下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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報い受けし者

 フレデリック・ランカスター氏によるスクープ記事が発表されて以降、サカタインダストリィの社会的信用は瞬く間に失墜し、もはや自力での再建は不可能な状態になっていた。

 そんなサカタインダストリィに吸収合併の話が持ち上がった。相手先は《イグチ》という会社である。イグチは、ヴァンツァーの火器やサプライ品を中心に製造・販売している老舗メーカーで、サカタインダストリィを始めとする大手の下請けでヴァンツァーの製造も行っていた。サカタインダストリィを買収することで、ヴァンツァー製造部門を拡大し、代わって世界有数のヴァンツァーメーカーに伸し上がるつもりなのだろう。

 

 2093年2月。

 この時期イグチ社内は、どこの部署もサカタインダストリィ買収に向けた準備でおおわらわな状況であった。

 そのイグチの東京本社ビルに一人の男がやってきた。入口に社員証を兼ねたセキュリティーカードを翳して入って行くところを見ると、イグチの社員と思われる。

 男はエレベーターで会議室へと向かった。

 豪奢な設えの会議室の扉。取締役会など重要会議が行われるような部屋である。入口の前に社長秘書であろうか、女性が立っていた。男は女性に向い、

「ヴァンツァー開発二部の《五代》です」

 と、名乗った。

「五代部長ですね、承っております。社長がお待ちです。どうぞ」

 秘書らしき女性が事務的な応対をし、会議室の扉を開けて男を中へ促した。

 そう、この男は《五代智》である。どうやら五代は早々にサカタインダストリィを見限り、今はイグチの社員に収まっているらしい。しかも部長待遇で……

 会議室の中ではコの字型した大テーブルの上座にイグチの社長、その両側に役員らしき人物、計3名が五代を待っていた。

 五代が社長の前へ歩を進め、

「社長、私に何かご用でしょうか?」

 と尋ねた。五代は何の件で社長に呼ばれたのか、事前に知らされていなかったらしい。

「五代君、忙しいところ急に呼び出して済まなかったね」

「いいえ、ただ、電話やメールではなく、社長から直接呼び出されるなんて、『どうしたのかな?』と思いまして……」

「いや、最近ね、君に関する変な噂を耳にしたのでね」

「『変な噂』とは?」

「君が、サカタインダストリィ時代にBDに関与していたというのだが、本当かね?」

「いいえ、私はコンピュータの部署ではありませんでしたので、BDには一切関わっておりません」

「そうすると、君がBDに関与していたというのは単なる噂ということなんだね?」

「おおかた、僕が真っ先にイグチに引き抜かれたんで、妬んだサカタの無能社員どもがそんなデマを流しているんだと思いますよ」

 イグチは、サカタインダストリィ買収に先立って、事前に受け入れ態勢を整えるため優秀な人材を積極的にヘッドハンティングしていた。 五代がイグチに入社したのもそういった経緯があった。

 このような、人材の引き抜きを始めとするイグチのサカタインダストリィ買収に向けた動きは、予め用意周到に根廻しされていたかのような迅速さであったため、世間では、『実は、密かにイグチもBD開発に協力していたのではないか』とか『会社を乗っ取るために、サカタインダストリィの暴挙を知っていながら敢えて知らぬ振りをしていたのでは』などと取り沙汰されているほどだ。あくまで根拠のない流言でしかないが、イグチの首脳陣としては、そんな巷の噂に対しても神経質にならざるを得ないのだろう。

「君も知っての通り、我が社は今重要な時期だ。もし、BD関与者がイグチの社内にいるということになれば、買収計画そのものが頓挫することになりかねない……念のために確認しておくが、本当に君はBDには無関係なんだね?」

「もちろんです!」

 と五代は自信満々に言い切った。だが、社長を始めとする役員たちは納得した様子を見せない。気まずい空気が流れた後、社長の右側にいる役員が重い口を開いた。

「実はね、C.I.S.U.に、君に対する審問要求が提出されたのだよ」

 C.I.S.U.(連合中央情報局)とは、O.C.U.内部の独立調査機関である。中央政府の他の組織に対して完全な中立的立場で他の省庁を内部調査し、司法当局への告発や議会への上申を行う権限を有する。今回のハフマン紛争についても、C.I.S.U.が真相究明の調査に当たっている。

「だ、誰ですか?……只の噂だけでC.I.S.U.に審問要求なんか出した奴は?」

 五代の顔色が少し変わった。それを見て、社長の左側にいる役員が、

「どうぞ、お入りください!」

 と、会議室の外にも聞こえる大声を張り上げた。

――ガチャッ

 入り口の扉が開き、女性が1人入ってきた。

「⁉……」

 その姿を見て声を失う五代……

「五代君、彼女はご存じかな?」

 と、社長が厳しい口調で問うた。

「えぇ……」

 五代は女を横目に見ながら、力なく返答する。

「では、さっき我々に言った事、もう一度、この《佃さん》の前でも言えるのかね?」

 会議室に入ってきた女性……それは、佃美月。

「フハハハッ」

 突然、五代が高笑いをしだした。そして社長に詰め寄り、

「社長!まさか、こんな女の戯言を信用するんですか?」

 と美月を指差した。続けて、

「知ってます?。この女、ADHDか何かの発達障害があるんですよ。しかも変な妄想癖がある勘違い女で、僕も一緒に働いていて散々苦労させられましたよ。そんな女が出した審問要求なんてC.I.S.U.がまともに取り合うわけないじゃないですか!」

