年が明けて2090年1月。仕事始めの日。
(今日ぐらいに、検査の結果が来るのではないか)
と少し期待しながら、佃美月が開発室に入ってきた。
「おはようございます。今年もよろしくお願い……」
そう言いかけて、言葉が止まった。
室内には隈崎と五代が沈鬱な表情で立ってるのだ。
「何かあったんですか?」
美月が隈崎に問う。
「ん~、新型クロウの最終検査が通らないかもしれないんだ……」
「えっ⁉どうしてですか?依頼された仕様はクリアしてるから大丈夫だろうって、ファイナさんも言ってたのに……」
「今、ファイナさんが、ニルバーナの兼松部長に理由を聞いているところだ」
「ファイナさんは?」
「まだ来てない。宿泊ホテルで、兼松部長とオンライン電話中だと思う」
「その話、いつ聞いたんですか?」
「ついさっきだ。ファイナさんから『最終検査が通らないかもしれない。兼松部長の話を聞いてから出社する』って連絡があった」
「ここであれこれ言っても始まらないですよ。とにかく、今はファイナさんを待ちましょう」
と、五代が言った。
「新年早々、参ったねぇ~」
隈崎はボソッと呟き、渋い顔でボリボリと頭を掻いた。
「どうゆう事なんでしょうか?」
宿泊しているホテルの部屋で、ファイナがパソコン画面に向かって話ている。画面にはオールバックの中年男性が映っていた。ジョージ・兼松である。
「そちらで製造したクロウをTYPE11に装着して実践検査たところ、僅かに反応が遅れるという結果がでた」
パソコンスピーカーを介して兼松の声が返ってくる。
「いや、契約では、目標の数値は理論値を基準とすることになってます。理論値で仕様を満たしてる以上、実践データで多少の誤差が生じても、それを理由に佃製作所の不履行にはなりません!」
言い返すファイナの語気が強い。
「それは承知している……だが、そこを何とかしてくれと言っているんだ」
ファイナは一つ大きな溜息をついたあと、
「『僅か』ってどのぐらいなんですか?」
と訊いた。
「0.003から0.008秒と言っていた」
「《MULS-P》の規格に準じている以上、そのぐらいは誤差の範囲では⁉」
MULS-Pとは、ヴァンツァーを、ボディ、左右アーム、レッグ、コンピュータの5つのパーツに分割し、各パーツどの製品のものを組み合わせても使用することができるというヴァンツァーの統一規格のことである。これによりヴァンツァーは、汎用性が高くメンテナンスも容易という『使い勝手の良さ』を実現している。また、統一規格の導入は、生産性の向上にも寄与したことから、ヴァンツァーが急速に世に普及するきっかけともなった。
その統一規格だが、実際は多少の相性があったりする。例えば、遠距離攻撃向きのボディに格闘戦向きの腕を合わせたりすると、スペック値より若干攻撃力が下がったり、また、AメーカーのパーツとBメーカーのパーツを組み合わせると少し動きが悪くなったりするといったことがまま起こるのだ。ファイナが言った『理論値』とか『誤差』とはそういう意味合いである。
「TYPE11はMULS-Pの規格に準じてはいるが、運用上、パーツの互換使用は念頭においていない」
「ですが、それを佃製作所側にどうやって説明するんですか!『秘密事項を外部に漏らせ』とおっしゃるのですか?」
暫く黙考していた兼松だったが、
「これは、君には言っていなかったのだが……」
と言葉を切り出した。
「実は、クロウの完成予定は、我々が計画している《Xデー》の前を目途としていたのだよ」
「は?」
「ただ、初めから《Xデー》の直前を期限に設定すると、佃製作所に『ニルバーナは初めから戦争が起こるのを知っていて、それに合わせて工期を設定したのでは?』と思わせてしまうだろ」
「偶然にしては出来過ぎてますものね」
「だから、初めは工期を年内ということにして、その後、佃側が工期の延長を申し出てくるだろうから、そしたら『渋々応じてやる』というシナリオだったんだが……」
「佃製作所は当初の工期内にクロウを完成させてしまった、と……」
「そうだ、佃製作所の開発力を甘く見ていたようだ」
「でも、早く完成させたのだから、それでよろしいんじゃないですか?」
「それがだ、ドクター・ギルモアが『《Xデー》までにはまだ時間がある。それまでもっといいものを造らせろ』と言ってきたんだよ」
ドクター・ギルモアとは、ニルバーナ機関の研究員である。現在、研究員のなかでは実質的に首席的立場にある人物だ。
