2093年9月。
約3年ぶりに美月はハフマンの地を踏んだ。ようやく心の整理がつき、再びこの島を訪れる気になったのだ。
美月が今立っている場所は、ハフマン島のニューミルガン近郊である。そう、ファイナ・シルキアがヴァンツァーの自爆装置を起動させ非業の死を遂げた場所だ。第二次ハフマン紛争後この場所も再整備され、今は当時の面影はない。
美月は、(たぶんこの辺りだったはずだ)と、XW-N(アルカード)とT175が爆発したであろう場所に見当を付けると、道端に花束を供え、黙祷を捧げた。
「美月ちゃん……」
祈る美月の背後から声がした。振り返る美月。
「あ、久しぶり、竜二さん。来てくれたんですね、ありがとう……」
声を掛けてきたのは坂田竜二である。美月はハフマン島を訪れるにあたって、この地でハフマン島独立のために戦っている竜二に「会えないか?」と事前に連絡していた。
「うん、まぁ、たまたま空いていたんでね……」
竜二は素っ気なく答えた。それから美月の足元にある花束に目をやる。その花束がファイナ・シルキアに手向けられたものであることは直ぐに察することができた。
「早いもんだな……あれからもう3年か……」
「そうね、ファイナさんの三回忌というわけじゃないけど、ちょうど節目だし、またハフマン島に来たくなったんだ……それで折角だから竜二さんにも会えないかな、と思って……」
「ははっ、俺に会いたいと思ってくれたのは嬉しいけど、紛争が終わってもハフマン島が完全に平和になったわけじゃないから、また危ない目に合うかもよ。戦いは未だ続いてるんだし……」
「そうか、この島の人たちに真の平和と自由がもたらされる時まで、竜二さんたちの闘いは終わらないんだものね」
ふいに一羽の野鳥が舞い降りてきて、美月の手向けた花束に添えてあったプラスチック容器に入っている何かを啄んだ。それが《イナゴの佃煮》であることに気づいた竜二が、
「あれ?、どうしてイナゴの佃煮なんて供えてるの?」
と不思議そうに訊いた。
「あぁ、ファイナさんが『日本に戻ったら食べてみたい』って言ってたから……」
「何で、そんなもん食べたいと思ったんだ?」
「ふふっ、私が乗ってたヴァンツァー《T175》って、Tは《ツクダ》175は《イナゴ》の意味らしいのよ。サカタインダストリィの技術者がサカタ式の型番に合わせて、もじって付けた名前らしいんだけど……それで、ファイナさんはT175の名前の元ネタになったイナゴの佃煮を食べてみたかったんだって」
「T175かぁ、いいヴァンツァーだったよな……正に、下町工場が生んだ《偶発の名機》だよ」
「うん、そのT175もこの場所で最後を迎えたんだなって思うと切なくなるよ……」
そう言ったきり、美月は黙して遠くを見つめている。3年前のこの地での記憶に想いを馳せているのだろうか。
「ねぇ、竜二さん」
ようやく美月が口を開いた。
「ん?」
「ここで、ファイナさんのヴァンツァーが自爆して、私がその爆発に巻き込まれた時、気を失った私を病院に運んで、その後竜二さんに連絡の使いをよこした人って、どんな人だったんだろうね?」
美月の問いに、竜二は「う~ん」と唸り難しい顔をした。
「さぁ、俺には分からないな……第二次ハフマン紛争の背景には、様々な国と組織の思惑や陰謀が複雑に入り組んでいるからね、誰が何の目的で3年前この場所に居合わせ、美月ちゃんを助けたのかは知る由もないよ」
「そうよね……」
「ただ、あの日、美月ちゃんを殺してT175と一緒に闇に葬った方が簡単だったし、リスクも少なかったと思うんだ。でもそいつは、そうはしなかった……極秘任務を請負ったとしても非情に徹し切れない人間だったんだと思う」
気を落とし黙り込む美月。無理だと分かっていても、自分の命を救ってくれた人物が誰なのか知りたいと思うのは当然だろう。竜二は、そんな美月の気持ちを察して、
「ま、これからもハフマン紛争の真相に関する新事実は出てくるだろうし、そうしたら、美月ちゃんを助けてくれたのが誰なのかも分かる日が来るかもしれないよ。おれもこの島での活動の中で、ハフマン紛争の真相に関しては探っていくつもりだし、美月ちゃんを助けた人についても何か掴んだら連絡するよ」
と言葉を掛けた。そんな竜二の言葉は、美月にしては気休めと分かっていても嬉しかった。
「うん、ありがとう」
美月は笑顔で応えた後、
「それとね……もう1つ分からない事があるんだ……」
と、言葉を継いだ。
「何?」
