下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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過ぎゆく中で

 ニューミルガン近郊で、ファイナのXW-N(アルカード)がT175を巻き込んで自爆した日から数日後、体調が回復した美月は、坂田竜二が手配してくれた便で日本へ帰った。

 父の佃宙志は、涙ぐみながら会うなり美月を抱きしめた。対して母の奈緒美は、いきなり美月の頬にビンタを喰らわせ、

「だから言ったじゃないの!『ハフマン島になんか行くんじゃない』って!」

 と、怒声を浴びせかけた。

 佃製作所に戻り、隈崎を始めとする社員たちに頭を下げた後、美月は兄の天明の執務室へ向かった。

 部屋に入ってきた美月を見るなり、天明は、

「無事だったみたいで何よりだ……まぁ、これからは身の程をわきまえて、あまり分不相応な行動は慎むことだな」

 と、相変わらず妹を見下したような上から目線で言葉を掛けてきた。

「取り敢えず、心配を掛けたことは謝るわ……ごめんなさい。お兄ちゃん」

「分かったならもういい……」

 忙しいのか、それとも、そもそも出来の悪い妹なんか相手にする気がないのか、天明は美月を邪険に追い払おうとした。

「お兄ちゃん、一つだけ聞かせて?」

「何だ?」

「お兄ちゃんは、どこまで知っていたの?」

「何の話だ?」

「サカタインダストリィの新型コンピュータの事よ!」

「はぁ?、サカタの新型コンピュータなんか知るわけないだろ。ウチはただ、その新型コンピュータに対応できるパーツの制作を依頼されただけだ」

「始めは、お父さんも隈さんも、その依頼を受けることに反対だったよね?。それを請けるよう強く推したのはお兄ちゃんでしょ?何故?」

「単純にビジネスになると思ったからだ!お前はさっきから何が言いたいんだ!」

 語気を強め言い返して天明を、黙って見据える美月。美月は、(もしかして、兄はサカタインダストリィの謀略を知っていたのではないか)と訝しんでいるのだ。兄とサカタインダストリィ社長・坂田浩一とは同い年の同級生である。密かに協力関係があったとしてもおかしくない。

(もし、兄が何か知っていたら、僅かでもいいから聞かせて欲しい)

 そんな思いもあった。今の美月は、何が本当で何が嘘なのか分からず、頭の中がぐちゃぐちゃな混沌状態ある。

(五代がラークバレーで語ったBDの事……あれは、五代が私を唆すために言った只の作り話だったのだろうか?)

 誰かに話を聞いてもらいたいが、できない。ニューミルガン近郊で兼松の凶弾から美月を救ってくれた《何者か》が『決して誰にも言ってはいけない。言えば私の命がない』と言われたから……いや、はたして、それも現実だったのかどうか……

 美月は、それ以上何も天明に訊ねる気にはならなかった。これ以上問い質しても何も出てこないと思ったし、そもそも本当に天明は何も聞かされていなかったのかもしれない。

「もういいわ……」

 そう言って美月は天明の執務室を後にした。

 

 美月が元の生活に戻って半年以上が過ぎた。時は2091年7月である。

 ハフマン島では、約1年、ロクスタ砂漠で膠着状態が続いていたが、O.C.U.が大量のヴァンツァー部隊を投入し巻き返しを図っていた。その勢いは今やフリーダム奪還まで迫り、勢力図は開戦時の状態にまで戻ろうとしている。

 しかしそんなことは、今の美月にとってはどうでもいいことであった。いや、むしろ敢えてハフマン島の事は考えないようにしていた。たまに、隈崎やかつて一緒にプロジェクトに携わった社員から、

「ファイナさん、今何やってるか知ってる?」

 とか

「五代さんとは連絡取り合ってるの?」

 とか聞かれたりもするが、

「さぁ、分からないわ」

「最近、疎遠になってるから」

 と適当に答えて誤魔化していた。

 今の美月はファイナや五代の事など、思い出したくないのだ。

 

