2089年9月下旬、隈崎は、開発プロジェクトの新プランを打ち立てた。
新プランとは、美月と五代のアイデアを基に、隈崎が実現可能的なレベルに高めたものである。
簡単に説明すると、クロウを相手に当てるまでは、反応速度の速い科学反応型のアクチュエーターで駆動させ、その後、高圧力を出せる油圧シリンダーで後押しをするというものである。
そのため、開発チームを再編成した。アクチュエーター班と油圧シリンダー班の2つに分けたのだ。アクチュエーター班は比較的ベテランの6名。油圧シリンダー班は、残りの5名に加えて、新たに油圧シリンダーのスペシャリスト2名を他プロジェクトから呼び寄せ、計7名である。美月と五代も油圧シリンダー班に入った。監督:ファイナ・シルキア、プロジェクトリーダー:隈崎顕一は変わらない。
アクチュエーター班の課題としては、以前と同様、新型コンピュータに対応できる反応速度とパワーを両立させることである。しかし、パワーに関しては、油圧シリンダーで補完することになったため、だいぶハードルが下がった。
他方、油圧シリンダー班の課題は、どこまで小型化できるかである。仕様上は、従来のヴァンツァーの約1.5倍の体積が許容されているとはいえ、決して余裕があるわけではない。
そして、このアクチュエーターと油圧シリンダーの組み合わせに関し、全体のバランスとタイミングを図っていくのが隈崎の役割である。隈崎は、過去にダスラークロウのロケット部のバルブシステムを制作した際、やはりアクチュエーターとロケットブースターのバランスとタイミングを図るのに苦労した経験がある。今回も苦戦を強いられることは確かだろう。
難問が山積みである。
だが、開発チーム内の雰囲気はまるで違う。漠然と雲を掴むような、あるいは暗中模索していたような以前とは違い、今は具体的な方向性が定まっているからだ。
しかも、(これだったらイケルかもしれない!)という実現可能性も出てきた。到達点が、頑張れば手が届くところまで見えてきたのだ。そうなると、メンバー各々のモチベーションも上がる。
「このプロジェクトを何とか成功させたい!」
と、チーム全体の士気は一気に高まったのだった。
そこからは早かった。加速度的にプロジェクトの進行は捗り、僅か3ヶ月足らずで仕様を満たすヴァンツァーのクロウは完成をみた。期日間近の2089年12月下旬である。
完成品はサカタインダストリィに送らた。とはいえ、これでプロジェクトが全て終了したわけではない。注文者側の最終チェックを待ち、こちらで見落としていた不具合や微調整があれば対応しなくてはならない。最終チェックは、実際にはサカタインダストリィではなくハフマン島にあるニルバーナ機関によって行われるため、回答は年明けになるということである。
回答が来るまでメンバー全員をプロジェクトに留めておく必要もないため、ファイナの了解を得て、チームはそれまで一時解散ということになった。だが、サカタインダストリィからの出向であるファイナと五代、そして、次の仕事が決まっていない美月は、このプロジェクトの残業務をすることになった。まあ、残業務といっても書類やデータの整理ぐらいなのだが……
このところ、美月と五代は一緒にいることが多い。プロジェクト内では同じ油圧シリンダー班であり、プロジェクトの後半はチーム内の雰囲気も良くなっていたことから、いろいろと話す機会も増えたのだろう。
五代も、佃製作所のメンバーとはだいぶ打ち解けた様子である。最初は人見知りしていたのかもしれない。
「美月ちゃん、一緒に社食で昼飯でもどう?」
12時を回った頃、五代が美月に声をかけた。以前は『佃さん』と呼んでいたのが、今では『美月ちゃん』と呼ぶようになっている。
「ええ、いいですよ」
と、美月が応えた。
今でも開発室の出入りにはファイナのチェックが必要なのだが、プロジェクトも一段落ついたし、今いるメンバーは3人だけなので、ファイナも気軽にチェックに応じてくれる。
「行ってらっしゃい」
美月と五代のチェックを終えたファイナが、そう言って二人を送り出した。その目が少し羨まし気である。ファイナとしては、ニルバーナ機関から派遣された《お目付け役》としての立場上、敢えて必要以上にメンバーと親しくしないようにしているのかもしれない。美月と五代からしても、ファイナは上長であり、年齢差以上の何か壁があるのだろう。
佃製作所の社員食堂で、美月と五代が日替わりランチを食べながら、たわいもない日常会話を弾ませている。二人の仲は、多少プライベートな事に踏み込めるまでなっていた。3ヶ月前の状況からすると思いも寄らない流れであるが、恋愛に発展するにはまだ遠いといったところか。
「美月ちゃんって、ヴァンツァー乗れるんだって?」
「えぇ、まぁ……」
「学生の時、ヴァンツァーの大会で入賞したことがあるって聞いたけど……」
「うん、地区大会で3位までに入れば全国大会まで行けたのに……4位だったんだ」
「へぇ~、惜しかったね」
「そうなんですよ。それがね、3位の人は元国防軍の人で、大会で使うヴァンツァーは国防軍で採用しているヴァンツァーと同型だったから、私にはビハインドがあったんだよ。それでも3位の人をあと少しで抜けるところまで行ったの。もし、別なヴァンツァーだったら絶対私が勝ってたよ!あ~今思い出しても悔しいなぁ~」
その後も、一方的に美月は大会の話や独自のヴァンツァー論を語り続け、五代はただ聞き手に回ってる。
「……⁉」
美月が、黙したままじっと自分に目を向けている五代に気づいた。
「あ!、ごめん……私だけ喋っちゃって」