「五代智は、どうして私をT175に乗せたりしたんだろう?。初めから私をT175のテストパイロットにするつもりだったのかなぁ……」
竜二は思わず「ふっ」と吹き出した。美月は何が可笑しかったのか理解できず、訝し気な目をに竜二に向けた。
「それは、意外に単純な理由だったんだと思うよ!」
そう返し、竜二はニヤリと口端を釣り上げた。
「え⁉、『単純な理由』って?」
美月の追求に少し困ったような顔をした後、竜二は(やれやれ)と半ば困ったように、
「たぶん、五代智は、君の事が好きだったんだよ!」
と言ってきた。思いがけない答えに動揺する美月。
「そ、そんな、まさか!」
「T175は五代がプロデュースしたヴァンツァーだ。もちろん佃製作所さんの技術力があって完成させることができたんだろうけど、五代にとっては自信作だったんだろう。その自慢のヴァンツァーに、どうしても美月ちゃんを乗せてあげたかったんじゃないのかな」
「でも、もし彼が私のことが好きだったとして、好きな娘を危険な目に合わせようとしたりする?」
「それは、成り行き上そうなってしまっただけだと思う」
「『成り行き上』?」
「うん……五代は、ただ『好きな女に喜んでもらいたい』と思って、誤作動を装いちょっとだけ君を搭乗させるつもりだったのが、それがきっかけで君が比較データ取得用のテストパイロットになり、さらにハフマン紛争にまで巻き込むことになってしまった。この一連の流れは、五代の頭脳を以てしても予想し得なかったんだと思う」
「それだったら、始めから『私のことが好きだ』って言えば良かったのよ。そうすればファイナさんだって死なずに済んだかもしれない……」
「それじゃぁ、もし、五代が君に告白していたら、君は五代にいい返事を返したか?」
「そ、それは……」
「だろう?……五代はお世辞にもイケメンとは言えない。役割上、2流大学卒の低スペック男を演じなければならない。君に相手にされる筈ないって事は、奴自身が一番よく知ってたんだよ」
「……」
「俺は、五代が君をT175に乗せたのは、奴なりの愛情表現だったんだと思うけどね……」
「ホントにそうだったなのかなぁ……」
美月はそう呟き頭を巡らせてみたものの、答えなど出る訳がない。五代本人に確かめようにも、C.I.S.U.に連行された後、五代がどうなったのかは分からない。まぁ、本人に確かめたところで、あの五代が本心を言うとは思えないが……
そうして、美月が暫く黙していると、
「ところで、さぁ……」
と竜二が声を掛けてきた。
「美月ちゃん、これからどうするの?すぐに日本に戻るの?」
「いや、その前にラークバレーに寄ってみようと思ってるんだ」
「ラークバレー⁉」
「うん。巡航ミサイルの壊滅的ダメージから復興し始めたって聞いたから、見てみたいと思って」
ラークバレーは現在、徐々に住民も集まってきていて復興の兆しを見せている。その中心となっているのは元住民の生き残りである女性だという。そう、3年前、美月と五代がラークバレーに行った時、2人を追い払うおうとヴァンツァーに乗って来たあのおばさんである。彼女を中心に自治会的なものも組織されているようなのだが、そういった動きを良く思わない恒平和維持機構(PMO)との間には軋轢もあるようで、この地域も一筋縄ではいかない。
「私ね、前に、復興の中心になっているおばさんと会ったことあるのよ。できれば、また会えないかなと思って。まぁ、向こうは私の事なんて覚えていないかもしれないけどね」
「あぁ~、でもあのばぁさん、気難しいとこあるからなぁ……」
「えっ!竜二さん、あのおばさんと知り合いなの?」
「う、うん、まぁね……」
竜二は曖昧にごまかすような返事をした。ラークバレーのおばさんがキャニオンクロウと行動を供にしていたという事実は、あまり世に知られない方がいいのではないかと思ったからだ。
「それじゃぁ、まだこの辺を女性が一人旅するのは危ないし、ラークバレーまで俺が送って行くよ」
そう言って竜二が、後に付いて来るよう美月を促した。
「ホントに?、ありがとう」
美月はちょっと嬉しそうに、足早に歩く竜二の後を追った。
暫く歩いて行く2人。
「ねぇ、どこまで歩くの?」
「もう少しだよ」
美月は少々イラッとして、
「もっと近くに、車停められるところなかったの?」
と文句を言った。
「車じゃないよ!」
「え⁉」
「着いたよ、ほら!」
と、竜二が指差した先に、ヴァンツァーが1機、人目に触れないよう茂みに覆われていた。
