下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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難航する開発

 佃製作所に課せられた、ダスラークロウ並みの威力を持つ通常クロウの開発。

 そのプロジェクトは、サカタインダストリィの要望により極めて高い秘匿性を確保させられている。専用に設けられた開発室にはプロジェクトメンバー以外は自由に出入りできない。例外は社長ぐらいである。入口を開けるにはメンバーだけに渡したカードキーを要するし、さらに出入り時にはファイナが身体チェックをするという徹底ぶりだ。

 そういった面倒くさい手順をとることになっているので、朝開発室に入ったら、夕方の終業まで開発室から出ない者が多い。飲み物は室内に設置してある自販機で済ませ、昼食は弁当を持参するか、ほぼ雑用係となっている美月にまとめて買い出しに行ってもらうのが通例となっていた。

 ただそれも、一ヶ月もすると結構なストレスになってくる。プロジェクトの進捗が一向に進まないと、チーム内の雰囲気も険悪ムードとなり尚更である。

 ここのところ、残業する者や休日出勤する者も増え始めてきた。

 一番の問題はアクチュエーターである。というより、アクチュエーターが全ての肝である。このアクチュエーターの開発が全く進展を得ないのだ。

 繰り返しになるが《ダスラークロウ》とは、ブースターによって加速させた拳(クロウ)を相手にぶつけ強力な破壊力を生む。、云わば《ロケットパンチ》である。その破壊力を、ロケットブースター無しの通常のクロウで出さなければならない。言い換えれば、アクチュエーターだけでロケットパンチ並みの破壊力を出さなけれなならないのである。

 それだけではない。ニルバーナ機関とサカタインダストリィが共同開発しているという新型コンピュータ、それに対応させるためには、反応速度も従来のアクチュレーターを上回るものにしなければならない。

 救いとしては「量産化を前提としなくてもよく、試作用に数個完成させればよいこと」それに「従来のヴァンツァーと比較して、体積比約1.5倍まで許容する」というのがあるが、それでも困難なことに変わりない。

 やらなければならないことは、泥臭く、仮説と検証を何度も何度も繰り返し行うだけである。

「簡単にできるとは思っていない。腰を据えてじっくりやってくれ」

 というのは、プロジェクトリーダー隈崎の言葉だが、一ヶ月で方向性すら見えてこないと、さすがにメンバー内にも焦りがでてくる。

 隈崎にしても内心は穏やかではない筈だ。でも、このような時、トップの人間があたふたしたりイライラしたりすると、うまくいくものもうまくいかなくなるのをこの男は知っているのだ。そのへんが、宙志からも一目置かれ、社員の信頼も厚い所以である。

 隈崎とは対照的に、ファイナ・シルキアは焦燥感を露わにしていた。ファイナは毎日、ニルバーナ本部のジョージ・兼松に報告書を送っているのだが、報告書に上げる内容がほとんどない。当然、兼松からは「どうなっているんだ!」と責め立てられている筈だ。

 最近、ファイナのイライラはキャパシティの限界にきているようで、開発室に出入りする際のチェックをお願いするために声をかけるのも憚られるほどだ。

 開発室の空気も最悪で、休憩中でも雑談の一つも無く、皆沈鬱な様子で黙りこくっているといった具合だ。

 隈崎は、そんな閉塞的になっている状況を打開しようと、メンバー一人々々を個別に呼び出し、夕食を御馳走することにした。

 一日一人づつ、少し早めに仕事を切り上げてもらい、そのメンバーの食べたい食事を共にする。もちろん酒もOKである。飯を食いながら二人だけで話せば、普段みんなの前では言えないことを聞けるかもし、単純に気晴らしになるだけでもいいと思ったのだろう。いささか前時代的(昭和的?)な発想ではあるが……

 隈崎は、年長者から順に食事に誘った。最後12番目が美月である。

 美月が所望した食事はチェーンのファストフード店《リッチバーグ》のハンバーガーである。もっと高級料理店での食事をねだっても良さそうなのだが、美月はそれを、海を臨む港で食べたいと言う。始め隈崎は、若い娘らしく、美月は美しい港の夜景を観ながら食事をしたいのだろうと思った。だがそうではなく、美月は、貨物埠頭で商船に積まれていくヴァンツァーが見たいと言うのだ。

 隈崎は美月を車に乗せ、東京港へと向かった。会社がある大田区からは車で1時間もかからない。

 途中、リッチバーグに寄り、一番高いセットメニューを2人分購入した。ヴァンツァーの船積み荷役をしている埠頭近くの臨海公園で車を停め、そこから遠目に作業を見ながら2人でハンバーガーを頬張ることにした。

