ニューミルガン港、商船埠頭の第3バース。ヴァンツァー乗降用の傾斜路を岸壁に降ろし停泊している大型貨物船があった。《バイラブ》である。
その甲板に、でっぷりとした身体の初老の男が立っていた。薄くなった頭髪の下にある顔の表情は険しく、埠頭の入口ゲートの方をジッと見ている。
そこへ、船員服を着た一人の男が近寄って来て、
「社長、もう時間です……これ以上は待てません。我々が危うくなります」
と、出港の許可を急かしてきた。
「船長、済まないが、もう少しだけ待ってもらえないか?」
初老の男は、哀願するように言った。
話しかけてきたのは、この船《バイラブ》の船長らしい。そして『社長』と呼ばれた初老の男は、《バーグ運輸》の社長《サリバッシュ・ラブラ》氏である。
バイラブの船長は、
「分かりました……でも、5分が限界です。それ以上だと警備の目に付くリスクが高くなります」
と渋々承諾した。
「済まない……」
サリバッシュ社長は、船長に向け薄くなった頭を垂れた。
ニューミルガン郊外では、暴走したT175がなおファイナのXW-N(アルカード)に猛攻を続けていた。ファイナは、そのT175のクロウ攻撃を巧みに躱しながら、
「美月、聞こえてる?」
と直通信回線越しに美月に呼びかけた。
「あ!、ファイナさん!」
「いい、よく聞いて。これからT175の強制脱出システムを発動させるわ」
「そ、そんなこと、どうやって?」
「大丈夫、私に任せて……コクピットブロックの強制排出は、パイロットにもかなりの負担がかかるから、あなたは衝撃に備えて心の準備をしておきなさい」
「は、はい……」
「美月……心配しないで……あなたを絶対に助けるから」
そう言って、ファイナはフゥーッと深く息を吐いた。そして、何を思ったか、XW-N(アルカード)に、持っていた右手のライフルを放り投げさせた。
(さぁ、来なさい)
XW-N(アルカード)が大きく両手を広げて、T175の真正面に立ち塞がった。懐ががら空きの無防備な態勢である。
T175はここぞとばかりに突進してきて、左手のクロウをXW-N(アルカード)のコクピット目掛けて突き刺した。3本の爪がXW-N(アルカード)のコクピットブロックを鷲掴みし、
――メキ、メキメキィーッ
と、ファイナごとコクピットを握り潰した。
「ファイナさーん‼」
突然目の前に起きたファイナの自殺行為とも云える出来事に、悲鳴を上げる美月。
押しつぶされたコクピット内で、ファイナは血を吐きながらも、XW-N(アルカード)に最後の指示を出すため、懸命に操縦桿に手を伸ばした。
XW-N(アルカード)は、右腕でボディに喰い込んだT175の左手を絞り上げ、左腕でT175の胴体をガッチリと抱き込んだ。そして、頭部カメラが赤く光る。
――ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピコン……
警告音を発しながら、XW-N(アルカード)の頭部カメラが点滅しだした。
遠退く意識の中、ファイナは祈りを捧げるように願った。
(きっと伝わる筈だわ……この警告サインが意味するものが何か……T175のBDに使用された兵士が優秀なヴァンツァー乗りだったなら……必ず……)
そして、
「ありがとう……美月……楽しかった……わ。あと……五代には……気を付け……」
と、最後の声を発した直後、
――ドッカーン
大音量と共にXW-N(アルカード)が大爆発を起こしたのだ。当然T175も爆発に巻き込まれて四散した。
XW-N(アルカード)の爆発は《イレイサー》と呼ばれる自爆装置が発動したためである。《ヴァンパイアズ》が乗るヴァンツァーには、機密保持のため、機体が動作不能となると自爆装置が起動するシステムが組み込まれており、ファイナは敢えて自爆装置が発動する状況を作ったのである。
その爆発の光と音と振動は、ニューミルガン港商船埠頭の貨物船《バイラブ》の甲板からも確認できた。
「あぁ~、失敗だったか……」
サリバッシュが無念そうに呟き、天を見上げた。
この、何度も危ない橋を渡ってきた百戦錬磨の闇商人には、遠目から爆発を確認しただけで、何が起こったのか全てを察することができた。
「船長、もういい、急いで船を出してくれ」
サリバッシュは、そう船長に告げると、足取り重く船内に入って行った。
XW-N(アルカード)の自爆と共にT175も跡形もなく消えた。
と見えたが、何かマッサージチェアの前面をカプセルで覆ったような感じだのモノが少し離れた場所に飛ばされ、アスファルトの路面上に落ちていた。それはT175の脱出ブロックであった。XW-N(アルカード)の自爆装置が起動するほんのコンマ何秒か前だっただろう……T175の強制脱出システムが先に発動していたのだ。但し、爆発の衝撃波はもろに浴びているので、通常の強制脱出よりもパイロットへの負担はかなりのものだった筈だ。
脱出ブロックのハッチが開き、ヨロヨロと美月が出てくる。意識が朦朧としているようだ。それでも、
「……ファイナ……さん……」
と、目の前にある大炎上の中にファイナのを探した。
そこにファイナの姿は見当たらない。と云うより、爆発後の熱さと揺らめく陽炎のため、まともに人を探せる状態じゃないのだ。ましてや美月本人は意識を失いかけている。
(……⁉)
陽炎の隙間から湧き出るように人影がこちらに近づいてきた。
(もしかして……ファイナさん?)