「『送ってくれる』って、まさかヴァンツァーで⁉。そもそも、このヴァンツァーに2人乗れるの?」
「いいや、コクピットは一人しか乗れない……美月ちゃんはヴァンツァーの手の上に乗りなよ」
「チョット!嘘でしょ⁉。だったら私が操縦するから、竜二さんがヴァンツァーの手に乗ってよ!」
「悪いな、俺は誰かと違って、お前を『ヴァンツァーに乗せてやろう』って気はないんでね……」
そう言って竜二はフルハーネス(全身安全帯)を美月に渡し、さっさとヴァンツァーのコクピットに乗り込んだ。
「ひ、酷っ……」
と、美月が呆れ返っている間に、竜二の乗ったヴァンツァーは起動し、茂みから姿を現した。その左手が否応なしに美月の身体を掬い上げる。
「ヒャッ!」
美月から悲鳴が漏れるも、こうなったら、もうどうしようもない。
「ま、まさか、本気なのっ!」
そう言いながら、ヴァンツァーの掌上で慌ててフルハーネスを体に括り付ける。
「準備はできた?。行くよ!」
コクピット越しに竜二の声が聞こえてきた。
「いやぁ、ちょっと待ってよ~!」
美月は、急いで近くにハーネスのフックを掛けられる所を探す。ヴァンツァーの腕の環状になっている箇所を見つけてハーネスのフックを引っ掛けた。直後、
――キュィーン
ヴァンツァーが急発進した。
「キャアァァァーー」
そんな美月の絶叫を掻き消すように、けたたましくローラーダッシュの轟音を上げ、2人を乗せたヴァンツァーはラークバレーへの途を駆けて行く。
〔完〕
まず、最後まで読んでいただいた方に心より御礼申し上げたいと思います。
2022年、フロントミッション(1st)がリメイクされました。昔夢中になったゲームを久々にプレイしてみると、当時の興奮や感激みたいなものが思い起こされます。
当時の流行だった、リアルロボットアニメ各作品(富野作品を除く?)の粋を抽出し、調合して濃縮したような密度の高い設定。重厚でハードなシナリオ。ロボット(ヴァンツァー)を自分好みにカスタマイズしてプレイするゲーム性等……今でも私がプレイしたゲームの中で傑作の一つです。
その後、シリーズ化され、幾つもの「フロントミッション」の名を冠したタイトルが発売されましたが、近年の新作は少々期待外れな作品が続いてしまった感があります。
また、フロントミッション(1st)のリメイク版と時同じくして、スマートフォンゲームでの新作「フロントミッション:BORDERSCAPE」が発表されました。久しぶりの新作、しかも時代は第二次ハフマン紛争の頃ということで、とても期待し胸躍らせていたのですが、どういう訳か「鋼嵐(?)」などという世界線を異にする別ゲームに変わってしまい、とてもガッカリしました。(割とガチで落胆しています。今でもBORDERSCAPEのトレイラーをYouTubeで見て溜息ついてます)『こんなことやってるから最近のスクエニは評判が良くないんだよ!』と愚痴ってみても始まりません。そこで、フロントミッションの物語を自分で作ってみようと思い、当物語を執筆してみました。
書いいるうちに、当初予定していた文字数を大幅に超えてしまい、予想外の大作(?)になってしまいました。物語的には、無理に池井戸潤氏原作「下町ロケット」とクロスオーバーさせる必要性はなかったのですが、『知名度に便乗した方が喰い付きがいいかな?』とのゲスな思いから、設定を流用させていただきました。
果たして、当物語はファンの方々に受け入れてもらえるクオリティを有していたでしょうか。『シナリオの内容は楽しんでいただけたのか?』『独自の設定・世界観の解釈に、ファンの許容範囲を大きく逸脱するような矛盾・齟齬はなかったか?』『既存キャラクターの思考や行為態様は、本編と比較して違和感を感じさせてないか?』……等々不安要素は尽きませんが、良かった点・ダメだった点等、忌憚ない感想をお聞かせいただけるとありがたいです。
もし、当物語を読んで「フロントミッション1st(O.C.U.編/U.S.N.編)」、「フロントミッション2nd」、「フロントミッション 2089 ボーダー・オブ・マッドネス」を始めとするフロントミッション各作品の面白さ・楽しさを再認識していただけたら、投稿した甲斐があったと思う次第です。
最後に、私と同じように、最近のフロントミッション新作に不満を感じていた方や、予定していた作品が別タイトルになってしまい残念な思いをしている方にとって、当物語が少しでも慰めになっていただけたたなら、筆者としてこれに勝る喜びはありません。
本当にありがとうございました。