 港に係留している大型貨物船がヴァンツァー乗降用の傾斜路を岸壁に降ろし、主に中古のヴァンツァーが船の中へと自走で入って行く。美月はそんな様子を飽くことなく見ているのだ。

「美月ちゃんは、本当にヴァンツァーが好きだね」

「ハハッ、小さい頃から身近な存在でしたから……お父さんや隈崎部長から話を聞いたり、触らせてもらったりしてたし……」

 美月が《隈崎部長》と言ってきたのに対し、

「二人の時は、前みたいに《隈さん》でいいよ」

 と、隈崎は少し照れながら返した。

 貨物船には、《BHAIRAB(バイラブ)》と船名が書かれており、あと、美月には読めない異国の文字で何か書いてあった。おそらく船を運航している海運会社の社名なのだろう。

「あの船《バーグ運輸》の船だな……」

 隈崎がボソッと言った。

「バーグ運輸って、有名な会社なんですか?」

「ふっ、ある意味ね……」

「って言うと?」

「悪い噂が絶えない会社さ。密輸とか軍用品の横流しとか……」

「じゃぁ、今、積んでるヴァンツァーの中にももしかして……」

「ハハッ、もしそうだったら、現場を目撃してる俺たちはタダじゃすまないな」

「そんなに怖い会社なんですか?」

「ああ、実態はほとんどヤクザだって話だよ」

「へぇ~そうなんだ」

「じゃぁ、そろそろ戻りますか。バーグ運輸に見つからないうちに……」

 そう言って隈崎が腰を上げようとしたとき、

「あ、ちょっと、プロジェクトのことで少しいいですか?」

 と、美月が遠慮がちに言ってきた。

「もちろんだよ」

「正直言って、見通しって立っているんですか?」

「いや、手詰まり状態なんで、みんなの正直な意見を聞いてみたくて、こうして個別に話す時間をとってみたんだ……美月ちゃんも何かあったら遠慮なく言ってよ。他の人がいると言いにくいこともあるだろうから」

「いや、私は知識も経験も全然ないんだけど……」

「何でも思ったこと言ってみてよ」

「あのぉ~、《油圧シリンダー》って、もう古い技術なんですかね?」

「『油圧シリンダー』?」

「今のヴァンツァーじゃあまり使われないと思うんですけど、強い力を出すなら、化学反応で収縮させるアクチュエーターより油圧シリンダーのほうがいいと思うんですよ」

「ふむ、実はね『油圧シリンダーでやってはどうか』という意見もあったんだけど、どうしても反応速度が遅くなるんでボツにしたんだ」

「油圧シリンダー単独じゃなくて、アクチュエーターと組み合わせてもダメですかね?」

 美月のその言葉を聞いた隈崎が不思議そうな顔をした。そして暫く間をおき、

「話変わるようだけど、美月ちゃん、サカタから出向でウチに来てる五代君と仲いい?」

「えっ⁉」

 唐突な話題に驚く美月。

「あ、五代さんって、あまり口数多い人じゃないし、歳は近いけど、サカタインダストリィのエリート技術者なんて、気軽に話しかけられなくて……」

 と、慌てたように返答した。隈崎が色恋のことを聞いてきたと思ったのだろうか。

「なんで、それほど親しくはないです……」

 美月は少しはにかむように、そう続けた。

「いや、実はね、昨日、五代君と食事をしたんだけど、五代君も美月ちゃんと同じようなことを言ったんだ。『油圧シリンダーでアクチュエーターを補完してみては』ってね」

「五代さんが⁉」

「うん、それで、もしかしたら二人でよくそんな話しているのかなと思って」

「いやいや、偶然ですよ」

 美月は手振りを交えながら言った。

「美月ちゃんは、なんで今までその意見を言わなかったの?」

「私は、会社の娘ってだけで、特別扱い的にプロジェクトに参加させてもらってるだけだから……」

「まぁ、確かにそうなんだけどね」

 隈崎の正直な言葉に、少し凹む美月。

「でも私は、昔から、美月ちゃんって、けっこういい感性してるなって思ってたよ」

「本当ですか?」

「ああ、ちょっと天然だけどね」

「まっ!、相変わらず隈さんは傷つくこと平気で言いますね」

 隈崎はハハッと笑い、その後で、

(美月ちゃんの感性と、優秀な若手技術者の意見が一致するとは……)

 と、夜空の星を仰ぎ見た。

「ここは、若者のインスピレーションに賭けてみましょうか……」

 隈崎はそう言って、少しドヤ顔の美月に目をやった。

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