 それから約一ヶ月後の2091年8月。O.C.U.の進撃がフォートモーナスまで達した時、ザーフトラ共和国の調停により第2次ハフマン紛争は終結した。ハフマン島は恒平和維持機構(PMO)の管理下に置かれた。

 PMO軍は、過激派テロリスト対策の名目で不穏分子の掃討に乗り出し、反対派ゲリラとの戦いがしばらく続いていたのだが、2092年2月、反対派ゲリラ(PMOが云うところのテロ組織)《ハフマンの魂》がロングリバース島で集団自決を図ったことにより、戦後処理も一応の収束をみた。

 それでも美月には何の感慨も湧かなかった。今となっては全てが幻ではなかったのかとさえ思える。ハフマン島でT175のテストパイロットをやっていた事、ファイナの死、五代の裏切り……

(全部、発達障害の傾向がある私の妄想の産物だったのではないか?)

 もはや自分の記憶にも疑いが生じていた。考えれば考える程、思い出せば思い出す程、ますます頭が混乱してくる。だから、

(ハフマン島の事はもう忘れよう。でなければ、これから先に進めなくなる)

 美月は、そう自分に言い聞かせることにした。

 そうして日々の生活を送り半年が過ぎた。

 少し心の傷も癒えかけてきた頃のある日、美月は否応なしにハフマン島の地獄を思い出すことになる……

 

 2092年8月、世界中を震撼させるスクープ記事がデイリーフリーダム紙に掲載される。従軍記者《フレデリック・ランカスター》氏により第二次ハフマン紛争の全貌とサカタインダストリィの陰謀が告発されたのだ。

 このスクープ記事は国際的な反響を呼び、世界各国で真相を究明しようとする動きか活発化する。そして、O.C.U.とU.S.N.は、スクープの一部が事実であったことを認め謝罪することになるのだが、それはさらに2年後の話である。

 告発記事の内容は佃製作所にとっても大きな衝撃だった。当然、一番衝撃を受けたのは美月である。美月の中ではどこまで本当だったかも分からない過去の出来事が、告発記事の内容と気持ち悪いぐらいに符合し、記憶が裏打ちされていった。

(嘘でも幻でもない!ハフマン島で私が見聞きしたことは真実だった)

 そう思うと、居ても立っても居られず、

(私にも何かできることはないだろうか……いや、私も真相究明のために何かしたい!)

 という気持ちが、心の奥底から湧き上がってくる。

 告発記事掲載後、父の宙志と兄の天明は、関係者への対応で追われており、時には報道や取材に応じることもあった。中には『美月がハフマン島でBDデバイスの実験機を扱っていた』と聞きつけ、

「直接、美月さんに話を聞かせて貰えないか?」

 と申し出てきた者もいたが、この件に関しては、母の奈緒美が、

「あなたは、余計な事はしなくていい!。何か言われても『何も知らない』で通しなさい!」

 と、美月が表に出るを猛烈に反対していて、美月が自らの口で真相を語るのも叶わない状態だった。

 美月はろくに仕事も手に着かない心境だった。知らなかった事とは云えBDデバイスに関与してしまった者の責任感、あるいは第二次ハフマン紛争の真実の一面を知ってしまった者の使命感みたいなものが胸の奥底にこびりついていて、その責任感や使命感が、時折、激しく美月の心を煽ってくるのだ。

 そんなある日、

――トゥルルルル……

 事務仕事中の美月のデスクにある内線電話が鳴った。美月はボーっとしていて電話が鳴っていることに気づかない。近くにいた先輩の女性社員が代わって受話器を取った。

 女性社員は「はい」「承知しました」「伝えておきます」など事務的な応答をした後、

「美月ちゃん!」

 と、少し怒り気味に声を掛けた。美月は、その声にビックリし我に返る。

「あ⁉、済みません!」

「社長が呼んでるわよ……『社長室まで来てくれ』って」

「あ、分かりました。ありがとうございます」

 美月は、呆れた顔で自分を見てくる女性社員に軽く頭を下げ、社長室に向かった。

(最近、仕事が疎かになっているから、そのお咎めなのかな?)