「はっ、いいんだよ。美月ちゃんって本当ヴァンツァーが好きなんだなぁと思って聞いてたんだ」
「私はただヴァンツァーが好きってだけだから……五代さんこそ、凄いですよね。『サカタインダストリィの若手技術者のホープ』だなんて」
その美月の言葉に、五代はフッと苦笑を漏らし、
「ここでは、そういうことになってるらしいけどね……」
と返した。
「違うんですか?」
「全然!むしろサカタでは《役立たず》だからここに出向させられたのさ。下請け企業の手伝いなんて誰もやりたくないから『暇なお前が行ってこい』って感じだよ。ただ、佃製作所さんには『有能な技術者を派遣しました』という事にしておかないと体裁が悪いんだろうね」
「でも、大手ヴァンツァーメーカーに入社できたんだから、私からしたら、それだけでも凄いですよ」
「それも《まぐれ》だね。たまたま入社試験の成績がよくて、面接でのハッタリが功を奏しただけだよ。僕は、たいした大学出てるわけじゃないから……」
「五代さん、どこの大学出てるんですか?」
そう聞かれた五代は少し恥ずかしそうだ。
「ヘヘッ、《日本科学技術大学》っていう私立大学なんだけどね……」
「えっ⁉、私も日本科技大なんですよ!」
と、驚く美月だったが、五代の方はもっと驚いたようだ。
「……」
返す言葉もなく目をむいている。
「どうしたんですか?そんなに驚くことですか?」
「い、いや、美月ちゃんだったら、もっといい大学出てるんじゃないかと思ってた……からさ」
「そうですかぁ~そんなこと言われたの初めてですよ」
「あ、あぁ、美月ちゃんは優秀だからさぁ……」
「いや、五代さんこそホント凄いですよ!ウチの大学卒業してサカタインダストリィに入社なんて。私の同期にはそんな人いませんもん」
「だから、《まぐれ》なんだって……さっきも言ったでしょ」
と、五代は少し迷惑そうに答えた。そのせいで場の空気がちょっと重くなる。
五代は(マズイ)と思ったのか、
「そ、言えばさぁ……」
と努めて明るい口調で話題を振ってきた。
「かなり大昔なんだけど、日本科技大にいた名物教授、知ってる?超常現象なんかのトリックを科学的に暴いて有名になった……」
「えぇ、物理学の先生でしょ。本を出したり、マスコミにもよく出てたりしてたらしいけど……」
「そうそう、その物理の教授さあ、佃さんとこの2代目社長に似てない?」
プッと思わず吹き出す美月。
「ハハッ、そういえば似てるかも。日本人離れした顔の濃いいところが……」
「でしょ、ここにきて、飾ってある歴代社長の写真見たときから『似てるなぁ~』って思ってたんだ」
社員食堂で、大笑いを必死に堪える二人だった。
2089年も最後の営業日となった。この日の夕刻、このプロジェクトメンバーで忘年会が開かれた。
会社全体の忘年会は、12月中旬に既に行っていたのだが、ここのプロジェクトはちょうど最後の追込み時期だったので、メンバーは社の忘年会には参加できなかった。なので、社長の佃宙志が別に催してくれたのだ。
プロジェクトメンバーと宙志を加えた16人が、酒を飲みながら、社員食堂の一角で談笑したり、食堂が提供してくれた料理を食したりしている。
酒の入った隈崎が、メンバー一人々々を廻って、労いの言葉とお礼を述べていた。
ファイナが宙志と二人で会話しているところへ、メンバーへの謝辞を廻り終えた隈崎がやってきた。
「ファイナさん、ありがとうございます。ありがとうございます。本当ありがとうございます」
赤ら顔の隈崎は、そう言いながらファイナの手を取り頭を下げた。だいぶアルコールが入っているようだ。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。一時はどうなるかと思いましたが、隈崎はじめ皆さんのご尽力で、何とか新型コンピュータ対応のクロウが完成できました」
「ホント、プロジェクト当初は全然見通しが立たなくて……今だから言いますけど『これ無理なんじゃないか』って諦めかけたときもあったんですよ」
隈崎の言葉に宙志も、
「そう、私も社長として心配したよ。あの頃は、みんな焦りとイライラで雰囲気は最悪だったからね。『サカタさんの依頼を受けたのは私の失策だったか?』と自分を責めた程だよ」
と当時の心境を語りながらファイナに目を向けた。
フフッ、とファイナはとろけるような微笑を漏らす。
「社長、こんなにきれいなファイナさんだって、あの時はまるで吸血鬼のような貌してましたからね!」
その隈崎の言葉に、一瞬、ファイナが表情を曇らせた。
「隈さん、『吸血鬼』は無いだろう……」
宙志は隈崎をやんわりとたしなめ、
「ファイナさん、お気を悪くさせてしまって済みません。こいつ酒が入るといつも饒舌になって余計な事口走ってしまうんですよ」
とかるく頭を下げた。
「いえいえ、気にしてませんよ。ただ『あの頃、私そんなに怖い顔してたのか』って、ちょっと思いも寄らなかったもので……」
そう言い、ファイナは、またとろけるような微笑をみせた。
「でも、もうすぐファイナさんの美しい姿が見れなくなると思うと残念だなぁ」
「おいおい、隈さん、飲みすぎたんじゃないのか」
と宙志が、ファイナに苦い顔をして見せた。
「ここで皆さんと一緒に仕事ができたことは、とても有意義な時間でした。まぁ間違いなく検査は通ると思いますので、それで終わりかと思うと、私も寂しいものがあります……」
「なんなら、工期延長してもらいますか。ハハハ」
「隈さん、縁起でもないこと言うなよ!それは勘弁してもらいたいわ」
「フフッ」
こうして、佃製作所の2089年は幕を閉じるのだった。