 と言い放ち、美月を睨めつけた。

 それに対し、美月は冷ややかな視線を五代に返し、

「そうね……私が審問要求なんて出しても相手になんかされないでしょうね……」

 と返した。

 美月が言った意味が理解できず、怪訝そうな顔をする五代。そして、その顔をそのまま社長へと向ける。

 イグチの社長は、暫し五代の目を見据えた後、ゆっくりと口を開きだした。

「C.I.S.U.に審問要求を提出したのは、彼女ではない……」

(えっ⁉)

「審問要求を提出したのは、告発記事を書いたジャーナリスト、フレデリック・ランカスター氏だよ!」

 社長が放ったその言葉に、五代の表情が凍り付く。

 美月が、ファイリングされた書類を鞄から取り出し五代に突き出した。

「あなたへの審問要求にこれと同じものが添付してあるわ」

 美月は、坂田竜二にフレデリックを紹介してもらった後、フレデリックからサカタインダストリィ事件に関する情報提供を受けていたのだ。それを基に自分自身でも調査を行い、客観的に五代がBD計画に関与したと認められるだけの裏付けを集めた。そして集めた証拠をフレデリックに送り、五代智への審問要求をC.I.S.U.に提出してくれるよう依頼したのだ。

 さすがに、この事件が明るみに出るきっかけとなった人物、フレデリック・ランカスターの審問要求となれば、C.I.S.U.も足蹴にするわけにはいかない。

 ペラペラと書類をめくる五代の顔が紅潮し、わなわなと怒りに震え出した。そして、いきなりファイルを床に叩き付けたかと思うと、

「意趣返しのつもりかなんか知らないけど、こんなのは君の自己満足でしかないんだよ!。こんな非生産的なことに時間と労力を費やしてるから、君は、いつまでたっても毎回々々ハズレ籤ばかり引いてる負け組から抜け出せないんだ!」

 と、激しい剣幕で美月をどなりつけてきた。

――パーンッ

 美月の平手が五代の頬に飛んだ。

「ハフマン紛争では多くの人が犠牲になったのよ。それも、人の道に背いた兵器を開発してまで自己の利益を追求するという身勝手極まりない目的のために……勝ち組だろうと高スぺだろうと、あなたはそれに係わった以上、然るべき報いを受けるべきだわ」

 五代が、そんな話には聞く耳を持たぬと云った様子で憮然といるところ、

――ガチャッ

 再び入り口の扉が開き、今度はスーツ姿の男性2人が入ってきた。スーツの襟についているピンバッジからC.I.S.U.の職員であることが分かる。そのうちの1人が五代に近づいていった。

「五代智さんですね。フレデリック・ランカスターさんから提出されたあなたへの審問要求は、近々受理される見通しです。つきましては、我々と一緒にC.I.S.U.本部へご同行いただけるとありがたいのですが……もちろん、任意同行ですので強制ではありません。ですが、我々といたしましては、関係各位への影響は最小限に留めたいと思っておりまして、マスコミが騒ぎ出す前に聴取に応じていただけると助かるんですがねぇ……」

 五代は叩かれた頬をさすりながら(ふっ)と鼻で笑い、小馬鹿にしたような目を美月に向けた。そして、

「いいでしょう、どこでも行きましょう……説明すれば分かる事ですから……」

 とC.I.S.U.職員に言い、自ら会議室の出入り口に向かって歩き出した。その後を2人のC.I.S.U.職員が続く。

 五代と2人の職員が部屋から出て行くのを見届けると、美月はイグチの社長と役員たちに向き直り、

「この度は、社長始めイグチ社の皆様に多大なご協力をいただき、本当にありがとうございました」

 と、深々と頭を下げた。すると、社長が椅子から腰を上げ美月に歩み寄り、

「佃さん、お礼を申し上げるのはこちらの方です。ご存じのように、現在我が社はサカタインダストリィ買収に向けて動いているわけですが、まぁ、世間では変な邪推をしてくる輩もおりまして、『サカタインダストリィでBDに関与していた者をイグチが雇い入れている』といったことが知れたら、我が社に悪意を持つ者への格好のネタを与えてしまうところでした」

「少しでもお役に立てたのであれば、私としても幸いです」

 美月は再度頭を下げ、

「それでは、私はこの辺で失礼いたします」

 と、この場を去ろうとした。が、

「あ、佃さん!。少しお待ちを……」

 イグチの社長が美月を呼び止めた。

「我が社は、サカタインダストリィの買収を始めとして、益々ヴァンツァー事業を強化していく所存です。つきましては佃製作所さんにも、これまで以上のお力添えを賜りたいと思っております。御社に戻りましたら、佃社長と専務にその旨よろしくお伝えいただけますでしょうか」

 その社長の態度は、腰が低いというより卑屈に近かった。国内のヴァンツァー業界再編において、サカタインダストリィに代わり盟主的な地位を得たいと目論んでいるイグチとしては、佃製作所のような中小企業にも好意的な言葉を掛け、印象を良くしておきたいのだろう。

 美月は微笑を浮かべ、

「はい。父と兄には私の方から申し伝えておきますので、こちらこそ今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

 と、社交辞令の常套句を述べた。しかし、

(こんな時だけ下手に出て、どうせすぐに私たちのような下請け中小企業に対しては、無理な注文を押し付けて来たり、都合いいように条件変更をしてきたりするくせに……)

 内心、美月は反吐が出る思いがした。

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