 そんなことを思って、美月は社長室のドアをノックした。

「美月です。入ってよろしいでしょうか?」

「入りなさい」

 父の声が返ってきた。それほど不機嫌そうな感じではない。

「失礼します」

 と、美月が社長室に入る。

「⁉」

 美月は目を見開き息を呑んだ。社長室に思いがけない人物が訪れていたからだ。

「美月ちゃん、久しぶり」

 そう声を掛けてきたのは坂田竜二であった。すかさず宙志がその理由を述べ出した。

「竜二君はね、今回のサカタインダストリィの件で、ウチに謝罪したいと言って来たんだ。私は『竜二君が責任を感じる事はない』と言ったんだが……それでも、『美月にはどうしても直接会って謝りたい』と言ってね……」

 宙志の言葉を受けて、竜二は一歩美月の前に歩み出ると、

「今回は父と兄の暴挙のせいで、佃製作所さんに多大なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。特にご息女の美月さんには、命の危険に晒すような事態になって、お詫びの言葉もありません……」

 と、頭を下げた。

「そ、そんな……むしろ竜二さんには感謝しているくらいです。ハフマン島ではいろいろとお世話になって……」

 美月が恐縮したように応えた。

「美月ちゃんにそう言ってもらえると少し気が楽になるよ。でも、フリーダムの酒場で美月ちゃんが語ったT175の話を、俺がもっと深刻な事態だと受け止めていれば、美月ちゃんを危険な目に合わせることはなかっただろうし……もしかして、ハフマン紛争も、もっと違った結果になってたんじゃないかって……」

「竜二君、そんなに自分を責めるな」

 宙志が慰めの言葉を掛けた。

「そ、そうよ……竜二さんも犠牲者の一人なんだし……」

 その美月の声に答えることなく、竜二は、

「済みませんでした」

 と再び頭を下げた。そんな竜二を不憫に思ったのか、宙志は、

「それより、これからどうするつもりだね。サカタインダストリィに戻るのかい?」

 と話題を変えた。

「いいえ、サカタには戻りません。もともと勘当みたいに家を飛び出した身ですし、今さら私が戻ったところでどうなるものでもないでしょうから……それに、サカタの再建はおそらく無理だと思います」

「そうか……」

「私は、私のできることを考えたいと思っています。それが何かはまだ分かりませんが……」

 その竜二の言葉に、宙志は黙って小さく頷いた。

「竜二君、ウチにできることがあったら遠慮なく言ってくれ。君の事に限らない。サカタインダストリィにはハイネマン時代からの知り合いも多くいる。そいつらの事も気になるし」

「ありがとうございます。その時は是非よろしくお願いします」

「うむ」

 宙志は力強く返し、竜二の肩をポンと叩いた。竜二は軽く会釈をし、

「今日はお時間を割いて頂きありがとうございました。それでは、失礼いたします」

 そう言って、社長室を出て行った。

 直後、

「‼」

 美月は何かを思いつき竜二の後を追い小走りに社長室を出て行った。

「竜二さん!」

 竜二は佃製作所の玄関を出たところで、美月に呼び止められた。訝し気に振り返る竜二。

「どうしたの?」

「竜二さん、本当はハフマン島に戻るつもりじゃないの?」

 そう美月に問われた竜二の表情が一瞬曇ったが、

「うぅん……まだ何も決めてないよ……」

 と平静を装った。

 だが、美月には分かっている。(もう、竜二はハフマン島に戻る意思を固めているのだ)と、ただ『ハフマン島に戻ろうと思っている』と正直に言って、美月が『私も連れて行って!』とねだってきたら困るので曖昧な答えをしているのだ。

「そう……」

 と美月は無理に笑みを作り、素直に竜二の答えを受け入れる素振りをした。これ以上竜二の本心を確かめようとするのは無粋なように思ったからだ。

 美月は急に厳しい表情になり、

「竜二さん、一つだけお願いがあるんだけど……」

 と真剣な眼差しを竜二に向ける。

「えっ、何?」

「スクープ記事を書いたフレデリック・ランカスターさんって、今でも連絡とれる?……私を紹介して貰えないかな?」

 竜二に向けられた美月の眼光が一段と強さを増した。

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