一瞬そう思ったが、朦朧とした意識でも、その人影がファイナではないのは直ぐ分かった。モデル体型のファイナのシルエットとは程遠い。その人影は明らかに男である。
「ファイナめ、なんて事をしてくれたんだ!」
その声には聞き覚えがあった。ジョージ・兼松だ。
苛立つ兼松は、その後も何か不満を吐き捨てていたが、美月には聞き取れなかった。そして美月の前まで歩を進め、
「お嬢さん……悪く思わないでくれよ」
と、拳銃の銃口を美月に向けた。
(嫌よ、こんなところで死ぬなんて……)
逃げようと思っても、もうその体力も気力も美月には残っていない。
――パァン
乾いた銃声が響いた。思わず目を瞑る美月。
(……⁉、私、撃たれたの?)
それにしては、実感がない。
(それとも、死んで、あの世に召されたのかな?)
そう思いながら、恐る恐る目を開ける。
美月の目の中に入ってきたのは、眉間を撃たれスローモーションのように斃れていく兼松の姿だった。あの銃声は兼松が美月を撃ったものではない。《何者か》が兼松を撃った銃声だったのだ。
(私……生きてるの……かしら……?)
そう疑問に思うほど、ますます意識は遠ざかっていく。もう視界も霞んで見えなくなってきたとき、遠くから《何者か》の声が聞こえてきた。いや、実際は美月のすぐ傍で話しかけていたのかもしれない……
「あなたがここで見たり知ったりした事は、決して誰にも言ってはいけない。あなたが言ったところで誰もまともに信じてはくれないだろうし、もし、あなたが誰かに言ったときには、その時こそ本当にあなたは命を奪われる……いいね」
そう《何者か》は言ったように聞こえた。意識が薄れているので、正確かどうか分からない。
(この人が、私を……助けてくれたの……?)
と、その《何者か》が誰なのか確かめようとしたが、それは叶わなかった。美月の気力は限界に達し、ここで完全に意識を失ってしまった。
美月が意識を取り戻した時、そこは病院のベッドの上であった。まず目に入ってきたのは白い病室の天井である。
「美月ちゃん?」
聞き覚えのある声がした。声の方へ目を移す。
「よかった、気が付いたみたいだね……」
と、側で声を掛けていたのは坂田竜二だった。
(まさか、竜二さんが兼松を撃ち、自分を病院に運んでくれたのかしら?)
「竜二さんが私を助けてくれたの?」
美月の問いに竜二は首を横に振った。
「俺じゃない。俺は『美月ちゃんがこの病院に搬送されてるから行ってやってくれ』って言われたんで駆け付けただけなんだ」
「誰に頼まれたの?」
「浮浪者風の初老の男だった。その男も、俺に伝えるよう誰かに金で頼まれたらしい」
(じゃぁ、私を助けてくれたのは一体誰なの……)
美月の目が竜二から離れ、虚空を仰ぐ。
「美月ちゃん……」
竜二がまた声を掛けてきた。
「体が良くなったら、美月ちゃんは早く日本に戻った方がいいよ」
「うん、そうだね……」
「実は、佃社長には俺からもう連絡しておいたんだ」
「そう……お父さん、何か言ってた?」
「いや、『娘が面倒かけて済みませんけど、よろしくお願いします』としか言ってなかったよ」
「そう……」
暫し重い沈黙があった後、
「今回の爆発で、病院に運ばれたのって私だけ?」
と美月が訪ねた。
「それは分からない。もしかして美月ちゃん以外にあの爆発に巻き込まれた人がいるの?」
「……ファイナさんが……ね」
「そうか、そもそも今回の爆発は、そんなに大々的にはニュースで取り上げられていないんだ。『ロクスタ砂漠でのU.S.N.とO.C.U.の軍事衝突がニューミルガン近郊にも及んできたか?』ぐらいの扱いだから……」
たしかに、現在のハフマン島の情勢は、ロクスタ砂漠を中心とするその周りで大小様々な軍事衝突が頻繁に起こっており、それらをいちいち詳しく報道していたらキリがない。
(やはり、ファイナさんは私を助けて死んでしまったのだろうか?)
「そのファイナ・シルキアって人についてだけど……」
と竜二が言いにくそうに口を開いた。
「俺なりに、ちょっと探ってみたんだ……」
「何か、分かったの?」
「ごめん、今の俺の情報網じゃ何も分からなかった」
(でしょうね……)
美月は心の中でそう思った。ニルバーナ機関が闇深い組織だったというのを知った今、ファイナもその筋の人間であったことは容易に想像できる。
「でもね、五代智に関しては少し分かったよ」
「え⁉」
「美月ちゃん、前に『五代智は日本科学技術大学の先輩だ』って言ってたよね?」
「ええ……」
「それは嘘だったよ。五代が卒業したのはマサチューセッツ工科大学。超エリートだ!。その中でもトップクラスに入る成績だったらしい」
絶句する美月。
(そうか、五代さんが学歴の事をあまり話題にしたがらなかったのは、中堅大学卒のコンプレックスではなく、学歴を詐称していたからだったんだ。ましてや、詐称した大学の本当の卒業生である私と話すと、ボロを出してしまう怖れがあるから……)
「その五代の優秀さを聞きつけたウチの兄貴が、一本釣りでサカタに入社させたらしいよ」
(五代さんは、自分が優秀な人間だと周りに悟られたくなかったのね……何故そうしなければならなかったのか……)
美月の頭にファイナが言った最後の言葉が蘇る。
『五代には……気を付け(なさい)』
もう美月も気づき始めていた。新型コンピュータ対応クロウ製作からT175に係わる一連のプロジェクトに関与し、人知れず糸を引いていたのが誰だったのか……
(始めから、みんなあの人の掌の上で踊らされていたのね……)
そうとも知らず、
『サカタインダストリィとニルバーナ機関の暴挙を世に知らしめることが、天から託されたされた自分の《使命》である!』
などと本気で思っていたことにつくづく呆れ果て、そんな自分に対し無性に嫌気が差してくるのだった。