美月は……」

 その言葉を聞いた兼松は、

「いや、君がそれを言う資格はないだろう!。そもそもコンピュータの誤認証と偽って、勝手に彼女をT175に乗せてしまったのは君だからねぇ」

 と幾分厳しい口調で返した。

「それは……そう、なんですけど……」

「しかも、その事実を打ち明けたのは、君がハフマン島に来てからだよ。我々は、本当にコンピュータが不具合を起こしたと思っていたんで、原因究明に要らぬ時間と手間を割くはめになったんだよ」

「その点に関しては申し訳ありませんでした……言いにくい事だったんで、先延ばしにしているうちに時間が経ってしまい、タイミングを逸してしまいました……」

「うむ……でも、どうして君は、『ファイナ以外T175は扱わせない』というルールを破ってまで佃美月をT175に乗せたりしたんだね?」

「そ、それは……以前にもお答えしたように、ほんの遊び心というか、ちょっとした悪戯のつもりだったというか……」

 兼松は、そんな回答では納得できないのか、しばらく黙って五代の言葉を待つが、

「まぁ、いい……おかげで有益な比較データが採れたわけだし、開発の現場も『怪我の功名』と言っている」

 と、取り敢えずはこの懸案を収めた。さらに兼松は言葉を継ける。

「本当は、もう少し、闘技場バトルで火器を使用したデータを集めたかったところだが、佃美月がBDの秘密を勘繰り始めた以上、最終検証である『熟練兵士の脳を使用したBDでの一流パイロットとの対戦』を早めるべき、という結論に至った」

「でも、美月は何も知りませんでしたよ。現に、僕がラークバレーで、T175を持ち逃げするよう美月を唆した時も、彼女は驚きのあまり嘔吐までしていましたから……」

「いや、佃美月がBDの秘密に辿り着くのは時間の問題だっただろう……だから君には、敢えて佃美月にBDの真相を話してもらい、T175を持ち出すように仕組んでもらったんだよ」

「『美月がBDの秘密に気づき始めた疑い』って、夜、フリーダムの酒場で、何度か知らない男と会ってたただけでしょ?」

「その『会ってた男』っていうのが、どうやら元O.C.U.軍人で、ラーカス事件の関与者らしいというのが、こちらの調査で分かった」

「えっ!」

「それで、万が一に備え、早めに対処することになった……傷口が広がってからでは取り返しがつかないからねぇ」

「……」

「実を言うとね、私も、無関係だった佃美月は、実験が終わったら元の場所に戻してやりたいと思っていたのだけどね……こうなった以上、止むを得ない判断だ」

「それでも、何も、ファイナ・シルキアを美月にぶつけなくても他に相手がいたのでは?」

「当初は、佃美月を戦火の激しいロクスタ砂漠あたりに誘導し、雇った一流の傭兵ヴァンツァー乗りと闘わせようかと考えていたのだが、まさか、佃美月の方から逃走計画を提案してくるとは思わなかったからねぇ、急遽ファイナにその役割を担ってもらうことにした」

「部長、一つだけいいですか?。もし、美月がファイナに勝った場合、美月はどうなります?」

「逆に君に聞きたいが……佃美月がファイナに勝つ可能性は、数パーセントでもあると思うかね?」

「ほとんどないでしょうね……それどころか、そもそも美月はファイナに闘いを挑もうとはしないかもしれません」

「あくまで『逃げ切る』ことしか考えていない、という事か?……だが、ファイナから逃げ切るなど不可能だ。とすれば、佃美月は嫌でもファイナと戦わざるを得なくなる……ファイナを倒さなければ、『座して死を待つ』だけになるのだからな」

「そうでしょうか……美月は、この期に及んでも、心のどこかでファイナを信じていると思いますよ……」

「ふむ、そうなると最終実戦検証のデータとしては物足りないモノとなってしまうが……まぁ、こうなったら止むを得まい」

 五代が話すスマートフォンの向こうから、

――バーン

 と、何か炸裂音が響いてきた。美月とファイナの闘いが、本格化してきたのだろう。

「お、五代君、そろそろ切るよ。私はファイナと佃美月の闘いの行方を見届けて、T175からBDとデータボックスを回収しなけらばならないからねえ」

「……」

「いずれにせよ、佃美月には死んでもらわなければならない。もし、万が一にも美月がファイナに勝って生き残った場合、不本意だが私が手を下す」

――ガチャッ

 スマートフォンから、兼松が自動拳銃のスライドを引く音が聞こえた。

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