「フッ、いかにも、あの人なら言いそうだわ……」
「そういう事なんで、君の方から何とか佃さんを説得してくれないか」
「……」
「無理を言ってるのは分かっている。だがこれは、ドリスコル大尉の意向でもあるんだ……」
ファイナは頬に手を当て目を閉じた。そして、少し間を置き、
「分かりました。佃さんには話してみましょう。ですが、検査が不適合だったことにするのは無理です。新たに契約の更新ということで話をもっていきます。よろしいでしょうか?」
と兼松に応えた。
「うむ、止むを得ないだろう。坂田社長には追加で資金を出してくれるよう私から頼んでみる」
「よろしくお願いいたします」
ファイナはパソコンを閉じると、また一つ大きな溜息をついたのだった。
その日、ファイナは、急ぎ、社長の佃宙志に時間を作ってもらい、隈崎を交えて打ち合わせを行った。もちろんニルバーナ機関としての本意をそのまま伝えることはできない。あくまで要求は、去年まで行っていたヴァンツァークロウ開発の継続。具体的には、「実践値を基礎とした更なる製品の改良」である。
宙志は即答で申出を断った。他にも、既に日程が決まってるプロジェクトを複数抱えており、クロウ開発の継続に人員は割けないのが理由の一つだ。だがそれより問題なのは、実践値を基としたクロウの開発ということである。実践値ベースで開発をするためには、当然、搭載を予定しているヴァンツァーに、実際にクロウを搭載させてデータを測定し、そのデータに基づき仮説を立て検証をしなければならない。ヴァンツァーの該当する一部分だけを個別に扱っていたのでは不可能と言うのだ。
ファイナもそこは十分に承知している。かと言って、BDコンピュータとそれを搭載した対応型ヴァンツァーを佃製作所に貸与できるであろうか?
(絶対に無理)である!
BDデバイスは人間の脳そのものをコンピュータ組み込むという倫理を外れた非人道的な計画で、極秘裏に進めなければならない。その計画の根幹とも言うべきコンピュータとヴァンツァーをニルバーナの外に持ち出して第三者に触らせるなど、ドリスコルとギルモアが承諾する筈がない。
ファイナは兼松にそのことを伝えた。
(これは、諦めざるを得ないだろう……)
そう思っていたのだが、次の日、兼松は、
「コンピュータとヴァンツァーを貸し出す用意がある」
と言ってきた。これには正直ファイナも驚いた。人員の削減に関しては承諾できても、まさかBD対応のコンピュータとヴァンツァーの貸し出しまで承諾するとは!
ファイナが怪訝に思い、詳しく聞いてみると、
「もちろんTYPE11は貸し出せない。代わりにBDの実験機TYPE90Xを貸し出す」
と言うのだ。ただ、TYPE90Xもそのまま貸し出すことはせず、TYPE90XからBDデバイスに関わる部品やサカタインダストリィの企業秘密に係る一部の部品を外した状態での貸し出しになるらしい。
「そんなヴァンツァーを渡されたところで、佃製作所としては困るだけです!断られるに決まってます!」
ファイナはそう反論したが、兼松からは、
「佃製作所には『一部部品を外した状態で貸し出すが、欠落している部品はそっちで補完してくれれば大丈夫だから』と伝えておけばいい」
と呆れた答えが返ってきた。搭載するBDデバイスコンピュータについても、
「コンピュータを扱ったり、ヴァンツァーを動かすのはファイナだけという事を徹底すれば大きな問題はない」
という見解のようだ。
ファイナは、この条件で佃製作所側と再交渉にあたった。
社長佃宙志の応えは、
「結果は保証できないが、やれるだけのことはやってみましょう」
といった消極的な承諾だった。ニルバーナとしてはこれで呑むしかない。
こうして、クロウ開発のプロジェクトが再開することになった。正確には、クロウ改良プロジェクトが新たに立ち上がったと呼ぶべきか。
人員は大幅に削減されて、計8名となった。監督:ファイナ・シルキア、プロジェクトリーダー:隈崎顕一、そしてメンバーには引き続き佃美月と五代智も入っている。ただ、隈崎は他のプロジェクトも視なくてはならないため、以前のように、このプロジェクトを付きっ切りで面倒見ることはできない。
1月中旬には、サカタインダストリィから貸し出し用のヴァンツァーが送られてくるという。それを待つまでの間にも、やっておかなければならない事は山ほどある。